【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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知るべきこと

放課後、一夏は箒に引っ張られ連れ去られてしまった。

話によるとIS訓練ではなく、剣道をすることになったらしい。

本来は束さんの妹だからISの事を聞こうと思っていたと言う…一夏よ…束さんとまともに連絡を取っていない箒が、ISの操作を聞いていると思うか?

首根っこを掴まれ引っ張られる一夏をハンカチを振りながら見送り、俺は画材を持って薔薇園へと向かった。

 

 

 

ベンチに座り、ノートを広げ色鉛筆を走らせる。

昼間と違い、夕焼けにさらされる薔薇はまた違った姿を見せるのだ。

黄昏時は、ノスタルジックな気分に浸らせるのか…声をかけるはずが無い人物が背後から近付いてきた。

 

「薔薇を愛でる感性がおありだとは思いませんでしたわ」

 

セシリア・オルコットである。

俺は背を向けたまま、手を休める事はしない。

 

「蝶よ花よ…とは、育てられてはいないがな。美しいと思えるものを美しいと素直に思う感性は持っているつもりだ」

 

ふぅ、と一息つき背伸びをする。

関節から小気味の良い音が響く。

 

「聞きたい事があるのだろう?」

 

ノートを閉じ、立ち上がればセシリアへと目を向ける。

どうにも浮かない顔をしているな。

 

「何故…何故、貴方は怒らないのですか?」

「ふむ…怒らない理由か…」

 

俺が怒るだけの理由にはなっていない…と言うのが理由の一つか。

 

「別に怒る程では無い」

「ですが、人は侮辱されれば怒るものでしょう?」

「俺自身の侮辱は甘んじて受けよう。だがな一夏が俺の為に怒った様に、俺は俺の誇りとするモノを侮辱されるのは我慢ならん」

 

俺自身が詰られるのは慣れもあってか大して気にはしない。

それでも譲れないものが無いわけではない。

関わってきた、大切にしてきたものを汚されるのは許さない。

例えこの手が汚れようとも、俺は守ることに躊躇しないだろう。

あんな思いはしたくないから…。

 

「オルコット、今のお前はこの世界がどう映る?」

「え……?」

「美しいか?醜いか?色鮮やかか?それともモノクロの世界か?」

 

貴族であることを誇りに思っているのであろう。

この歳の少女が貴族世界で生きていくのは、今の社会でも並大抵の努力では済まされまい。

だから、あの時努力をしている事だけは分かると言ったのだ。

 

「………」

「質問を変えよう…お前の周りは味方か?それとも敵だけか?」

「わたくしは貴族…華やかに笑い、左手に短剣を隠し持つ世界で生きているのです」

 

不憫なものだ。

味方がいない世界ほど辛いものはないだろうに。

 

「ここは学園だ。お前の生きていた世界とは違う世界がここにあるのかもしれん」

「そんなもの!」

「世界は立つ場所で見方を変える…と、ジジ臭い事ばかり言ったな」

 

軽く肩を竦め道具を片付ける。

 

「俺はな、肩肘張って強がっているのは疲れると思うぞ」

「それでも…それでもわたくしは強くあらねばならないのです」

 

貴族と言うものはどこも面倒な世界らしい。

 

「頼れよ、オルコット…この学園(せかい)は敵ばかりと言うわけでもないさ」

 

俯き拳を握り締めるオルコットに微笑みかけ、その場を立ち去る。

生まれて十五年足らずだ…世界を知るにはまだまだ若いぞ、セシリア。

 

 

 

「いやー、良いもの見せてもらったわね」

 

ぱしん、と扇子を開くと眼福と書かれている。

現在食堂。楯無と向かい合って食事を取っている。

今日の夕食のメニューは、特盛り海鮮丼と鰯のつみれ汁である。

 

「デバガメとは感心せんな」

「この学園は敵ばかりと言うわけではないさ、キリッ」

 

茶化すな、猫めが。

 

「どうにも肩肘張っているようでな…ささやかな老婆心という奴だ」

「幾つなのよ、青少年」

 

クスクスと笑いながら扇子で口元を隠す楯無…扇子の文字は年齢詐称と書かれていた…いつの間に?

 

「ピチピチの十六歳だ…これでもな」

「どうにも老けて見えるわよ」

「生まれつきだ」

 

はぁ、と溜息をつきながらもテキパキと食事を進めていく。

 

「に、しても代表候補生に喧嘩売るなんて向こう見ずね、本当」

「時に殴り合いも青春には必要不可欠だ…今回は特にな」

 

譲り譲られでは、刃を納められんのだ。

対話で知ることも重要だが時として力比べもまた、互いを知る一助になる。

 

「ISに乗ったことないのに…勝てる見込みあるのかしら?」

「勝つ見込みなぞある訳がないだろう?だがな、始める前に諦めては男としての矜持に関わる」

「おっとこらしいわねぇ」

「これでも青春真っ只中の青少年なのでな」

 

つみれ汁飲み一息付く。

出汁が効いており非常に美味しい…IS学園万歳。

 

「青春真っ只中の青少年におねーさんが手を貸してあげましょうか?」

「嬉しいお誘いだがな…まずは、自分でどれだけ出来るのか見てみたいから丁重に断らさせてもらおう」

 

ただでさえ変な噂が付き纏っているのだ…穏便とは無縁な行動ばかりとっているな。

溜息ばかり出ては幸せが逃げるというが…溜息だって出るものだろう…?

 

「あら、残念…手取り足取り教えてあげるのに」

「その内、命もとられそう…冗談だからそのスープを掛けようとするのは止めてくれ」

 

楯無が熱々のミネストローネをこちらにかけようとしてくるのを必死に宥めていると千冬さんがやってきた。

 

「銀…専用機の件なのだが…」

「織斑先生、何か問題が?」

「へぇ、狼牙君にも専用機が配備されるのねぇ」

 

何処か白々しく言う楯無を千冬さんが一瞥だけで黙らせ、申し訳なさそうにする。

 

「どうも倉持でトラブルがあったようでな…もしかしたら、来週の決闘に間に合わんかもしれん」

 

なるほど…唐突に決まった専用機で会社側もゴタついているようだ。

 

「別に構わん…もし、間に合わなければ訓練機になるのだな?」

「あぁ、そうなる…何か希望があるのか?」

 

脳裏に過る夢の内容…ISコアに心があると言うのならば…もし…もし彼女がISコアに宿っているのならば、俺は…。

 

「俺が初めて起動させた時の打鉄を用意してもらいたい…確かめたいこともある」

「確かめたいこと?…まぁ、用意する事自体は問題ないがな。整備課にはその機体を優先で整備するように通達しておこう」

 

訝しがられるが、準備に忙しいのか千冬さんはそれ以上追求することは無く立ち去っていく。

楯無が扇子を広げ此方を見てくる。

扇子の文字は興味津々。

最早突っ込むまい…本当に欲しいなそれ。

 

「どうして初めて起動させた時の機体なのかしら?」

「恥ずかしながら、あの時気絶してしまったのだがな…装着した時に懐かしい感じがしたのだ」

 

少し、驚いたような顔をする楯無。

 

「ISに触れたのは初めてで懐かしい…少し変じゃないかしら?」

「だからそれを確かめる意味合いもある」

 

楯無の言葉に頷き、席を立ち上がる。

さて、楽しい勉強を始めなくてはな。

 

 

 

部屋に帰り、教本を広げてISの機能や空中挙動に関して理解を深めていく。

結局なんだかんだとお節介焼きなのか楯無の補足付きになった…押しに弱いな…。

 

「ISは物体慣性制御装置(PIC)で姿勢制御や加速、停止を自在に行っているの。スラスターやブースターは推進補助みたいなものね。無しでも飛べるけどあれば加速力が違うの…まぁ、当たり前の話ね」

「IS戦はシールドエネルギーをゼロにしたら勝利となっているな…シールドエネルギー=総エネルギー量と言う事は無駄に動けば動く程不利になる…と言う考えで構わんな?」

「そうなるわね…そこで、IS操縦には経験の差が出てくるわけ」

 

ふむ…となると、専用機にしろ訓練機にしろ燃費を最優先に考えなければならん訳か…。

 

「専用機の性能は知らないけど、訓練機である打鉄は専守防衛の日本らしい機体ね。第二世代機では足は遅いけど、装甲がタフにできているの。特徴的な非固定武装のこの実体シールドは、少しのダメージなら戦闘中に再生できるのよ」

 

ふむ…再生する盾か…速度は分からんが頼りにはなるか?

 

「どんなに遅い機体でも素早く動かす方法はあるの」

「ほう…どんな技だ?」

瞬時加速(イグニッション・ブースト)。放出した外部エネルギーをスラスター内に溜め込んで一気に放出するの」

 

だが、美味い話には裏があるものなのだろう。

 

「デメリットは?」

「普通にスラスターで移動するよりも大きくエネルギーを消耗するのと、使用中は一直線でしか動けなくなるの…狼牙君なら分かるでしょう?」

 

あぁ、つまり相応のGが掛かる訳か。

いくら、ISのバイタルコントロールが優秀でも限度があるのだろう。

仮に瞬時加速中に横に瞬時加速しようものならば肋骨の二、三本は覚悟すべきか…。

 

「空気圧とGで無理が出来ん訳だ」

「それに初めて動かす人が簡単にできる技術でも無いし…出来ることに越した事はないんだけどね」

 

勝ちを得るならば狙う価値はあるだろう…頭の片隅に置いておくとしよう。

こうして、消灯時間まで楯無にレクチャーをしてもらい知識を蓄えた。

来週まで残り少ない時間を無駄にできん事を焦りつつ今日と言う一日を終えた。


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