【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
竹箒を手に持ち、無心で学園の通路を色付ける落ち葉を掃いていく。
俺の周囲にいる女子達も雑談しながら丁寧に掃き掃除を行っている。
時折此方に向けられる視線が痛い…まぁ、俺の格好がいけないんだが。
[あら、そんなことないわよ?すっっっごく似合っているんだから]
そんな、キラキラした笑顔を浮かべているような声で言わんでくれ。
気が滅入る…本当に。
今、俺たちは焼き芋を作るための落ち葉を掃き集めている真っ最中だ。
俺発案の始めてのイベントと言う事で若干不安もあったが、皆快く参加してくれた。
ありがたいものだ。
人数が集まったとは言え広大な学園を完璧にカバーするのは無理なので正門から校舎、アリーナ、寮へと至る本道の清掃のみだ。
全部カバーする気ならば、全校生徒一丸となってやらなければなるまい。
「父様、どうかしたのか?」
「あぁ、なんでもない…兎に角、早く掃き掃除を終わらせてしまおう」
以前の学園祭で着たメイド服に身を包んだラウラが、此方を不思議そうに見上げてくる。
言葉だけで何でもないと言うのは簡単だ…しかし、残念ながら今は…。
「耳としっぽを垂らして言われても説得力がないぞ?」
「…言うなよ…一夏…」
俺の事をニヤニヤとした笑みを浮かべながら一夏が此方を見てくる。
…この腹立たしさは何処に向けるべきだろうか…?
今、俺はお気に入りの作務衣に身を包み下駄を履いている。
僧侶かなにかかと思いたくなるような格好だな。
だが、これは俺の普段着みたいなものなので見慣れた寮のメンバーは特に注目する事はない。
問題は、イベント開始の挨拶をすると同時に行われた白の悪戯だ。
いざ、挨拶をしようと言うタイミングで例の犬耳尻尾ツールを付けられたのだ。
このツール、白でなければ取り外せない仕様になっている上に無理矢理外そうとすると鋭い痛みが走る。
つまり、外せない。
なお、水洗いOKな代物なので実生活に影響は出ない…らしい。
…感情駄々漏れな時点で影響が出ているんだが…。
「千冬姉を傷物にしたんだから、コレくらいはいいだろ?」
「それを言われると弱いんだが…」
熱くなりすぎた結果、本気で蹴り飛ばしてしまったことを深く反省する。
実戦でもなければ熱くなった時点で手を止めるべきだったな…本当に失敗だった。
「一夏、教官も熱くなっていて殺し合いみたいになっていたんだ…あまり父様だけ責めるな」
「でも、嫁入りま「余計な世話だ」
一夏がぶつくさと文句を言おうとすると、一夏の背後に千冬さんが現れて出席簿で頭を叩く。
澄み渡る秋の空に、スパーンッと言う良い音が響く。
…いつも持ち歩いているのだろうか?
「ラウラ、織斑先生だ。教官ではない」
「はっ!失礼しました!!」
「…軍隊式の敬礼もいらん。それよりも似合っているな…その髪型は誰がやったんだ?」
千冬さんは呆れたような顔でラウラを見つめた後に、微笑を浮かべてラウラの頭を撫でる。
ラウラは頬を赤らめて恥ずかしそうな嬉しそうな…そんな表情を浮かべている。
今、ラウラはツインテール…ラビット・スタイルと言われる髪型に結ってある。
セーラ○ムーンの…いや、鈴の髪型だ。
「父様にやっていただきました。偶には良かろう、と」
「ほう…器用なものだな銀?」
「孤児院時代に姉妹の髪を結っていたからな…色々な要求をこなしているうちに、な」
やれあの髪型がいい、このアニメのキャラがいい、女優と同じにして欲しい…その都度ググッてはカツラで練習して、姉妹の要求に応えてきた。
本格的なモノは道具さえあればこなしてみせよう。
…暇だったから習得したわけではない。
本当に。
「聞いた?もしかしたら、パパにお願いしたら…」
「熱い、これは胸が熱くなりますな!」
「厚い…あぁ、そうねぇ…」
「テメーは、私を怒らせた…」
「きゃー!!」
まぁ、お願いされれば結ってやらんでもないが…これはこれで波乱が待ち受けていそうな気がする。
具体的には三人の嫁が文句を言いそうだ。
「俺は千冬ね…織斑先生の今後が心配なのに…」
「織斑…その言葉はもっと自分がしっかり独り立ちしてから言う言葉だ。オシメも取れないような奴が言う言葉じゃない。……まぁ、気持ちは有難いがな」
「千冬姉…」
一夏が不満そうに唇を尖らせると、千冬さんは毅然とした顔で諌めた後に優しく微笑みながら一夏の頭を優しく撫でる。
…こう言う光景を見るとしみじみとこの二人は家族なのだなと思わずにはいられない。
「うぉっ!狼牙!尻尾が凄い事になってるぞ!?」
「千切れそうなくらい振ってる…父様、嬉しいのか?」
「もう…突っ込まんでくれ…」
無心を装いながら、俺は再び掃き掃除を開始する。
昼までに集めて作り始めないと、三時のおやつに出来んからな。
掃き集めた落ち葉は大型のリヤカーに一端集めて、焚き火会場へと運ぶ。
運ばれた落ち葉は、焚き火会場で芋の準備をしている料理部でゴミが混ざっていないかチェックしてもらっている。
万が一ビニールが紛れていたら面倒だからな。
「狼牙、後で下の二人にも焼き芋を持っていってやってやれ」
「元よりそのつもりだ…それで、アナグラウサギの調子はどうだ?」
「…お前が引き込んだ技術者と意気投合して、ゲテモノを作っている…」
…アランさん…一体何をやっているんだ…?
何となく…何となくだが、嫌な予感がしてくる…そのゲテモノ…俺が使う事になるんじゃ…。
凄く…会いたくないが、会わざるを得ない。
どの道向こうから接触してくるだろうしな。
深い溜息と共に、さっきまで元気だった尻尾が力なく垂れ下がる。
「…表情に出ない割には、胸中が慌しいな…見ていて面白いから、授業中も付けていろ」
「勘弁しろ…俺をなんだと思っているのだ?」
「情けない狼なんだろう?」
千冬さんはニヤニヤと笑みを浮かべながら此方を見てくる。
授業中にこんなものを付けていては、出席簿の餌食になることは確実だ。
それだけは勘弁してもらいたい。
…鋼鉄なんじゃないかと思えるくらい痛いのだ…。
「父様は大きくて優しい狼です、織斑先生」
「ほう…ラウラはそう感じるのか?」
「実際そうだからです。共振現象の時に私は見ました」
共振現象…コア同士の共鳴反応が起こす不可思議な現象だ。
オカルトと言っても良いくらいだろう。
コア内部に操縦者の精神が入り込めるのだからな。
ただ、その時の姿は操縦者に左右されるようだ…服を着てたり着ていなかったり…俺のように前世の姿で現れたり。
この辺り何かある気もするが…。
「なぁ、狼牙…共振現象ってどんな感じなんだ?」
「…どんな感じと言われてもな…。あぁ、アレだ…夢を見ているのに近いかもしれん」
一夏は共振現象に出くわした事が無い。
今学園で共振現象を体験したのは、俺、セシリア、楯無、簪、ラウラ、ナターシャさんの六名だ。
セシリア達は俺のコア内部へ、ナターシャさんは俺が銀の福音のコア内部へと入り込む形だ。
いずれも、俺は前世の天狼の姿であった。
…力までも再現した…かつての姿。
「ただ、客観的に体験するのではなく自由に動き回れると言う点では違うか」
「明晰夢って奴だな。今度体験してみたいな…白式のコアの中がどうなっているのか気になるし」
一夏は待機状態の白式を撫でながら笑みを浮かべている。
最初は漠然としたものだったのだろうが、今では手放せない相棒…そんな風に感じているのかもしれないな。
「今度共振現象でも起こしてみるか…俺も気にはなる」
「天狼の単一仕様能力で入れるんだっけ?」
「あぁ…まぁ、束さんの許可がいるだろうがな」
天狼白曜と白式雪羅…どちらも束さんの設計によるISの第二次移行した機体。
…少し興味を引いてやれば、すぐに頷くと思うが。
掃き集めた落ち葉をリヤカーに入れると満杯になる。
「一夏、すまんが落ち葉を運んできてくれ」
「分かった、すぐに戻る」
一夏は数少ない男手…俺は主催者として監督責任があるので迂闊に離れるわけにはいかんのだ。
…少しだけ悪戯心が頭を過ぎる。
箒、鈴、シャルロットは今芋の準備をしている。
これは三人が抜け駆けを禁止している為だ…ならば花を添えてやろうではないか。
「一夏、リヤカーをこっちに戻したら箒たちの手伝いをしてこい」
「は?いいのか?」
「俺が許す、行け」
しっしっと手で首を傾げる一夏を追い払い、再び竹箒を握る。
早く進展しないものかと思わずにはいられん。
「狼牙…気を回したな?」
「見ていてもどかしい物があるからな…俺はあの三人の恋路に興味がある」
「悪い性格だ」
千冬さんと一緒に悪い笑みを浮かべる。
傍にいたラウラにドン引きされたのは言うまでもない。
集めた落ち葉の中にアルミホイルで包んだ芋を入れて火をつける。
最初は小さな火が徐々に広がり大きな火になっていくのを見ると、子供心にワクワクしてしまう。
俺は轡木さんと一緒に火の番をしながらぼうっと眺めている。
「もうあと二ヶ月でお正月ですね…」
「あぁ、早いものだ…光陰矢のごとし…か?」
芋が焼けるまでの間はかなり時間があるので、集合時間を三時として一端解散している。
皆思い思いの場所で休んでいるのだろう。
セシリアは部活動、更識姉妹はISパーツの受領と組み付け作業、ラウラはシャルロットと一緒に料理部に遊びに行っている。
こうして静かな時間を過ごすのは久々かもしれんな。
「銀君…君には負担をかけさせてしまって申し訳なく思っています」
「IS委員会の事か?それとも遡って銀の福音事件の?」
「全部ですよ…本来ならば大人のやる事を君がしてしまっている。私はね、子供は子供らしく伸び伸びと学園生活を送ってもらいたかったんです」
教育者の矜持と言うものだろうか…?
だが、ISに関わる以上は子共のようにとはいかん。
その手に命を握っていると思わなければ危険な代物なのだ。
「轡木さん、俺は俺の思うがままに行動しているだけだ…貴方が気に病む様な事ではない」
「波乱万丈な人生でもですか?」
「あぁ、そうだ…俺は俺の心が命じるままに生きている。後悔はしない…してはならん」
後悔だけはしてはならない…それは、侮辱だ。
自らを含めた全てに対しての。
誇り高くなければならない…例えそれで一人きりになってしまってもだ。
そうして満足して生き抜かなければ、この世に生まれた意味を見出せなくなる。
「銀君は、強いですねぇ…人は其処まで覚悟して生きてはいませんよ?」
「あくまで持論だ…他人に強要するものでもないしな。この生き方が板についてしまって止められんのだ」
「不器用ですね、銀君は」
轡木さんは懐から煙草を取り出して此方に見せてくる。
俺は吸うように促せば、轡木さんは煙草に火を点けてゆっくりと味わうように吸い始める。
煙草を見ていると友人を思い出す。
今も元気に過ごしているだろうか…?
「どうしました?煙草は未成年にはあげられません」
「いや、昔知り合った友人を思い出してな…大道芸人なんだが、今でも子供達を驚かせているのかと思ってな」
「銀君は各地を転々としていたのでしたね…よろしかったら聞かせてもらっても?」
書類で俺の経歴は知っていても、やはり本人からの思い出話と言うのは良い話題になるのだろう。
轡木さんはその老獪な面を隠し、まるで気の良い友人の様に俺に接してくる。
其処には打算も何もないように思える。
「そうだな…何から話したものか…」
「ゆっくりで構いません…お芋が焼けるにはたっぷりと時間がありますからね」
「さっき話題に出した大道芸人の話でもするか…」
この世界の人間ではないが、嘘を交えながらあの元ヤンキー臭のする悪魔の話をする。
面倒くさがりで大雑把で…世話焼きで精緻な仕事をするあの男のことを。
アイツはアイツで子供に懐かれていた。
見た目こそ怖いが、優しかったからな。
俺と同様に慕われていて、面倒くさがりながらも満更でもない顔を今でも鮮明に覚えている。
…誰かが泣いていれば涙を拭い、弱きが挫かれればそれを支える。
おおよそ、悪魔と言う印象からかけ離れた男だな…今にしてみれば。
「面白い人ですね…とっても不器用みたいで」
「不器用…まぁ、そうかもしれんな。照れ隠しも下手ときた」
「お名前を聞いても…?」
「アモン・ミュラー…自身を悪魔だとか言っている物好きだ」
今でも何処かで自分を悪魔だと言って信じられていないのだろう…きっとそうに違いない。
アイツは悪魔らしくないからな。
久々に話す友人の思い出話に花を咲かせながら、俺は遠い世界の友人に思いを馳せるのだった。