東方九竜子―瀟洒の妹―   作:竜華零

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STAGE5:「無限砂漠にて」

「え? いない?」

 

 

 妖夢は、紅魔館の門前で途方に暮れていた。

 その手には一目で手土産とわかる風呂敷包みを持っており、応対した美鈴は苦笑を浮かべた。

 

 

「すみません、今日は咲夜さんも白夜さんも留守にしてるんです」

「よ、弱ったなぁ……」

 

 

 妖夢は主人の命令で、紅魔館まで使いに出されていたのだ。

 表向きはただの挨拶だが、実の所「洋菓子が食べたい」と言うのが主人の本音だと言うのは妖夢には良くわかっていた。

 幻想郷で洋菓子が手に入る場所は限られている、紅魔館はその内の一つだ。

 

 

 だから紅魔館の主であるレミリアに挨拶した後、咲夜や白夜に頼んで洋菓子を用立てようと思っていたのだ。

 だがいざ紅魔館に来てみれば、門前は戦いでもあったかのように荒れていた。

 美鈴はその片付けをしていて、そこへ妖夢が声をかけたと言う形だ。

 

 

「何かあったの? 久しぶりにこっちに出てきたら、夏でも無いのに随分と暑いし」

「私も詳しくは。お嬢様によると、異変らしいですけど」

「はぁ、異変」

 

 

 異変、幻想郷における一大イベントだ。

 過去には妖夢も解決に動いたこともあるが、ここしばらくはあまり関わり合いを持っていなかった。

 

 

「どうします? 中で待ちますか? と言っても今は咲夜さんもいないので、大したおもてなしは出来ませんが」

「うーん」

 

 

 考えるように首を傾げれば、背中にくくりつけた2本の刀が小さく音を立てた。

 妖夢としてはおもてなしなどは気にしていないのだが、いつ戻るかもわからない相手をただ待ち続けると言うのはどうにも気が乗らなかった。

 真面目な性格も手伝って、待ち続けて紅魔館の面々に気を遣わせるのも申し訳ないと思う。

 

 

 主人の下にも帰りづらい、館で待つのも申し訳ない。

 そうなってくると、自然と妖夢の選択肢も決まってくる。

 とりあえずはこのお土産をレミリアに渡さなければならないが、その後の行動については妖夢の判断に委ねられている。

 迷った末、妖夢は言った。

 

 

「咲夜と白夜は、どこに行ったの?」

 

 

 ――――ゆらり。

 その時、美鈴から2人の行方を聞く妖夢の後ろで、空間が僅かに揺らいだ。

 見る者が見れば、気付いただろう。

 両端にリボンのついた空間の裂け目、その奥で全てを見つめる者の眼に。

 

 

「……幽々子ったら、仕方ないわねぇ」

 

 

 その、静かな呟きに。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 アリスの家に限らず、魔法使いの家には魔法がかけられている。

 例えば主の許しが無ければ中に入れないとか、侵入者への防衛機能であるとかだ。

 玄関を潜れば、人形遣いの家らしく至る所に人形が飾られているのが見える。

 下駄箱の上、階段の端、机の上、椅子の横、棚の上、本棚の間。

 

 

 置かれている人形の手には突撃槍が持たされていて、どれもが武装人形であることがわかる。

 眼を閉じて眠っているようだが、それが逆に物々しさを際立たせていた。

 それ以外にも洗濯物の籠を抱えて飛び回る人形、食材を切り分ける人形等、家事のために飛び回っている人形もいる。

 そこはまるで、人形達の王国だった。

 

 

「皆、ただいま」

 

 

 そしてこの王国に君臨する女王こそが――否、<魔女>こそが、アリス・マーガトロイドだった。

 人形、それは彼女の魔法の全てであり、唯一であった。

 

 

「変わりは無い? そう、あの新参者がまた来る可能性も0では無かったから、良かったわ」

 

 

 ふよふよと浮かぶ人形の頬に手を添えて、アリスは安堵の息を吐いた。

 

 

「まったく、こんなのは私の役割じゃないのに」

 

 

 ブツブツと文句を言いつつも他人の面倒を見てしまうのは、そう言う性格なのだろう。

 これ以上の面倒事は御免だと思いつつも、それでも一度抱え込んだ相手を見捨てることもしない。

 面倒見が良いと言えばそれまでだろうか、アリス自身は認めないだろう。

 

 

「ふぅ……文? 怪我の調子はどう?」

 

 

 2階に上がり、来客用に設えた個室の扉を開ける。

 そこには魔法の森の入り口で保護した文がいる、怪我は人形達によって治療されていた。

 はず、だったのだが。

 

 

「え?」

 

 

 部屋の中に、鴉天狗の少女の姿は無かった。

 ベッドにテーブル、クローゼットに本棚と最低限の物が揃った部屋。

 その部屋の中で、看護用の人形が困惑したように浮かんでいた。

 ベッドに寝ていたはずの文は見えない、代わりに窓は開け放たれており、レースのカーテンが力なく揺れていた。

 

 

「あ、文?」

 

 

 はっとして、小さく駆けて隣に部屋に行った。

 同じような客室がそこにもあって、そちらはベッドの上にいるべき人物がちゃんといた。

 香霖堂の店主、霖之助だ。

 上半身に包帯を巻いた状態の彼はまだ眠っており、ベッド脇のスツールでは朱鷺色の羽根を持つ少女がいて、静かに本のページをめくっていた。

 

 

 2人の姿を見つけて、アリスは安心したように肩の力を抜いた。

 それから頭痛を堪えるように、指先でこめかみを押さえた。

 心配そうに浮かぶ人形達に大丈夫と告げ、それでも堪えきれない溜息を吐いて。

 

 

「どいつもこいつも……」

 

 

 どうやら、今回の異変は少々複雑な状況になっているようだ。

 しかもその中にアリス自身も含まれていると言うのだから、笑うに笑えない。

 せめて、これ以上の面倒事は持ち込まないで欲しい。

 この時、アリスは心からそう思っていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 暑い、帰りたい。

 異変の中心である件の砂漠に到着した直後、白夜は早速リタイアを検討していた。

 見渡す限りの砂の湖、視界全てが砂色の景色で埋まっていた。

 

 

(た、倒れそう)

 

 

 空から降り注ぐ太陽だけでは無い、その熱が砂で増幅され、しかも反射するのだ。

 つまり空と大地、両側から熱が伝わってくるのである。

 もう暑くして仕方が無い、しかも一歩進む度に砂に足が埋もれて歩きにくい。

 歩くだけで、相当の疲労だった。

 

 

(咲夜姉、どこまで行くの?)

「この異変の元凶がいるところまでよ」

(ですよねー)

 

 

 咲夜は常に白夜の前を歩き、比喩でなく白夜は姉の足跡を踏んで進んでいた。

 姉は汗一つかかず、また疲労の色など欠片も見せずに進み続けている。

 この砂漠についてすでに2時間程歩いているが、その間に1度も休憩していない。

 まぁ、こんな所で休める場所もあるはずは無いが。

 

 

 しかし、姉はどうするつもりなのだろうと考える。

 右を見る、砂しかない。

 左を見る、砂しかない。

 前も後ろもそうだ、例外は上くらいだろう。

 

 

(……こっそり帰ったらダメかな)

 

 

 ふとそんなことを考えて、すぐに1人で帰れないことを思い出した。

 ここまで来るのに姉に背負われてきたので、砂漠の外への出方もわからない。

 白夜としてはこうしてついていく他無いのだった。

 

 

『お、ついに俺様の出番か?』

(黙ってノーサンキュー)

 

 

 宝珠の言葉も今は鬱陶しい、いやいつもか。

 

 

『うーん、それにしても』

(何? 今忙しいんだけど)

『だらだら歩いてるだけじゃねぇか。それよりも、何だかなぁ……』

 

 

 チカチカと明滅するその様子は、不思議と左右を見回しているようにも見えた。

 

 

『何だか俺様、こう言うのどこかで見たことがある気がする』

(この前、自分のことは何も覚えてないみたいなこと言ってなかった?)

『いや、そうなんだが。何か、何か……』

 

 

 そして、また黙ってしまった。

 人間であれば考え込んでいる姿が見えたのかもしれないが、宝珠の姿をしていてはただのガラス玉と何ら変わる所は無かった。

 溜息を吐き、嫌々ながら歩き続ける白夜。

 

 

(あれ?)

 

 

 その時だ、白夜は姉が立ち止まっていることに気付いた。

 何個目かの丘陵を登りきるかと言う所で立ち止まっていて、そのことに気付かず歩き続けていた白夜は、危うく姉の背中にぶつかってしまう所だった。

 

 

(な、何? どうかしたの?)

「……妙ね」

 

 

 ドキッとした。

 もしかして、宝珠のことがバレたのだろうか?

 しかしどうやらそう言うわけでは無いらしく、姉が自分の方を見ることは無かった。

 ただじっと、あらぬ方向に冷たい視線を向けていた。

 

 

(え、な、何?)

 

 

 何が妙なのだろう。

 白夜には見えない何かが見えているとでも言うように、何も無いはずの場所に視線を向け続ける。

 

 

『――――これは驚いた』

 

 

 不意に、声が聞こえた。

 音が拡散しているとでも言おうか、奇妙な響きの声だった。

 涼やかな女の声、コココ、と狐のような笑い声が聞こえる。

 白夜は声の主を探してキョロキョロとあたりを見渡したが、誰の姿を見つけることも出来なかった。

 

 

 そうしている間に、咲夜が歩き出した。

 白夜の左側を不自然に迂回し、そこで立ち止まった。

 何をしているのか良くわからなかったが、コココ、と言う笑い声がまた聞こえた。

 

 

『私達の存在に気付くとは、前に会った時より感覚が鋭くなっているんじゃないか?』

 

 

 まるで、と、声は言った。

 

 

『まるで――――妖怪(わたしたち)のよう」

 

 

 ずるり、と、何も無い場所から女が姿を現した。

 太陽に煌く金色の髪に狡猾さを潜ませた瞳、二本の角のようにも見えるとんがり帽子。

 法師が着るようなゆったりとした青白の服を着ており、両腕を袖の中に差し込むようにして組んでいた。

 何よりも目を引くのは背中の黄金、扇状に広がる金毛の九尾だった。

 

 

「……八雲の」

「ご機嫌よう、紅い館のメイドさん」

 

 

 ニィ、と九尾の女が見せた笑顔は。

 それはそれは、美しく妖しいものだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 八雲藍は式神である、つまり主によって使役される僕だ。

 彼女は九尾の妖であるが、厳密に言えば九尾の狐と言う妖怪に憑いた式神が「八雲藍」だ。

 九尾の妖力と、そして主に与えられた式神としての頭脳。

 八雲藍は、式神でありながら力ある大妖怪の一角として認識されていた。

 

 

「珍しいわね、貴女がこんなところにいるなんて」

「我が主が望む場所に、私は現れる」

 

 

 金毛の九尾を揺らしながら降りて来た藍に、咲夜が声をかけた。

 藍が式神であり、しかも幻想郷の管理者の式神であることを知っていたためだ。

 加えて言えば滅多に出てこない彼女が出てきたと言うことに、何か並々ならぬものを感じたのかもしれない。

 

 

「貴女も異変を?」

「そうよ。主からは解決を手伝うようにと言われている。だからあそこで巫女を待っていたのだけど……山の巫女しか来なかったわね。お前に気付かれたのは意外だったよ」

 

 

 咲夜は時空間を操ることが出来る、そのため、異次元に姿を潜める存在についても他人よりは感知しやすいのだ。

 まぁ、藍や藍の主が巫女――まず間違いなく、霊夢のことだろう――に見つかることを前提にしていたために、見つかりやすかったと言うのもあるのだろう。

 そしてこの段階で、早苗が先に来ていることも知った。

 

 

「今回の異変は、少々規模が大きすぎる」

 

 

 藍が言うには、この砂漠は今も少しずつ広がり続けているらしい。

 器の中に砂を流し込み続けるとどうなるか?

 当然、溢れて外に流れ落ちることになる。

 それが彼女らにとってどんな不都合があるのかは、明確には咲夜にもわからない。

 ただ人里や他の妖怪達の縄張りが砂で埋もれるのは不味いのだろう、とは思った。

 

 

「…………」

 

 

 ちなみに白夜はと言うと、藍の尻尾の中からこちらを窺う妖怪とにらめっこをしていた。

 それは人間の子供のような姿をした化け猫で、尻尾の毛を掴んで顔を半分だけ覗かせていた。

 肩に届くくらいの茶色の髪に緑の帽子を乗せて、赤を基調としたワンピースのような服を着ている。

 お尻に揺れるの2本の尻尾が、彼女を妖怪であると教えてくれた。

 彼女の名は橙、藍の式神――「式神の式神」である。

 

 

「まぁ、異変の解決を手伝ってくれると言うならそれで良いわ」

 

 

 そんな妹を横目に、姉の方は真面目な口調で話を続けた。

 

 

「さっきから異変の大本を探しているのだけど、見つからないのよ。何か知らないかしら?」

「……?」

 

 

 すると藍は不思議そうな顔をした、それから小さく首を傾げて。

 

 

「何を言っているんだ? 目の前にあるじゃないか」

「え?」

 

 

 繰り返すが、周囲にあるのは砂、砂、砂。

 それ以外の物など何も無い、広大な砂漠が広がっているばかりだ。

 

 

「ほうら」

 

 

 右から、左へ。

 藍がゆっくりと手を動かす、すると不思議なことが起こった。

 彼女の手を追いかけるように、景色が一変したのだ。

 この変化には、流石の瀟洒の従者と言えども驚きを隠せなかった。

 

 

 今まで砂しか無かった丘陵の下に、巨大な建造物群が出現した。

 建物は全て赤い粘土瓦の屋根を持ち、端が確認できない程、無数の建物が並んでいた。

 建物はどれも同じような形をしているので、見つめていると奇妙な感覚に陥りそうだった。

 そして理解する、ここがこの異変の大本なのだと。

 

 

「おや、どうやらお出迎えのようね」

 

 

 コココと笑う藍の視線の先に、塀よりもさらに高く造られた門があった。

 宿舎だろうか、赤い粘土瓦の建物を2階に持つ大きく広い門だった。

 この門を通らなければ中には入れそうに無い、だが門には付き物があるものだ。

 その門の前には、門番が1人立っていたのである。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その少女は、直立不動の体勢でそこにいた。

 薄い緑色のオーバーオールを着ていて、胸元に頭程の大きさもある金属の輪をつけていた。

 良く見れば、腰や肩、足の部位にも小さな輪をいくつも下げている。

 

 

「真面目ね、うちの門番にも見習わせたいものですわ」

 

 

 咲夜達に気付いたのだろう、少女がこちらを見つめてきた。

 巻き髪の先が揺れ、無感動な瞳が侵入者達を睨む。

 

 

「おや、懐かしい」

「知っているの?」

「あの妖怪のことは知らない。でも、あの種族のことは知っているわ。閉鎖的な種族で、閉じ篭ることが好きな連中だ」

 

 

 種族と言う言い方から察するに、天狗や河童のようなものなのだろう。

 

 

「名前は、何だったかな。そう、椒図(しょうず)と言う名前だったわ」

「椒図、ね」

(ぐぇっ)

 

 

 未だに橙と見つめ合っている白夜の首根っこを掴むと、咲夜は藍達を後ろに残して歩き出した。

 椒図は何も言わず、自分に近付いてくる2人の人間をじっと睨んでいた。

 そんな相手に対して、咲夜はにこりと微笑を浮かべた。

 

 

「ご機嫌よう」

 

 

 声をかける、返答は無かった。

 

 

「私は紅魔館にてメイド長を務めております、十六夜咲夜と申しますわ。こちらは妹の白夜、不肖の妹ながら、どうぞお見知りおき下さいませ」

(不肖なら放っておいてほしんだけど)

「――――こちらの主に、お目通り願えますかしら?」

(ぐえっ、苦しい苦しい。ちょ、絞め過ぎ絞め過ぎ!)

 

 

 何やら首根っこを掴まれている側がじたばたしているが、誰も意に返さなかった。

 椒図もそれは同じで、侵入者に返す言葉は無い、と言う態度を維持していた。

 憎らしいが不思議と嫌いにはならない、門番と言う職務を全うしているからだろう、咲夜はそう言う、自分の職務を全うしようとする者は嫌いでは無かった。

 

 

 その時、椒図は懐から2枚のカードを取り出した。

 言わずもがな、スペルカードである。

 咲夜は掴んでいた妹を離し――(ぐぇっ)――微笑を浮かべたまま、スカートの端を摘んで一礼した。

 そんな彼女の目の前に、同じように2枚のスペルカードが出現した。

 

 

「お相手致しますわ」

 

 

 にっこりと微笑んで、咲夜は言った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 姉の弾幕ごっこを見るのは、これが初めてでは無い。

 冬の異変の時にも見ていたし、館でもたまに白黒の魔法使いとやっていたりもする。

 でも、どうしてだろう。

 

 

(いつ見ても、初めてみたような気持ちになるのは)

 

 

 白夜が見上げている中、空で銀と緑の閃光が交錯した。

 

 

 

        ―――― 幻在「クロックコープス」――――

 

 

 

 小さな無数の光弾と、間を縫うように飛ぶ銀のナイフ。

 時間差で飛ぶそれらの弾幕を、椒図が衣服の端を切りながら直進した。

 

 

 

        ―――― 輪符「八椒図の列」――――

 

 

 

 椒図から輪の形をした弾幕がばら巻かれる、それらは一定の距離進むと、まるでそこに壁があるかのように反射する仕組みになっていた。

 空の中で緑の輪が幾度も跳ねる、咲夜はそれら全てを回避した。

 流れるように高度を下げ、かと思えば直上に上昇し、さらにあろうことか姿を消しさえした。

 

 

(時間停止で避けた!)

 

 

 椒図は驚愕したようだった、それはそうだろう。

 誰だって、咲夜の能力を初めて見た時には同じ反応をする。

 

 

『おお、お前の姉貴、すげー強いな』

(まぁ、そりゃあね)

 

 

 宝珠ですら感心する程に、咲夜は強い。

 人間の中では1、2を争うだろうと白夜は思っているし、幻想郷全体でも屈指の使い手だとも思っている。

 何しろ<完全で瀟洒な従者>だ、自分のような落ちこぼれとは違う。

 

 

 姉が椒図の弾幕の最も密度の高い所に突っ込む、躊躇する様子は無かった。

 ああ言うのを勇気と言うのだろうか。

 そういえば、姉がいつか言っていたか。

 最も密度の高い所にこそ、弾幕を抜ける細い道があるのだ、と。

 白夜には、良くわからなかった。

 

 

『あれでどうして、お前を連れて行こうって話になるんだ?』

 

 

 宝珠が本当に不思議そうに言うので、白夜は流石に胸の奥にチクリとした痛みを感じた。

 そんなことは、白夜が1番不思議に思っている。

 何でも出来る姉と違い、自分は何も出来ない人間なのだ。

 空も飛べなければスペルカードも無い、家事も出来なければ取り得も無い。

 

 

 だが、今さらそんなことで落ち込みはしない。

 姉が自分のずっと前を歩いていることなんて、それこそ子供の頃から知っている。

 でも、だからこそわからなかった。

 空で戦う姉を、大地から見上げながら。

 

 

(咲夜姉はどうして、私なんかを連れて来たんだろう)

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 空を飛ぶ時、咲夜はどうしようも無い違和感を覚えることがあった。

 それはとても弱い感覚で、感覚とすら呼べるかどうかわからない。

 

 

(ここは、私の居場所では無い)

 

 

 何故か、そんなことを思う。

 椒図の弾幕の中に飛び込み、また自ら弾幕を張る中での思いだ。

 空を自在に飛翔しながら、その風の中にあって、咲夜はやはり(ここ)は自分の居場所では無いと感じていた。

 

 

 

        ―――― 貫符「3.7cm ドアノッカー」――――

 

 

 

 敵が最後のスペルカードを切ってきた。

 直線的に放たれた13発の大弾幕、それらの影には中小の弾幕がばら撒かれており、大弾幕に気をとられると被弾する仕掛けになっている。

 その全てを、咲夜は回避して見せた。

 

 

 身体を回転させながら、最も弾幕の密度の高い場所に身を踊り込ませる。

 身の置き場に違和感を覚えながらも、咲夜は勇敢だった。

 13発の大弾幕の隙間、中小の弾幕が本格的に拡散する直前、その細く小さな道を飛ぶ。

 思い切りの良さ、それは弾幕ごっこにおける勝利条件の1つだった。

 

 

「失礼致します」

 

 

 弾幕を抜ければ、椒図が思ったよりも近くにいた。

 上品に微笑む咲夜に意外そうな目を向けて、しかしすぐに気を取り直したのか、跳ねるような調子で飛び、後ろへと下がった。

 当然、咲夜にそれを逃がすつもりは無かった。

 

 

 

        ―――― 幻象「ルナクロック」――――

 

 

 

 時が、止まる。

 咲夜にとっては慣れた世界だ、色を失い動かなくなった世界。

 自分以外の存在は誰も動かない絶対停止の世界で、咲夜は1本1本ナイフを配置していった。

 単調な作業だが、咲夜はそうした作業で苦を覚えたことが無かった。

 

 

「…………」

 

 

 ふと眼下を見れば、妹の姿が目に入る。

 相も変わらずぼんやりとしていて、何とも苛立たしい。

 そしてその首元に、香霖堂で買い与えた宝珠がある。

 咲夜はそれに視線を向けると目を細めた、何事かを考えるような目つきだった。

 

 

「そして」

 

 

 誰もいない世界で、咲夜の呟きだけが響く。

 

 

「時は、動き出す」

 

 

 急激に、世界が色を取り戻した。

 太陽の熱、空の青、熱い風、音、光、その全てが一瞬で動き始める。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 椒図が悲鳴のように息を呑むのを聞いた。

 彼女から見れば、取り囲むように無数のナイフが突然出現したように見えただろう。

 整然として隙が無く、確かなルートを見つけなければ抜けることは難しい。

 そう言う風に配置したナイフの群れが、椒図の身を引き裂いていった。

 被弾し(ぴちゅっ)た。

 

 

「はぁ――――ッ!」

 

 

 叫ぶ、自分で珍しいなと思いつつ、そうした。

 手には銀のナイフ、墜ちて行く椒図を追いかける。

 弾幕ごっこには残機と言うシステムがある、簡単に言えば「負けを認めるまで続く」。

 勝者とは完全で無ければならない、時間停止を駆使しつつ、咲夜は椒図とほぼ同時に地面についた。

 

 

 斬った。

 

 

 冥界の剣士よろしく、銀のナイフで一閃した。

 直接当てはしない、それは弾幕ごっこでは無い。

 時が止まったかのような静寂の後、何かが割れるような音がした。

 

 

「あ……」

 

 

 あら、可愛らしい声。

 胸元の金属の輪が真っ二つに割れて、尻餅をついた椒図を見てそう思った。

 自分よりも遥かに長く生きているはずだが、こうして見下ろせば幼くも見える。

 勝敗が決した際の頭の高さで勝者がわかるとするなら、見下ろしている咲夜が勝者であるのは誰の目にも明らかだった。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 ぽんぽん、と服の埃を払う。

 太腿のホルスターにナイフを収め、スカートの端を摘んで一礼した。

 それから、まるで賓客に対してそうするかのように優雅に手を差し伸べる。

 

 

 椒図は差し伸べられた手を不思議そうに見ていたが、微笑を浮かべる咲夜を見ている内に張り詰めていたものが和らいだ様子だった。

 恐る恐ると言った様子で手を取り、立ち上がる。

 咲夜と椒図の弾幕ごっこが、ここに終わった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 暗く埃っぽい、それでいて清浄な空気漂う大図書館。

 静かな紅魔館で最も静かと言われるその場所から、幼い鼻歌が聞こえてきた。

 

 

「……ご機嫌そうね、レミィ」

「そう言うパチェは不機嫌そうだ」

 

 

 わざとらしく鼻歌まで歌っておいて、ぬけぬけとそんなことを言う。

 しかしご機嫌そうなのは確かなようで、羽根と一緒に足までぷらぷらさせていた。

 こんなに上機嫌なレミリアを見たのは久しぶりだ、そう言う意味では嬉しくも思う。

 それが読書の途中でなく、レミリアがテーブルに座っていなければ、もっと素直にそう言う気持ちを見せたかもしれない。

 

 

 どうやら今のレミリアは構ってほしいらしい。

 溜息一つ、本を閉じた。

 顔を上げればご機嫌な笑顔がそこにある、パチュリーはさらにもう1つ、大きな溜息を吐いた。

 クスリ、と、レミリアは微笑んだ。

 

 

「随分と機嫌が悪そうね」

「図書館では静かに。これはマナーよ」

「そんなに白夜を異変解決に送り出したのが不満?」

「…………」

 

 

 不意に言われて、言葉に詰まった。

 パチュリーが言葉に詰まるのは珍しい、それを表に出すのもだ。

 鈴の音のような声で笑うレミリアに不機嫌さを見せるのは癪だが、今さら隠す意味も無いとも思えた。

 

 

「どういうつもりなの?」

 

 

 レミリアは不思議そうに首を傾げた、「何が?」とでも言いたげだった。

 

 

「あの今回の異変の元凶達は、白夜を目標にしていたのでしょう」

「何だ、見てたの? 相変わらず過保護ねぇ」

「レミィ」

 

 

 確かにパチュリーは水晶の魔法で外との様子を見ていた、美鈴が侵入者との戦いを始めたところからだ。

 最初は特に心配していなかった、美鈴は本当に許されない者を通したことは無かったからだ。

 ただ白夜がタイミング悪く紛れ込んでいるのがわかったので、一応、様子を見ていたのだ。

 

 

 そして半ば想像通り、白夜は戦いに巻き込まれた。

 問題はその巻き込まれ方だ。

 流れ弾に巻き込まれるとかそう言うことでは無い、あの侵入者達は明らかに途中で白夜に標的を変えた。

 理由は、何となくわかる。

 

 

「あの子も可愛いわよね、あれでバレてないと思っているんだから」

 

 

 クスクスと笑うレミリアに、呆れたような視線を向けるパチュリー。

 

 

「わかっていて放っておく貴女も貴女でしょうに」

「あら、無粋なことを言うのね」

 

 

 今度は心底意外そうな顔をするレミリア、表情がころころ変わる様はまさに幼い少女だ。

 瞳が爛々と、それこそ血のように輝いていなければ、だが。

 肌から妖気が漏れている、寝不足でテンションが高いのかもしれない。

 目の前にいるのがパチュリーで無かったなら、おそらく虜にされて喰われていただろう。

 

 

「咲夜が取り上げないものを、主人である私が取り上げるわけにはいかないじゃない」

「咲夜が取り上げなかったというのも、私は驚きなのだけれど」

「あら、だって可愛いらしいじゃない?」

 

 

 何がどう可愛いのか、パチュリーは聞く気にもならなかった。

 どうせ自分には理解できない話なのだ、魔女である自分が理解できないというのは相当なものだが、それはもしかしたら単純に理解したくなかっただけなのかもしれない。

 話題を変えてしまおうかと思った時、レミリアがテーブルから降りた。

 

 

「さぁて、可愛い妹のご機嫌伺いでもしてこようかしらね」

 

 

 変わったわね、と言う言葉をパチュリーは飲み込んだ。

 それを言葉にするのは、何か違うと感じられたからだ。

 そしてレミリアも、親友がそうしたことを感じ取っていた。

 パチュリーも、レミリアが感じ取ったことを感じていた。

 

 

「レミィ」

 

 

 だからと言うわけでは無いが、代わりに別の言葉を作った。

 

 

「何が視えたの?」

 

 

 レミリアは、それには答えなかった。

 代わりに顔を半分だけこちらに向けて、ちらりと牙を見せただけだ。

 その後は特に何か言ってくること無く、地下へと歩き去って行った。

 白夜と引き離されて不機嫌なフランドールがそこにいるはずで、そう言う意味では確かに「ご機嫌伺い」だった。

 

 

 やれやれ、とパチュリーは思った。

 さんざん人の読書を邪魔しておいて、自分だけ満足して去っていくのだから。

 加えて言うなら、この後はどうせフランドールが暴れて騒がしくなるのだ。

 静かな読書の時間は、しばらくはお預けのようだ。

 

 

「……で、貴女は何をしているの?」

「咲夜さんがいない間、代わりに仕事をするようにとお嬢様に言われまして」

「人の使い魔に何をしているのよ、レミィったら」

 

 

 図書館にはレミリアとパチュリーだけでは無く、小悪魔もいた。

 小悪魔はいつもの服では無く、普段咲夜が着ているようなミニスカートのメイド衣装だった。

 普段の司書服では隠れている肉付きの良い太腿が眩しい、腰に手を当てて、小悪魔は身をくねらせて見せた。

 咲夜が着るとそんなことは無いのに、小悪魔が着るとどうしてこうも扇情的になるのだろう。

 

 

「どうですか、どうですかパチュリー様。ぐっと来ますか?」

「さて、魔界への強制送還の術式はっと」

「ああん、もう! パチュリー様のいけず!」

「はいはい」

 

 

 この館は本当に騒がしい、パチュリーはそう思った。

 小悪魔を適当に相手しつつ、膝の上に紫水晶を乗せる。

 さぁ、また水晶でも覗いて見ようか――――……。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
原作キャラクターの口調がわからない……!

何だかんだで、このお話も5話まで来ました。
次回からは敵の本拠に進むか、あるいは博麗神社に視点が移るのか。
タイトルの無限砂漠は、もちろん新ステージの名前です。
今後は幻想郷に定着するので、よろしくお願い致します(え)

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