【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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狼はそれでも静かに暮らしたい

事態は好転する事もなく…かといって悪化する事もなく時間だけが過ぎていく。

羨望…なのだろうか…一夏と話していても、会話に棘があるわけではないのだが若干距離を感じるようになった。

時間が解決するであろう問題ではあるが、何ともな…。

今まで仲良くやってきた分寂しくも感じてしまうと言うものだ。

 

「はぁっ!!」

「っ…!!」

 

現在午前の実戦訓練中。

今日のお相手は箒だ。

以前あった浮付きもなくなり、踏み込みや太刀筋に鋭さが見受けられる。

だが、まだ高速戦闘と斬撃による同期が上手くいかないようで四苦八苦…と言った感じか。

狭いアリーナともなれば尚更で、壁にぶつからないように立ち回りを考えなければならないため少し窮屈なようだ。

 

「もう少し気楽に考えろ、思い通りに動くのだろう?」

「っ、分かっているのだが!!」

 

一先ず箒のやりたいようにやらせるために、俺は紅椿の速度帯よりも若干速いくらいの動きで攻撃をやりすごしていく。

雨月と空裂…前者は射撃戦に特化したエネルギー弾をアサルトライフルと同等の連射速度で発射し攻撃する。

後者は言ってしまえば長いビームサーベルだ…軌道さえ読めれば大振りなので容易く避けられる。

武器の特性を上手く掴んでいきたい所だが、専用機を受領してまだ三ヶ月と少し…毎日十時間以上乗ったとしても中々慣れるものではないだろう。

変態のお手製だしな。

 

[あら、この機体だってある意味束のお手製じゃない]

 

その通りなので反論もできん…話を戻すが、紅椿は近接よりの万能機体…つまり何でもできるのだ。

機体特性である無段階移行能力も相俟って。

戦闘中の形態移行を好きなように出来ると言うのは羨ましく思えるな…。

他人の芝生とやらなのだが。

 

「あたれぇっ!」

「軌道が見える。我武者羅に撃てば当たる物でもないだろう?射撃戦はシャルロットに聞け」

 

箒は距離を開けて雨月を突き出してエネルギー弾を撃ち込んで来る。

しかし、悲しいかな…真っ直ぐにしか飛ばない弾丸と言うのは動いている相手に当てるのにはコツがいる。

俺も、苦手だ…故にこの機体についている銀閃咆哮は、相手を掴んでからエネルギー弾を撃ち込むと言う射撃兵装にあるまじき性能を持っているのだが。

 

「それ一本で撃ち込むのなら牽制程度にしておけ…エネルギーばかり減っていくからな」

「っ…それなら!」

 

箒は瞬時加速を行い、一気に肉薄して空裂のエネルギー刃を展開しながら振るう。

ふむ…考えたな…瞬時加速による踏み込みで空裂の距離を擬似的に伸ばしたか…ただ後退するだけでは餌食になるが…。

 

「これでも近接格闘には自信があってだな?」

「なっ…!?」

 

箒の瞬時加速に合わせて踏み込み、横薙ぎにしようとする空裂を持つ腕を掴んで動きを止める。

よもや振り切る前に腕を掴まれるとは…思っていたようだ。

 

「この距離ならば外さないだろう!?」

「こっちもな?」

 

箒はニヤリと笑みを浮かべてこちらに雨月を向ける。

俺は雨月が向けられると同時に、空いた手を箒に向けて両腕から銀閃咆哮を放つ。

空裂を掴む左腕は接射を受け装甲が融解、片方は脇腹を掠る程度に終わる。

此方はマント状の装甲に雨月のエネルギー弾が直撃し、所々に装甲に傷が入っていくが損傷は軽微と言ったところか。

ギリギリで身を捩って犠牲を腕だけにしたか…もう少しギアを上げるか…?

 

「くっ!!まだだ、まだ食い下がってみせる!」

「その意気や良し、だ。もっと打ち込んで来い!」

 

箒は俺から逃れるために回し蹴りを放ち、束縛から脱する。

俺はあえて逆らわずに箒から距離を離し、ゆっくりとマント状に展開していた装甲をウイング・スラスターへと変形させる。

 

「次はもう少し速いぞ?」

「あぁ!喰らいついてみせる!」

 

ゆっくりと力を溜めるように前傾姿勢になれば、箒に向かって瞬時加速。

すれ違い様に腕の一式王牙で撫で斬りにしようとするが、ぎりぎりで反応が間に合ったのか雨月で受け流される。

 

「くっ…!そこだ!」

 

箒は勘で雨月を突き出してエネルギー弾を俺の背後に向かって撃ち込むが、瞬時加速中に横軸への瞬時加速を行い難なく避け…。

 

『そこまでだ!!銀、瞬時加速中に他方向へと瞬時加速するなと言っただろう!?』

「ぐ…すまん…何時もの癖で…」

[普通やれない事やったら訓練じゃないから性能落としてやっていたのでしょうに…]

「締まらないぞ…銀…」

 

千冬さんからストップがかかる。

今回の実戦訓練、俺に対してだけ枷がついている。

内容は、瞬時加速中に他方向への瞬時加速禁止、展開装甲及び単一仕様能力『天狼』の展開禁止、ワイヤーブレードの使用禁止のこの三項目である。

鬼か?

 

「なんとか喰らいついて行けると思ったんだが…」

「いや、搭乗時間を考えれば良い線だろう…武器特性を上手く把握する事だ」

「あぁ…射撃はどうにも、な…シャルロットにでも聞いてみることにする」

「格闘戦は十八番なんだがな…次戦うのを楽しみにしている」

 

箒と軽く握手を交わし、ピットへと揃って戻る。

行動が限定化されるとやれる事が少なくて敵わんな…まぁ、ある事態を想定しての事なのだろうが。

今後、天狼白曜を使い続ける事ができるとは限らない…今みたいに情勢が不安定だと四の五の文句をつけて取り上げられる可能性を否定できないからな。

ゆっくりとピット内に戻りISを解除する。

 

「そう言えば破壊した左腕部は大丈夫か?」

「あぁ、ISの自然修復能力は優秀だからな。パーツを変える心配はいらなそうだ」

「変えるともなれば姉上殿がすっ飛んできそうだな」

「…そうだな」

 

箒はなんとも気まずそうな顔で頷く。

どうにもあのハイテンションは苦手なようだ…とんでもない変態的な性癖の持ち主だと言う事は俺の胸の中にしまっておこう…そうしよう。

 

「狼牙、失敗したわねぇ…千冬さんのルール破ったりして、後が怖いわよ?」

「まったくだ…癖と言うのは中々抜けんから困る」

 

次の模擬戦は鈴とセシリアの二人だ。

鈴とセシリアは此方に歩み寄ってからかってくる。

 

「白熱すると周りが見えなくなるのは悪い癖ですわ!」

「うむ…すまん…」

「すっかり女房の尻に敷かれてるわね…」

「にょっ…!?ま、ままま、まだそんな関係では!?」

「情けないぞ、銀!」

 

セシリアに叱咤されると、俺は思わずがっくりと項垂れてしまう。

あぁ、犬耳があれば確実に垂れていただろう…。

そんな様子を見て鈴と箒はクスクスと笑いながら此方を見てくる。

…あっちが立てばこっちが立たず…と言った所か…。

ぼんやりとそんな事を思ってしまったのは内緒だ。

 

「それでは、鈴さん…夕食のデザートを奢る覚悟はよろしくて?」

「はっ!セシリアこそ、出来てるんでしょうね!?」

 

セシリアと鈴は互いに火花を散らしながら、ISを身に纏いアリーナへと飛び出していく。

元気があって非常に宜しい。

 

「…箒、一夏の事なのだが…」

「…一応、理解はしているつもりだ。姉さんが作ったこの機体…きっと一夏の白式と対になっているのだろう。…お前が私の為に尽力してくれたように、私も私なりにお前を手伝いたい」

「すまんな…タッグマッチ、一夏と組むには障害は多いだろうが頑張れよ?」

「あぁ!」

 

恐らく、俺の言葉は届かない…今はな。

で、あれば箒や鈴、シャルロットが一夏を導いてくれるしかないだろう。

些か不安ではあるが…一夏の事になると周りが見えなくなる奴らばかりだからなぁ…。

シャルロットはアレで若干腹黒い所が見え隠れしたりしているし…大丈夫…だよな?

 

[青春真っ只中なのだし、あまり心配しても仕方がないわよ…お父さん?]

「母さんや、子の成長と言うのは嬉しい半面寂しいものでな…一夏にとっては最初の山場だ…」

[まぁ、ね…醜い獣の様にならないことを祈りましょう?]

 

静かに頷き、ピットからアリーナの観客席へと移動する。

どうやら、話し込んでいる間に決着はついたらしい…結果はダブルノックアウト。

セシリアは偏向制御射撃をマスターできたが、まだ使う際に粗があるようだ…其処を上手く鈴が突いていったのだが、セシリアも意地がある。

壮絶な近接戦を行い、結局互いにシールドエネルギーが切れて墜落してしまったと…。

 

「オルコット!凰!次がつかえているから早くピットに戻れ!!」

『『は、はいい!!』』

 

壮絶な近接戦は試合終了後にキャットファイトと相成ったが、ボス狼がこれを一喝して止めてしまった…やはり、千冬さんには敵わんなぁ。

 

「おつかれ、狼牙。なぁ、瞬時加速中に別方向に瞬時加速するのって…」

「止めておけ…胃の中身を盛大にぶち撒けたいのであれば話は別だが」

「デスヨネー」

 

一夏はどうやら天狼の戦闘方法に着目したようだが、これは白式では無理だ。

まず全身装甲ではない。

全身装甲は体全体にかかる負荷を和らげるために施されている。

白式は通常のISと同じデザインなのでこれがない。

つまり、俺以上に負担がかかるのだ。

 

「そもそも機体コンセプトを突き詰めたほうが堅実ではなかろうか?」

「う~ん…そうなんだけど、な…」

 

一夏は腕を組んで考え込む…とりあえず、そっとしておくしかあるまいな…。

観客席に座り、次の対戦を眺めていると背中から誰かに抱きつかれる。

言うまでもなく全員ISスーツ着用である。

つまり下着をつけていない…後は分かるな?

背中の感触から意識を遠ざけ、深く溜息を吐く。

いくら反応しなくなったとは言え、ダイレクトアタックされてはドギマギとしてしまうものだ。

 

「ローロー、稼がせてもらいましたわ~」

「また賭け事か…いい加減にせんとボス(千冬)が黙っていないぞ?」

「やめられないとめられない、なのだ~」

 

背中から抱きついてきた一組の賭けの元締めと化したのほほんは朗らかな笑い声を上げながらじゃれ付いてくる。

無邪気な辺りが手に負えん…これが天然パワーか。

 

「布仏さん…少し、OHANASHIしましょうか…」

「せ、せせ、せっしー…これは、そう親子のスキンシップなんだよ~?」

「うふふ、そう大した話ではないので…」

「ローロー…」

「自業自得と言う言葉を送ろう」

 

試合を終えてやってきたセシリアは、俺の状況を見て絶対零度もかくやと言わんばかりの笑みを浮かべてのほほんを引き剥がしていく。

最近、二人きりになる機会がないからな…フラストレーションが溜まっているのかもしれん。

何処かでガス抜きを考えんとなぁ…。

別のタイプの悩みに胃が痛くなるような気がした。

 

 

 

 

「ん…」

「む…」

 

放課後、簪に誘われて打鉄弐式の整備及び最終調整を二人で行う。

どうにも、例のマルチ・ロックオン・システムが上手く走らないらしく頭を悩ませているようだ。

何とかタッグマッチトーナメントまでには形にしたいと言っていたが…。

簪と整備と言うのも慣れたもので、言葉を交わさずに何が欲しいのか分かるレベルに至っている…慣れって怖いな。

 

「織斑先生は酷いと、思うの」

「言っても仕方なかろう…まさか、なぁ…」

 

銀 狼牙のみソロで出場せよ。

タッグマッチトーナメントのタッグとは一体…そんな悲しみを背負いながらも整備の手は緩めない。

整備と言うのは直接的に命を預かる作業だと思う…もしここでミスがあれば大怪我では済まされないかもしれない。

それだけ大事な事をアランさんは平気な顔で成し遂げ、あまつさえ玩具(ヴェント・ルー)を作る余裕さえあるのだ。

これが一代で会社を築き上げた技術屋の力か…なんとも恐れ入る。

 

「狼牙と組みたかったのに…」

「あー…その件はな…ラウラが先約でな」

「むー!!!」

 

簪は不満ですと言わんばかりに拳を振り上げて、俺の背中をボコスカ殴ってくる。

腰が微妙に入っていて痛いんだが…割と本気で殴ってるではないか。

 

「何で、ラウラなの?」

「前回のタッグマッチトーナメントの雪辱があるのと、例の事件(VTシステム暴走事件)の後に約束してな…」

「狼牙は娘に過保護だと思う…もっとかまって?」

 

簪は背中から俺に抱きついて、目いっぱい抱き締めてくる。

…何でだろうな…油の匂いに混じって甘い花の様な香りがするのは?

 

「すまんな…自分の事ばかりで…」

「お姉ちゃんも似たような事言ったんだろうけど…ちゃんと私達も見て欲しいな…」

「つもり、では駄目だな」

 

整備の手を止めて簪へと向き直る。

簪は自分から眼鏡を外して此方を見上げてくる。

 

「そうだよ、私達は皆、我侭なんだから…狼牙をぎゅっとして離さないんだから」

「逆に捉えて離さないかもしれないだろう…?」

「ん…」

 

簪の唇に軽く口付ける…これ以上は危険。

嫁三人に対しては歯止めが効かんからな…自制は大事だ。

 

「もっと…」

「弐式の整備が終わったらいくらでも、な?」

「…さぁ、早くやろう」

 

簪はいつにも増してキリッとした顔で離れていそいそと整備を再開する。

…ちょろすぎる…いいのか、簪…?

 

「マルチ・ロックオンシステム…何で使えないんだ?」

 

バラして洗浄したパーツの一つ一つを丁寧に組み立て形にしながら、ふと疑問に思った事を口にする。

プログラムである以上、普通に走る筈なんだが…。

 

「多分…弐式のコアが嫌がってる…外付けにしろ後付にしろコアが嫌がって持てない事あるんだけど…弐式は、プログラムが嫌い…なんだと思う」

「…最悪積めないということか…」

「うん…」

 

コアの好き嫌い、か…白は容量が許す限り許容しそうだが…やはりコアそれぞれに心があることを考えると、難しい問題になりそうだ。

…対話するだけ心が育っていれば或いは…とも思うが。

 

「非効率的…だけど、別のアプローチでやってみようと思う…」

「それはどんな方法なんだ…?」

「ひみつ…教えたらつまらないもん」

 

簪は楽しそうに、からかうように笑顔を見せる。

綺麗に笑うようになったとつくづく思う…以前ならば考えられないほどに。

喜ばしく、愛しく思う。

最後のパーツを組み上げて汗を拭き取る。

 

「こんなものか…最終チェックは?」

「うん…メンテナンスオールグリーン。お疲れ様」

 

無事に整備を終えて一息ついた所で工具を片付け始める。

使ったら片付ける…大事な事だ。

 

「先にシャワー浴びて来い。顔、油まみれだぞ?」

「それなら、一緒に片付ける…」

「そうか?」

 

簪は若干頬を赤らめて此方を見てくる。

…男冥利に尽きると言う物なのだが、な。

何処か急かすように片付ける簪を見て、内心溜息を吐くのだった。

 

 

 

 


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