【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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すにーきんぐ・うるふ

ドーモ、皆さん銀 狼牙デス。

俺は今、学園内緑地エリア内にある雑木林の中に身を潜めている。

周囲には無数の人の気配がする為、迂闊に動く事はできない…。

 

「銀パパ何処に行っちゃったのかなぁ…」

「パパとの同棲生活…セシリア達だけに良い思いはさせないわよ!」

「「「おー!!!」」」

 

クラスメイトの女子達は、鼻息を荒くしながら茂みと言う茂みを棒で突きながら探し回る。

最早煩悩の塊だな…甘い学生生活を送る為だけの機械と化してしまっている。

さて、雑木林の中に身を潜めていると言ったな…俺は今、木の上に隠れている。

木は登らないだろうと言う盲点だな…木々の葉は色付き落ちていると言っても、まだまだ大量に残っている。

カモフラージュ代わりに落ちている落ち葉を体に貼り付けているので、良く見なければ俺の事を見つけることは困難だろう。

しかし、いつまでもこんな場所に居るわけにも行かないのが実情だ。

何時見つかるのか分からないのだから。

 

「楯無め…体育祭がただの鬼ごっこになっているではないか…いや、鬼ごっこなのだが…」

 

身じろぎ一つせずに木と同化するように隠れ続ける。

見つかった瞬間、ゾンビの餌食になるように女子達が雲霞の如く襲い掛かってくるのが目に見えているからだ…。

さて…そろそろ状況の説明をしようか…。

話は昼休み終了直後の午後の部開会式にまで遡る。

 

 

 

 

 

昼寝をして無駄に使った体力を回復したようなしてないような…中途半端な感じで開会式に出席すると、何故か一夏と一緒に門の前に立たされたのだ…。

 

「体育祭午後の部にして最終種目…それは…!!」

「「「「ゴクリ…」」」」

「なぁ、狼牙ー」

「みなまで言うな…っ…分かっている…っ…!!!」

 

非常に嫌な予感しかしない…俺はまだ寝ぼけている体を起こす様に屈伸運動を行い、体を温めていく。

プログラムには午後の部の種目は『ひ・み・つ(はぁと)』と書かれていて、皆には明かされていなかった。

そう、生徒会役員にもだ。

よって内容を知っているのは教員と楯無だけとなる訳だ。

まったく…内緒で事を進めるなと言っているのに…。

 

「一夏、ヤバイと思ったら一目散に逃げろ…と、言うか絶対に逃げる破目になるだろうからな」

「お、おう…分かった…狼牙はどうするんだ?」

「逃げるに決まっているだろう?」

 

俺はゆっくりと腰を降ろし、クラウチングスタートの構えを取る。

午前中から嫌な予感がしていたのだ…午前の部に行われた騎馬戦…それに使われた鉢巻と応援団長服の鉢巻が同じデザインだったのだ。

俺の予想が正しければ…恐らく…。

 

「白組赤組対抗鬼ごっこよ!!」

「では、生き延びろよ?」

「なっ!!早いぞ狼牙!!!」

 

俺はルールを聞かずに…と言うか分かりきった事なのでフライングで駆け出し、一気に最速でアリーナを駆け抜ける。

全校生徒何人居ると思っているんだ…某鬼ごっこ特番よりも遥かに多い人数なんだぞ?

今回のルールは、恐らく白組が赤組の鉢巻を、赤組が白組の鉢巻を取った時点で勝敗が決するのだろうな。

アリーナ通路を駆け抜けると後ろから一夏の悲鳴が響き渡る。

恐らく赤組から猛攻を受けているのだろう…とっととアリーナなんて狭い空間から出なかった一夏が悪い。

 

「白、まさか俺の居場所を伝えるなんて真似はせんよな?」

[だ・め?]

「可愛く言っても駄目だ、殺す気か!?」

 

釘を刺しておいて良かった…。

白は時々えげつない事をしでかすからな…危ない危ない…。

アリーナ正面玄関の扉を蹴り飛ばし、外へと飛び出すのと同時に背後から走る足音が響き渡る。

 

「チッ思ったよりも展開が速いな…急がねば!」

[同棲権かかってるから皆必死よ…果たしてロボは逃げ切れるのかしら?]

 

俺は、辺りを見渡し隠れやすい場所を探し出す…第一アリーナから近いのは、雑木林か…まずは其処でやり過ごすのが吉だな…。

素早く判断を下した俺は、息つく暇も無く緑地エリアへと走り出すのだった。

 

 

 

 

木の上に隠れてから早三十分…いまだに終了の合図が出ないところを見ると、一夏もどうにか逃げおおせているらしい。

流石に直ぐに捕まるような愚行は犯さなかったか…それではイベントとして成り立たないだろうしな。

周辺の人間が居なくなったのを見計らって、木から下りて体についた落ち葉を払う。

 

「さて…鬼ごっこと言うよりかくれんぼに近くなってきたな…」

 

軽く頭をかきながら俺は歩き出し、校舎を目指す。

少々卑怯ではあるが、屋上でやり過ごすとしよう…。

雑木林から出る際にも周囲の警戒を厳とし、見つからないように影から影へとまるで忍びの様に移動していく。

途中で馬鹿でかいダンボールを見つけたが、流石に違和感が凄まじかったから使用は無しだ。

現実はゲームの様には行かないからな…。

校舎へたどり着けば二階部分に開いている窓があったので、助走をつけて壁に向かって跳躍、更に壁を蹴ってベランダ部分の取っ掛かりに向かって跳躍して指をかければ腕力にモノを言わせて上りきる。

 

「流石にこれ以上は無理だな…危険すぎる」

 

この調子で上ってしまおうかとも考えたが、校舎への侵入と言う目的自体は達成できた。

このまま中を慎重に移動してしまうのが良いだろう。

 

「白、土足を拡張領域にしまえるか?」

[それくらいなら問題ないわ]

 

白に頼んで土足を拡張領域内にしまって教室の中を覗き込む。

しかし、俺は教室の中に意識を向けすぎていてうっかりしてしまっていた。

ベランダは外から見えてしまうと言う事を。

 

「あー!!パパ発見!!!」

「HQ!HQ!!応答せよ!!目標を校舎二階ベランダに発見!!」

『こちらHQ!すぐに応援を寄越す。オーバー!!』

「ちぃっ!トランシーバー持参か!!」

 

なりふり構わず俺は教室内に入り、廊下へと飛び出す。

下駄箱のある方角と逃げ道を脳内に思い浮かべて、なりふり構わずに走り出す。

此処で簡単に捕まってしまっては詰らん!

生まれ変わっても天狼としての矜持くらいはあるからな。

 

「パパ、待てー!!」

「待てと言われて待つ馬鹿がいるか!!」

 

後ろから追いかけてくる白組の一団を引き離すようにトップスピードで駆け抜け曲がり角を曲がった所でいきなり誰かに体を引き寄せられ扉を閉められる。

クッ…伏兵か!?

 

「狼牙さん、お静かに…」

「セシリア…?」

 

どうも掃除道具を入れるロッカーに引き寄せられた様で、二人の人間が入るにはあまりにも狭く、体が密着状態になる。

セシリアが俺に体を密着させているせいで、胸が体に押し付けられて非常に精神衛生上宜しくない…。

セシリアと二人で息を止め、気配を殺しながら追っ手が離れるのを待つ。

 

『さすが、最速ISを持つ男…生身でも最速ね!』

『パパは世界を縮める男だったという事…?』

『んもう!そんな話は後にして!この先に階段が…いえ!窓が開いているから飛び降りた可能性があるわ!』

 

残念ながら、俺は早口言葉は苦手だ…途中でろれつが回らなくなる。

体に感じる柔らかな触感、伝わる鼓動、僅かに香るセシリアの香りから全力で別の事を考える事で俺は意識を逸らす…色々と終わりたくないからな。

 

「行きましたわね…」

「まだ、油断はできん…この校舎内に皆集まっているのか?」

 

人の気配が遠くなり、二人で安堵の吐息を漏らす。

セシリアは俺の着ている学ランの裾をぎゅっと握り締めていて、離れる気配が無い。

 

「いえ、簪さんとラウラさんは一夏さんの追走を…楯無さんは高みの見物ですわね…恐らく漁夫の利を狙っているのかと」

「欲望に忠実だからな…」

 

若干呆れ混じりで溜息を吐く。

楯無は勝利に貪欲だ…だからこその更識家当主、及びロシア連邦国家代表と言う立場なのだろうが。

ただなぁ…最近公私の仕分けが上手くいってない節が度々見受けられる。

何かあるのだろうか…?

 

「フフ…」

「何が可笑しいんだ…?」

「いえ、以前簪さんから借りたコミックと似たような状況だと思いまして…」

 

セシリアはウットリとした顔で笑みを浮かべ此方を見上げてくる。

確かに狭い部屋、密着する身体…と来ると少女マンガに良くある状況であると言えるだろう。

さて…そろそろ移動を開始せんと拙いだろう…いつこのロッカーを開けるとも分からんからな。

身じろぎしてロッカーから出ようとすると、セシリアはしがみ付いて俺を引き止める。

 

「お願いです…少し、このままで…」

「…一応競技中だぞ?」

「フフ、淑女とて女…積極的になれる状況ならば積極的になるものですわ」

 

セシリアは艶やかに笑みを浮かべて、目を潤ませながら此方を見上げてくる。

そんな顔をされて断れる男がいるだろうか?

いや、いない…断言できる。

 

[惚れた弱味よねぇ…私のときもそうだったけど]

 

茶々を入れんでくれ…気が滅入る…。

ともあれ、俺は結局セシリアの頼みを受け入れて出るのを止めてしまう。

セシリアは満足そうに擦り寄って胸元の匂いを嗅いで来る。

 

「汗臭いぞ…?」

「狼牙さんの匂いは好きですから…安心できますの」

 

胸元に触れるだけのキスをされ、少しだけくすぐったい。

おかえしとばかりにセシリアの額にキスをしてやる。

角度と言うか密着しすぎて唇に出来ないのが実情だが。

 

「なんだか、暑くなってしまいますわ…」

「奇遇だな…俺もだ」

 

俺は静かにロッカーの扉に耳をあて、外の様子を伺う…どうやら、勝手に外へと逃げ出したと勘違いして周辺には追っ手がいないようだ。

俺はセシリアの手を取り、ロッカーから静かに出る。

 

「セシリア、一緒に来るか?」

「えぇ、何処までもお供いたしますわ」

 

セシリアの言葉に満足そうに頷けば、俺は一路屋上を目指す。

あそこならば暫くは邪魔されんだろうしな。

 

 

 

 

「いやー、楽しかったわねー」

「えぇ、本当に…楽しかったですわ」

「セシリア、ツヤツヤしてるのは何で…?」

 

体育祭は、意外にものほほんが一夏の鉢巻をゲットすると言う珍事を以って終了した。

一体どう言う状況下でそんな事になったのか…彼女の速度はたれ○んだレベルだと言うのに。

今は全校生徒全員で後片付けの真っ最中だ。

アリーナの隅で正座して説教喰らっている一夏が見えるが、見なかった事とする。

…後で何か奢ってやろう…うん。

 

「口ばかりでなく手も動かさんとな…簪、その支柱は俺が運ぶ。お前は軽いのにしておけ」

「あ、ありがとう…狼牙」

「いーなー、狼牙君に優しくされたいな~」

「悪戯の手を抜いてくれたらな」

 

俺は閉会式の真っ最中に、白に無理矢理つけられた犬耳をピコピコと動かしながらテントの支柱を担ぎ上げる。

…感情がダイレクトに伝わるので、本当につけてもらいたくないのだが…未だに着替えていないしな。

 

「ぶ~、イイもん後で甘えちゃうから」

「お姉ちゃん、今日は自重しようか…狼牙も疲れてるだろうし、ね?」

「えぇ、えぇそうですわ…ずっと走りっぱなしだったみたいですから」

 

セシリアは俺と一緒に居たので、そんな事は無いと言う事を知っている。

ちょっとしたアドバンテージをかみ締めていたいのか、ちょろっとだけ嘘を吐いているな。

体力を使ったという点では合っているが。

 

「父様、次は何を?」

「簪、セシリアと一緒にテントの布を畳んでくれるか?」

「了解、私に任せろー!」

 

ラウラは嬉々としてはしゃいでセシリア達の元へと向かう。

ラウラにとってもいい思い出になっただろう…そう思えば、今回の騒動も悪いものではないな。

 

「楯無は俺と来てくれるか?」

「は~い」

 

支柱を肩に担いで歩き出せば、小走りで楯無が隣までやってきて寄り添う。

今日はあまり一緒に居なかったから寂しかったのかもしれんな。

 

「悪戯したでしょ?」

「さて、な…そんな事は置いておいて…ISの修復具合はどうだ?」

 

これから、大仕事が控えているのだ…何ごとも万全でありたいからな。

小声で連絡をしつつ、機材の後片付けを進めていく。

 

「明日の午後にロシアからパーツが届く…倉持にも圧力をかけて弐式のパーツ生産を急がせたわ」

「特権濫用だな」

「四の五の言っていられないもの…狼牙君を護るためにね」

 

楯無は綺麗な笑みを浮かべて此方を見つめたかと思えば、俺の唇にキスをしてくる。

周囲の人間が気付かないような自然さだ。

少しばかり呆けた顔をしてしまう。

 

「ん、狼牙君の呆けた顔…珍しいわね」

「不意打ち喰らえばこうもなる…敵わんよ、刀奈?」

 

俺は周囲に人が居ても構わずに本名で楯無のことを呼ぶ。

楯無も楯無で不意打ち過ぎたのか顔を赤くしてソッポを向いてしまう。

中々可愛らしい反応だ。

 

「帰ったら、甘えてきても構わんよ」

「本当?」

「本当だ…今日は二人きりの約束だったはずだしな」

 

目に見えて機嫌を良くした楯無は、普通の人の三倍もの速さで後片付けを始める。

なんともチョロいものだと思いながら、暮れなずむ夕焼け空を見上げるのだった。




まだまだ糖分はたっぷり用意してあるんじゃよ

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