【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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Don`t forget this happiness

黛さんに連れられ地下のスタジオフロアにある更衣室へと通される。

まさか、この歳で専門のスタイリストのお世話になるとは思わなかったな。

美容院に行くといっても毛先を整えてもらうくらいだったしな。

用意されたカジュアルスーツに袖を通し、髪の毛もオールバックに整えられメイクも薄くだが施される。

…ホストみたいな出で立ちだな…遊び人の様に見えて仕方がない。

世話をしてくれたスタイリストの方に礼を言いスタジオの椅子に座る。

 

「うむ…どうにも視線を感じるな」

「まぁ、女性の多い職場だしね。狼牙君、さっきよりもよりアダルティな雰囲気を醸し出してるから余計かもね」

 

居心地悪そうに座りながらぼそりと呟くと、聞こえていたのか黛さんが答えてくれる。

どうも、緊張しているように見えるらしい…。

仕方ないと言えば仕方ないが…雑誌のモデルなんぞ初めてなんだぞ?

 

「日頃鍛えているお陰と思うべきか…老けて見えていると思うべきか…」

「両方かしらね…高校生の顔つきしてないもの。ところで、鍛えてるって言うけどどんなトレーニングを?」

「朝目覚めたら軽く準備体操をしてからハーフマラソンを全速力で行い、その直後に腕立て、片手腕立て、腹筋、背筋をそれぞれ三百。その後乱入があるか否かで内容が変わるが、組み手を行う」

「…人類最強でも目指しているの?」

 

つらつらと最近のメニューを言うと、段々と黛さんの顔が呆れ顔になっていく。

見ていて少し面白かったな…まさかあそこまで呆れられるとは思わなかった。

…良く考えたら、セシリア達も回数が少ないとは言えついてきている。

なのに、女性特有の柔らかさを維持しているというのはどういうことなのだろうか?

…いや、深く考えるのはよそう…。

 

「しつれい、します…」

「あ、来た来た。うん、似合ってるわよ簪さん」

 

黛さんと談笑していると、簪が着替えを済ませたのか此方へとやってくる。

トレードマークの眼鏡はつけたままだが、カジュアルドレスとかドレスワンピースと呼ばれる衣装を身に纏っている。

ふんわりとしたスカートが可憐さを際立たせているようにも見える。

 

「良く似合ってる…だから、不安そうな顔をしてくれるな」

「なんだか、緊張しちゃって…狼牙は…なんだか夜の街で仕事してる人みたい」

「言わんでくれ…理解はしているんだ…」

 

褒められた事にホッとしたのか、安心したような顔で簪は俺のことを茶化してくる。

緊張している、と言う割には落ち着いている雰囲気だ。

目立たないようにしていたとは言え、代表候補生…メディアに露出する機会もそれなりにあるはずだ。

場馴れみたいなものはあるのだろうな。

 

「それじゃ、撮影始めましょうか。時間押してるしサクサク行くわよ~」

「「「はーい」」」

 

スタッフの皆さんが返事すれば、俺と簪は撮影ブースへと案内される。

撮影ブースにはモダンなインテリアが置いてあり、それらを用いて撮影をしていくようだな。

まずは二人で寄り添うように立ち撮影をしていく。

 

「結構、サマになってるじゃない。経験者?」

「私は、少しだけ…候補生になった時に撮影がありました」

「俺は今回が初めてでな…どうにもぎこちない感じがする」

「そんなことないわよ~。じゃぁ、次は~…」

 

それ程際どい様なポーズを指示される事なく、撮影は順調に進んでいく。

簪は終始笑顔で、時折熱っぽい視線を此方に向けてくる。

恋する少女そのものなその表情を見ると、柄にも無くドキドキしてしまうものだ。

化粧を施された簪の顔は、いつにも増して色気がある。

きっとその所為なのかもしれないな。

二人でソファーに座り、撮影もいよいよ終わりを迎える様だ。

 

「二人とももっと寄ってもらっても良いかしら?」

「は、はい」

 

簪がこちらに寄ってくれば、特に意識する事無く腰に腕を回し密着するように抱き寄せる。

学園内のベンチや部屋でよく抱き寄せているので本当に自然と行動してしまった。

 

「簪さんは、いつもそうしてもらってるのかしら?」

「えっ…あの…その…」

「二人きりのときは大体こんなものだ…」

 

簪は顔を真っ赤にしてアタフタとしてしまっているので、代わりに答えてやる。

と、言うか楯無経由で殆どの情報が黛さんに渡っていると見ても良いだろう…今更恥ずかしがる必要も無い。

 

「そしたら、顔をもっと近付けて…そう、キスする直前みたいに」

「簪が保つか分からんな」

「あぅ…」

 

軽く肩を竦めて、黛さんの指示通りに顔を近付ける。

キスする直前と言うお題ではあるので、簪の顎に手を添えて此方へと向かせる。

…うむ、完全に女垂らしのソレだな。

なまじっか否定できるような要素も無いので何とも言えんが。

徐々に、徐々に顔を近付けると簪は意を決したかのように目を閉じキスをせがむ様な顔になる。

もう少しで触れるかもしれない…と言う所でカメラのシャッター音が響き渡る。

 

「はい、おっけー!お疲れ様!…あれ、どうしたの?」

「な、なんでもありません!」

「可愛いだろう?」

 

黛さんは、簪のがっかりとした顔を見てニヤニヤとした顔になる。

本当にキスする気満々だったんだな…場の空気に呑まれてしまっていたようだ。

顔を真っ赤にしてそっぽを向く簪の頭を優しく撫でる。

 

「あら、お惚気かしら?」

「記事にされるんだ、多少は構わんだろうに」

「フフッ案外、強かなものね。今日はこれで終わりだから着替えて上がって頂戴。衣装はスポンサーからのプレゼントだから持って帰ってね」

「わかりました。今日はありがとうございました」

「此方こそ、ご協力ありがとうございます。それじゃ、もう暗いから気をつけてね」

 

黛さんやスタッフに頭を下げて、簪と手を繋いでスタジオを出て更衣室へと向かう。

更衣室に入るまで顔を真っ赤にしていた簪が何処か可笑しくて、思わずクスリと笑ってしまったのは秘密だ。

知られたら拗ねられかねん。

 

 

 

 

 

「狼牙、今日はもう遅いし…外でご飯食べない?」

「それは構わんが…何か食べたいものはあるのか?」

 

着替えを済ませ、ネバーラップ出版を出た俺たちは夜の街を歩く。

明日が休みであるならば外泊…と言う手段が使えたのだが、文句は言えまいよ。

簪は人差し指を唇に添え、暫く考え込んだ後に立ち止まる。

 

「ハンバーガーがいいな」

「ジャンクフードか…偶にはそれも良いかもしれんな」

 

ニコリと笑って簪は一軒の店を指差す。

所謂アメリカンダイナーと呼ばれる店だな。

アメリカのレストランをモチーフにしていて、ファスト・フード店のハンバーガーよりも高級志向だ。

しかし、簪とハンバーガー…何処かミスマッチな気がせんでもない。

 

「意外、だと思ったでしょ?」

「まぁな…どちらかと言うと楯無のほうがそう言う感じがする」

「確かに…お姉ちゃんも結構、好きだよ?」

 

ダイナーの中は古き良きアメリカと言った雰囲気で、昔の映画のセットの様な雰囲気がある。

ふむ、こんどナターシャさんに教えてみよう…案外喜ぶかもしれん。

テーブル席に案内されメニューを二人で眺める。

 

「色々あるね…やっぱり、私はオーソドックスなハンバーガーにしようかな…」

「では、俺はチーズバーガーにでもするか…飲み物はメロンソーダで」

「意外、だね…コーヒー飲むのかと思ってた」

「中々メロンソーダは手に入らんからな…こう言うところでもないと飲めん」

 

昔は結構コンビニでも売っていた様な気がするんだが…復活してくれるとありがたいんだがな。

時々、あのチープな味が恋しくなるのだ。

店員に注文を頼み、暫く待つと竹串で無理矢理挟んだハンバーガーと山盛りのフライドポテトと飲み物が運ばれてくる。

 

「これでもアメリカサイズよりも小さいのだと言うのだから驚きだな」

「食べきれるかな…」

「案ずるな、夜は結構食える」

 

二人で同時にハンバーガーを持てば、一斉に齧り付く。

口の中に広がる牛肉の香りとチーズの香りが食欲を増進させる。

ポテトを食べる前にメロンソーダを流し込みポテトを手に取る。

塩が振られたシンプルなソレはカリッカリに揚げられホクホクとした芋の食感も残している。

うむ、美味い…ただ…毎日は食えんな…。

簪の方へと目を向けると鼻の頭にケチャップがついてしまっていた。

 

「簪、動くなよ?」

「うん…?」

 

簪は不思議そうな顔で此方を見てくる。

テーブルに体を乗り出して簪の鼻についたケチャップを指で拭い舐める。

 

「あ、ありがと。大きいから、顔に付いちゃうね」

「男性向けの食べ物である事は否定せん…だが、美味しいな」

「そうだね…あ、狼牙…はい、あーん」

 

簪はお返しとばかりにポテトを一本手に取り、此方へと差し向ける。

最早慣れてしまったもので、特に気兼ねする事無く俺は口を開いてポテトを食べさせてもらう。

…一瞬殺気を感じられたが些細なものだろう。

少しだけ優越感を得られた気がするな。

 

「今日は、楽しかったね…」

「あぁ…大して無茶振りもされんで済んだし…確か来月号に載っているだったか」

「うん、発売前にサンプルを送ってくれるって言ってたよ」

「…今思えば中々恥ずかしいものがあるな…遠くの友人達に息災な事が伝えられるから良いが」

 

重要人保護プログラムの一環で、孤児院以外の友人とは連絡が取れなくなってしまっている。

升田さんは偶々この街で喫茶店をしていたので直ぐに会いに行くことができたのだが…何とも寂しいものがあるな。

 

「狼牙は…色んなところに行った事がある、んだよね?」

「あぁ、北は北海道から南は九州まで、とな…盥回しにされていただけだがな」

 

重要人保護プログラムで縁が切れてしまったのは何も友人だけではない…あの金の亡者である親戚連中も一緒に切れたのだ。

そういった点では感謝せずにはいられんな…些か薄情かもしれんが。

 

「親戚の方って…そんなに酷かったの?」

「見ていたのは俺が継いだ遺産くらいだからな…あくまで付属品だった俺は容姿もあって気味悪がられた、と」

「狼牙の背景をしらないと、荒まない理由が分からないね」

 

簪はクスリと笑って食事を続ける。

確かに、前世から引き継いでいたものが無ければ相当に荒んだ性格をしていただろう。

だが、今は亡き祖母が正してくれていたと言う事もあったかもしれない。

…真っ直ぐな方だったからな…ある意味で憧れる。

 

「だが、まぁ…あの盥回しが無ければ見れなかったものがあるわけだし、そう悪いものでも無いな」

「そう言う風に見方を変えられるのって、凄いね」

「そうでもない…それに、簪も見方を変えることができただろう?」

 

辛い行き違いの果ての仲違い…簪は見方を変えて姉と向き合えた。

取っ掛かりを作ったとは言え、そう簡単にできる事でもないだろう。

向上心やチャレンジ精神が強いのかもしれない…間近に居る目標のお陰で。

 

「狼牙のお陰、だよ…誰が何と言ってもね。狼牙が居て、思ってくれたから…前に進めた」

「簪にそう言われるのは光栄な事だな」

 

いつもとは違う二人きりの夕食は、とても楽しく時間もあっという間に過ぎ去ってしまう。

せめて、明日が休みならばと…そう本気で思ってしまった。


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