【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
Time for work
さてさて…今週はかなり忙しい。
理由は週末…今日が水曜日だから木金土…つまり三日後に体育祭があるからだ。
生徒会は準備に追われて大忙しだ。
…あぁ、今とても反省している…決闘があるからと生徒会室に二日も寄らなかったのだ。
結果として、俺の机の上には書類の塔が二つ出来上がってしまっている。
ショルイ、キライ、ショルイ、コワイ
「すまんな…一夏は管轄外だと言うのに」
「言うなよ…っていうか、スケジュールぎっちぎちなのも問題なんだって…」
「まさかあんなに邪魔が入るなんて思わなかったものねぇ…」
「会長は口より手を動かしてください。会長の決済待ちの書類が多いんですから」
楯無は扇子で口元を隠しながらクスリと笑っている。
昨日の怪我なぞ屁でもないと言わんばかりだ…しかし、手を少しでも止めてしまった為か虚に青筋立てられながら叱られている。
そんな中、凄まじい速度でキーボードを叩いていく音が生徒会室に響いてくる。
音の犯人は…。
「虚さん、こっち…おわりました…お姉ちゃんの書類ください」
「会長…存在意義を問われかけてますよ?」
「うぐぐ…流石簪ちゃん…もう、此処は安泰ね」
「うん、楯無…ふざけていると褒美をやらんぞ?」
簪が正式に生徒会入りを果たしたのである。
理由は無論、昨日の決闘で見せた戦闘中のプログラム書き換えによるミサイルマニュアル操作の一件である。
どこのコーデ○ネイターだ。
戦闘機動を行いつつ、気流、気温、湿度の計算及び軌道修正…更に爆発のタイムラグから有効な爆破範囲の割り出しを行いながら砲撃戦をやってのけたのだ。
まず、一年生の中で抜きんでた才覚を見せ付けたと言っても過言ではないだろう。
正直、簪=単一仕様能力と言う図式が出来上がっていると言ってもいいくらいだ。
突撃馬鹿の俺ではとてもではないが出来る芸当ではない。
さて、そんな簪はのほほんに変わって書記長の立場を与えられた。
尚、のほほんは副書記と言う立場である…彼女の仕事の速度から言って復権する事はまずない。
今ものらりくらりとお菓子を食べながら遊んでるくらいだし…マスコットか?
「簪さんのお陰で俺のスケジュール本当に分かりやすくなったよ…のほほんさんだと何だかグチャグチャだし」
「む~、おりむーひどーい」
「そう言われん様にキッチリ仕事してくれんかな?」
簪は生徒会織斑一課…要は一夏の部活派遣活動のスケジュール調整役だ。
情報処理能力から言って、恐らく生徒会メンバーの中でも随一の能力を持つ簪に任せるのが妥当と俺が判断した。
これには楯無も賛同してくれて、すんなりと事が進んだ。
紙媒体の書類にペッタンペッタンと判子を押しては楯無の机にどっさり置いていく。
「なぁ、楯無…いくら体育祭と言っても申請書類多くないか?以前のタッグマッチの時より多い気がするんだが…」
「フフーン、今回もねぇ…狼牙君と一夏君には体を張ってもらいます」
「「……」」
分かってはいたが眩暈がしてくるな…女の園に男二人…目玉商品としては凄まじいものがあるが…。
楯無の言葉が聞こえていたのか、簪が頬を膨らませて不満を露にする。
「織斑君は良いけど…狼牙は、駄目」
「あれ、俺見放された?」
「いや…簪は少し視野がな…」
独占欲の現われなのか、簪は俺以外が目に入らなくなる事が侭あったりする。
若さということで今は片付けられるが、将来的には不安といえば不安である。
特定の男性にはご褒美なのかもしれんが。
一夏と一緒に溜息をつきながらいそいそと書類整理を行っていると、扉がノックされる。
「どうぞ、扉は開いていますよ」
「失礼します。大変だと聞いていたので差し入れを持ってまいりました」
「一夏に狼牙…感謝しなさいよ?」
「もう、鈴ってば…そんな風に言っちゃって」
やってきたのはセシリア、鈴、シャルロットの三名だ。
三人とも皿にクッキーやら胡麻団子やらスコーンやら…兎に角お菓子満載で持ってきている。
ふむ…こう言う差し入れは非常に一夏にとってポイントが高いものだろう…頑張れ乙女共。
「お、うまそー」
「えへへ、結構上手く出来たからね。セシリアが生徒会が大変な事になってるから差し入れ持っていこうって言ってさ」
シャルロットが笑顔で机に皿を置きながら事の経緯を説明すると、セシリアと鈴は頬を赤らめて照れている。
セシリアの料理に腕前は本当に進歩している…もはやメシマズ嫁属性は消えたと言っても過言ではないだろう。
生物兵器はこの世から消えたのだ…。
「三人ともありがとうね。虚、お茶をお願い…一息つきましょう」
「分かりました…ですが会長、貴女は駄目です」
「なん…ですって…」
「サボりが効いているからな…同情はせんよ」
楯無は思い切り机に頭を打ち付けながら倒れこみ、シクシクと泣きながら器用に書類にサインを入れていく。
普段から真面目にやらんからそうなるのだ…まったく…。
虚は生徒会室にいる人数分の紅茶を入れてそれぞれに渡していく。
ふむ…やはり香りからして違うな…殺伐としていた心が癒されるようだ。
「あの、布仏先輩…今度、紅茶の淹れ方を教わっても良いでしょうか?」
「えぇ、構いませんよ…この山を越えたら、いつでも」
セシリアは嬉しそうに笑みを浮かべながら頭を下げる。
向上心…それも俺を喜ばせるためと言う理由がついている辺り俺まで嬉しくなってしまい、思わず笑みを浮かべてしまう。
「あんた…また表情変わったわね?」
「そうか?」
「そうよ…あんた笑ってても眉間に皺寄りっぱなしだったのに、皺無いわよ…アンチエイジングでもしてんの?」
酷い言いがかりである…寧ろ今の年齢で若作り目指してどうするのだ…身長的にもショタは無理だろう。
時たま鈴は言う事が可笑しい…。
「まぁ、三人プラスαの前でくらいは笑っていたいものだとは思うが」
「銀君はナチュラルに惚気るよね…一夏もこれくらいはっきり…」
「シャル?何か言ったか?」
何で至近距離で会話しているのに聞き逃すのだろうか…。
何かの呪いにでもかかっているのだろうか…アイツにもし連絡が取れるのであれば診てもらいたいものだ…。
そして、そんな難聴鈍感を好いてしまった二人には同情せずにはいられない。
思わず溜息をつくと、セシリアと更識姉妹の溜息と重なる。
俺達の共通見解として、一夏を巡る恋模様を心から応援している。
笑えるかもしれない、泣いてしまうかもしれない…それでも恋は大いにすべきなのだから。
「なんでもないよ、一夏」
「シャル…あんたとはライバルだけど…頑張りましょ…」
「鈴…あとで箒も交えて作戦練ろうか…」
「『首輪作戦』はお勧めせんからな?」
「「!?な、なんのこと!?」」
こいつら…隠す気すらないのか…。
冷静に考えてみろ…この難聴の親族を。
間違いなく面倒な事になるぞ…傍から見ていて面白いだろうが。
「あの、ね…織斑君の家族…」
「だ、だだ大丈夫よ、うん…ほら、姉離れ弟離れって!」
「そ、そうだよ!僕たちもう高校生なんだしね!」
何をもってそんな事が言えるのかは分からんが…まぁ、骨くらいは拾っておいてやろう。
俺は、セシリアが作ったであろうスコーンに手を伸ばす。
「あ、狼牙さん…此方のクリームをタップリつけると美味しいですわ」
「ほう…では…」
カップに入ったクリームをスプーンで掬って、少しだけ割ったスコーンの中に塗りこんでいく。
たっぷりと言うくらいだから零れそうになるまでクリームを盛り、一気に齧り付く。
スコーンの香ばしい香りと、クリームの香りと甘さが口いっぱいに広がる。
じっくりと咀嚼して飲み込めば、紅茶を一口飲んで口の中をさっぱりさせる。
「うむ…美味いな…本当に、見違えるようだ」
「フフ、わたくしもあのままは嫌でしたもの」
「セシリア、本当に頑張ったもんね」
どうやら、簪も料理特訓に協力していたようだ…血の滲むような努力を…と言っても『余計なもの』を入れる癖を消す事を優先してやっていたのだろうが。
セシリアはあの時点で包丁捌き自体は問題なかったのである。
「クッキーも胡麻団子もちゃんと出来てる…シャルは言わずもがな、鈴は本当に料理上手くなったよなぁ」
「あたしだって、やればできるってことよ!」
「母国の料理以外はちょっと不得手みたいだけどね」
「シャルロット!」
放課後の生徒会室…切羽詰った中でのお茶会は、のんびりできる筈も無いのにとても楽しく、賑やかな空間であった。
下校時間間際まで伸びた書類整理は何とか一区切り付き、『今日の分』は何とか消化しきれた。
あの後、セシリア達も手を貸してくれたのだ。
セシリアは夏休みのときに補佐をしていただけあって、手際よく俺サポートを行ってくれた。
シャルロットと鈴は一夏にいい所を見せようと一夏の傍で奮闘していた。
シャルロットは優等生タイプとあってか、何でもソツなくこなす…だが、問題は鈴だ。
彼女は所謂現場主義…つまりデスクワークが非常に苦手なのだ。
順番に判子を押すだけなのに、何で書類がバラバラになるのだろうか…?
一夏、シャルロット、鈴は一足先に帰ってもらった。
まぁ、やる事も殆どないし…それにチャンスの切欠にもなるだろうしな。
「とりあえず、この場に居る皆には報せておくわね…」
楯無は何とも憂鬱そうな顔で俺、セシリア、簪と見つめてくる。
恐らく、
…絶対化学反応を引き起こすと思っていた。
「来月頭…この学園にネズミ捕りを仕掛けるわ…篠ノ之博士が」
「あー…それは…どういった…?」
「お姉ちゃん…嫌な予感しかしないよ…?」
「会長、暫く休学したいのだが…」
冗談交じりに逃げると言うと一斉に三人に睨まれる。
最早、そこには『逃がさん』と言う声なき声が…恐らく束さんの手綱代わりなのだろうな…千冬さんもずっと束さんの所に居るわけにはいかないのだから。
「詳細は教えてもらえなかったわ…ただ、大体の学生が楽しい夢を見ている隙に終わらせるそうよ。多分被害を最小限に…バレない様にする為の措置でしょうね」
「あぁ…クロエを使う気だな…あいつは幻覚を見せる」
クロエの生体同期型IS『黒鍵』の能力の一つが、周囲の人間に幻覚を見せる能力だ。
詳細は知らんが、それで何回かこの学園に紛れ込んでいる。
…学園祭のとき楽しめただろうか…?
「篠ノ之博士にピッタリくっ付いていた子ですわね…」
「本当に大丈夫なのかなぁ…」
「尻拭いの方が絶対大変だ…断言できる」
束さんは大丈夫だろうが、恐らくネズミ捕りの餌の中に自分も入れているだろう。
束さんの身柄と言うのは各国が欲して止まないものだ…ちょっと情報を流すだけで喜び勇んで駆けつけてくるだろうさ。
フルボッコにしてやるんだが。
問題は作戦内容の詳細が此方の耳に一切入ってこないという事だ。
この辺りは
「恐らく、狼牙君の身柄も担保に入れての大博打になるでしょう…だから私達は暫く四人で行動しようと思うの」
「それは構わんがな…過剰に反応しても、仕方あるまい?」
「「「何時倒れるのか分からないから(ですわ)」」」
「…ぐぅ…」
まぁ、確かにストレスには感じているがな…この間ぶっ倒れてから体調自体は良好だ…多分。
自身の体調把握が出来ないと言うのは情けないものだな。
「私達は狼牙君のこと心配なんだから」
「そうだよ…いつでも頼れるようにサポートは万全…」
「そう言うことです…わたくし達だって強くなっているのですから」
「ともあれ、過剰反応も良くはない…ローテーションを組んで一人ずつ付くのがベストだろう?」
四人で…時々ラウラも混じるから五人でぞろぞろ移動なんぞ注目の的だろう。
裏でハーレムキングなんて呼んでいると言う噂があるくらいだ…広めたやつは知っているが。
しかし来月頭か…猶予は殆どないな…。
イベントが終わったら即事件みたいな流れでかなり嫌だ…。
腕を組んで考え込んでいると、隣で白熱したじゃんけん大会が繰り広げられている…本当に好きだな、じゃんけん。
「フフフ…では、わたくしが初手と言う事で」
「くぅっ…なんでグー出しちゃったの私ぃっ!」
「…むー…でも…学校内で一緒に行動できる…」
三者三様…楽しそうで何よりだ…。
生徒会室の戸締りを整えて三人を見る。
「明日も早いし、下校時間も過ぎている…会長権限で抜け出せるが早く帰るに越した事はないぞ」
「そうね…もうお腹ペコペコよ」
「ご飯食べなきゃ、だね」
「えぇ、それでは帰りましょう」
三人を先に部屋の外に出し、部屋の隅へと目を向ける。
…忍者にはまだまだ程遠いぞ。
「クロエ、束さんによろしく伝えておいてくれ」
「っ…かしこまりました」
「部屋を閉めるから出るぞ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら扉を開き、クロエが抜け出せるだけの時間をかけて部屋を出る。
…束さんは何を考えているのやら、な…俺は一抹の不安を忘れるように部屋の鍵を閉めた。