【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
「アメリカ所属の秘匿空母…か…」
「えぇ、時期的に見ても怪しいと思うわ」
束さんが罠を仕掛けると言っていた十一月上旬。
生徒会室にて俺と更識姉妹、そして虚はIS学園周辺の動きをつぶさに調べていた。
調べた結果、IS学園に近い位置にある海上自衛隊の港に合同訓練と称してアメリカ国籍の戦艦が何隻か入港することになっていた。
入港予定の艦種の中には空母は含まれていない。
つまり何かやましい事を考えているという事に他ならない。
「でも…日本の領海で…そんな事、する?」
「日本も一枚噛んでいるのだろう。アメリカとは仲が良いからな…。恐らく、IS委員会での一件が効いている」
束さんはIS委員会相手にISコアを事実上の人質として扱った。
これが非常に宜しくない。
何故ならば現在のこの世界はISを中心に動いている…各国のパワーバランス=ISの保有数に直結している。
そのISの核たるISコアを一括管理して各国に分配しているのがIS委員会だ。
事実上の世界の支配者と言っても過言ではないだろう。
そして…恐らくはこの委員会こそが…。
確たる証拠が無いので何とも言えないのが悲しいところだな。
「アメリカには、書類上存在しない秘匿部隊が存在しているわ…恐らく、今回此方に仕掛けてくるのはその部隊」
「ついでに土砂降りと愉快な仲間達も来てくれるだろう…随分と俺に御執心の様だからな」
アメリカの秘匿部隊と亡国機業実働部隊…どちらも事を大げさにするつもりも無いだろうから、水面下での戦いと言う事になる…なって欲しい。
学園の皆を巻き込むには少しばかり荷が重い相手ではある。
セシリアにしろ…簪にしろ…な。
楯無は国家代表で暗部の長。
ラウラは特殊部隊の隊長を務めている。
この二人に関しては何の心配もしていない…覚悟は充分だろう。
しかし…。
「狼牙、除け者にしようとか思った…?」
「…そうだな」
簪は視線を鋭くさせて此方を睨んでくる。
仲間はずれは許さない…とでも言いたげな顔だ。
俺としては胸中穏やかではないのだが。
「私も、セシリアも…皆、戦える…除け者は許さない、から」
「人を殺すかもしれなくてもか?」
「狼牙君、私達はね…貴方に身を捧げているの。貴方を脅かす相手は誰であろうと私達は躊躇しないわ」
ゆっくりと腕を組み、俯いて瞳を閉じる。
危険な考えだ…同時に嬉しく思える。
ソレほどまでに想ってもらえるのは男冥利に尽きると言うものだろう。
「だが、それでもだ…愛する女に手を汚せと言うのはな…」
「それなら私とラウラちゃんも止めるべきでしょう?矛盾してるわ」
「ご尤もだ…矛盾しているのは俺とて理解している」
「だったら…除け者にしない」
俺は完全に押さえ込まれてしまい、ぐうの音も出ない。
幸運は必ず起きるものではない…もし、お前達に何かあったら…。
そう思うと不安になってしまう。
覚悟の差は命を取る取らないの場において、非常に重要な事になる。
「…拙いと感じたら直ぐに退避してくれよ?」
「うん…」
深く溜息を吐き眉間を揉んでいると、虚が紅茶のお代わりを淹れてくれる。
鼻腔を紅茶特有の香りが擽ってくる。
「銀君は、少々見くびりすぎです。もう少し、ご自身が囲った女性を信頼しても良いのではないですか?」
「信頼していないわけじゃない…俺は…恐れているだけだ」
そう、怖い、堪らなく…怖いのだ…。
絶対なんてこの世に存在しない…存在しているのならば、この世は無くなっている。
…次失ってしまえば、俺は立ち直れそうにも無い。
「楯無お嬢様、簪お嬢様…オルコットさんにボーデヴィッヒさんの強さは、何よりも銀君が分かっているはずです」
「あぁ、そうだな…皆充分に強いだろう…だが、絶対なんて保障は何処にもない…」
「へいへーい、狼牙君ビビってる~?」
「見損なうか?」
俺は自嘲気味に笑い、軽く肩を竦める。
二度と味わいたくない痛みに怯えているが為に、俺は無理も無茶も請け負う。
俺一人が犠牲になるのは構わないが、俺が大切にしているものは傷一つつけられたくない。
「まさか、正しい反応だからホッとしているわよ。狼牙君も人の子なんだなって」
「うん…大切に想ってくれてるの…凄く分かるし…私達は助けられてばかりだから…狼牙が思っている以上に強い事、教えてあげる」
楯無と簪は微笑みを浮かべながら此方を見つめてくる。
強情と言って切り捨てるのは簡単だが…。
「負けだな…メンタルが弱くて敵わんよ」
「大丈夫…へこたれても、きちんと支えるから」
「そうよ、狼牙君。私達は貴方の為に…貴方も私達の為にいてくれるんでしょ?」
愛情、信頼…絆は固く、だな。
互いに首輪を付けたもの同士、一蓮托生で居たいと言う訳だな。
ならば、何処までも行くとしよう…だが、傷つくのは俺一人でも良かろうさ。
ちら、と虚を見上げるとクスリと笑われる。
「言ったでしょう?みくびりすぎです、と」
地下区画へと降り、束さんが改造して建造したラボ区画へと向かう。
その名も『
名前があるのか無いのかハッキリしろと言いたい所だ…まぁ、天災だしな…。
白にマッピングしてもらいながら歩いていると、あちらこちらに無人機の残骸と思しき物体が、銀のリスに捕食されている。
非常に不気味な光景だ…モンスターパニックモノのB級映画を見せられている気分になってしまう。
暫く歩いていると、お菓子の家の様な外見をした居住区へとたどり着く。
「今度はヘンゼルとグレーテルか…この間は三匹の豚の小屋だった気がするが…まぁ、いいか」
ドアをノックし、反応を待つが何時まで経っても反応が無い。
外出していると言う事は先ずあり得ないので、この地下区画の何処かにいる筈なんだが…。
一先ず探そうと振り返ると、反応する間も無いままに腹に衝撃が走る。
俺に抱きついてきた物体は、ウサ耳を付けた変態…束さんだ。
「ろーくぅ~ん!す~…はぁ~…す~~…はぁ~…んんあああっ!堪らないなぁ!このかほり…!!」
「…凄く…変態だ…離してくれんか…?」
「やだ~すぅ~は~…何日も~す~はぁ~…嗅いでないから~す~はぁ~…ロウガニウム補給~すぅ~~~~~~~~げっほがっは!」
束さんは俺に体当たりした衝撃で押し倒し、そのまま首元に顔を埋めて過呼吸もかくやと言わんばかりに体臭を嗅ぎ、トリップし、咳き込んだ。
なんなんだ…まったく…。
「束さん、そんな事よりIS返してくれ…」
「もうちょっとだけ~…いいじゃん、中々会いに来てくれないんだしさ~」
「そうおいそれと入ってもいい場所ではないんでな…」
束さんは腰を左右に振りながら俺の胸元で頬ずりしてくる。
先日は検査だけで特に何もやってこなかったが、恐らくやる事があって我慢をしていたのだろう。
で、今日になって我慢の限界を迎えてしまったと。
俺は優しく束さんの身体を抱き締めて頭を撫でてやる。
「ふぁ!?どったのろーくん!?」
「偶には労ってやらんとな…束さんは頑張っていたのだろう?」
どうも引き剥がしにかかられると思っていたらしく、束さんは顔を赤くしつつも満面の笑みで此方を見つめてくる。
…押して駄目なら引いてみろか…。
「ふふ~ん、そうだよ!ゴーレムⅢも少数ながら生産できたし、あとは舞台の準備だけさ!」
「やはり、アメリカか?」
「そうなるねぇ…まぁ、彼らはどうでもいいんだよ。問題は其処に配備されたって言う無人機の方」
束さんは立ち上がると家の扉を開けて、俺をずるずると引き摺って中へと入れる。
扱いがぞんざいでは無かろうか…?
立ち上がってソファーに腰掛けると、束さんはさも当然のように俺の太腿に頭を乗せる。
「どうも、この間ろーくんがやり合ったっていう機体の改良型みたいなんだよね。天狼の模造品なんて大したこと無いだろうけどさ!」
「どっちにしろ、俺が相手をするのが一番だろう…どうも因縁があるようにも思えるしな」
妙な高笑いは銀の福音暴走時にも聞いている。
だが、無人機と言う事は遠隔操作でもなんでも無い筈だ…。
嫌な考えが頭を過ぎる…が、あまりにも非人道的過ぎて逆にあり得なくも思える。
「そうだねぇ…できればろーくんには出て欲しくないけどね」
「なんでだ?」
「一応、大人だからね!作ったものの責任くらいは、そろそろ取らないとじゃん?」
「何処か頭でも打ったのか…?」
「ろーくんも結構失礼な事言うよね?」
束さんが責任…?
バカな…やったらやりっ放し、投げたら投げっぱなしジャーマンの様な束さんが?
いや、喜ばしい変化ではあるが…責任とはどうするつもりなのだろうか?
「一先ずね~、IS委員会は畳んでポイですわ~」
「もう少し穏便にできんのか?」
「向こうが穏便じゃない手を打ってるんだから、当たり前でしょ?ウラ取ってあるから、私が一元管理する…まぁ、コア配分は今のままで良いだろうけどね」
随分と思い切ったことをするものだな…下手すればテロリストと言われても文句は言えまい。
だが、ある意味で束さんが監視すると言うのだから不正な取引と言うのは起き難くなるだろう。
サイレント・ゼフィルスやアラクネの様な強奪が発覚した瞬間に機能を停止させる事ができるのは大きい。
ISによる犯罪は産みの親の望む事ではないということだろう。
「ここで、襲撃犯たちを華麗に撃退できれば学園に手を出そうなんて思わなくなるだろうし…束さんの作戦は完璧なのだ~」
「不安で一杯一杯なんだがな。ところで天狼は?」
目的の物を回収しようと思い、束さんの顔を見つめると唇を尖らせられる。
何が不満だというのだ…?
「ぶ~、渡したら帰る気でしょ?」
「明日も授業があるんだ…帰らねば拙い」
「だ~め~。今日は束さんにロウガニウムをタップリ補給させるのです」
「危険物質臭が凄いな…まったく…」
俺は仕方なしに優しく束さんの頭を撫でていく。
それだけで束さんは機嫌を良くし、気持ち良さそうに笑みを浮かべたかと思えば寝息を立て始める。
何日徹夜していたのやらな…。
「クロエ、毛布を」
「かしこまりました」
部屋の隅に控えていたクロエに毛布を持ってきてもらい束さんにかける。
少しだけ身じろぎされるものの、ズボンをしっかりと握られてしまってるので逃げるに逃げられない。
今晩は此処に泊まる事になるだろうな…。
「銀様は、お優しいのですね」
「どうだろうな…結果としてそう見えているだけかもしれんが」
大切に思っている相手に嫌な思いをしてもらいたくなくて、結局折れてしまっている。
言ってしまえば、そういった人物たちに甘いのだ…俺は。
クロエの頭に手を伸ばし優しく撫でる。
「うむ…甘いだけなのだ、俺は。誰だって嫌な思いにはしたくないだろう?」
「私には…わかりません…」
「その内分かる…」
戸惑ったような表情を見せるクロエ…束さんくらいとしか関わってきてないのだろう。
ふむ…事が終わったら、相談してみるのも悪くは無いかもしれんな。
「分かる…でしょうか?」
「あぁ、人と関われば自ずと分かることだ」
「そう、ですか…」
クロエはまだ漠然としたものにしか感じられないのか、未だ半信半疑の表情を浮かべている。
俺はそんな表情を見つめ、静かに笑うのだった。