【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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騒がしくも穏やかに

夢を見ている――

遠い昔の…今ではない別の世界の夢を――

 

 

俺はいつでも不安だった。

半ば無理矢理鳥籠から連れ出した彼女が…幸せではないのではないかと…。

彼女はいつも笑みを浮かべるだけだ…。

どんなに辛くとも、どんなに悲しくとも…仮面をつけて笑みを浮かべているのだ。

不安を掻き立てる。

だが…ソレと同時に満たされもする。

彼女の傍に居られる事に安堵感を覚えるのだ。

愚かにも…俺は彼女に恋をしていたのだ…。

 

 

――遠い世界の悲しい歌が響いている。

 

 

 

 

「うぅ…ん…?」

 

時刻は朝の五時…寝ぼけ眼で身体を起こそうとするが、隣で幸せそうに寝ている楯無が俺の事を抱き枕のように抱きしめている為、体を起こす事ができない。

夜遅くまで四人で今日の事を話しながら過ごし、いざ眠るときになったら楯無が甘えてきて…と気の休まるのだか休まらないのだか分からない一夜を過ごした。

ぼーっと天井を見上げていると頬が濡れている気がして、不思議に思い顔に触れる。

どうやら、俺は寝ながら泣いていたようだ…。

何か…夢を見ていた気がするのだが、内容までは覚えていない…。

まぁ、夢とは得てしてそう言うものだ…気にするだけ無駄だろう。

 

「んー…えへへ…」

 

楯無は体育祭の陣頭指揮で疲れているのか、深く眠りについている。

何とも幸せそうに眠っている…空いた腕を伸ばし、優しく頬を撫でる。

ほんのりと暖かい温もりが手に伝わり、幸せな気分に浸れる。

暫く頬を撫で、ゆっくりと唇を指で触れればいきなり甘噛みされる。

 

ほはひょう(おはよう)

「おはよう、そろそろ離してもらって構わんか?」

やーら(やーだ)…ん…」

 

そのまま楯無は俺の指を甘く噛みながら、舌を這わせて舐めていく。

悪戯っぽい笑みを浮かべながらのその行為は、どこか官能的で艶かしい。

妖艶とすら言えるだろう。

俺は楯無から指を抜いて、楯無の身体に覆いかぶさり深くキスをする。

 

「んん…っ…ふ…もう!」

「嫌だったか?」

「そう言う言い方は卑怯ね!」

 

楯無は頬を膨らませてソッポを向いてしまうが、俺は構わずにベッドから抜け出してジャージに着替える。

昨日は昨日で身体を動かしたが、日課はキチンとこなさなくてはな。

 

「待って、私も行くわ…」

「疲れてるのだろう…無理はするなよ?」

 

楯無は俺のYシャツを一枚だけ着た出で立ちで、ベッドから出て背伸びをする。

顔色自体は良いので体調は問題ないらしい。

楯無も俺と同じようにジャージに着替えて身支度を簡単に済ませる。

 

「今日は書類仕事多いから、身体を動かせるときに動かしておきたいのよ」

「こっちのイベントの方は任せてくれ。轡木さんと上手くやるさ」

 

今日は秋の大清掃+焼き芋大会の日だ。

理事長とは言え用務員もこなしている轡木さんは二つ返事で協力してくれた。

なんでも昔よくやっていたそうで、久々にやるのも悪くない、とか…。

なにはともあれ、トップが手伝ってくれる事のこの安心感よ…。

 

「おじ様も時々子供みたいにはしゃぐのよねぇ…校舎屋上の空中庭園とか」

「あぁ…アレは見事なものだ…」

 

二人で寮を出てグラウンドに入れば、コースに沿ってランニングを始める。

秋と言う事もあって肌寒くなってきている。

冬の足音が聞こえるには程遠いが、夏が遠ざかっていくのはしっかりと感じられる。

春、夏、秋…この学園に来てからもう、三つ目の季節となる。

早いものだ…入学当初は、どうなることかと思っていたものだが…。

 

「本当、狼牙君は体力お化けよね…昨日あんなに駆け回ったのに、まだ元気なんだから」

「鍛え方が違うからな…体力とて有り余る」

 

いつものペースを少しだけ落として、楯無を置いていかないように気をつける。

置いていってしまったら、一緒に走っている意味も無いからな。

楯無が目標分の距離を走り終えれば、一気に速度を上げて俺のノルマを完遂させる。

コアの影響があるとは言え、最早鋼の心臓だ…ちょっとやそっとではもうビクともしない。

 

「人間離れしてるわね…本当に」

「まぁ、此処がアレだからな…」

 

軽く息を整えながら楯無の元に向かうと、半ば呆れられた顔で言われる。

俺は肩をすくめながら拳で自信の胸をドンッと叩いて苦笑するだけだ。

冗談のつもりで言ったのだが、楯無は顔を曇らせてしまう。

 

「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったのだけど…」

「いや、まともに受けんでくれ…その…反応に…っ」

 

突如背後から殺気を感じ、楯無の身体を突き飛ばしながら迎撃する為に回し蹴りを叩き込む。

その一撃は軽々と受け止められて、相手はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「随分な挨拶ではないか…千冬さん?」

「腑抜けていると思ったんだが…甘かったか?」

「いたっ!織斑先生、いきなりは酷いと思いますけど?」

 

久々の襲撃だな…千冬さんは俺の回し蹴りを、同じく回し蹴りで受け止め拮抗させる。

楯無は尻餅をついたのか、少し涙目で抗議しているが当然の如く千冬さんはこれを無視。

時折、束さん並にコミュニケーション能力が破綻しているように感じられる。

 

「失礼な事を考えるな!!」

「サトリか何かか貴女はっ!!」

 

素早く足を引いて懐に踏み込んで寸剄を叩き込むも、ほぼ同じモーションで寸剄を合わせられて拳に衝撃が走りビリビリと痺れる。

構わずに鉄山靠を叩き込んで千冬さんの身体を跳ね飛ばし、距離を開ける。

 

「随分と良い動きをするじゃないか…本気でヤらせてもらうぞ」

「光栄の極みだな。今度こそ世界最強の看板に牙を突き立たせてみせよう」

「んもう!無視しないで!!」

 

楯無は機嫌を損ねたかのように顔を背けるが、そんな事に構っている余裕は無い。

なんせ、俺に向けられる殺気が本物なのだからな。

やりにくいが仕方ない…周囲の目も、一夏の目も無い今ならばまだやり易いか。

 

「…千冬さん、行くぞ」

「来い…ッ!!」

 

ゆっくりと掌を開いて具合を確かめてから、地面を蹴り砕く勢いで踏み込み拳と拳の応酬を繰り広げる。

隙が大きい変わりに一撃の重みのある蹴り技は使わない。

ここぞと言うタイミングで使わなければ、此方が潰される。

千冬さんの右ストレートが俺の頬を強かに打てば、お返しとばかりに俺も千冬さんの頬を裏拳で弾く。

休日早朝の爽やかな空気の中に生々しい打撃音が響き渡る。

 

「な、なんですの…!?」

「教官と父様がやりあってるのか!?」

「は、はわわ…」

 

どうやらセシリア達も合流したようだが、やはり気にもしていられない。

掌底を千冬さんの拳を受け止めるようにして放ち、インパクトの瞬間に拳をがっちりと掴む。

 

()ったぞ!!」

「チィッ!!」

 

思い切り踏ん張りって腕を引いて千冬さんの身体を引き寄せようとするが、千冬さんも負けじと引き返し動きが止まる。

 

「馬鹿力が!とっとと離せ!!」

「離せと言われてはい、そうですかと!!」

 

離すんだが。

離した瞬間に素早く跳躍しながらの回し蹴りを千冬さんに叩き込み、思い切り蹴り飛ばす。

完全に意表を突かれていた千冬さんは、無様に地面を転がっていく。

会心の一撃に思わずガッツポーズをしてしまう。

 

「容赦ありませんわね…」

「う、うん…」

「相手が相手だから手加減できないだけよ…きっと…」

「こ、これ以上はやりすぎだ!」

 

ちら、と横目でセシリア達を見ると全員顔を青くさせてガタガタと震えている。

いやいや…手加減していたら今の一撃は受け止められていただろうよ…。

ラウラが俺と千冬さんの間に割って入り腕をブンブンと振る。

 

「父様!教官!これ以上は組み手の範疇を越えてしまう!」

「ラウラぁっ!!其処を退けぇっ!!」

「「「「ヒェッ」」」」

 

千冬さんは完全にスイッチが入ったのか凄惨な笑みを浮かべて立ち上がり、血の混じった唾をペッと吐き出す。

あまりもの怖さにラウラは尻餅をつき、ガタガタと震えている。

ついでに言えばセシリア達も完全に萎縮しきっている…。

 

「やればできるじゃないか、銀ェ…まだ、やれるんだろう?」

「いや、止めよう…今度正式な試合でケリをつけんか?」

 

俺は拳を納めてラウラへと近寄り、身体を抱き起こしてやる。

ラウラは俺のジャージをギュッと握り締めてカチカチと歯を打ち合わせている。

 

「こ、ここ怖くなんか無いぞ…わ、私はシュヴァルツェア・ハーゼのた、隊長なんだからなっ…!」

「よしよし…」

 

完全に萎縮したラウラは涙目で俺を見上げ、虚勢を張ってくる。

少女らしい一面ではある…おそらく、あんなに恐ろしい顔の千冬さんを見たことは無かったのだろう…俺も見たことは無い。

 

「はぁ…良いだろう…」

「とりあえず、千冬さんは医務室に行こうか…自分でやっておいて何だが痣が凄い」

「む…そうか…熱くなり過ぎたな」

 

千冬さんは痣になった頬を軽く擦りながら、バツの悪そうな顔をする。

本人も此処まで熱くなるつもりは無かったのだろう…。

比較的禁欲的な教師生活の中で自分と渡り合う相手に、ついつい嬉しくなってしまったと言った所か。

 

「付き添うか?」

「いや、問題ない…。ラウラ」

「はっ!」

 

千冬さんがラウラへと声をかけると、ラウラは俺から素早く離れて立ち上がり直立不動となる。

その姿、まさしく軍人そのものだ…いや、軍人なんだが。

千冬さんはラウラの頭を優しく撫で微笑む。

 

「怖がらせてすまなかったな…少し熱くなりすぎていた」

「い、いえ!大丈夫です!!」

「フフ、そうか…では、狼牙の言う事を良く聞けよ?」

 

千冬さんはそれだけ言うと背を向けて、医務室のある校舎へと歩いていく。

最後に見せた千冬さんの笑顔は、慈愛に満ちた優しいものであった。

どちらも同じ千冬さんなのだ…人は多種多様な姿を持つものだからな。

 

「あんなに怖い織斑先生を見るのは、はじめてですわ…」

「私もよ…恐らく篠ノ之博士の事でストレス溜まっていたんじゃないかしら…?」

 

セシリアと楯無、簪は俺とラウラから離れた場所で身を縮こまらせて身体を震わせている。

まるで借りてきた猫のようだ…大人しいものである。

 

「いや、すまんな…俺も熱くなってしまった。大丈夫か?」

「おはようございます、狼牙さん」

「おはよう、狼牙…大丈夫だけど…狼牙は…?」

 

俺は殴られた頬を見せて完治していることを教える。

ISコアの身体修復機能は意識していないと即回復させてしまう為、人前で怪我するときは注意が必要だ。

…恐らく千切れた腕もくっ付ければ即癒着するからな…ソレほどの回復力がある。

 

「今日もイベントがあるからな…無様にも怪我は残せまいよ」

「そう言う問題かしら…?」

「皆心配するだろう?」

「まぁ、そうだね…」

 

セシリア達と雑談をしていると、ラウラが後ろから抱き着いてくる。

まだ、恐怖が抜けきれないらしい…。

 

「どうした、ラウラ?」

「いや、不安なんだ…あんなに怖い教官は初めてだったから、な…」

 

知らなかった部分…今までの人物像が崩れてしまう事を恐れる人間と言うのは、少なからずいるだろう。

しかし、知らなかった部分も含めてその人なのだ…いずれ受け入れなければならない事だ。

他者を認める勇気を持て…とも言えるか。

 

「アレも千冬さんだし、別れ際に見せた笑顔をしているのも千冬さんだ。知らなかった一面が見れて良かったと思うことだな」

「そうですわね…人は他人を知っている部分でしか知らない訳なのですし」

 

セシリアが同調するように頷くと、簪もまた頷く。

簪も他人を多角的に見れなかったからな…勘違いもあったが。

 

「あぁ…大丈夫だ…教官は、今も昔も変わらないのだから。教官の所に行ってくる!」

 

ラウラは目に溜まった涙を拭い、俺から離れれば千冬さんの後を追って走り始める。

切り替えの速さは教官譲りだろうか…そんな事を思いながらラウラの背中を微笑ましく見送った。


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