【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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銀の福音は狼の為に鳴る

「…白、機体の具合はどうだ?」

[システムオールグリーン…束は良い仕事してくれたわ]

「承知…では、行こうか…彼女のリベンジマッチだ」

 

天狼白曜を身に纏った俺はハンガーとの接続を切ってゆっくりとした動作で立ち上がり、カタパルトに足を乗せる。

不思議と独特の緊張感が俺の心を支配している…やる事は今までと何も変わらないと言うのに。

 

[心拍数、高いわね…緊張しているのかしら?]

「そうだな…相手は現役国家代表生…千冬さんと渡り合っていた人間だ。否が応にも緊張してしまう」

[フフ、大丈夫…ロボなら勝てるわ]

「サポート、任せるぞ」

[アイ・アイ・サー]

 

シグナルがレッドからグリーンになった瞬間、電磁カタパルトから俺はアリーナ内部へと弾き出される。

アリーナへと飛び出した瞬間、観客席から大きな歓声が俺へと浴びせられる。

随分と心地の良いものだ…一組の方へと目を向けると、態々横断幕まで作って応援してくれている。

其処には俺の愛する人たちも揃っている…負けられんなぁ…。

 

『来てくれてありがとう、狼さん?』

「美人のお誘いと言うのは受けなくては男が廃る…そういうものだろう?」

 

俺の目の前にはナターシャ・ファイルスが、あの銀の福音を身に纏って空に佇んでいる。

爆発的な加速性能から操縦者を護るために、全身装甲を採用したその機体は天狼白曜と同じ速度特化…しかし正反対の道を進んでいる。

つまり、射撃特化の制圧戦を最も得意とした機体なのである。

天狼白曜と方向性は同じで、正反対…これほど挑み甲斐のある相手はいるだろうか?

確かに前回は暴走状態での対峙となった…そこに理性ある暴力はない。

だが…。

 

『ふふ…この子も高揚しているみたい…あの時とは違うわよ?』

「承知している…我が牙にかけて、貴女を全力を以って打倒する事を誓う」

 

右拳を握り締めドンっと胸元を叩く。

これは楔だ…己の誇りを賭けると言う、一種の儀式に近い。

会場のボルテージが、俺達の闘志が高まると同時に最高潮へと達していく。

 

《Get Set Ready-》

 

[さぁ、教えてあげましょう…私達の年季の違いを]

「あぁ、そうだ!天狼の牙と爪、容易く防げるものと思うなよ!!」

『来なさい、貴方の持つ全てを狩り尽くしてあげる!!』

 

《IS Battle Start !!!》

 

試合開始のゴングが鳴った瞬間、俺は瞬時加速をかけ―――

 

 

 

 

 

束さんの面倒を見た翌朝。

盛大に太腿に涎を垂らされてナーバスになりながら寮に戻ると、般若が三体俺の目の前に現れた。

必死の弁明の末に許されたが、今後は何かと注意を払わんとNice boatの状況に陥りかねん…。

女は怖い生き物なのだ。

 

「あら、何か不穏な思考が読み取れたわよ?」

「…痛いので離してもらえんだろうか?」

 

今は、皆と食堂で朝食を摂っている。

本日も俺は御粥だ…胃に優しい食べ物万歳。

不穏な思考を読み取った楯無は俺の耳を引っ張り、隣に座る簪は俺の脚を踵で踏み、目の前のセシリアは非常に黒い笑みを浮かべている。

異様な空間だ…俺の半径二メートル圏内に人が居ない状況と言えば、その異様さが良く分かるだろう?

 

「篠ノ之博士に、好かれてるのは知ってる…けど、昨日は私達の日」

「えぇ、そうです…だと言うのに狼牙さんはすっぽかしてしまうのですから…女性との約束は何よりも優先すべき事柄ですのよ?」

「本当よねぇ…心配したんだから」

「すまんな…あのラボの一角は束さんが無線封鎖すると、コアネットワークまで使えなくなるものでな…」

 

まさか、眠る前に邪魔が入らないように無線封鎖しているとは思わなかった。

少しくらい連絡させてくれても良かろうとは思うのだが…。

あれか、私の前では他の女の話をしないでと言う奴か。

何とも釈然としないような面持ちで御粥を口に運んでいると、此方にやってくる人影が視界の端に映る。

 

「はぁい、狼さん。相変わらずモテモテねぇ?」

「ご立腹状態だがな…それでどうしたのだ、ナターシャ先生?」

「……」

「失礼、ナタル先生?」

「んふふ~」

 

最近愛称で呼ばないと無視をするアメリカ国家代表、ナターシャ・ファイルスは満面の笑みで俺を見つめてくる。

…折れざるを得んだろう?

会話が成り立たないのだからな。

お陰で両足がひりひりと痛んで仕方ないが。

 

「ファイルス先生、何時からこんなに親密になったんですの?」

「あら、嫉妬?正妻だと言う自覚があるなら余裕を持ってないと足元掬われるわよ?」

「くっ…!第一、教師が生徒に色目を使うという事がですね!」

「やめろ、セシリア…その言葉は正直俺自身を抉って仕方ないんだが…。ナタル先生も煽るな…いい大人がみっともないぞ?」

 

ナターシャさんは愉悦に浸るかのように笑みを浮かべて、セシリアは逆にしゅん、として俯いてしまう。

嫉妬は心地の良いものだが、度が過ぎれば身を焼く。

己も、他人もな。

それに俺を信用していないと公言しているようなものだしな…悲しくなる。

無論、そんなつもりは無くて独占欲が先行した結果と言った所か。

 

「それで、俺に何か用があるのだろう?」

「えぇ、狼さんとダンスをしようかと思って」

「ちょっと、ナタル!?」

 

楯無は血相を変えて立ち上がりナターシャさんを見つめる。

その顔はちょっとした驚きも混じっている。

 

「あら、貴女だってダンスをしたのでしょう?だったら、私がダンスをしたって構わないわよね?」

「それは…でも、何も今みたいなタイミングでなくても!」

「…必要な事なのよ、今回ばかりは…」

 

簪は此方を不安そうに見つめてくる。

安心させるように頭を優しく撫で、俺はナターシャさんを見つめる。

 

「ルールは?」

「モンド・グロッソ総合部門公式試合同様の内容でやるわ」

 

瞬間、食堂の空気が一気にざわつく。

遠くに居る鈴とシャルロット、ラウラは驚愕の顔を浮かべ、箒と一夏はよく分かってないようで首を傾げている。

 

「シールドエネルギーがゼロになるか、機体が展開維持限界になるまで破壊されるまで続くデスマッチか…良いだろう」

「ありがとう、狼さん。…少しでも貴方の糧になるようにするわ。それじゃ、午後の授業はキャンセルだからそのつもりでね?」

 

それだけ言うとナターシャさんは軽やかな足取りで食堂を立ち去っていく。

その後姿は好意を抱いた男性とデートに行く時の様に軽やかだ。

 

「どういう、つもりですの?」

「…今回相手にするのは米軍…つまり、ナターシャさんが所属している組織だ。恐らく、今回の襲撃の手伝いを依頼されたのだろう…代表と言うポストを賭けて」

「そんな!?それじゃ、ナターシャさんは…!」

 

簪は驚きに声を上げ、楯無とセシリアは歯噛みする。

恐らく楯無とセシリアも所属する国から遠まわしに何か言われているのだろうな…。

やれやれ…学生の身空で相手をするにはあまりにも敵が大きく見えてしまうな。

退く気は無いが。

 

「まぁ、そう言うことだ。完膚なきまでに銀の福音を破壊しろ…いや、して見せろと言った所か。今回の決闘も、米軍を欺く為の綱渡りの様なものだ」

 

筋書きとしては、天狼白曜を破壊して襲撃を妨害される可能性を潰す。

そう言う提案をしたのだろうな…これで破壊に失敗した場合、ナターシャさんは…。

何とも嫌な役回りだな…だが、やらねばなるまいよ。

 

「覚悟の上でのお誘いだ…受けてやらねば天狼の名が泣く…」

「本当に…これでよろしいのでしょうか?」

「良いも何も無いのよ…雁字搦めになってしまうなんて誰も思わなかったわけだし、ね」

 

強いて言えば、こっちに引き込む状況を作った俺が悪かったのかもしれん。

もしかしたら銀の福音は凍結処分状態にしておいたほうが…そう思わずには居られなくなってくる。

 

「すまんな、三人共…少し、一人にさせてくれ」

 

俺は食器を片付けながらセシリア達にそう告げ、食堂を後にする。

暫く歩き、中庭へと出ると後ろから一夏が追いかけてくる。

 

「狼牙!一体どうしたっていうんだ?」

「どうもこうも、な…嫌な役回りをする時が来たと言うだけだ」

「ファイルス先生と何かあったっていうのかよ?」

 

俺は漸く一夏へと振り向き、軽く肩を竦める。

何かあったのならばまだ良かったかもしれん。

 

「何も無い…社会の歯車が俺を…俺達を砕き潰そうと回り始めていると言った所か、な?」

「…あいつらか?」

「正確には踊らされている連中、と言ったところだ」

「いいのかよ!思う壺かもしれないんだろ!?」

 

一夏は俺の胸倉を掴んで間近で声を荒げる。

対して俺は涼しい顔をするだけだ…意識的に『ロボ』に戻っている感じがする。

…違う、あくまで俺は銀 狼牙に変わりない。

『ロボ』としての感覚も、狼牙の一部だ。

 

「そうだ、このまま踊るしかない…まだ、俺達は牙を研ぎ、爪を研ぎ、起死回生の一手を打つその時を待たなくては成らない。その時は恐らく直ぐに来る」

「…俺は、あいつ等を許さない。だから、狼牙…その時が来たら必ず声をかけろよ?」

 

一夏は落ち着きを取り戻したかのように俺から手を離す。

俺は拳を突き出し、一夏を見つめる。

 

「お前の強さは俺が認めている…まだ、俺に届くには早いがな?」

「言ってろ親友…きっと追い越してやる」

 

追いつく、ではなく追い越す…か…その時が楽しみで仕方がないぞ…一夏。

 

 

 

 

 

「おおおおお!!!」

「『銀の鐘』スタンバイ!」

 

銀と銀は幾度も交差を繰り返し、アリーナの空に二筋の流れ星が流れる。

天狼白曜はウィング・スラスターを展開した高機動状態で瞬時加速を織り交ぜたアプローチを繰り返して幾度も交錯するが、決定的なダメージを与えられていない。

今は、まだ…だが。

対する銀の福音も飽和攻撃による制圧射撃で俺を捉えようと必死に撃ってくるが、何れも装甲を掠る程度で致命打には至らない。

高揚している…それはきっとあちら側も同じだろう。

 

「しぃっ!捉えたぞ!!」

「くっ!流石現行最速!!」

 

俺は両腕の一式王牙からワイヤーブレードを射出し、鞭の様に振るいながら牽制を行っていく。

捉えられるわけには行かない銀の福音は、チャージしたエネルギーをスラスターとして使って急加速。

二対の牙から難なく逃れていく。

だが…

 

「行け!『群狼』!!!」

 

ワイヤーブレードを巻き取る間に両肩から天狼専用のBT兵器、『群狼』を射出。

演算処理の一部を白に負担してもらい、瞬時加速を行いながらの突撃を繰り出させる。

 

「チッ…!!」

 

小型の的である『群狼』にあっという間に纏わりつかれてしまったナターシャさんは、エネルギーの翼を羽ばたかせて鬱陶しそうに追い払おうとする。

その瞬間こそを俺が待っていたとも知らずに。

 

「白!全矮星解放!一気に潰す!!」

[アイ・アイ・サー。天狼白曜の枷を外すわ]

 

両腕両足に供えられた王の牙…それを構成する矮星が紅く輝き出した瞬間、アリーナ内に狼の咆哮が響き渡る。

一瞬…刹那にも満たない瞬間だろう。

だが、俺の体感ではその瞬間『時が止まる』。

単一仕様能力『天狼』の加速G無効化作用が意味を成さないほどの急加速。

俺は動かない銀の福音へと一瞬で近づき、まず『銀の鐘』を全て引き千切る。

次いで両腕両足の装甲を破壊し、最後にナターシャさんの顔を覆うバイザーを引き剥がす。

徐々に物体が動き出し、アリーナ内に再び狼の咆哮が響き渡る。

勝鬨の咆哮が。

展開維持限界を迎えた銀の福音は消失し、ナターシャさんが落下する前に俺は抱きかかえる。

アリーナ内は静まり返っている。

何が起きたのか分からないのだろう…分かる訳もない。

一瞬で決着が着いてしまったのだから。

…この戦いで俺は、本気を見せた。

さぁ、どう出る…?

アリーナの隅に立つ金髪の女性を睨みつけるように見つめ、俺はピットへと戻っていった。

 

 

 

 

 

ナターシャさんは一瞬で起きた衝撃で気絶しただけとの事だった。

一晩眠れば、すぐに回復するらしい…無論、あの拷問器具の中に居れば、だが。

俺はナターシャさんの傍らに座り、手帳に日記を書き記す。

この学園に来てから、いつの間にか書き始めていた。

勿論書かない日が多いので、日記と言えるかどうかは分からないが。

 

「人…いや、ISですら知覚できない速度での瞬撃か。あれが、お前の本気か?」

「生体同期型でもなければ出来んよ…あの一瞬で骨が砕け、それを瞬時に再生を幾度も繰り返す。再生特化の俺のコアでもなければ出来ん無理だ」

 

背後に立つ千冬さんに、落ち着き払って言葉を紡ぐ。

存外に人を止めたと認めた事に感動が湧かない…まぁ、ある意味で戻ったとも言えるわけだが。

 

「…狼牙、狼はこれから何処へ向かうのだ?」

「さて、な…少なくとも愛するものの為には存在し続けるだろう。そいつらの傍が…そこだけが狼の居場所だ」

 

あぁ…存外に辛かったな…怯えるような目で見られるのは。

クラスメイト達は、まだ良かったが…俺を良く知らん人間からすれば圧倒的な強さが畏怖すべきものに見えた様だ。

アリーナを出る時、セシリア達が傍に居なければ早々に心が折れてたかもしれん。

望んで、力を見せ付けたというのに。

 

「…私は、お前のことを弟のように可愛がっているんだ。だから、弱音を吐いてもいいんだ…今は」

「白を責めるわけではない…束さんを責めるわけでもない…誰も、責められんよ…。でも、どうして…こんな身体になって、しまったのだろうな…。俺は、ただ…皆が笑っていて…それを、静かに眺めて居たかっただけで…それだけで幸せで…」

「すまない、狼牙…」

 

あぁ、本当にこんなはずではなかったのだ。

自然と俯き、涙を流す。

誰も責めない。

全ては選択と結果の末だ…責任は俺にあるのだから…怖がられてしまっても仕方がない。

千冬さんは後ろから優しく俺を抱き締め頭を撫でてくる。

…こんな情けない姿はセシリア達に見せられんな…ぼんやりと、そんなことを思っていた。


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