【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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牙を剥く

ダイナーでハンバーガーを堪能し、学園へと急いで帰る。

慌しい休日だ…だが、門限を二日連続で破る訳にも行かないからな…。

何とか学園に到着した俺と簪は、寮で別れてそれぞれの部屋へと向かう。

多少千冬さんに厳しい目で見られたものの、前日にぶっ倒れた事もあってかお小言と茶化しだけで済んだ。

気分的には大分リフレッシュできたような気がするな。

いつもの様に扉をノックして開く。

付き合うようになってからは、必要ないと言われたのだが…まぁ、マナーとして行っている。

楯無は他人行儀で詰らんとボヤいていたな。

部屋の中は真っ暗で、誰も居ない…どうやら大浴場の方へと行ってしまったみたいだな。

 

「疲れた…が、まぁ…たまには良いか」

 

着ていた服を乱暴に脱ぎ、ベッドへと放り投げてシャワーを浴びていると楯無が部屋に戻ってくる。

扉越しに楯無が立っているのが分かる…風呂に入りたてで乱入してくる事もなかろう…と思いたい。

 

「おかえりなさい。どうだった?」

「いや、初めてのことばかりで戸惑ったな…キチンとこなせているかは分からん」

「狼牙君なら大丈夫よ。簪ちゃん、緊張していなかった?」

「いや、アレは中々度胸がある」

 

互いに今日あった事を話し、談笑を続ける。

楯無は、おやすみのキスが鮮烈過ぎて眠れなかったらしい…変な所で初な娘だ。

 

「もう…おかげで寝不足よ…狼牙君、寝かしつけてくれるのよね?」

「仰せのままに、と言う奴だ。楯無、そろそろ出るから離れていろ」

 

蛇口を閉めて軽く体の水気を払い、シャワールームから出る。

出たのは良いんだが…楯無は何故か直ぐ傍にいて此方を見上げてくる。

 

「…二人きりのときは刀奈が良いわ」

「すまんな…普段が楯無呼びなだけに間違えた」

 

更識 楯無としてではなく、ただの少女である刀奈として接してもらいたい…と言ったところだな。

事件と俺のことで色々と暗躍していたのだろう…せめて寮の部屋の中でだけは、恋する女で居たいのだろう。

体の水気をバスタオルで拭い、愛用の作務衣に身を包む。

 

「そうね…狼牙君が刀奈って呼んでくれないと、どっちが本名か分からなくなっちゃうわ」

「努々忘れんようにしよう…刀奈」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべて此方を見る楯無は、どこか満足そうだ。

楯無の腰を軽く抱き、共にベッドへと向かえば楯無を座らせる。

 

「まだ、寝るには早くないかしら?」

「まだ、な…偶には俺が髪の毛の手入れをしてやろう」

 

洗面台に置いてあったブラシを手に持って楯無に見せれば、隣に座って髪の毛を梳いていく。

念入りに手入れされている髪の毛は絡まる事無くブラシの通りが良い…ISを扱う女性、それも国家代表ともなれば普段から身だしなみに気をつけていないといけないのだろう。

髪の毛の手入れと言うのは大変だからな…ばっさり切ってから俺は大分楽になったものだが。

 

「ん…狼牙君にこうしてもらうの初めて…上手なのね…」

「孤児院で妹たちの髪の毛の手入れをしていたからな…嫌でも上手になるものだ」

 

皆、何故か俺に手入れを強請ってきたものだ…いや、何故か…ではないな。

アレは必然だ…当時は髪の毛が長かったし、美しかったからな…自賛になるが。

優しくブラッシングをしていると、徐々に楯無が此方に体重を預けてくる。

 

「妹達…ね。いい子だった?」

「あぁ…皆我侭を言う事も無く、心の優しい子ばかりだよ。些かヤンチャが過ぎるときがあるのが偶に傷だが」

 

例えば勉強に励んでいると、何処からとも無くドロップキックが飛んできたり。

例えば御飯事に付き合ってやると、いつの間にかドロドロの愛憎劇が繰り広げられていたり…。

 

「狼牙君って…面倒見、良いわよね…やっぱり大人だからかしら?」

「最近は子供だと思えるよ…今もお前を独り占めに出来ている優越感に浸っている」

「あら…うれしいわね。ねぇ…もし、私が他の人と結婚なんてなったら…」

「セシリアに聞いたな…?」

 

不穏な事を口にされるとどうしても不安になるな…あの親父殿と真正面でぶつかるのか…俺は。

楯無は静かに頷いて不安そうに見つめる。

普段、俺を信頼をしてあまり嫉妬等を表に出す事は無いが…言葉にしなければ分からない不確かなものがあるか。

 

「安心しろ…世界中が敵に回っても必ず奪いに行く。お前は、俺のものだ」

「そうやって…はっきり言うの…カッコいいわ」

「褒めてもらえて何よりだ…中々人前では言い辛いがな」

 

だが、本心だ…誰にも渡せんし、傷つけもさせん。

浅はかな独占欲…彼女を束縛したいという願いの一端だ。

理性ではいけないと分かっていながら本能が彼女を…彼女達を欲し続ける。

 

「そんな顔をしないの…私は、狼牙君のモノになりたいわ」

「モノであっても人だ…愛する人で居てほしい」

「もちろん…」

 

楯無は嬉しそうに微笑み、完全に俺に体を委ねて来る。

石鹸やシャンプーではない甘い香りが鼻腔を擽る。

彼女の匂いは…長いこと寝食を共にしていて嗅ぐ事が多かったせいか、とても安心する。

 

「う…気持ち良い…これから、毎日やってもらおうかしら…?」

「俺は別に構わんがな…」

 

うとうとと楯無舟を漕ぎ始めたので、ブラッシングの手を止めて膝枕をしてやる。

堅いかもしれんが…世話になっているしな…愛情くらいでしかお返ししてやれんのが辛いところだ。

楯無は俺にしがみ付くようにして身を捩る。

 

「ん…良い匂い…」

「明日からまた大変なんだ…ゆっくり休めよ…」

 

楯無…否、刀奈の頭を撫でながら、自然と微笑む…。

俺の目の前でだけ見せてくれる表情と言うのは、存外に気分を高揚させてくれる。

まぁ、問題は…このままでは俺は眠る事が出来ないと言う一点のみなのだが。

 

 

 

 

座った姿勢のまま仮眠を取って迎えた月曜日。

人間横になって寝るべきだと改めて思う…体の節々が痛んで仕方ない。

とは言え、幸せそうに眠っていた楯無を見てどうして文句が言えようか…惚れた弱みと言うのは何よりも強大な弱点となりうる。

朝食時、相変わらずラウラは俺の膝に座ってくる…完全に自分専用の特等席だと言わんばかりだ。

父様呼びも相変わらずなのだが…時折熱っぽい視線を向けてくる。

…深く考えるのはよそう。

 

「簪さん、取材の方はどうでした?」

「楽しかったよ…狼牙、かっこよかったし」

「斡旋した私が言うのも何だけど、羨ましいわ」

「その内全員でと言う事もあり得なくは無いだろう」

 

一足先に朝食を食べ終えた俺は、何となくサンドウィッチを食べ続けるラウラの頭を撫でる。

あまり手入れしていないように思えるが、同室がシャルロットと言う事もあってその辺りのケアは徹底されている。

シャルロットは可愛いものが好きだからな…ラウラに対する入れ込み具合も中々凄い。

少し前に聞いたラウラの愚痴の中に『シャルロットが怖い』と言うのもあったな…部屋で何が行われているのか気になるところではある。

 

「父様と、か…うむ、私も撮ってもらいたいな」

「写真部に頼めば撮ってもらえそうよね」

「代わりに俺が写真部の玩具にされそうだがな」

 

以前から度々被写体になってくれと言う依頼が、生徒会ないし俺自身に直接来ている。

楯無がいい顔をしなかったので却下されていて、終ぞ俺が被写体になるのは盗撮されている時くらいだったのだが。

…此処のところ暫く絵から遠ざかっていたな…一人一人の似顔絵を描いていくのもいいかもしれん。

 

「裸で撮ろうとしたら流石に止めるわよ…私達だけしか見てないのだから」

「えぇ…狼牙さんの裸は私達だけ…」

「…これが愉悦、なんだね…」

「お前達、目が怖い…というか玩具にされる前提か」

 

どうも写真撮影は本気らしい…セシリア達は完全に乗り気だ。

ラウラは猫がじゃれるように頭を胸元にこすり付けて見上げてくる。

 

「父様と撮影するときは、学園祭のときの執事服が良い。あれは良く似合っていた」

「服に着られている感があったがな」

「そんなことありませんわ!とてもお似合いでしたもの!」

「二日目の時の姿も最高だったわ」

 

…当方、無理矢理でもなければあのオプション(犬耳)をつける気はさらさらない。

勘弁してくれ…感覚を共有している所為か、感情が支配できなくなってしまう。

わいわいと雑談をしていると、急に簪が黙りこくり俯いてしまう。

一体どうしたのだろうか…?

 

「簪、大丈夫か?おなかが痛い、のか?」

「違う…あのね皆に聞いて欲しい…特にお姉ちゃんには」

「あら…どうしたの?」

 

ラウラが心配そうに声をかけると、簪は首を横に振り顔を漸く上げる。

その目には何か決心したかのような輝きがある。

 

「お姉ちゃん…ううん、生徒会長楯無に私は挑戦をする」

「っ…!!」

 

楯無は息を詰らせ、大きく目を見開く。

…思うところあった、か。

昨日、簪は楯無の事を目指すべき目標だと言っていた。

ISが完成し、武装はまだ未完成部分もあるが充分に稼動する…何時挑んでも可笑しくない頃合か。

一度、ぶつかってみるべきだと言う判断もあるかもしれんな。

生徒会長は、挑戦を申し込まれたら受けなければならない。

それが誰であっても、時と場所を選ばずにだ。

それゆえの『学園最強』の称号なのだから。

 

「…簪…私は手加減しないわよ?」

「手加減されて、負けた理由にされても困る…。私は全力のISバトルを申し込む!」

「姉妹の喧嘩…と言う訳ではないのですね」

「あぁ…宣戦布告はとうの昔に済んでいる…まさか、今挑戦状を叩き付けるとは思わなかったが」

 

楯無と簪…どちらも不敵に笑い、視線で火花を散らす。

俺はそれをただ穏やかに眺めるだけだ。

今もてる全力で強敵に挑む…勇気のいるその行為を簪が漸く行ったのだ。

心配、と言うよりも嬉しさの方が際立ってしまう。

 

「父様…どうして笑っているんだ?」

「さて、な…単純に嬉しいから、だと思うがな」

「フフ…そう言うところ、本当にお父様と言う感じがしますわね」

 

セシリアは茶化すように言い、此方を見つめてくる。

長く傍に居たのだ…成長を知れれば嬉しくもなると言うものだ。

 

「簪、明日の放課後、第一アリーナ…いいわね?」

「もちろん…きっと、お姉ちゃんを越えてみせる!」

 

更識姉妹は互いに啖呵を切れば、同時に立ち上がり食器を片付けに行く。

因縁の本当の意味での決着がつく…俺はそれをただただ見守ろう。

愛する女性達の戦いなのだから。


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