【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
「委員会に出頭…か。やはり市街地戦の?」
「あぁ…被害が少なからず出ているからな…私の方で止めておきたかったが…」
金曜日の放課後…千冬さんから呼び出された俺は、IS委員会本部への出頭を命じられる。
理由は、先日のキャノンボール・ファスト襲撃事件における市街地戦の事情聴取だ。
むしろ即日出頭を命じられなかったのが不思議でならんな…。
「織斑先生…狼牙君のみ出頭と言うのは可笑しいのではないでしょうか?」
「更識もそう思うか…オルコットはイギリスが執り成してお咎め無し…となったそうだが」
「いよいよ持ってキナ臭くなってきたな…寿命が縮まりそうで嫌なんだが」
俺の傍らに居た楯無が、難しい顔で考え込む。
俺の扱いは現在無国籍…生活の場を置いている日本がある程度の面倒を見てくれているが、基本的に後ろ盾と言うものは存在していない。
居ても天災ただ一人だ…欺けると言うのであれば心許無いことこの上ない。
「急な話になってすまないな…交渉はしていたのだが…」
「天災殿のお気に入りと言う噂が飛び交っているからな…仕方あるまい」
「…なにも明日じゃなくても良いじゃない」
楯無は不満そうに唇を尖らせて、そっぽを向いている。
明日は朝からIS委員会で事情聴取だ…合法的に授業を休めるとは言え、針のムシロに座らされているのには変わりない。
一応、デート…の予定があったのだが、国家権力には逆らえまい。
「出頭と同時に天狼白曜の提出も義務付けられている」
「そっちは束さんの名前を出して拒んではみるが…恐らく無理だろう。ダミーコアが上手く機能してくれる事を祈るしかあるまい」
「天狼白曜から無断摘出なんて愚かしい事はしないでしょうから、バレる事は無いとは思います」
ISコアと機体は非常にデリケートな繋がりがある。
仮にコアと機体を分離して再度移植するとなると、馴染むまでに相当な時間が掛かる。
つまり、無断でそんな事をすれば自らを『怪しい組織』だと喧伝しているのと変わらないわけだ。
「束さんの事だから何かしでかさないとも限らないな…」
「…後始末だけはしたくないな…」
「織斑先生が頭を抱えるくらいに酷いんですか?」
俺と千冬さんは、同時に静かに頷く。
エキセントリック過ぎてついていけんのだ…もっと大人しい方法をとってほしいのだが。
そんな俺と千冬さんのどんよりとした顔を見て楯無は顔を引きつらせる。
「いいか、奴は天災だ台風だ…賞金首になった挙句人間災害になるくらい酷い人間だ」
「銀、少し言い過ぎだ…ある意味存在してはいけない人間くらいに留めておけ」
「いえいえ、二人とも大して変わらないですからね?一先ず、狼牙君には明日朝出頭するという事で…付き添いは私がしますか?」
楯無は気を取り直して明日の予定の調整に入る。
こうも急だと色々と慌しくなって敵わんな…。
「いや、明日は私が一緒に行く。更識には学園の防衛を任せたい」
「切り札が居なくなるタイミングで…と言う事も考えられるからですか…わかりました」
「…お前達の関係は知っているが、理解してくれ」
千冬さんの言葉に楯無と顔を見合わせ、軽く肩を竦めて微笑む。
変な所で気を使う人だな…。
「気を使わんでくれ、別に今生の別れとなる訳でもないからな」
「そうです、あまり気にしないように…織斑先生らしくありません」
「…そうか。では、明日よろしく頼む」
楯無と二人千冬さんに軽く会釈して職員室から出て行く。
さて…困った問題だな…恐らく今回の件、天災には筒抜けだろう。
つまり、絶対何か仕掛けてくるという事だ。
…平穏が恋しい。
「もう…どうして明日なのかしら…!?」
「そう言ってやるな…運が無かったと諦めるしかあるまいよ」
「楽しみにしてたんだけどな~」
楯無は不機嫌そうに唇を尖らせて肩を怒らせる様にして足音を立てて歩いていく。
…こうまで楽しみにされていると、申し訳ない気分になるな。
「まだ、機会はあるさ…次の機会に賭けよう」
「一体何時になるのか分からないわよ…今月末には体育祭あるんだし」
「この学園は本当にイベント好きだな…」
うっかり忘れていたが今月末には体育祭があるのだった…こちらは外部からのお客さんと言うのは居ないので、警備部門は大分楽が出来るだろう…ご苦労様だ。
「閉鎖された空間ではあるからね…こうしてお祭り騒ぎやっていかないと女の子は鬱憤溜まっちゃうわよ?」
「今回も俺と一夏がダシに使われるのだろうな…」
「もちのロンよ!」
…心底風邪をひきたいと思ってしまうな…いや、ひかんしひけないが。
思い出して欲しい…ISは身体機能をベストな状態に整える。
生体同期型ISである俺は、コアが回復特化になっているのもあって常に健康体なのだ。
…人間辞めたのだなとしみじみと思う瞬間である。
「あまり酷い事はせんでくれよ?」
「学園祭での反省くらいは活かすわよ…多分ね!」
「多分とか言うな、多分とかな!」
思わず頭を抱えて項垂れる…今度の悪戯も心してかからんと、痛い目だけでは済みそうにないな…。
翌日、黒のスーツに身を包んだ俺は千冬さんとIS委員会本部ビルへとやってきた。
東京都庁もかくやと言わんばかりの高さだな…これを税金の無駄遣いと見るか、妥当な使い道と見るか判断が分かれるところだ。
「狼牙、私は事情聴取には立ち会えない…一人きりだが大丈夫か?」
「問題ない…ある程度の修羅場は潜っているつもりだ」
「…何かあれば逃げて来い」
「そうならん事を祈るばかりだ」
本部ビルに入り、受付を済ませればエレベーターで上へと上がっていく。
エレベーターから外の景色が一望できる…今頃一夏達は訓練の真っ最中か…怪我をしていなければ良いが。
チン、と言う音とともに扉が開きホール前の待合室に出る。
どうやら、今回の事情聴取…相当なパンダ気分で臨まなければならんらしい。
「気をつけてな」
「…そちらもな」
…俺はこのIS委員会に対して言い知れぬ不信感を抱いている。
IS強奪事件から始まり、IS学園にまつわる事件の数々…極めつけは銀の福音襲撃事件の対応だ。
一介の学生に頼むなんぞ、頭がイかれているとしか思えない。
…今回で何を企んでいるのか理解できれば良いが。
ノックをしてゆっくりと扉を開く。
円卓状の議場には右を見ても左を見ても女性ばかり。
ISを扱うのならば当たり前だが。
「ようこそ、銀 狼牙君。ご足労いただいて恐縮ですわ」
「いえ…当事者であれば最低限の義務と言うものでしょう」
議長と思しき女性がにこやかに此方に話しかけてくる。
どうにもタヌキの臭いを感じるな…。
「そう言っていただけると助かります…それでは参考人も来た事ですし質疑応答を始めましょう」
議場にいる全員の視線が俺一人に集まる。
視線の内容の大半に憎しみが混ざってるのは如何なものかと思われる。
実態としてはやはり、女性権利団体が委員会に食い込んでいる感じか…。
人の権利と言うのは性別で左右されるべきではないと思うのだがな…。
「銀君…此度の襲撃事件に対する対応ですが、かなり早かったと言う話が上がっています…予測していましたか?」
「肯定です。学園祭のときに『亡国機業』なる組織から襲撃がありました。生徒会や学園上層部で判断を協議した結果、高確率で専用機を奪いに襲撃に来る事が予想できました」
切れるカードはとっとと切る…出し惜しみをした結果、袋小路に至っては話にならんからな。
亡国機業の名を口にした時、顔が曇った連中が居たな…イギリス、ドイツ、アメリカ…最近被害にあった連中か。
「襲撃を予測していた上で、被害が出てしまったのはどう説明するのだ?」
眼鏡をかけたキツめの美人が、やはりキツめな言葉遣いで俺を睨んでくる。
…責任を取りたくない責任者達…か。
どうも、今回の襲撃事件の責任を男性操縦者である俺に擦り付けたいようだ。
男性と言うのは今の世界では何処に行っても肩身の狭い思いをする、と。
「亡国機業は神出鬼没且つ実態の分からない組織です。どれだけの戦力を配置し、何処から出現するのか…等と言うのは、明日の天気を占うより難しいかと…。言い訳にしかなりませんが」
「フン、よく口の回る男だ」
「そこまでです。確かに、襲撃を予測できてもどう展開されるのかは
予測できませんね」
議長と思しき女性が割って入り執り成す。
面倒な会話ゴッコにならなくて思わず安心してしまう。
「銀さん。君は襲撃にあって重傷を負っていたと言う話だったのだけれど…」
「確かに何発か銃弾を受けましたが、何れも急所から逸れていましたのでISを緊急展開して生命維持機能を使って事なきを得る事ができました。襲撃犯が今回の件と同一である可能性を考慮し、学園では極力弱っているように演技をさせてもらいました」
訝しがるかの様な視線が俺に振り注ぐ…居心地が悪いものだ…早く終わってくれんものか…。
ばれない様に軽く溜息を吐く…こう言う役割と言うのはやはり苦手だ…。
「念の為ログを調べたいので、ISを提出してもらっても構わないでしょうか?」
「定期的に委員会へはデータを提出してあるはずですが…それでは駄目なのでしょうか?」
「疑って掛かるわけではありませんが、念のためです…情報漏えいを恐れて改ざんされていると言うことも考えられますから」
…随分としつこいものだな…やはり、データは手中に収めたいか。
俺は仕方なく首にかけたあった天狼白曜の待機形態を外して、近くに運ばれたトレーに乗せる。
「疑って掛かるわけではありませんが、コアは抜かないですよね?」
「えぇ、もちろん…何故そのようなことを?」
「万が一があれば俺はウッカリミンチに成りかねないと言う事です。あの機体は暴れ馬ならぬ暴れ狼ですので」
念の為の釘サシではある…本体は俺の心臓と化しているので特に問題は無いが。
問題はコアがダミーだとバレてしまった場合だな。
確実にネタ晴らししなくてはならなくなる…そうなれば、俺の今居る立ち位置がかなり拙いことになりかねない。
策はあっても上手く機能するかどうかは別問題だからな。
「…では、話を戻しましょう。強奪されたサイレント・ゼフィルスとの戦闘ですが、何故洋上へと誘き出す事をしなかったのでしょうか?」
「サイレント・ゼフィルスの進行方向は海より離れていく方角です。恐らくあの時点で撤退するつもりだったのでしょう」
「ならば、何故戦闘をした!?」
キツめ美人は好機と言わんばかりに声を荒げ、立ち上がって此方を指差す。
「貴様は、英雄気取りでしゃしゃり出て悪戯に被害を大きくしただけだろう?恥を知れ!」
「スポンサーの依頼があったので致し方なく戦闘をしました」
俺は涼しい顔で叱責を聞き流し、にこりと微笑んでみせる。
…誰が好き好んで戦うか…英雄なんぞは後世の人間が勝手に評価して出来上がるものだしな。
「失礼ながら、そのスポンサーと言うのは…」
「篠ノ之 束…依頼内容はサイレント・ゼフィルス操縦者の確保」
「バカな…あの女は他者を認識しないのではないのか!?」
「そーだね、少なくともお前達みたいな武器商人は認識する必要が無いよ」
突如、扉が勢い良く開き聞き慣れた聞きたくない声が響き渡る。
…来てしまったか…千冬さんは何をしているんだ…。
「武器商人とは酷いですね篠ノ之博士…貴女の代わりに我々でコアの管理をしていると言うのに」
「頼んでもいないよ。コアの成長を促すと思って放置していただけさ…。銀 狼牙の面倒は私が見る…その専用機も含めてね。様子を見守ってれば好き勝手弄ってくれているじゃないか…コアを摘出するなんていい度胸だよ」
束さんは何時ものアリスみたいなエプロンドレスではなく、千冬さんのような黒スーツに身を包んでいる。
トレードマークだからか、頭にウサ耳が付いているので色々と台無しだが。
「ほう…それではどうすると言うのです?」
「忘れたのかい…コアネットワークの管理は今も私がしているんだよ?」
「ま、まさか!?」
議長はあくまでも表情を変えていないが、代弁するかのようにキツめ美人はうろたえる。
…流石は人間災害…喧嘩っ早い事だ。
「何時だってコアの機能を停止させられる…お前達は今まで通りくだらないコア分配に頭を悩ませていればいいのさ」
「くだ…!?誰のおかげで世界が安定して平和だと…!?」
「少なくともお前達ではないよ…お前達如きが世界に火を点けられる訳無い」
束さんは涼しい顔で見下すような笑みを浮かべて俺の体に抱きつく。
…助かる事を悦ぶべきなのか悲しむべきなのか…。
何とも複雑な面持ちで溜息を吐く。
「いいかい、銀 狼牙にくだらないちょっかいをかけるなよ…私を怒らせたらどうなるか身を以って分かりたくもないだろう?行くよ、ろーくん♪」
「申し訳ないが、俺も命は惜しいんでコレにて失礼させてもらう…なんだ、ご愁傷様とだけ言わせて貰う」
俺は束さんにずるずると引き摺られながら議場を後にする。
途中、見知った女性がすれ違う。
「ふふっ…わんちゃんもそれでは形無しね」
「貴様は…」
「また今度…楽しみにしているわ」
レイン・オラージュ…いや、スコール・ミューゼルだったか…キャノンボール・ファストの際に楯無が相対していたらしい。
俺が出会った女性の外見の特徴と一致したためほぼ同一人物と見て良いとの話だ。
…これでこの委員会も黒めなのが分かったな…キナ臭くておちおち夜も眠れん。
「ダミーコアが役にたったね、ろーくん」
「抜かれるのは百も承知だったからな…どうやら、委員会の連中は俺にひき肉になってもらいたいようだ」
恐らくは正確な男性操縦者の起動データを取るためだろう…世界中から催促があるようだからな…データ自体は開示をしているのだが…。
「まったく、キチンと宣言したのに私の忠告無視するなんて、バカな連中だねぇ」
「人間立場があるからな…そう責められるものでもないだろう」
漸く俺は体勢を整えて、束さんの隣を歩く。
束さんは一緒に居るのが嬉しいのか至極ご機嫌な顔をしていらっしゃる。
エレベーターホール前まで来ると千冬さんとクロエが立っている。
「束様、織斑様の協力もあって無事に奪取できました」
「千冬さん…貴女は止める側だろうに…」
「いや…お前の事が露見しては面倒だからな…それに仕掛けてきたのは向こうだ。生徒の安全の為ならば仕方がないだろう?」
「ちーちゃんかっくいー!」
照れ隠しなのか何なのか、千冬さんは束さんの頭を鷲掴みにして持ち上げる。
…コワイ照れ隠しだな…。
「いたい!いたいよちーちゃん!」
「うるさいぞ、束…まったく、貴様は神出鬼没にすぎる」
「あ、あの…束様を放してもらえないでしょうか?」
「クロエ、あれは束さんにとってのご褒美だ…放っておけ…」
「は、はぁ…」
エレベーターが来たところで一斉に乗り込む。
どうやら今日はずっとついて来る気満々のようだ…背中に悪寒が走り、思わず身震いする。
エレベーターから見える景色を眺めながら、平穏が早く来る事を祈り続けた。