【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
IS委員会での事情聴取を強制的に切り上げられた俺は、千冬さん、束さん…そしてクロエを伴って学園へと帰還する。
束さんが普通に此処までついて来た理由が不明だ…まさか学園に居つくつもりではあるまいな…。
だとするならばかなり拙い気がする。
篠ノ之 束の頭脳は世界各国が欲して止まない存在だ…あまり表沙汰にはならないが、学園は権謀術数渦巻く暗い部分がある。
そこに鴨が葱を背負ってやってきたともなれば…ウゴゴ…。
何故こんなにもトラブルメイカーが多いのだ…そんなに俺が嫌いなのか?
[あら、いつもの事じゃない…トラブルはお嫌い?]
食傷気味になると言うものだ…。
進んで解決に奔走しているが、それでも体には堪える…別方面からのナンパも増えたしな。
「ろー君ってば、ず~っと難しい顔しているよね?」
「そうだな…どうしてこんな事になってしまったのか皆目検討つかないのでな」
束さんは相変わらず俺の腕に抱きついて、その分厚い胸部装甲を惜しげもなくアピールしている。
スーツと言うある種の禁欲的な格好が、逆にそういった女性らしい部分を強調しているようにも見える。
…束さんを普通の女性扱いして良いものか分からんがな。
「束…どこまでついて来る気だ?」
「え~、邪険にしちゃう~?」
「あぁ、するな。帰れ」
千冬さんはそれなりに苛ついているのか、言葉の端々に棘がある。
対する束さんは涼しい顔で、クロエに至っては平常運転…表情をピクリとも変えない。
まぁ、元よりクロエは表情変化に乏しい性格をしているのだが…。
外見だけで判断するならば、ラウラとそう大差ない年齢に見える。
束さんが興味を持ち、共に生活しているともなればその出自は間違いなく特殊なものだろう…。
で、あれば…髪の色や肌の色から察するに、ラウラと同じ存在なのかもしれん。
何となく隣を歩くクロエの頭を撫でる。
「…何か御用ですか?」
「いや…何となくだ。迷惑か?」
「いいえ」
クロエは表情一つ変えず、目を開く事無く此方へと顔を向ける。
本当に感情表現に乏しい少女だ。
クロエの頭を撫で続けていると、束さんが口を尖らせて此方を見上げてくる。
「束さんも頑張ったから、頭撫でて欲しいな~。むしろ撫でるべきだよね~」
「束、お前は他人に迷惑をかけ続けているんだ…むしろ撫でられるまでもなく善行に励め」
「千冬さん、辛辣だな…」
どうにも委員会での一件が気に食わないらしく、千冬さんはさっきから束さんにあたっている様に見える。
…表面上、こちらに配慮しているかのように思わせ、実際は道具か邪魔者のようにしか見ていなかったな。
コアを摘出した事からもそれが伺える。
スコールがあの場に居た事から、繋がりもあるだろう…。
案外コアを摘出したのも、俺の無力化を狙っての事だったりしてな。
無意味だが。
「そう、束さんにあたらんでくれ…結果として委員会は黒に近いグレーと言う事が分かったのだしな」
「…あそこまで愚かだとは思っていなかった…利権の亡者共め…」
千冬さんは鼻で笑い、舌打ちをする。
権力から独立した存在であるこの学園も、委員会の傘下に納まっている。
今後も銀の福音襲撃事件の時の様に掌の上で踊らされ続ける可能性も否定はできまい。
「コアが無ければ何もできない存在なんだし、無視無視。そんなことよりもちーちゃん、使ってない場所ってある?」
「あるが、お前に貸す場所なんぞ無い」
「ろーく~ん…さっきからちーちゃんが冷たいよぉ」
「いや、正直に言えば俺も束さんがここに居るのは…ちょっと…」
普段の生活からして干渉してきそうである。
嫁三人が、まずいい顔はすまい。
そう、目の前で仁王立ちしている三人…みたい……な…。
「おかえりなさい、狼牙君」
「無事に終わったみたいだね、良かった」
「ところで、狼牙さん…侍らせている女性について説明してもらってもよろしいですか?」
「知っていてそれを言うのかお前ら…」
楯無、簪、セシリアの三人はハイライトの無い瞳で俺を睨みつけてくる。
恐らく阿修羅すら凌駕するだろう…此処でキャットファイトとか勘弁してもらいたいのだが。
「ろー君、なにあの女ども」
「束さんも知っていてそう言うのか…煽るな、本当に」
「篠ノ之博士、狼牙君から離れてもらえませんか?」
「お前のお願いを聞く義理なんかないね」
事態は一触即発…完全に導火線に火が点いています、どうしてこうなった。
あぁ、俺がもう少しはっきりとした性格だったらこうも…いや、変わらんか。
助け舟を求めようと千冬さんへと目を向けると、既にこの場におらず遥か先を歩いている。
…逃げたか。
千冬さんは背中を向けたままハンドサインを俺に送ってくる。
『私は疲れている。後は任せた。男ならしっかり手綱を握れ』
無茶を仰る…セシリア達ならば兎も角、束さんを御せとか世界制服を目論む方がまだ楽かもしれんぞ…。
ちなみに束さんは振りほどけない…何故ならば先ほどから万力か何かのように俺の腕を締め上げるように抱きついているからだ。
俺でなければ腕が面白おかしい形に変形していたかもしれんな。
「博士、狼牙さんはわたくし達のパートナーですので離れていただけます?」
「そ、そう!篠ノ之博士、狼牙を返して!」
「無乳とコロネは黙ってろよ、私がろー君をどーしたって関係ないだろ?」
「束さん…俺が嫌いな事を知っているよな…?」
セシリアと簪は顔を赤くして離れるように促すが、束さんは何処吹く風と言わんばかりに取り付く島もない。
だが…あろう事か俺の大切な人間に暴言を吐いた。
最近沸点が低くなっている気がする…。
俺の様子の変化に気付いたのか、束さんは怒られた子供のように身を竦ませる。
…年上、なんだよな?
[束…ロボとあの二人に謝った方が賢明よ?嫌われたくないでしょう?]
「うぐ…ろ、ろーくん…」
「いい加減、離せ…たーさん。あの三人は俺が愛して止まない大切な人間だ。認識しないまでも、邪険にはせんでほしい」
おずおずと離れた束さんの頭をウサ耳越しに撫でて、セシリア達へと近づく。
こっちもこっちで少しばかり叱…違うな、忠告しておかんと…。
「セシリア、簪…夏に言っただろう?関わっても碌な事にならんと」
「でも…」
「狼牙さんもしっかり断らないのがですね…」
「束さんが此処に居る時点で察しろ…こっちは助けてもらった身だ」
委員会での出来事を考えれば、そう邪険に扱えるものでもないわけで…。
…なんだろうな、中間管理職の悲哀を感じてならんのだが。
「やっぱり仕掛けてきたのね?」
「やっぱりな…ダミーコアを摘出されたのを感知して、駆けつけてきたわけだ」
楯無は気を取り直して此方に近づき、腕に抱きついてくる。
束さんに対する牽制だな…元々今日は出かける予定だったし、こう言う反応を見せるのも仕方がないか。
「ろ、ろーくん…それと其処の二人…わ、悪かったよ…」
「…楯無、すまんが殴ってもらってもかまわんか?」
「え!?」
…謝った?
あの束さんが?
ハハハ、酷い夢だな…決して反省しないタイプの人間ではないか。
「ろー君も大概酷いね!私だって謝るときは謝るよ!」
「…あぁ、明日きっと俺は死ぬのだろう…悔いの無いように生きねば…」
眩暈がしてきた…一体どんな風の吹き回しなのやら…?
束さんが素直に謝ったのだ…明日天変地異が起きたとしても、束さんが原因だと普通に納得してしまうだろう。
それくらい利己的な人間だったはずなのに…。
目頭が熱くなって思わず眉間を揉み解す。
「し、死なない!狼牙は死なないよ!」
「えぇ、そうですわ!絶対に護ってみせますわ!」
[愛されてるわねぇ…]
簪とセシリアはしがみ付くようにして抱きついてくる。
…存外に純粋よな…この二人は。
簪とセシリアそれぞれの頭を撫でて離れさせれば歩き始める。
「ところで、篠ノ之博士の隣に居る少女はどなたですの?」
「ラウラに、似ていると言えば似ている感じだよね?」
「クロエ・クロニクルと言うそうだ。束さんが面倒を見ている」
俺がクロエを紹介すると、上品にスカートの裾を持ち上げ会釈をする。
…育ての親がアレでも娘はキチンと育っているようで、俺としてはありがたい限りだ。
いつか、束さんを御せるようになってもらいたいが。
「くーちゃんはイイ子だねぇ~、キチンと挨拶できて~」
「たーさんはクロエの爪の垢を煎じて飲むべきかと」
「酷い!私は天才だから構わないのさ!」
「いつか足元掬われるぞ…ところで何処までついて来るのだ?」
寮に向かって皆と歩いていると、束さんとクロエが何処までもついて来るのである。
何時もなら隠れ家に退場する頃合なのだが…。
いや、まさか…そんな…。
「あれ、はーちゃんから聞いてないの?束さんの今後のアジトは暫く此処だよ?」
「「「「…………」」」」
[いっけな~い、忙しくて忘れちゃってたわぁ]
四人で束さんの言葉に固まり、顔を見合わせているとトドメと言わんばかりに白々しく白が謝ってくる。
白がやたらと忙しかった理由はまさか…。
[ウフフ、轡木のおじ様と色々と協議したり、束の説得もあったもの。でもその甲斐あって学園の防衛力も底上げできるし悪い事ばかりじゃ無いわよね?]
「白よ…そのおかげで何名かの生活が脅かされているのだが…」
[コラテラル・ダメージ…全体を活かす為の必要な犠牲よ?]
「皆様、今後ともよろしくお願いします」
俺はニッコリと笑みを浮かべて、周囲を見渡す。
聞いて…ない、ぞ…。
ドサッと言う音がしたと同時に俺の視界は闇に支配された。
「ストレスと過労だね、お大事に」
「はぁ…」
目を覚ますと陽が落ちて夜を迎えていた。
どうも心労と過労で意識を手放してしまったらしい…思っていたよりもダメージが大きかったようだ。
医務室の職員の診断を受けて栄養剤の点滴をしてもらった俺は、頭を下げて医務室を出る。
夜の校舎と言うのは何かと不気味だ。
普段の生活からは見られない様子を見せるからだろう。
明るかった廊下は、電灯があってもやや薄暗くてまるでホラー映画のようにも感じられる。
[少し、悪戯が過ぎたわね…ごめんなさい]
少しくらい相談してくれてっも良かろうに…束さんの学園帰属は正直驚いたを通り越して心臓が止まるかと思った。
いや、ISコアが心臓なんで止まりはしないんだが。
[やっぱり昔の様なタフなメンタルではないのね…本当にごめんなさい]
そのことに関しては俺も同意だ。
肉体に精神が引っ張られているとは思っていたが、よもやあの程度でストレスが振り切れるとは思いもしなかった。
昔はもっと酷いものを見せられても大丈夫だったものだが…。
深い溜息を吐き眉間を揉む。
束さんの件は色々と諦めよう…千冬さんと箒には申し訳ないが、俺には止めるだけの能力が無いし理事長(真)が承認してしまっている。
縦社会では抗う術がないのだ。
しかし、束さんが学園に来た事によって電脳関連の防衛力と言うのは確実に強化される筈だ。
…リターンとリスクが見合うのかは謎だが。
[束が此処をアジトにするのは公式には発表しないわ。あくまでも行方不明と言う扱い…此処をアジトとして潜伏しているのも束の気まぐれと言う事にしておくの]
「それが無難と言うものだ…バレては何かと面倒だからな」
「何が面倒なのかしら?」
思わず声に出てしまったらしい…ある意味聞かれたくない人間に聞かれてしまったな。
廊下を歩いていると、この場には不釣合いな人間が目の前に現れたのだ。
美しいブロンドの髪に、見るものを魅了するであろう肢体を持った美女…亡国機業のエージェントであるスコール・ミューゼルだ。
「学園の警備もザル過ぎはせんか?」
「さっきまで倒れていた割には随分と余裕ね?」
「そうでもない…お前の様な美女を目の前にすると緊張で動けなくなるものでな」
…敵意も殺意も感じられない。
どうやら本気でスカウトに来ている様だ。
軽く肩を竦めながら軽口を叩くと、スコールはクスリと笑って此方へと歩み寄ってくる。
「ねぇ、私達と一緒にお仕事する気は無いかしら?」
「残念ながら無い。この答えが覆る事は無い」
「それは貴方の首に『邪魔なもの』がついているからかしら?」
スコールは俺の首に手を伸ばし艶かしく撫でてくる。
その様は妖艶であり、その美貌と身に纏う血の匂いもあってか吸血鬼のようだ。
だが…
「スコール・ミューゼル…あまり、ナメないでもらおうか」
「っ!?」
スコールが俺の殺気に反応する前に、首を撫でる腕を掴み握り締める。
人の感触ではない…義手か。
「離していただけないかしら?」
「覚えておけ…俺のモノに手を出すと言う事は、相応の覚悟がいると言うことをな」
義手である分、あまり気にしないで良いな…躊躇する事無くその腕を握りつぶす。
バチッとショートする音が耳に響き、俺はスコールから手を離す。
「怖いワンちゃんだこと…でも、今の殺気…ぞくぞくするわ。良い返事が来る事待ってるわよ」
「案ずるな…俺が自らお前達の元に向かうときは、貴様らを根絶やしにするときだからな」
「フフ、本当に楽しみ」
スコールはそれだけ言えば踵を返し、その場から立ち去る。
何をしたのか、手品のように姿も気配も消えてしまう。
亡国機業…束さんに匹敵する技術力を持っているのか…?
撫でられた首に自身で触れ、この日一番の溜息を吐くのだった。