【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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月は照らし、陽はまた昇る

スコールとの遭遇の後、白には侵入されている事を千冬さんに報せてもらい学園内のシステムチェックをお願いした。

此処に態々侵入してきたと言う事は、何か置き土産をしている可能性が高い。

で、あれば慎重にもなると言うものだ…まさか、スカウトする為だけに危険を冒す必要もあるまい。

下駄箱で靴を履き替え校舎を出た直後に、横合いから思い切り体当たりされるように抱きつかれる。

 

「狼牙…!!」

「簪か…大丈夫だ、ピンピンしてる」

 

よろける事無く受け止めた俺は、優しく簪の体を抱き締めて頭を撫でてやる。

気が気でなかったのだろうな…皆の前で無様にも気を失ってしまったのだから。

今後ともに気をつけねばなるまい…彼女達の頼りになる男としていたいからな。

 

「ごめん、なさい…私達が…我侭ばかり言っているから…!」

「女の我侭は男の甲斐性…とな。何も気にするな…だから、顔を見せてくれ」

「…っ…」

 

簪は押し殺すように涙を流し、体を震わせている…もしかしたら死んでしまうかもしれない等と思ってしまったのかもしれない。

死ねるか…こいつら残して死んでしまっては、死んでも死に切れん。

慰めるように頭を撫で続け、顔を上げてくれるのを待つ。

 

「なんで…怒らないの…?」

「寧ろ、怒られるのは俺のほうだろう…何時ものように抱え込みすぎていたみたいだしな」

 

漸く顔を上げてくれたと思えば、泣いた所為で目元は赤く腫れてしまっている。

ただ、眼鏡はつけていなかったようだ…俺の目の前でだけこうして眼鏡を外していてくれてる事に若干の優越感を覚えずにはいられない。

やさしく目元に溜まる涙を拭いながら、視線を合わせるように跪き見つめる。

 

「信頼していないわけではない…お前達に辛い思いをして欲しくないと思って、抱え込んでしまうのだ。どうか…許して欲しい…それでも、愛していて欲しい」

「狼牙の事…嫌いになんてなれない、よ…」

 

簪は涙を流しながらも、笑みを浮かべて首を横に振る。

…まだ、頑張れるさ…皆が居るのだから、へこたれてもいられんよ。

 

「もう、門限も過ぎているだろう?一緒に怒られるとしようか」

「あ…うん、そう、だね…」

 

簪は門限のことを忘れてずっと俺が起きるのを待っていたようだ…朝まで目覚めなかったらどうするつもりだったのだろうか?

幸い明日は日曜日なので大きな問題にはならないだろうが…。

 

「セシリアと楯無はどうした?」

「セシリアは、さっきまで一緒に居たんだけど…先に寮に戻っちゃった。お姉ちゃんは、狼牙が倒れた後に篠ノ之博士と一緒に織斑先生の所に行っちゃった」

 

…セシリアは恐らく、簪のアリバイ作りか…今日は俺の部屋に集まる予定ではあったし。

楯無と束さん…千冬さんともなれば今後の学園防衛に関してか…束さんがここに居る事は表沙汰にされないとは言え、VIP待遇となるだろう。

そのあたりの打ち合わせもあると思うが…楯無、骨は拾ってやろう。

 

「どうせ、怒られるのならば…少し歩こうか」

「…いいの?」

「構わんさ…中々二人きりにはなれなかったしな」

 

立ち上がり手を優しく繋ぐと、簪は嬉しそうに頷いて寄り添ってくる。

あの二人には悪いが…待っていてくれていたしな。

かなり大回りになるルートで歩き始める。

夜空は晴れ渡り、ふと本土側の海を見ると仄かに明かりが見える…恐らく工場地帯だろう。

仄かな明かりは何処か幻想的にも見えてくる。

互いに語る言葉もなく、静かに…ただゆっくりとした歩みで歩いていく。

ただ、傍にいてくれるだけで良いと思える。

 

「狼牙…怖かったよ…居なくなるんじゃないかって…」

「居なくならんよ…お前達残して何処かに行けるわけがない」

「怪我、してないのに…倒れたから…怖かったんだから…」

 

簪は立ち止まって此方を見上げてくる。

いつも気弱な瞳が、そのいつも以上に気弱に見える。

 

「大体、今までの事件がいかんのだ…俺一人狙うならまだしも、周囲の人物も巻き込むような事件ばかりだったからな。俺はお前達にも…そして友人達にも悲しい思いはさせたくないのだ」

「狼牙は…もっと自分を大切にしないと、だめだよ…」

「…此処に至るまでに色々な犠牲があった。勿論、俺を産んでくれた両親の為にもそう簡単にくたばるつもりは無い。だが…時折薄汚れている気がしてな…」

 

負い目だ。

前世から続く俺の負い目。

生まれ変わったのだからと切り替えることはできても、へばりついて剥がれないヘドロの様に乱し続けている。

何人…利己的に殺し…何人…手が届かずに救えなかったのだろうか?

いかんな…俺の方こそ気弱になってしまっているな。

 

「汚れてなんか、ない…狼牙は汚れてなんか無い…!!」

「簪…?」

 

簪は俺の胸を両手で叩き、怒ったような顔で見上げてくる。

…優しい、娘だ。

 

「狼牙は汚れてなんか無い。狼牙はいつだって一生懸命だっただけ…私から…私達から見ている狼牙はいつだって…輝いて見えているんだから!」

「お前達がそう思ってくれている事…本当にありがたく思うよ」

 

…あぁ、だから無理をしてでも頑張りたく思うのだ。

彼女達の期待を裏切りたくないからな。

ただ…少しくらいは甘えても…と思えるようになったのは、単純に俺が幼くなってしまったからだろうか?

それとも、成長できたからなのだろうか?

簪は俺を抱き締めて、見上げてくる。

 

「例え…皆が狼牙の事を嫌いになっても、私はずっと愛してる」

「…俺も、愛しているよ簪」

 

欠けた月に照らされた簪の顔は、先ほどの気弱さとは打って変って強い意思を感じられる。

今の簪を見ていると、今まで以上に愛おしく思える。

惚れられ惚れて…がっちりと首輪を付けられてしまっている。

決して不快な感情は浮かばない。

優しく唇を重ね合わせ、再び歩き始める。

どんな暗闇の中でも、彼女と…彼女達と居られれば進める様な気がするな。

 

 

 

なお、締まらない話ではあるのだが…門限を過ぎて戻ってきた俺と簪は、寮長代理の山田先生にこっ酷く怒られてしまった。

 

 

 

「狼牙君、簪ちゃん…丁度良かったわ」

「おはよう、楯無…徹夜明けご苦労様だ」

「お姉ちゃん、おはよう」

「お疲れ様です楯無さん」

 

翌朝、帰ってこなかった楯無を除いて食堂で食事を摂っていると楯無が目の下にクマを作ってやってくる。

どうやら、天災に振り回されたようだな…ご愁傷様としか言いようが…。

 

「おはよ、皆。早速で悪いのだけれど、お願いを聞いて欲しいのよ…」

「楯無からの願いであれば…まぁ、物には依るが断らんぞ?」

「どうしたの?」

 

簪と二人で顔を見合わせ首を傾げる。

疲れ切った顔ではあるが、どこか楽しそうと言うか嬉しそうな顔をしている。

一体どうしたと言うのだろうか?

 

「インフィニット・ストライプスって雑誌知っているかしら?」

「IS関連を中心に国家代表から代表候補生の特集を良く組んでいる雑誌ですわね」

「詳しいな、セシリア」

「わたくしも何度かグラビアを載せていただきましたし…」

「その雑誌がどうかしたの?」

 

セシリアは何処か得意顔で俺に概要を教えてくれる。

雑誌はあまり読まんからな…強いて言うとゲーム雑誌と漫画くらいか。

最近はゲームをする暇があまり無いのでそちらも疎遠気味ではある。

 

「薫子から狼牙君と日本の代表候補生である簪ちゃんに取材許可取ってもらいたいってお願いされたの」

「黛 薫子か…ウラ、ないよな…?」

「くっ…羨ましいですわね…簪さん…」

 

正直黛 薫子は苦手だ…いや、人間自体は良いのだが…あの捏造癖はどうにかならんものか…?

セシリアは物凄く羨ましそうな顔をしながら簪を見つめている…まぁ、日本の雑誌ではあるし、日本人である俺と何かと関係が深い日本の代表候補生の組み合わせで取材したいと言うのもあったのだろう。

セシリアを宥めるように頭を撫でて、落ち着かせる。

 

「でも、まぁ…取材くらいなら構わんが…」

「うん…そんなに難しいものでもないし、ね…」

「ありがと、編集部の地図は後で送っておくから午後三時に着く様に向かってくれるかしら?」

 

随分とまぁ…急な話だな…いや、昨日俺がぶっ倒れたのも悪かったんだが。

しかし、取材か…あまり口が回らんのだが大丈夫だろうか?

 

「あ、セシリアちゃん…食事が終わったら部屋に来て貰ってもいいかしら?」

「え、えぇ…構いませんが…どうかしましたの?」

「こっちはこっちで大切なお話があるのよ…悪いけど付き合ってもらえる?」

「わかりましたわ」

 

楯無は何処か悪戯を思いついているかのような笑みを浮かべて、セシリアを見つめている。

なんだろう…嫌な予感がするな…碌でもないことを考えているのではあるまいか…?

 

「それじゃ、ちょっと仮眠してくるわ…」

「ちょっとまて、楯無」

「え…?」

 

立ち去ろうとする楯無の足を止め此方へと引き寄せれば、軽くキスをする。

周囲に野次馬がいようがお構い無しにだ…悪戯を仕掛けられる前に仕返しの前払いだ。

楯無は驚いたように目を見開き、次第に目をトロンとさせる。

 

「パパ、大胆!!」

「そんな!あんまりだ!!もうパパのファンやめます!」

「朝っぱらから熱い!熱すぎるわ!!」

「ねぇ、私のコーヒーに砂糖を山盛りに入れたのは誰かしら?」

 

食堂は騒然となり、一部では絶叫まで響き渡る始末だ。

…なんだろうな…これもまた平和の形の一つかもしれん。

 

「おやすみのキスには充分か?」

「え、えぇ…うん…あり、がと…」

 

楯無はどこかモジモジとすれば、顔を真っ赤にしてそそくさと立ち去っていく。

幾分少女らしい雰囲気になっていて、中々見られん一面だな…楯無は不意打ちに弱い、と。

穏やかに笑みを浮かべていれば、両側から耳を同時に引っ張られる。

 

「狼牙」

「狼牙さん」

「…痛いから離してくれんだろうか?」

 

セシリアと簪は頬をひくつかせながら力を一切緩める事無く、俺の耳を引っ張り続ける。

千切れても再生するんだろうが…流血沙汰には気をつけたい所存だ。

 

「修羅場よ…久々の修羅場!」

「いやー昼ドラって本当にいいものですよね」

「私達のひび割れそうな乾いた生活に潤いを与えてくれる…」

 

野次馬も野次馬で此方を注目して今後の動向を生暖かく見守ってくる。

いや…養分を振りまきすぎたな…勢いでキスなんぞするものではなかった。

両側から副音声でガミガミと小言を貰いながら、楽しい朝食の時間は過ぎていった。

 


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