【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
焼き芋大会は恙無く終了し、皆笑みを浮かべながら出来立ての焼き芋を頬張っている。
ホカホカの焼き芋は、砂糖のように甘くしっとりとした触感が非常に美味しい。
俺は手に持った焼き芋を二つに割り、隣に座っているラウラへと差し出す。
「ありがとう、父様」
「熱いから舌を火傷するなよ?」
ラウラは両手で焼き芋を受け取ると、一生懸命息を吹きかけながら冷ましている。
意外と猫舌気味なのだ…普段の印象からは想像できん可愛らしい弱点だな。
ラウラは大きく口を開けて一口パクリと食べると、ほふほふ言いながらゆっくりと咀嚼していく。
篠原さんが手ずから育てたサツマイモは口に合ったようで、ラウラの表情が見る見る明るくなる。
「ん~…甘くて美味しいな…。祖国のサツマイモは甘くないし、中身は白いのだが…うむ、今度クラリッサ達に送るとしよう」
「ドイツのサツマイモは日本の種類とは違うようだな。用途も違うのではにか?」
中身が白くて甘くないサツマイモ…不思議な物体にしか思えんな。
感覚的にはサツマイモ食感のジャガイモとかそんな感じだろうか?
謎は深まるばかりである。
「いや、一応お菓子もあるのだが…芋自体に此処まで甘さが無いのでメープルで味付けしたりするな」
「大学芋みたいな感じになりそうだな…」
「大学芋…?それも芋の種類なのか?」
大学芋…その由来は大正時代にまで遡る由緒正しい芋の調理法である。
まぁ、ラウラが知らなくても無理はあるまいな…。
「大学芋はサツマイモを使ったお菓子だ…時期的に食堂で販売しているかもしれんし、今度一緒に食べようか?」
「父様と甘いもの巡りか…悪くないな」
「お手柔らかにな…一般的な女性ほど甘いものは好まん」
ラウラはまだ見ぬ大学芋に思いを馳せて、ニヨニヨと笑みを浮かべている。
やはり女子…甘いものには余念が無いか。
手に持った焼き芋を食べようとすると横からパクッと食べられる。
「…セシリア、貴族の御当主がするにしては品が無いのではないか?」
「ふふ、今は学園の一生徒ですもの、関係ありませんわ」
セシリアはしたり顔でそう言い、俺の手の中にある焼き芋を啄ばむように食べていく。
なんとも強かになったものだ。
…であった当初は貴族だから何だとか言っていたのにな。
だが、こう言った変化は俺にとって好ましい事である事には変わりない。
「はふ…んぐ…セシリア、自分の分は自分で貰ってくるべきだぞ?」
「狼牙さんから渡されていた、ラウラさんには言われたくありませんわね」
「…喧嘩はいかんぞ、喧嘩は」
俺を挟んでセシリアとラウラは視線を交差させ、火花を散らす。
完全に牽制だ、本当にありがとう。
手に持ったサツマイモをセシリアに渡し、肩を抱き寄せる。
ラウラの方は優しく頭を撫でるだけだ…修羅場なんぞ収め方を知らんよ。
「あまり喧嘩はせんでくれ…その…困る」
「べ、別にしていませんわ」
「そ、そうだぞ…セシリアが羨ましいとかではなくてだな…」
二人とも顔を赤らめてモジモジとしながら焼き芋を食べ、大人しくなる。
喧嘩を回避できたのは良かったのだが、何処かからか舌打ちが聞こえてくる。
…修羅場が見たいのであれば一夏の方を眺めていれば良かろうにな。
「二人ともパパにベタ惚れ過ぎてすぐ収まっちゃったね…」
「いいな~…パパにあんな事やこんな事されたいな~」
「手取り足取り?」
「その先まで!」
女子達は俺達を遠巻きに眺めて、妄想に思いを馳せている。
思うだけならばタダだ…だが、出来る事ならば俺の居ない場所で欲望を膨らませて欲しい。
何とも言えない気分になってしまい、少しだけ溜息が漏れる。
「溜息を吐いてしまっては、幸せが逃げると言いますわ」
「案ずるな、いくらでも幸せは補填されるからな」
「そう言う問題では無いと思うぞ…父様…」
セシリアとラウラは呆れ顔のジト目で俺を見つめてくる。
何と居心地の悪い視線か…思わず頭に付いている犬耳が情けなく垂れ下がってしまう。
あちこちから聞こえる『ピロリ~ン』と言う音が、余計に俺を凹ませてくる…殺生な…。
「ふふ、やはり普段からそれらは身に着けておくべきかと」
「私も欲しいのだがな…着ぐるみパジャマくらいしか無いのだ」
無くて当たり前…今俺が身に付けているのは、アナグラウサギお手製のどうでもいいアクセサリー・ツールなのだから。
ノリノリで作ったのだろうなぁ…ノせる事さえ出来ればあっという間に物を作り上げるような御仁だし。
「勘弁してくれ…感情の制御が出来ていないのと変わらんのだからな?」
「ですが、その…わたくしとしては非常に好ましいものですし?」
セシリアは両手で頬を覆って、イヤンイヤンと体をくねらせている。
好ましいもの…か…野郎の犬耳尻尾姿なんぞ需要はなかろうにな。
一体何を妄想しているのやらな…?
「うふふ…いい…いいですわ…ふふ…」
「セシリア…短い付き合いだったな」
「ラウラ、勝手に殺すな」
トリップをするセシリアを冷たい目で見るラウラにデコピンをして諌め、ぼんやりと空を見上げる。
今日も恙無く平和に…
ならなかった。
平和なんてなかったのだ。
セシリア達と別れ、俺は出来立ての焼き芋を束さんとクロエに食べてもらおうと地下区画へと足を運んだ。
これが良くなかった…むしろ束さんに近づこうと思ってしまった己が恨めしい。
「お待ちしておりました、銀様。束様がお呼びです」
「あぁ、クロエ…俺も丁度…ん?待っていた?」
「はい、束様がどうしてもやって欲しい事がある、と」
地下区画に降りてくると澄ました顔をしたクロエが現れ、案内をし始める。
どうしてもやって欲しい事…末恐ろしくて仕方がないのだが…。
クロエは言うべき事は言ったと言わんばかりにスタスタと歩き始める。
束さんが管轄しているエリアは、以前の地下区画以上に入り組んだ迷路と化してしまっている為地図か、案内が欠かせない。
俺はクロエを見失わないように小走りで近寄り、後をついていく。
「クロエ、俺に何をやらせる気なのかは聞いているのか?」
「はい、しかし銀様には伏せておくようにと仰せつかっております」
ぞくり、と嫌な悪寒が背筋を走る。
俺に伏せると言う事は、言ったら絶対に来ないと言う確信があるからだろう。
むしろ言わないと言うことで言ってしまっているようなものだ。
十中八九悪い事しか起きないと思う。
「…帰って良いか?」
「…束様が困ってしまうので止めていただけないでしょうか?」
クロエは立ち止まり、此方に振り返ればジト目で睨みつけてくる。
目の色こそ特殊だが、大して怖くない…むしろ可愛い部類に入るだろう。
俺は何となく頭をポンと撫でる。
「分かったからそんな目で見るな…行くから」
「ご協力感謝します。では、この先にある広間でお待ちください」
クロエは道の脇に逸れ、恭しく頭を垂れれば暗闇の広がる通路の奥を指し示す。
俺は深く深呼吸をすればクロエに持ってきた焼き芋を束さんと食べるように言い含めて渡し、ゆっくりとした足取りで通路の先へと向かう。
暗闇を進んで行くと雰囲気ばっちりに照明が一つ一つ点灯していき、広大な空間に出ると一気に周囲が明るく照らされる。
背後にシャッターが下りるのと同時に、広い空間…以前楯無とやり合った空間の真ん中に異形のISが現れる。
…以前俺が木偶と呼んだ無人機に近い形状だ。
変更点と言えば背面にミサイルランチャー、右腕が巨大な実体剣に変化しているくらいか。
実際の性能は戦ってみないと分からないだろう。
『んまんま、はろはろ~。焼き芋ごちそーさまー』
「もう食ったのか…美味しかったか?」
『ろー君の愛情タップリだと思うと…濡れるッ』
「帰っていいか?」
束さんと話していると最近頭痛を感じるようになった。
千冬さんがいつも渋い顔をしていたのも納得できる気がする。
『待って!なし!ありだけどなしで!!』
「大方目の前の木偶人形と遊べと言うのだろう?」
『ろー君は察しが良くて助かるよ~。あの子はゴーレムⅡ…この間のよりは強いからね~?』
どうも、タッグマッチの時の横槍は束さんの仕業だったらしい。
…好き放題やりすぎだろう…まぁ、お陰で外部に対する警備の見直しに繋がっていくのだから何とも言えんが。
「白、具合は問題ないな?」
[えぇ、いつでも行けるわ]
「ならば天災殿に教えるとしよう…木偶如きに天狼の牙は折れんと」
ISを緊急展開モードで起動させ、天狼白曜を身に纏うと目の前にヴェント・ルーが落ちてくる。
緊急展開モード分のハンデと言う事か…随分と有情な事だ。
『それじゃ、良い戦闘データを期待してるよ?』
「俺に頼んだ事を後悔することだ」
ヴェント・ルーを手に取って構えれば、全身を覆うマント状の装甲がウィング・スラスターへと変形。
初手から飛ばす…瞬時加速込みの踏み込みで『現状』最速の突きを叩き込むが、ゴーレムⅡは右腕を盾の様に構えて受け止め、まるで剣術のように逸らして往なす。
随分と質の良い人工知能の様だ…反応が良い。
前回、木偶は天狼の速度に翻弄されて有効打を与える事無く粉砕されている。
その反省点は活かした、と言った所か。
俺は獣の如く脚を滑らせ、槍を引きながら更に踏み込んでゴーレムに肉薄し、膝蹴りを叩き込むが、ゴーレムⅡも同じように膝蹴りを叩き込み相殺してくる。
…舐めた真似を…。
「シィッ!!」
「……」
大振りに槍を薙ぎ払ってゴーレムⅡの体勢を崩させるが、俺は次の攻撃動作に移る事無く後方に瞬時加速をかけてそこから直角に二度瞬時加速をかけて上空へと逃げる。
ゴーレムⅡの左腕から熱線がまるで剣の様に収束されて発射され、俺を追ってきたのだ。
BT兵器の偏向射撃ほどではないが、うざったい事には変わりない…まずは左腕から食い千切るとしよう。
[ミサイルアラート!くるわよ!!]
白の声と同時にゴーレムⅡから全十六発のミサイルが一斉に発射される。
俺は、あえてミサイルの雨へと瞬時加速をかけて突っ込んでいく。
いずれも近接信管ではないので、近づいたところで爆発する事はない。
衝撃を与える訳にも行かないが。
『やるじゃ~ん。さっすがろー君だね!』
束さんは楽しそうな声で俺の動きを見ている。
俺はミサイルの軌道の間隙を縫って全てを紙一重で避けゴーレムⅡへと突撃する。
この程度の攻撃、以前から受けすぎていて欠伸が出るようだ。
簪の様に戦闘中のプログラム修正を行ってもいないようだしな。
ミサイルは慌てたように俺の背後を追ってくるが、関係ない。
片肺瞬時加速による高速の回りこみからの鉄山靠でゴーレムⅡを『優しく』ミサイルの雨に突っ込ませる。
図体が天狼白曜よりも大きいゴーレムⅡは、自身の武器を迎撃すると言う浅知恵を働かせる事無くその身でミサイルから俺を護ってくれる。
俺はニヤリと笑みを浮かべてヴェント・ルーを蛇腹剣モードに切り替え、鞭の様に振るってゴーレムⅡに巻きつかせれば、無抵抗状態のゴーレムⅡをハンマーの要領で二度三度と床に叩き付けて行く。
何れも全力だ。
独楽を放つ様にゴーレムⅡを解放すれば、衝撃で間接が逝った様で動きが止まっている。
…つまらんな…所詮、木偶は木偶か。
「束さん、もう少し悪知恵働かせる様にせんと対処しやすいぞ?」
『ろー君が特別すぎるんじゃないかな?モンド・グロッソの機動部門のヴァルキリーのデータじゃ避けられなかったんだけど?』
「束さんが設計した機体だ。昔の機体に出来ない事が出来ないとでも?」
『う~…そ~だけどさ~…くっそ~…ギャフンと言わせてやる~』
ゆっくりと床に降り立ち、槍状にしたヴェント・ルーを思い切りゴーレムⅡの胴体に向かって投げ込み、壁に縫い付ける。
最後のは八つ当たりみたいなものだ。
らしくない…傲慢にも程があるな。
力を持つものは己を律さねばならない。
それが出来なければ、愛するものさえも傷つけてしまうのだから…。
「すまない、八つ当たりがすぎた」
『いいよ~、最後の一撃でどう言う力のかかり方が起きたのかも見れるしね~』
「そう言ってもらえると助かる」
俺は天狼白曜を待機状態に戻し、ゆっくりと背伸びをする。
思い切りと言えば思い切り動かせたな…久々に。
なんせ最近は鬼教官が全力を出させてくれなかったからな。
『ん~、後はメディカルチェックしたいからラボまで来て~』
「承知…クロエを案内に寄越せ」
『合点承知の介~』
クロエが来るまでの間、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
誇り高くあれ…少なくとも、愛する者達が誇りに思ってくれるように…。
自らを省みる事ができなければ…一夏を導くなど口が裂けても言えないのだからな。