【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
放課後、俺は生徒会室にもアリーナの整備の手伝いにも行く気にならず、校舎の屋上でのんびり夕日を眺めている。
理由としては単純明快…翌日に決闘を行う更識姉妹に水を刺したくないからだ。
どちらかに入れ込む…と言う事をしたくない。
ある種の神聖な儀式だ…それも避けては通れない。
時期的な関係で楯無の任期と言うのは長くても来年の夏までだ。
もし、それが過ぎれば俺がそのまま引き継ぐ形になるだろう。
俺としてはそれは物凄くつまらない…。
勝つにしろ負けるにしろ、簪には挑んでもらいたかったからな。
不意に俺の後ろに人が歩いてくる…誰かと思い後ろを振り向くと親友である一夏が立っていた。
「どうした…今日は部活の方は良いのか?」
「おう…皆、更識さん所の姉妹喧嘩に注目しちゃってそれどころじゃないみたいだ」
「今回ばかりは賭博に釘を刺さなくてはな」
俺はベンチに座り、足を組む。
一夏はそれを眺めるだけで立ったままだ。
「立ち話、にしては長くなるのだろう?座ったらどうだ?」
「いや…大丈夫だ」
「そうか…それで、なんだ?」
一夏はやや顔を伏せ、視線を逸らす。
何か、言葉を選んでいるかのようだ。
重い沈黙が屋上を支配していく…俺はただ一夏の言葉を待つだけだ。
「狼牙はさ…どうしてそこまで強くなろうと思ったんだ…?
「単純な話だ…悲しくならないように…自分も、他人も。力不足を嘆いていたくはない」
「それは…親父さん達が亡くなった事と関係あるのか?」
「どうだろうな…」
…思えば、昔から失っていく人生だったような気がする。
前世で言えば、家族を…恋人を助ける事さえできず、あまつさえ手にかける事もあった。
現在に至るまでも、両親を失ったと言う結果が必ずついてまわる。
俺の責任ではない…悪いのは突っ込んできたトラックであって、俺の落ち度ではない。
でも…もし、俺が昔のように強かったら…結果は変わっていたかもしれん。
もし…等と言っても無理な話だが。
「いや、そうだな…今でも重いしこりだ。俺が、強ければあんなに悲しい思いをしなくて済んだのに、とな」
「この間…狼牙に挑んだときさ…最後、凄く怖くなっただろ?あの時…お前が凄く遠くに見えて…俺じゃ届かないって思ったんだ」
「一夏、あれはお前が到達して良い強さじゃない」
「強さに種類なんてないだろ?」
「ある」
もし、人のみで到達しようと言うのならば…人の天敵と言われるまでに殺戮を行う必要がある。
それだけの屍を背負って到達しているのが、今の俺の強さだ。
肉体的な強さではない…内面の、精神的に壊れた強さが必要だ。
だが、それはいずれ不幸を招く…自分にではなく周囲に降りかかる不幸が。
「お前は人を殺せるか?」
「…あの時の質問に重なるよな…俺には、できない。そんな、怖いことができるかよ…」
「俺はできる…一切のしがらみを無視すれば、俺は躊躇なくそれが実行できる」
「なんだよ…それ…」
あくまでも、しがらみが無ければ…だ。
そう言った意味ではセシリア達の首輪と言うのは、しっかりと役目を果たしている。
俺は、彼女達に悲しい思いをさせたくないのだから。
「それがお前と俺の決定的な違いだ…優しいか冷酷か…殺さないか殺せるか…」
「人を…他人を殺せれば強くなれるってのかよ!?」
「…一夏、俺は其処に到達してしまった化け物だ。だが、お前はそうならずに強くなれる…千冬さんのように」
千冬さんとて、人を手にかけたことはないだろう…それで、あの強さだ。
俺とて身体能力のスペックに其処まで差があるとは思ってはいない。
もっと決定的な違いがあるのだ…俺では取り返しがつかないかもしれない決定的な違いが。
「矜持を持て…誰に対しても誇れる矜持を。決して折れない信念を持て…誰に対しても屈する事のない信念を。お前が目指す目標はきっとそれらを持っている。だから…俺を目指すな。お前には血生臭さは不要だ」
「…狼牙だって…狼牙だってそういう…怖いのはいらないだろう?」
「…もう、取り返しがつかんものでな。こんな道しか知らんし、引き返してしまえば奪ってきたものに対する冒涜になる」
まぁ、それでも…人並みの幸せは求めてしまうものだ。
それが昔の白と言う存在であるし、今のセシリア達に繋がるのだから。
…きっと救われたいのだ…優しい世界を目の当たりにして、安心していたいのだ。
「狼牙は、頑固なんだな?」
「今更だろう、親友?」
一夏は、強張っていた表情を柔らかくさせて苦笑する。
呆れられたかもしれんが…。
だが、染み付いた生き方だからな…どうにもならんさ。
「そうだよな…今更だよな」
「フォローもせんとは、酷い男だな」
「自分で言っておいてそれかよ!?」
幾分明るい顔で一夏は笑い、俺は軽く肩を竦める。
答えには至らないが、光明見たりか…そうであれば良い。
もしそれで俺と同じ道を進むというのであれば、もう止める事は叶わないだろう。
千冬さんの様になれなくても良い…誇らしい強さを持ち、それを忘れないでもらいたい。
「狼牙…タッグマッチ、覚悟しろよ?」
「ふん、お前にはまだまだ負けられんよ…セシリア達にカッコいい所を見せてやりたいからな」
「言ってろ…じゃ、俺は先に帰るぜ。また後でな」
「あぁ。また後で」
一夏と別れ、俺は水平線に沈み行く太陽を眺める。
一日がゆっくりと終わりを告げていく…やってくるのは夜闇の帳だ。
そろそろ下校時間を迎える…行かなくてはな。
屋上を後にし、階段を降りて行くと目の前にラウラが現れる。
ラウラは何処か不安そうな顔をしている。
…何なのだろうな、このあっちが立てばこっちが立たず感は。
「と、父様…待っていた…」
「連絡をしてくれれば良かったろうに」
「いや、父様も一人の時間が欲しいだろうと思ってだな…」
「父に気遣うものでもなかろう?」
ゆっくりとラウラへと歩み寄ると此方に抱きついてくる。
…一体どうしたと言うのだろうか?
俺はラウラの体を抱きかかえ、下駄箱へと向かう。
「どうした、随分と不安そうな顔をして?」
「その…分からないんだ…こうやって抱きついていないと」
「何か言われたのか?少なくともクラスの皆とは仲が良かったと思ったが」
いじめ、だめ、ぜったい。
とは言え、一組にはそんな雰囲気は存在しない。
皆仲が基本的に良い…そういった性根の腐った奴と言うのを見たことがないのだが…。
いや、何ごとも隠れてやるものか…う~む…?
「大丈夫だ…皆、あの一件の事も許してくれたし、よく遊びにも行く…」
「そう、か…?では、どうしたと言うのだ…?」
「それは、だな…その…うぅ…」
いじめが無いのであれば良いが…では、一体なんだと言うのだろうか?
朝から時折熱っぽい視線を向けてくることもあった…。
そうだと決め付けるには早計だが…考えたくも無いな。
「その…この間から…時折父様の夢を見るんだ」
「ふむ…そ、それで?」
なんだろうな…この嫌な予感が形になっていくような感覚…。
どうした…ものか…?
「父様は、私の夢の中でも優しくて…暖かくて…言葉にするのが難しいな。その、恥ずかしいんだが…裸で…」
「待て…その先は言うな…一先ず落ち着けるところに行こう…俺にもそれなりに覚悟がいる」
完全に意識されているな…そもそも最初の父様呼びからして、副官殿の間違った日本知識から始まっている。
ふわふわしていた好意の感情が此処で一端敬愛なんだと思ったのだろう。
ラウラは真面目だからな。
しかし、此処にきて事情が急変した…最近構ってやることが少なかったからな…夢に出るほど意識してしまったわけだ。
そこで、再び好意に関する認識を改める出来事が起きてしまった…と。
二人で校舎を出れば林道へ向かい、ベンチに座らせる。
俺は自販機でアイスココアとコーヒーを購入して、ココアをラウラへと渡す。
「ありがとう、父様」
「気にするな…それで、話の続き…良いか?」
「あ、あぁ…それでだな…父様の夢を見ていて…抱き締められたりとかしていて…凄く、切なくなるんだ」
…それが恋愛感情かどうかはハッキリとは認識できてはいない様だな。
俺は、ラウラを愛している。
しかし、恋愛感情とは未だ別物だ…そういう意識はできなかった。
なんせ父呼びだ…昔を思い出してその様に振舞ってしまっていたからな。
デリケートな問題だ…下手な受け答えはラウラを傷つけてしまう。
「父様に抱きついていると…傍にいると少し和らぐ気もする…父様、この気持ちはなんだ?」
「…ホームシック、という訳でも無いだろうしな。うー…あー…」
「なんだ、言いにくいのか?」
「いや、そう言うわけではないんだ」
ラウラの頭を優しく撫でながら思案する。
自惚れでなければ恋心に近いものだろう…だが…。
ラウラをちら、と見てコーヒーを飲み干す…今日のコーヒーは苦い。
「セシリアや更識姉妹が俺に向けている感情と…同じもの、だろう」
「…そう、なのか?」
「多分な」
「そう…か…そうだったのか…」
ラウラは何処か満足したかのように頷き、此方に寄りかかってくる。
さて…困った問題だ。
俺としては親子の様な関係を続けていきたいと思っている。
だが、ラウラはどうなのだろうか?
「父様、父様は私のことは好いていてくれるのだろうか?」
「今まで通りの好意は持っている…だがな…」
「いや、良いんだ…私は父様を近くで見てきた。私の持っている好意を向けるのはあの三人だけだと言うのを知っているつもりだ。私は、父様が思っているよりも大人なんだぞ?」
ラウラは自慢げに鼻で笑いながら胸を張ってくる。
俺は呆けた様にラウラを見るだけだ…なんなんだ…一体?
「コレは私の…あれだ…クラリッサが言っていた…そうだ!片思いだ!片思いとやらで終わらせる。私は、確かにセシリア達の様な感情を父様に持っている。夢の中の様な事もしてみたいとも思う。でも、それで…それで今の関係が壊れてしまうのも嫌なんだ」
「…なんだろうな…知らん内にやたらと強くなっているな」
「父様の娘で、毎日鍛えているんだ。当たり前だろう?」
ラウラはドヤ顔で此方を見つめてくる。
いやはや、俺は突き放す事もできずに…なんと臆病な事か。
「だが…これくらいは許してくれよ?」
「は…?」
ラウラはパッと立ち上がれば、俺の頬にキスをして足早に立ち去っていく。
強かなものだな、本当に。
[そう言う貴方は頑固じゃない…度量、本当はあるんでしょう?]
「良いんだ、これで。俺とラウラは今のままでいい…それに、意味は違えど愛している事に変わらないからな」
[ほーんと、頑固なんだから…でも、そんな貴方だから好いていられるのよ]
白は昔と変わらない悪戯っぽい笑い声を上げながら、優しい声をかけてくる。
変わらないモノもある…きっと。
少し、残念だったと思わんでもないが…いやいや、いかんな本当に。