扉を潜ると、大きな空間に出た。
部屋と言うには大きすぎる空間で、咲夜が拡張している紅魔館のホールよりもやや広い。
床は房のある赤いカーペットで覆われていて、天井と壁は照りのある黒漆で塗り固められている。
それらは全て、黄金細工によって煌びやかに装飾されていた。
(ふわぁ、綺麗な所だなぁ)
未だに痛む首を――どうして痛むのかわからない、寝違えでもしたのだろうか――撫でつつ、白夜はその空間をぐるりと見渡した。
本当に広い、ちょっとした徒競走をしても問題は無いくらいだ。
特に天井に仕掛けられた黄金細工は星座を模しているらしく、キラキラと輝いていて美しかった。
こう見えて、それなりに星座には詳しい。
何しろ吸血鬼の侍従、夜型の娘だ。
白夜は知識や教養をパチュリーによって教えられたが、その中には星座も含まれる。
多くの勉強は嫌いだったが、星座とそれに纏わる物語は好きだった。
「趣味が悪いわね」
そう言う意味でテンションが上がっていたのだが、姉の一言で萎んでしまった。
しかし言われて見れば、造りの綺麗さの割に埃っぽく、綺麗好きな咲夜からすると不満だったのかもしれない。
吸う空気も、どこか澱んでいる。
「ねぇ、あれって何だと思う?」
一方で早苗が見ていたのは、空間の奥の方だ。
頭の上には未だちょこんと魔女の帽子を乗せていて、被り慣れていないせいか、良く鍔に手を添えていた。
そんな彼女が指差した先には、幾重もの布と階段で隔てられた壇があった。
「椅子、のようね。玉座のような」
「ああ、それっぽいですよね」
壇上へ至る階段の数は実に九段、壇の上には薄く透ける布が幾重にも重ねられて、カーテンのようになっていた。
そしてそのカーテンの向こう側に、うっすらと椅子のシルエットが見える。
気が付けば、仄かな香の香りが漂ってきていた。
(……音?)
いや、音楽か。
甲高くも繊細な音で、断続的に響く音は打楽器の部類に思えた。
どこから聞こえるのかと視線を巡らせて見れば、すぐに見つかった。
むしろ、隠れる気が無かったのだろう。
(あ、アイツ! あの時の奴だ!)
「ええ、そうね。それよりも、音を立てて走るのはやめなさい。みっともないわ」
(それ所じゃないでしょ!?)
反射的に姉の背に隠れたのは、そこに見覚えのある妖怪を見たからだ。
この大広間は、壇を頂点として両側に4本ずつ、合計8本の大きな柱が建っている。
それらの柱の前に半分程の長さの柱が別にあり、彼女はその頂に腰掛けていた。
赤茶色のワンピースを着た女、
紅魔館を襲った妖怪の1人が今、赤銅色の半鐘を打ち鳴らし、音楽を奏でていた。
「良く来たねぇ。人間がここまで来たのは初めてだよぉ」
さらに一つの柱を挟んで、別の柱に座すのは
室内だと言うのに、背中には大きな輿を背負ったままだった。
2人の座る柱にはそれぞれ「重荷を背負う亀」と「釣鐘を打ち鳴らす獣」の意匠が彫られていて、それぞれに意味があるのだと思うが、白夜にはわからなかった。
そう思いつつ、ふと別の柱に目が留まった。
その柱には「宝珠を抱く羊」の意匠が彫られていたのだが、それを目にした途端、胸元の宝珠が熱を放ったような気がした。
あっ、と驚いて、視線を下げた。
(……? どうかしたの?)
問いかけるが、返答は無かった。
いつもなら何かと騒ぐくせに、だんまりであった。
初めてのケースに首を傾げていると、咲夜が肩を掴んで自分との位置を入れ替えた。
贔屓や蒲牢の前に出される形になって、白夜は慌てた。
(ちょ、危ない危ない! 私を前に出してどうしろって……うん?)
前と後ろが、逆になっていた。
と言うのも姉は自分に背を向けていて、背中に庇うという意味では、位置取りは変わっていなかった。
「――――良く来た、勇気ある人間よ」
いつの間にか、カーテンの向こう側に椅子以外のシルエットが見えるようになっていた。
その影は、人の
◆ ◆ ◆
―――― 奇跡「白昼の客星」――――
いかにも親玉っぽい相手が出てきたので、先制攻撃とばかりに早苗が弾幕を放った。
頭上に現れた弾幕の花弁から8条のレーザーが交差するように飛び、しかもそれが繰り返された。
何条にも及ぶ蒼のレーザーが撃ち放たれ、カーテンに穴を開けていく。
「ええええええぇ」
「何をやってる!? いや常識的に考えて」
「知らなかったんですか? 幻想郷では常識に囚われてはいけないのです!」
どっかんどっかんレーザーを撃ち込みながら、これ以上は無い笑顔で断言する。
幻想郷に常識を持ち込んではならない、これは幻想郷に来て早苗が2番目に学んだことだ。
「そりゃそりゃそりゃそりゃ――ッ!」
(うわぁ)
もはやカーテンはほとんど焼けてしまって、ボロ布が辛うじて引っかかっているような状態だった。
爆風が断続的に前髪を揺らす中、白夜は引いていた。
まさかいきなり始まるとは思わなかった、正直ここにいると身の危険を感じるので、出来れば逃げたかった。
(でも1人じゃ帰れない)
哀しい事実に気付きつつ、こんな状況でも眉一つ動かさない姉が恐ろしくも頼もしかった。
そして、早苗のスペルが終了した。
濛々と白煙が立ち込める中、穴だらけになったカーテンがゆらゆらと揺れていた。
(や、やったかな?)
「やめなさい、縁起でも無いわ」
「やりましたか!」
「ちょっと」
しかし、奇襲としてはこれ以上は無い成功だったろう。
早苗は一見ふざけているように見えるが、勝負師としての勘は相当なものだ。
そうでなければ、人間の身でありながら異変の解決などに乗り出せるはずが無い。
彼女もまた、勇気ある人間なのだ。
「うわぁ、大丈夫かなぁ」
「大丈夫さ。いや嘘じゃなく」
そして咲夜の視線は、蒲牢と贔屓を捉えていた。
最初こそ奇襲に驚いていた2人だが、今はむしろ落ち着いていた。
攻撃する前に驚き、攻撃の後に落ち着く。
不気味だった、だがその理由はすぐにわかった。
「――――素晴らしいスペルだ。美しく、そして容赦が無い」
視線を戻した先、玉座の上に彼女はいた。
身体つきは小柄だ、人間で言えば年の頃12、3歳前後に見える。
豪奢で腰の下まで波打つ金の髪に蒼の瞳、染み一つ無い白磁の肌、それはどこか外の砂漠を思わせた。
長く細い足を高く組んで座っているのも手伝って、気の強そうな印象を受ける。
着ている明るい黄色の衣装もまた、豪奢だった。
五爪二角の9匹の竜が刺繍されていて、胸元に描かれた竜の口には斧と弓が咥えられていた。
宝石で象られた雲はキラキラと光を反射していて、雲の隙間には紅色の蝙蝠が隠れている。
深いスリットの入ったスカート部の裾に描かれているのは、山と――あれは湖か?
そして特徴的なのは帽子だ、冠の上に木の板を乗せ、その前後に合計24本の飾り紐が揺れている。
「だが、余には傷一つついて無いぞ」
まるで物語に聞く皇帝のようだと、白夜は思った。
まだ子供だった頃、パチュリーが語ってくれた物語。
あの意匠にも何か意味があったはずだが、それは覚えていなかった。
「割と全力で撃ったんですけど……」
「まぁ、それなりの相手と言うことでしょう」
皇帝然とした少女は、まず早苗を見、それから咲夜を見た。
何が気に入ったのか知らないが、とても満足そうに微笑んでいた。
そして最後に、姉の陰に隠れる白夜を見て。
――――ふっ、と、鼻で笑われた。
(え、えぇ――――……)
あからさま過ぎる扱いの差に、むしろ清々しさすら感じる白夜だった。
◆ ◆ ◆
蒲牢と贔屓は、壇の下に降り立った。
少女から見て左右の立つ形になり、まるで臣下だった。
(……って、あっつ!? 何、どうしたの!)
しかし白夜はそれ所では無かった。
突然、宝珠が熱を発して、それが熱くて敵わなかった。
どうしてか言葉も発さず、白夜の呼びかけに応じることも無い。
熱を放って震えるその様は、明滅して震えるその様は。
まるで何かに怯えているようで、まるで何かに歓喜しているかのようで。
「…………」
そんな妹に一瞥を向けた後、咲夜は玉座の少女に問うた。
「貴女が、異変の首謀者かしら?」
「我らが居城の領域を広げていると言う意味でなら、その通りだ」
「迷惑なのよ。ほどほどの所でやめてくださらないかしら?」
「砂漠が広がるのは自然の摂理。余にも止めようが無い」
「――――ならば」
「ならば?」
嗤いながらそう言う妖怪に対して、
「貴女を倒す。レミリアお嬢様の御名の下に」
瞬間、蒲牢と贔屓が臨戦態勢をとった。
そうとわかる程に妖力の気配が濃くなり、早苗が両手に護符を構えた。
一見すると2対2だが、相手にはまだ親玉がいる、3対2……。
「そこの子猫の相手は、余がせねばならぬのかな」
(……あれ。もしかしなくとも今、私の話題?)
頭数的には、妥当な計算である。
しかしそれは頭数の問題であって、実力的にどうかと言うと、また別問題だった。
何しろ白夜は弾幕を撃てない、スペルカードも所持していない。
過去の異変に同道していたこともあるが――終わらない冬の異変とか――ぶっちゃけ、姉の後をついていっていただけである。
<時刻を操る程度の能力>のおかげでダメージこそ無いが、弾幕ごっこにおいてはあまり意味が無い。
実際、姉に同道した過去の異変において白夜はこれと言った活躍をしていない。
と言うか、出来ない。
幻想郷のルールに照らす限り、彼女は何の力も持たなかった。
(こ、これはもしかしなくとも、絶体絶命?)
だらだらと冷や汗を流しながら悶々としていると、ふと玉座の少女が頭上を見上げた。
「ほう、余の居城の境界を侵す者がいるとは」
(は?)
何を言っているんだと思い、上を見る、高い天井に黄金の星座が瞬いている。
するとその一角に、奇妙なスキマがあることに気付いた。
あれは、何だ。
そしてそこから、何かが落ちてくるのが見えた。
銀の髪に緑色の衣装、腰にさした二振りの刀――――あれは。
「な、何だかよくわからないけど……」
着地の衝撃にぶるりと震えながら、咲夜達の前に落ちて来た少女は言った。
本人も何故、いきなりこんな所に落とされたのかわかっていない様子だった。
しかし芳しくない状況であることは察したのだろう、刀に手をかけた。
こう言っては何だが、無茶振りには慣れている。
「――――助太刀、します!」
魂魄妖夢。
かつて異変を起こす側につき、そして異変を解決する側に回った半人半霊の少女は、高らかにそう宣言した。
頼もしい味方の登場に早苗が笑い、咲夜は目を閉じた。
これで、3対3。
「なるほど隠し玉というわけだ、楽しませてくれる。しかし隠し玉なら」
びゅう、と、風が吹いた。
それは大広間に未だ残っていた白煙を全て吹き散らして、贔屓と蒲牢の間に現れた。
シャープな顔立ちに跳ねの強い黒髪、山狗の耳と尻尾。
咲夜達は初めて会うが、魔法の森まで鴉天狗を追い、人形遣いと戦った鎧眦《がいさい》と言う妖怪だ。
「余も負けてはおらぬぞ」
4対3、再び頭数で負ける。
そしてまた白夜が冷や汗をかき始めた。
「しかしこうなると、やはり余も討って出るべきかな」
「――――
讃と言うのが、玉座の少女の名であるらしかった。
鎧眦は目前の4人を見据えながら、静かに言った。
「讃様が出るまでもありませぬ。この程度の相手、我らのみで十分」
「そうね、同感だわ」
鎧眦の言葉に、意外にも咲夜が反応した。
彼女は一つ頷くと、口元に小さな……本当に小さな笑みを浮かべて言った。
「――――どの道、倒す順番が変わるだけなのだから。何匹いようが、ね」
「……そうだな、人間。何匹いようが、な」
「ええ。何匹いようが、ね」
戦いの空気に、場の雰囲気がチリチリと痛み始める。
肌を刺すような妖力と霊力、あるいは魔力の気配。
そして耐え切れなくなったのだろう、早苗のスペルで焼け焦げたカーテンが、外れた。
ばさばさと音を立てて、幾重にも重ねられた布が床に落ちていく。
そしてその最後の1枚が、力なく床に落ち切るのと同時に。
「――――ッ!!」
◆ ◆ ◆
ひゃあああ、と内心で悲鳴を上げて、白夜はその場から跳び退いた。
瞬間、6つの色とりどりの弾幕が弾けた。
―――― 駆符「ヤマイヌノトオボエ」――――
中央の鎧眦が、黒いオーラを纏って突撃する。
床石を爆裂させながら突撃する速度は異常に速く、衝撃が遠吠えの如き音を発した。
―――― 人符「現世斬」――――
負けじと人間側の先駆けとなったのは、妖夢だった。
床を一度だけ蹴って突進し、鎧眦の突撃を受け止める。
爪と刃、金属同士が鎬を削る音が響き渡った。
「一番槍!」
(刀だよね?)
2人は、正面からぶつかった。
衝撃。
勢いはスペルで加速された鎧眦の方に分があったのだろう、衝突の直後から妖夢の身体が後ろへと下がった。
靴裏が、床石を削り取っていく。
「ぐ……っ!」
呻きながら、しかし堪える。
身体を抜けてく衝撃と音、それに耐えた妖夢の頬を一筋の汗が流れた。
眼前で交差させた2本の刀の間から、鎧眦の爪が伸びている。
それは事の外長く、掌を刃で切りながらも、喉元近くまで伸びてきていた。
―――― 石符「亀趺の石柱」――――
宣言を聞くと同時に、2人は離れた。
爪と刃が散らした火花だけが残り、その上に亀石が落ちてくる。
床石が砕けて破片が飛び散る、亀石の上には贔屓が座っていた。
そこへ、早苗が飛び込む。
「せぇいっ!」
「おっとぉ」
破片を蹴散らしながら、お祓い棒を振り下ろしす。
それをいなして一歩下がり、直後に背中を向け、2歩跳躍した。
輿を押し立てた体当たりである、早苗はそれを片足で受け止めた。
「よ……っと!」
「よいさぁ!」
体当たりの勢いを利用して、跳ぶ。
そのまま飛行してお祓い棒を横に振るうと、薄緑色の弾幕がバラまかれる。
しかしそれは贔屓も同じで、蹴られた勢いを利用して前に跳び、いや前転して逆さまの状態で腰の銭束を千切って投げた来た。
銭の弾幕が早苗の弾幕を悉く墜とし、スカートの端に穴を開けていく。
「くぅっ、弾幕の威力自体は向こうが上ですか! しっかぁし!」
「え? ふわ、何ぃ?」
贔屓の身体を何かが縛る、それは緑色の星の形をしていた。
見れば、星の頂点――亀石の残骸に高さを合わせて――に護符が刺さっている、あれが結界の基点になっているようだった。
先程の弾幕の中に仕込んでいたのだろう。
囚われた贔屓の上で早苗がスペルカードを掲げて。
「た、助けてぇ~」
「させないよ! いや普通に!」
―――― 紐符「鐘縛りし通し紐」――――
そこへ蒲牢がフォローに入った、赤い飾り紐が早苗の身体を縛り上げる。
ゆったりとした巫女服の下の豊かな身体、その肌に食い込む程に締め上げられて、痛みに息を詰めた。
一瞬拮抗した力は、しかしすぐに妖怪の側に傾く。
蒲牢に引っ張られて、早苗の身体が空中で回転させられる。
ぐるぐると横に回転し続ける視界の中、悲鳴を上げた。
そこへ、鎧眦と斬り結びながら妖夢が来た。
長刀の楼観剣を縦に一閃すると、鎧眦が半身を回して避ける。
胸のあたりで刃を返し、横に切り返す。
大きく上体を逸らして回避すると、そのままの勢いで一回転した鎧眦の蹴りがこめかみを打った。
「……!」
だが、それは白楼剣の鍔で止められた。
両者の力は拮抗し、カチカチと刀の鍔が音を立てる。
早苗の「ひああぁ~」と言う悲鳴が近付いてきた。
妖夢はそちらに目を向けると、手首を返して蹴りを後ろに流した。
くるりと横に身を回し、振り向き様に刀の柄で鎧眦の横腹を打つ。
そうして相手が怯んだ隙に、楼観剣を横薙ぎに振るった。
―――― 幽鬼剣「妖童餓鬼の断食」――――
斬撃と共に大量の楔形の弾幕が放たれて、その内の一部が早苗を縛る紐を寸断した。
結界から贔屓を引き上げた蒲牢は、断続的に降り注ぐ弾幕を縫うようにして駆け抜ける。
駆け抜けた直後に弾幕の刃が降り注ぐので、生きた心地はしなかったろう。
蒲牢は輿を盾に凌いだ、意外と汎用性が高い。
吹き飛ばされる形になった早苗は空中で制動をかけ、身体に巻きついた紐を振り解く。
多少目を回しているようだが、無事なようだった。
妖夢が、ほっと息を吐く。
しかしそれは同時に、鎧眦に対して背中を向けたと言うことを意味していた。
「愚か者め! 敵に背を向けるか!」
跳びかかる鎧眦に、背を見せたまま白楼剣を逆手に持ち変える妖夢。
妖夢の肩越しに2人の視線が交錯した、その瞬間。
―――― 幻符「殺人ドール」――――
両者の間に、大量のナイフが降り注いだ。
「何っ!?」
不意を突かれた。
身体はすでに前に動いているので、止めようが無い。
避けられない。
咄嗟に両腕を交差させて頭を守り、そんな鎧眦を、ナイフの雨が覆い尽くしていった。
◆ ◆ ◆
ナイフの雨が止み、再び濛々とした白煙が大広間を覆う。
腕を組んで眼下を見下ろす咲夜の両隣に、早苗と妖夢が集まってくる。
早苗はまだ目を回しているようだったが、頭を振って意識をはっきりさせていた。
「や、やりましたか?」
「いや、だから」
早苗のせいでも無いだろうが、白煙を吹き飛ばして漆黒のレーザーが空中を薙いだ。
―――― 睨符「ガイサイノウラミ」――――
3人は、1度分散した。
咲夜はレーザーを紙一重で避けると、そのまま身体を横に回転させつつレーザーの周囲をぐるりと回った。
木の枝のようにバラまかれる枝弾の隙間を縫い、掠らせもせずに回避する。
他の2人も、それぞれに回避するなり打ち落とすなりしたようだ。
再び集結すると、鎧眦達もまた、下で集結していた。
3対の視線が、互いを結び合う。
ちらりと確認してみれば、鎧眦は衣服こそ破れているものの、ダメージは無い様子だった。
残機を刈り取るには、至らなかったようだ。
「ナイフだと、軽すぎるのね」
咲夜はその原因を、自分の攻撃の軽さに求めた。
元々弾幕ごっこは攻撃の軽重では無く、その美しさを競うものだ。
だが美しさが拮抗した時、決着をつけるのは弾幕の難易度である。
要するに、避けにくく、かつ相手の
直撃がそのまま勝敗に繋がるような、そんな弾幕を。
それはどこか、獣が序列を争う様にも似ていた。
相手の闘志を折り、屈服させる行為。
悪魔の狗と呼ばれる咲夜と、見るからに犬の化生である鎧眦。
なるほど、しっくり来る表現だと咲夜は笑った。
「私のナイフだと、勝負を決めきれませんわ」
「守矢の奇跡の出番ですか?」
「さっき結界の仕掛けを見せたから、次はもう引っかかって貰えないんじゃないかしら」
今、必要とされているのは直接的な攻撃だ。
火力、と言い換えても良い。
「うーん。そう言うのは
頭に乗せた帽子に触れつつ、魔理沙の快活な笑顔を思い出す。
あの白黒の魔法使いなら、それこそ十分な火力でこの場を席巻しただろう。
早苗は見た目は派手な弾幕を放つがその実、その機動は緻密に計算されている。
自身のセンスと守矢の秘術を合わせたそれはしかし、威力と言う点では他に及ばなかった。
そしてそれは、咲夜とて同じこと。
時間を操る能力は強力だが、放つ弾幕はあくまでナイフが基本だ。
弾幕としては利便性が高いが、刃に毒でも塗らぬ限り一撃必殺とは行かない。
最も、毒を塗るなどと言う行為が美しいはずも無い。
となれば、残る選択肢は1つ。
「妖夢、貴女の剣なら出来るんじゃないかしら」
「え?」
「おー、刀! そうですね、そう言うのもアリですね!」
話を向けられたのが意外だったのか、妖夢は戸惑ったような目を向けて来た。
妖夢は弾幕ごっこにおいて刀を使う。
弾幕と言う意味では扱いにくいが、直接攻撃と言う点においては、申し分ないように思えた。
一方で、妖夢にはやや自信が無かった。
剣の腕に、では無い。
剣技には自信がある、能力にその名を冠する程だ。
だがそれを弾幕ごっこの中で十分に使えているかと言うと、やはり自信が無かった。
「動く相手に剣を当てるのは、とても難しい」
弾幕ごっこでは当然の、基本的な部分。
だが一撃必殺を当てると言う意味では、最も応用力が必要な部分でもある。
当たれば、倒せる。
だがそのためには、超えねばならないハードルがいくつもあるのだった。
(……ダメだな)
と、少し思う。
肩を並べる仲間が頼ってくれていると言うのに、応えられない自分。
こう言う時、真面目な性格が少し悪い影響を与えているのかもしれない。
それこそ魔理沙なら、自信たっぷりに「任せとけ!」とでも言っただろうに。
こんなことだから、主は自分を「半人前」と言うのだ。
「大丈夫」
僅かに笑んで、咲夜は言った。
「私を誰だと思っているの?」
完全で瀟洒な従者、人は咲夜のことをそう呼ぶ。
誰かのお膳立てをすることに関して、彼女の右に出る者はいない。
そして彼女は、妖夢の剣の腕を信じていた。
妖夢の剣ならば、全てを断てると。
「昔、貴女と戦った私が言うのよ。信じて頂戴」
そして。
「私達を、信じてくださいな」
ぱちんっ、とウインクひとつ。
それをぽかんとした表情で受け止めた後、妖夢はぎこちないながらも笑みを見せた。
そして、小さく――だが確かに、頷くのだった。
「相談は終わったか?」
鎧眦の言葉に、3人はそれぞれの獲物を構えた。
それを待たずして鎧眦達も動く、3つの弾幕が瞬く間に視界を覆った。
「シャアッ!」
鎧眦が再度斬り結ぶべく妖夢目掛けて跳びかかる、妖夢は一瞬刃を上げるが、そんな彼女の前に咲夜が背中を見せた。
両手にナイフを構え、鎧眦の鋭い爪を受け止める。
いや、受け止められなかった。
ナイフの刃が切り落とされ、宙を舞う。
ナイフ自体の強度はさほどでも無い、妖怪の爪に耐え切れなかったか。
咲夜は怯まなかった。
「ごめん下さいませ」
鎧眦の爪がその柔肌を引き裂く――と思われた瞬間、咲夜の周囲に大量のナイフが浮かんだ。
時を止め、配置したナイフだ。
それらが雪崩を打って飛来し、鎧眦は後ろに下がらざるを得なかった。
「沈めぇ~!」
「我らの足元に! いや場所的に考えて!」
「守矢の神は、何者にも屈しません! 妖夢さんの邪魔をする弾幕は、私が全て撃ち落とします!」
―――― 銭符「ワンハンドレットバレット」――――
―――― 音響「竜頭梵鐘」――――
―――― 奇跡「ミラクルフルーツ」――――
ばっ、と弾幕の雨が散る。
妖夢を目がけて放たれた2つの弾幕に対して、早苗が張ったものだ。
適当にバラまかれたように見えるそれらは、しかし恐ろしいほど正確に敵の弾幕を撃ち落としていった。
それでも落とし切れなかった無数の弾幕が、天井を、壁を、床を抉り取っていく。
(わひゃああああ!)
それを走り回って避ける白夜、たまに咲夜のナイフが足元に刺さるので飛び退くが、そうすると不思議と他の弾幕を避けることが出来た。
と言うか、能力的には特に問題ないはずなのだが。
まぁ、本人にとっては大変な状況には違いなかった。
弾幕ごっこは、付近で見ていると割と危険な遊びだった。
「…………」
そんな中でひとり動かず、妖夢は左手に楼観剣を持ち、右手に白楼剣を持った。
それらを交差させて構えると、身を低く沈めていった。
――――妖夢の世界から、音と光が消えた。
◆ ◆ ◆
魂魄妖夢は、半人前である。
それは自ら認める所であるし、主人からもからかい混じりに良く言われることだ。
だから必殺の一撃――否、一太刀を抜くことすら、今の自分には難しい。
幽居した祖父は、自然とその境地に達していたように思う。
嗚呼、やはり自分は半人前だ。
雨は30年で斬れる。
空気は50年で斬れる。
時ですら200年で斬れる、しかし。
必殺の一太刀には遥か遠く、500年及ばず。
「ひゅう、ぅ……」
吐息は薄く長く、妖夢は集中する。
集中し、集中している自分にさらに集中し、集中に集中を重ねた先へとさらに集中する。
二振りの刀を構えた姿勢のまま、正面の一点、剣線のみを見て動かない。
動けなかった。
動けば、集中が切れてしまうからだ。
額に玉の汗が滲む、半分幽霊のこの身に熱を感じる。
周囲の音が、光が消えていく。
脳髄に冷たい物を感じ始めた時、妖夢はまさに動かぬ彫像と化した。
そしてその姿は、全幅の信頼を自分達に寄せたからだと早苗と咲夜に判断させた。
―――― 傷魂「ソウルスカルプチュア」――――
―――― 爪撃「ヤマイヌノヒソウ」――――
だからカードを切った、瞳の血の色に染めて、ナイフ全てを使い潰す勢いで切りかかる。
連撃。
右から紅い軌跡を描きながらナイフを振り下ろす、振り上げる鎧眦の爪がそのナイフの刃を裂いた。
しかし1秒後には、咲夜の手には別のナイフが握られている。
振り下ろし、振り上げ、右に切り、左に流し、縦に裂き、斜めに受け、突く。
身を回し、離れ、近付き、飛び、退き、前に出て、舞い、踏み止まる。
鎧眦が妖気を纏って放った突きを、胸元を掠めさせるように回避して、その腕を掴んだ。
数秒前に砕けたナイフの欠片がキラキラと光を反射して、硝子細工の芸術品のようだった。
「美しい……」
座したままの讃が、溜息混じりにそんなことを呟く程に。
十六夜咲夜と鎧眦の
しかし美とは、すべからく一瞬のもの。
かわした突き、その腕を掴むと、そのまま遠心力を利用して鎧眦を投げ飛ばした。
「このっ!」
しかし、鎧眦もひとかどの妖怪だった。
追撃のために背後に回った咲夜に対し、見えない位置で、再びのスペルを宣言した。
―――― 駆符「ヤマイヌノトオボエ」――――
漆黒のオーラが身体を覆い、空を裂くが如く咲夜に突進した。
咲夜は、避け切れなかった。
(咲夜姉!?)
白夜は流れ弾を避けるのも忘れて、上を見た。
鎧眦の一撃を受けた姉が、紙切れか何かのように宙を吹き飛んでいく。
追撃だ、鎧眦は眦を決してさらに飛び込み。
――――きれないものなど。
そして、咲夜の笑みを見た。
スペルの直撃を受けておきながら、微笑を浮かべていた。
薄い唇から、言葉が紡がれる。
「……出てきたわね」
「なに?」
「
鎧眦が言葉の意味を察するより前に、別の宣言が響き渡った。
―――― 秘術「九字刺し」――――
高らかな宣言が成された瞬間、戦場に格子が走った。
それは霊力で編まれた格子、眩く輝くレーザーが縦横に走り、鎧眦を拘束してしまった。
いや、鎧眦だけでは無い。
「こ、これはぁ」
「落ち着け、弾幕は単純だ。いや普通に観察して」
贔屓と蒲牢も、別の格子に囲まれていた。
そして言う通り、降り注ぐ弾幕自体は実に単調だ。
半径20メートルを緑の霊力の結界で覆われようが、凌ぐのはそう難しいことでは無い。
――――あんまり。
気が付けば、咲夜の姿が無かった。
鎧眦は知りようも無かったが、時を止めて移動したのだ。
しかし、何のために?
咲夜の意図を知らぬ鎧眦は気付けなかった。
自分達が、囲われる格子こそ違えど、ほぼ直線上に並ばされていることに。
「今です!」
早苗、言葉にしなくとも良い。
「…………」
咲夜、視線に込めなくとも良い。
(妖怪の鍛えた楼観剣と、迷いを断ち切る白楼剣に、斬れないものなど、あんまり)
音も光も消えた世界で、しかし、妖夢は極限まで身を低くしていた。
筋肉の繊維、骨の軋み、空気の震え、それら全てを鋭敏に感じながら。
必殺の一太刀まで500年。
一瞬で良い、この瞬間だけ、その位にまで剣を高めてみせる。
自信は無い。
だが信頼はある。
剣士とは、託された信頼に応えるべき存在。
だから妖夢は、己の信じる剣を、そのまま振り切った。
――――「ないっっ!!」
―――― 断霊剣「成仏得脱斬」――――
桜色の、剣閃。
剣気の射線は一直線だ、動かしようも無い。
祖父ならきっと、剣気を曲げることも容易に出来たのだろう。
妖夢1人ならきっと、簡単に回避されて終わっていたはずだ。
「ぐえぇ……っ」
「あ、ありえな、いや……っ!」
輿が砕け散り、銭束が千切れる。
贔屓と蒲牢は成す術も無く、桜色の剣閃に飲み込まれていった。
だが鎧眦だけは1人、剣閃に正面から立ち向かった。
爪を伸ばし妖力を蓄え、自らを切り裂く剣閃をさらに引き裂こうとした、が。
「――――ッ!?」
ナイフ。
ナイフが、剣閃に振り下ろされようとした爪を、手を弾いた。
時間を止めて、空中に配されていたナイフだった。
「……チェックメイト、ですわ」
「きさ、ま!」
耳元で声、振り向く、いない。
はっとして正面に向き直ると、妖夢の剣閃はもはや止めようが無く。
「しま……っ!」
「たあああああああああぁぁっっ!!」
鎧眦の身体に、妖夢の渾身の剣閃が直撃した。
――――決着。
◆ ◆ ◆
刀を鞘に戻し、妖夢が息を吐く。
そんな彼女に早苗が抱きつき、落とした魔女の帽子を咲夜が時を止めて拾う。
早苗が妖夢にハイタッチを要求し、苦笑しつつ叶えると、意外なことに咲夜も控えめに手を挙げている。
それに少し驚きつつも、妖夢は笑顔で手を合わせた。
「…………」
そしてその様子を、白夜は静かに見つめていた。
弾幕の余波で煤けているが、怪我一つ無い、生き延びたと言えば言い過ぎだろうか。
ぽりぽりと頭を掻いて、しかし姉達の下へ駆け寄ることも出来ずに、手持ち無沙汰な様子だった。
(まぁ、慣れてるけど、さ)
先にも述べたが、白夜は過去にも異変の解決に同道したことがある。
あくまで同道であって、参戦では無い。
姉のおまけとしてついていっただけだ、冥界で見た死の蝶は綺麗だったし、幻想郷中が花々で溢れたのは楽しかったし、逆さまのお城は面白かった。
しかしいざ異変が解決してしまえば、その輪の中に白夜の居場所は無かった。
入れると思ったことは無いし、入るつもりも無かったが、手持ち無沙汰になるのは困りものだ。
その後の宴会でも、同じようなものだ。
別にそれをどうと思ったことも無い、本当だ。
けれど――そう、手持ち無沙汰は、困る。
(あ……)
そしてそう言う時、必ずと言って良い程、姉が自分を見つめているのだ。
今もそうだ。
咲夜の静かな眼差しが、少し離れた位置に立っている妹に注がれている。
白夜は気付かないふりをして、明後日の方向を向いた。
(……それにしても。おーい)
つんつんと胸元の宝珠をつつく。
別に誤魔化したわけでは無い。
実際、先程までは物凄い熱を放っていたのだが、ここに来て収まっていた。
だが返答は無く、白夜としては不安が鎌首をもたげ始めていた。
しかし具体的に何を思い出そうとしていたのかは、ついぞわからなかった。
つんつんとつつき続けても、宝珠は何も返してはくれない。
そんな白夜を、咲夜はじっと見つめていた。
「咲夜?」
「……いいえ、何でも無いわ。それよりも」
「そうね! まだ親玉が残ってましたね!」
その通り。
自分達が倒したのは、
妹を視界から外し、頭を振って、咲夜は前を見た。
そこには。
「――――素晴らしい!」
一番肝心な、
「お気に召して頂いて、光栄ですわ」
「ああ、お気に召したさ。お前達は実に素晴らしい。鎧眦達も良くやったが、いや……素晴らしいな、本当に」
興奮冷めやらぬ様子で、拍手までして、讃が玉座から降りてくる。
「余には好きなものが1つある。勇気ある人間を見ると、余はこの上無い幸福を感じる」
必殺の一太刀のため、敵中に無防備を晒した妖夢。
仲間を守るために、頭数で負ける相手に奮闘した早苗と咲夜。
どれも素晴らしい、流石は過去の異変を解決してきた歴戦の勇士達と言うべきだろうか。
その時、不意に蒼い輝きが生まれた。
それは讃の手元で生まれた輝きであり、彼女の掌の上には蒼い宝珠があった。
泉が湧き出すかのような輝きは同時に、大広間に暴風を生み出した。
咄嗟に妖夢は楼観剣を逆手に持ち、床に突き刺した。
悲鳴を上げて吹き飛ばされる早苗の腕を掴み、その場に踏み止まる。
「な、なにこれえええぇっ!」
「は、離さないで!」
そして早苗に耐えられない衝撃が、白夜に耐えられるはずも無い。
(え、ちょ、ま……ぎゃあああ――あ?)
持ち堪えられもせずに吹き飛ばされそうになった時、背中から何かにぶつかった。
香りでわかる。
(さ、咲夜姉)
時間を止めて移動したのだろう、咲夜はそこにいた。
彼女は、妹に視線を向けはしなかった。
ただ眦を厳しくして、蒼い輝きの中で笑う讃のことを睨んだ。
妹の肩を掴む手は強く、白夜は微かな痛みに呻いた。
「そして」
その時だ、白夜の宝珠が再び熱を発した。
今度は服の上からでも熱いとわかる、火傷しそうな程に熱い。
痛みに悶えていると咲夜がそれに気付いて、妹の胸元の宝珠を咄嗟に掴み、握り締めた。
ぐ、と僅かに眉を顰める、咲夜にしては珍しい表情と言えた。
「そして勇気ある人間が恐怖と絶望に染まる様が、余は何よりも好きだ」
掌が焼けたか。
放熱に終わらず、ついには輝き始める。
何が起こっているのか、いや、明らかに讃の蒼い宝珠に共鳴しているとしか思えない。
だって、輝きの質が全く同じだったのだから。
「絶望するが良い、勇気ある人間よ」
共鳴する紅と蒼の輝きに、讃は笑みを深くした。
「今宵、我らは天へと至る――――!」
暴風と輝きが、大広間を覆い尽くしていった。
◆ ◆ ◆
――――冥界。
死後、罪無き魂が次の行く道を定めるまで留まる場所だ。
地上は真夏もかくやと言う暑さだが、死後の世界であるこちらは随分と涼しい。
非常に過ごしやすい。
博麗神社で待っていなくて正解だったと、紫は思った。
「過ごしやすい気候、趣のある庭、美味しいお酒に……それに隣には美人、言うこと無いわね」
「あら、お上手ね」
白玉楼と言うのが、その屋敷の名前だった。
冥界の中心に位置するとも言われるが、冥界の全容を知る者もいないので本当のことかはわからない。
酒気を帯びる吐息は熱く、良く手入れされた枯山水の庭園は美しい。
橋の下の白砂の池模様など、自分好みで見ていて飽きなかった。
紫は白玉楼の縁側に座り、妖夢が手入れしている――そもそも、妖夢の本職は剣術指南役兼「庭師」――庭を楽しみつつ、友人が出してくれた秘蔵の酒を楽しんでいた。
友人と言うのはこの白玉楼の主である亡霊の姫、西行寺幽々子である。
彼女もまた紫の隣に座り、酒杯を手に微笑を浮かべていた。
紫自身が言ったように、かなりの美女であった。
「それで、今回の異変はいつ終わるの?」
「あら幽々子、この世界に明確な終わりなどありませんわ。貴女なら、良くわかっているのでは無くて?」
「ふふ、そうかもしれないわね」
ふわふわとした桃色の髪に、血の気の無い白い肌、光の薄い瞳。
どこか生気を感じることの出来ない美貌はまさに、この世の物とは思えなかった。
ゆったりとした薄青の和服を着ているが、涼やかな色合いなのに温かそうに見えるのが不思議だ。
彼女は手元の洋菓子をぱくぱくと摘みながら、言った。
「なら、質問を変えるわね。今回の異変はどんな形になるのかしら?」
「さぁ、どうかしら」
「もう、結局教えてくれないのねぇ」
「うふふ」
はぐらかすようにそう言って、酒杯に口付ける。
その後ろでは、畳の上に寝転ぶ魔理沙の姿があった。
文の姿もある。
彼女は「異変が終わるまではオプションなので」と言って、眠る魔理沙に黙って膝を貸している。
もちろん、藍と橙もいる。
2人は割烹着姿で、紫と幽々子のためのお酒や肴を用意している。
なお橙はまだ大きいままで、藍は「橙と肩を並べて炊事場に立つ日が来ようとは」などと呟いていた。
「幽々子こそ、妖夢が心配じゃないの?」
「スキマ送りにした人の台詞じゃないわねぇ」
自分だってはぐらかしているじゃないか、と思ったが、紫は口には出さなかった。
この亡霊の姫は、何かにつけて庭師の少女の成長を促している。
成長すればしたで寂しがる癖に、同時に喜んでもいる、複雑な心境なのだろう。
最も、それは紫とて同じこと。
「……どんな結果になろうとも、幻想郷は全てを受け入れる」
美しく、残酷に。
まるで何事も無かったかのように、相手の行為など、何の意味も無かったかのように。
「それにしても、あの子にも困ったものですわね。
おかげで、妖夢と言う最後のカードを使わざるを得なかった。
幽々子の了解を取り付けていたとは言え、難儀なことである。
ふぅ、と息を吐いて、紫は空を見上げた。
白玉楼の空に浮かぶ無数のスキマ、それらを見つめて目を細めて――――……。
……――――場所は変わって、現世。
幻想郷の夜、妖怪の時間。
寒々しくも広大に広がり続ける砂の湖、その真ん中に屹立する城「懐麓宮」。
その門に背中から叩きつけられて、門番の妖怪、椒図は肺の中の空気を一度に吐き出した。
「……ま、まったく」
ぜはっ、と息を荒げながら、椒図は月を背にこちらを見下ろす相手を見て、笑みを浮かべた。
前髪はチリチリと焦げており、衣服のオーバーオールは肩紐が2つとも千切れて衣服の体を成していなかった。
素肌のほとんどを外気に晒す羽目に陥りながら、彼女は言った。
「さ、最近の人間は、本当に……とんでも、ない、な」
「それはどーも」
そんな彼女の前に降り立つ、紅白の影がひとつ。
紅白の巫女、霊夢は、面白くも無さそうな顔で横髪を掻き揚げた。
――――<博麗の巫女>、異変の本拠地に到着する。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
5ボスまで終わった感がありますが、弾幕ごっこの乱戦は描いていて楽しかったです。
次回は6ボス戦に入りますが、はたしてどう描写しましょうか。
次回も頑張ります。