【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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天高く、悩みは深く

午前の授業は滞りなく終わり、昼休み開始のチャイムが学園に響き渡る。

一夏は授業中でも何処か上の空だ。

力についての暗中模索…ライバル視されている俺では言葉は届かないだろう。

まるで箒だ…ただ彼女の場合人付き合いが苦手だった節があるからこその依存や拒絶があったのだと思うが…。

 

「はぁ…空はあんなに青いのにな…」

「いえ、今日は曇っていますわよ…?」

「ハハハ、何を言っているのだセシリア…絶好の訓練日和ではないか…」

「狼牙さん…心労が祟って…」

 

ふざけてないとやってられんのだ…なんでこう…毎月毎月…。

何とも気分が乗らず、暫く座り込んでいると何食わぬ顔でラウラが机を退かして膝に座り込む。

元気だなぁ…ラウラは。

 

「セシリア…父様は少し休むべきだと思うのだが…」

「えぇ…少し、悩みとは離れた場所で過ごすべきかと…」

「そうも、言ってられんよ…一夏の事はある意味で俺の責任でもあるしな」

 

優しくラウラの頭を撫でながら、セシリアを見つめると如何にも不満そうに此方を見つめてくる。

 

「狼牙さんが本当に原因でしょうか?」

「一夏自身の心の問題だろう?少なくとも今の父様が考えても答えは出ないと思う」

「そうよねぇ…今は放っておくのが良いと思うのだけれど」

 

セシリアとラウラに諌められていると、教室内にスーツ姿の白が移動してくる。

今朝のSHRで言っていた警備関連の会議に何故か引っ張り出されたらしい…

ご苦労なことだ。

彼女自身一つ所に留まっているのは苦手なので、仕事が舞い込んでくるのは嬉しいとのことだが…ワーカーホリックだな。

 

「お姉さま!パパのお姉さまがいらしたわよ!」

「お姉さま!今日はどんなご用件です!?」

「学園祭以来、すっかり人気者だな…白?」

「本当にね。悪い気はしないのだけれど…」

 

白は立体映像とは言え、細やかな気配りや所作…更にはその美貌も相俟ってかクラスの女子達のハートをがっちりと掴んでしまった。

クラス内でファンクラブが非公式で結成されるほどだ。

因みに部活としては認めていない…そんなことに予算を裂けるほど余裕があるわけではないのだ。

 

「はいはい、お話はまた今度ね。ロボ、楯無ちゃんのこと忘れてない?」

「気乗りせんのだ…仕方ない…行くか…」

 

ラウラを両手で持ち上げて膝から退かして立ち上がると、ラウラは口を尖らせて非常に不満そうにしている。

まぁ、仕方あるまいな…一日中甘やかせてやりたいところだが、何かと忙しい身だからな。

 

 

「ほら、早くせんと昼食を食いそびれるぞ?」

「父様…無理はしないでくれ」

「ラウラさんの言うとおりです…心配しているのですから」

「ありがたい話だが、誰かがやらねばならんことをやっているだけだ…気にするな」

 

セシリアとラウラの額にキスをして教室から出る。

黄色い声はいつもの事なので無視をする。

何時襲ってくるのか分からない亡国機業に対する対処、焦り始めた親友…状況がよくない方向に進んでやしないだろうか?

 

「ロボ…今はあまり気にしない方がいいわよ?気持ちは分かるけどもできることがないもの」

「そうだが…そうなのだがな…」

 

頭を抱えて深く溜息を吐く。

実態の見えない組織と言うのは思わぬところに根を張っている。

気付いたときにはお手上げ状態…と言う事も充分考えられる。

無論そうしないための『更識家』だし、理事長の働きもあるのだが。

此方の組織に関して言えば、俺が出来ることなどタカが知れていると言うものだ。

コネも何も持ち合わせているわけではない…悲しいことにな。

強いて言えば束さんとの交友関係だが、此方はお願いしたときの後始末と代償に予想がつかない…最悪、此方の方が始末に終えない可能性がある。

 

「一夏君の事も確かに気がかりではあるわね…もっとゆっくり物事に取り組まなければならないのに」

「若者特有の過ち…ではあるがな。出来ることと出来ないことの見分けがつかなくなっているのもな…」

 

一夏の戦闘スタイルは基本的に猪武者だ。

俺のアドバイスで機を伺うことはするのだが、我慢比べとなると途端に抑えが利かなくなる。

一撃必殺の零落白夜頼りのスタイル…ある意味で千冬さん譲りだが、彼女の場合零落白夜を最大限に活かしつつ全てのポテンシャルが非常に高い。

…はっきり言ってしまえば、一夏はテクニックを磨かなくてはならんのだ。

あらゆる事態を想定して、柔軟に立ち向かうためのテクニックが。

そのための日頃の訓練ではあるし、見てくれている人達も居る。

 

「ねぇ、ロボ…貴方は他人のことを心配しすぎよ。自分の事を蔑ろにしている人間がしていいことではないわ」

「ご尤もだがな…俺はただ、笑っていてもらいたいだけだ。誰だって泣くのは嫌だろうに」

「それで貴方だけが泣くのは私は嫌よ…貴方の幸せだけを願っているのだから」

 

幸せ、か。

俺は現状に幸せを見出してはいる。

好いた女には愛され、慕ってくれる者もいる…これ以上何を望めばいいのやら?

…負い目が無いとは言えない。

白のことも両親のことも…どうしようもなかった事とは言え、失ってしまった。

白は実際今に至っても尽くしてくれているし、両親の件はそれこそ事故だ…負い目に感じることは何も無い。

トラブルを吸い寄せる体質と相俟って、自分は疫病神なのではなかろうかと思ってしまうのだ。

…いかんなぁ、ナーバスになりすぎてて。

意識を切り替えなければ。

 

「俺は幸せではあるよ、白…これ以上望んでは罰があたる」

「なら、良いのだけれど…」

 

話し込んでいたら生徒会室に着いたな…何を話すのやら…。

扉をノックして返事を待つ。

…返事が無い?

 

「う~む…居ないのか?」

「そんな事は無い筈だけれど…副会長なのだし入ってしまいなさいな」

 

白の言うことも尤もではあるので、ドアノブに手をかけて中へと入る。

…やはり居ないな…待たせすぎて昼食を食べに行ってしまったのだろうか?

一先ず自分の定位置である席について楯無がやってくるのを待つ。

 

「さて、と…私はちょっと束の所に行ってくるわ」

「…企み事もほどほどにな」

「あら、嫌だ…企むなんてそんなことないわよ」

 

白は白々しく笑いながら、立体映像を切って姿を消す。

なんとなく…なんとなくだが束さんが近くに潜伏している気がするんだが…杞憂であって欲しいものだ。

今後の学園のイベントは体育祭と来月に延期となったタッグマッチトーナメントか…。

全開の襲撃事件から間が空いていない…向こうも警戒されているのを見越して手を出してこないことを祈りたいが…。

そんなものは希望的観測に過ぎない…備えくらいは充実させておきたいものだな。

 

「おっまたせー!呼びつけといて待たせて悪かったわね」

「いや、今来たところだ…ところでその両手のものは?」

「何って、お弁当よ?」

 

何を言っているのかしらと言わんばかりのキョトンとした顔で両手に持った可愛らしい柄の包みを持ち上げて見せる。

一体何時の間に用意したんだ…楯無…。

 

「会長、何か話があったのではないか?」

「ないわよ?」

「は?」

「ないってば…偶には良いじゃない…二人きりでお昼ご飯食べたかったんだから」

 

楯無は頬を少し赤らめそっぽを向きながら小さな声で本心を語る。

最初の頃に比べて二人きりで過ごすことは確かに減っていたが…。

 

「ラウラちゃん程ではないにしろ、私だって独占欲あるんだからね?」

「…素直に言えばよかろうに」

「言ったら皆ついてきちゃうわよ」

 

楯無はクスリと笑って俺の隣に座り、目の前に弁当の入った包みを置く。

手作りの弁当か…思えば、両親が存命の時以来か…なんだか新鮮な気分にさせられる。

包みから弁当箱を出し、ゆっくりと蓋を開ける。

…ベタだ…ベタ過ぎる…桜デンブでハートマークとか…。

メインのおかずはから揚げ、卵焼きに里芋の煮っ転がし、温野菜も入っていて彩り豊かだ。

 

「一体何時の間に用意していたんだ?」

「基本的な下ごしらえは昨夜の内にね。後は狼牙君が鍛錬中にぱぱーっとね」

「そうか…では、いただこう」

 

から揚げを取り口に放り込み、ゆっくりと味わう。

醤油とニンニクの香りが口いっぱいに広がり非常に美味だ。

濃すぎず薄すぎず…何時の間に好みを把握されたのや…白か…。

 

「うむ…うむ…」

「ど、どうかしら…?」

 

自然と頷きながらもう一個から揚げを口に放り込み咀嚼していく。

いや、美味いな…食堂で頂くものよりも美味いとはな…。

 

「お前は何でもソツなくこなすな…美味しいぞ」

「そう、それは良かったわ。口に合わなかったらどうしようかと思ってたの」

「随分と臆病なんだな…」

「あら、私だって女の子よ…不味いって思われたくないもの」

 

楯無はクスクスと笑って自分の弁当箱を開けて食べ始める。

いや、こう美味いと箸が止まらなくなるな…里芋の煮っ転がしを取り一口で食べる。

しっかりと味が染みこんでいて、なのに優しい味だ…。

 

「美味しそうに食べるわね…作った甲斐があるわ」

「こうした弁当なんぞ両親を亡くしてから始めてのことだったからな…それに美味いもの食べれば誰だって美味しそうに食べるものだろうに」

 

楯無は満面の笑みを浮かべて此方を見上げると、顔を近付けて口元に口付ける。

 

「ご飯粒、ついてたわよ?」

「言えばよかろうに…」

「い、いいじゃない…一度やってみたかったんだし」

 

そういって楯無は顔を真っ赤にしながらそっぽを向く。

…なるほど、こうしていると歳相応の少女のように見える。

そんな様子の楯無が可笑しく、愛しく思えてクスリと笑ってしまう。

 

「笑うなんて酷いわ!」

「いやいや、可愛らしくてな…そう怒ってくれるな」

 

穏やかな時間だ…考え事など忘れてしまうくらいに。

もしかしたらそれを見越してこうやって二人きりの食事にしたのかもしれないが。

皆でとるのも良いが、偶には二人きりで食事…と言うのも良いかもしれない。

二人で食事を終え、生徒会室内にあった緑茶を淹れて一息つく。

楯無は椅子を近付けて此方に寄りかかる。

 

「…独占欲があるって言うのは本当なのよ?簪ちゃんやセシリアちゃんと一緒に貴方の傍に居るのも良いけど…独り占めしたいって思うことがあるの」

「…すまんな…」

「謝らないの。現状を作り出したのは私達の方なのだし…だけど…たまにで良いから二人きりだけの日が欲しいわ」

 

楯無はそう言うなり俺の膝に対面で跨り抱き締めてくる。

簪の手前、強くアピールすることが難しいのだろう。

妹思いなのが災いしているようにも感じられるな。

優しく片手で楯無の体を抱き締め、空いた手で髪の毛を梳くように撫でていく。

 

「そうだな…刀奈…偶にはそれも良いかもしれん」

「ふふ、それじゃ今日早速…」

「サボりの口実にはさせんぞ?」

 

俺の言葉に調子付いた楯無はとても良い笑顔を浮かべて授業をフけようとするが、俺は少し強めにデコピンをして諌める。

そんな事をしたら千冬さんに殺されてしまう…まだ、死ぬわけにはいかんのだ。

 

「痛いじゃない!」

「喧しい、今週末の土曜は半ドンだろう?午後空けておけ」

 

楯無は涙目で講義するが、人差し指で唇に触れて黙らせる。

久々に出かけるのも悪くはないだろう…襲撃があったにしても楯無が居れば充分に対応も出来る。

手の内が分かっているからな…合わせやすいと言うものだ。

 

「何処に行くのかしら?」

「デートと言うわけではないからな…期待せんでくれ」

「あら、残念…でも二人きりになってくれるのなら許してあげるわ」

 

第一まだ何も考えていないからな…行ける場所も近場に限られるし。

楽しませるように努力くらいはするが。

 

「ん~…時間はまだあるわね…ねぇ、狼牙君?」

「なんだ?」

「…甘えさせて?」

 

楯無は耳元で甘く囁く。

耳朶を打つその声は甘美な毒のようにも感じられるな…。

優しく頬を撫でて楯無にキスをする。

 

「少しだけだからな?」

「ふふん、少しだけなんてケチな事言わせないわ」

 

楯無は満足げに頷いて俺の体に抱きつき、胸元に顔を埋めてくる。

偽物とは言え、俺の心音を聞いている楯無の顔を優しく見守る。

…できるだけ、長くこの時間をかみ締めていたいとそう願ってしまった。




やった!100話だ!!

にも拘らず、狼牙さんの心労はマッハ話…これで良いのだろうか?

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