東方九竜子―瀟洒の妹―   作:竜華零

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Epilogue:「博麗神社・宴会にて」

 幻想郷において、異変解決の後に行われることは概ね決まっている。

 

 

「えー、それではお手を拝借。えへん、えへん。えー、まぁいつも通り色々あったが、無事に解決できたってことで「長いぞー!」待てよ、こう言うのは形が大事だろ? えー、まぁとにかく! 異変解決だ。ってわけで……かんぱぁ――いっ!!」

「「「かんぱぁ――――いっ!!」」」

 

 

 場所は深夜の博麗神社、境内に広げられた赤い敷き布の上には、古今東西のお酒と料理がところ狭しと並べられていた。

 魔理沙の音頭と共に騒霊や付喪神達が賑やかな音楽を奏で始め、参加しているメンバーが思い思いにお酒や料理に手をつけ始め、取りとめも無い会話に興じ始める。

 どこからどう見ても、それは宴会だった。

 

 

 妖怪はもちろん、神や鬼、妖精や人間と幅広い層が参加している宴会。

 幻想郷では、異変解決の後は――最も、異変が無くとも何かと理由をつけて宴会をするのだが――宴会を開くのが慣わしであり、今回もその例に漏れなかった。

 慣わしとは行っても、今の代の博麗の巫女になってからだ。

 博麗神社が宴会場に選ばれるのも、中立地帯だからと言うよりは巫女個人の人望のためだ。

 

 

「まったく、私の神社でよくも騒いでくれちゃって」

「なぁーに言ってんだよ霊夢、実は皆が来てくれて嬉しいんだろ?」

「死ね」

「酷いぜ!?」

 

 

 そのためなのかどうなのかはわからないが、宴会の時、霊夢は余り機嫌良さそうには見えない。

 賽銭は増えないのにゴミが増えていくことに、深刻な苛立ちを覚えているのかもしれない。

 そのくせ宴席の中心に座しているのだから、始末が悪い。

 あの調子の霊夢に近寄ることが出来るのは、それこそ魔理沙ぐらいのものだろう。

 

 

「よ、余らもここにいて良いものなのだろうか?」

「大丈夫ですよ、これが幻想郷流なんです!」

 

 

 そしてもうひとつ。

 異変の終わりを告げると共に、この宴会には役目がある。

 それは、異変の首謀者達を幻想郷の新たな友人として承認することだ。

 共に酒杯を交わすことでこれまでの確執を水に流し、これからの友誼を確認するのだ。

 

 

 つまり今回の異変の元凶、讃たちがいた。

 何人かはどこかに連れて行かれたり、怪我をしていたりで姿が見えないが、ほとんどのメンバーは誰かしらに誘われてどこぞのグループに入っているようだ。

 例えば鎧眦は妖怪の山の白狼天狗や竹林の狼女と一緒で、蒲牢は騒霊達の音楽界に鐘打ちとして参加している、他のメンバーも多かれ少なかれ近しい属性の者と親睦を深めている様子だった。

 

 

「しかし、余らはお前達に随分と迷惑をかけたわけで」

「気にしないで下さい。ここにいる人で他人に迷惑をかけない人はまずいないので」

 

 

 実際、讃にやられる形となった早苗に感情のしこりは無い。

 妖夢も、また讃が相手では無かったが藍も、そうだろう。

 むしろ後者の2人については、神社の台所で宴会料理を作らされている方をこそ問題にしたいだろう。

 

 

「私は違うわよ。むしろ今回は完全に巻き込まれただけなんだけど」

「あややや。その割に幽香さんの花畑を巻き添えにしていたようですが」

「アンタ、実は起きてたんじゃないの?」

「まさかまさか。あ、ところで霖之助さんはどうなさったので?」

「香霖堂に……ええと、何か良くわからない鳥の妖怪と一緒に、ガラクタを回収に行ったわ」

「アリスさんの家でお店を始めるんですかね?」

「やめて、想像したくも無いわ……」

 

 

 讃の周りには、早苗がおり、アリスがおり、そして文がいた。

 いずれも今回の異変で何らかの「迷惑」を被った面々だが、見ている限りそんな様子は毛ほども見せていなかった。

 これが幻想郷かと、呆気に取られもする。

 

 

 懐が大きいと言うのとは、また違うのだろう。

 不思議な現象であり、不思議な感覚だ。

 まるでそう定められてでもいるかのように、垣根など最初から無かったかのように、するりと受け入れられてしまっている。

 まるで。

 

 

「もし?」

 

 

 まるで、心の垣根(きょうかい)が低くなっているかのように。

 

 

「お隣、よろしいかしら?」

「あ、ああ」

 

 

 その時、讃の隣に紫色のドレスの女性が座った。

 酒気を帯びた夜風の中で、その美女は妖艶な笑みを見せた。

 その瞳からは、まさに星空の如く広がる叡智を見て取れる。

 酒杯を勧められた讃は、おずおずとそれを受け取らざるを得なかった。

 

 

「――――ふん、熱心なことだな」

 

 

 そんな様子を皮肉げに見つめて、レミリアはグラスを一息に呷った。

 早くも酒気を帯び始めているのか、両頬が薔薇色に染まっている。

 レミリアも普段は霊夢の傍で呑むことが多いのだが、今日に限っては、宴の中心から離れている。

 それでも、レミリアの機嫌は悪くなかった。

 

 

 宴の中の1人酒と言うのも、なかなかに悪くない。

 何しろ今回は、久しぶりに彼女の「持ち物」が異変を解決したのだから。

 幻想郷に住まう人妖にとって、今の時代、それはひとつのステータスなのだ。

 プライドの高い彼女にすれば、満更でも無いと言ったところだろう。

 

 

「まぁ、とは言え。当人があの様子じゃあ、昇給までは行かないわね」

 

 

 昇給も何も、給料を払ったことが無いだろう。

 そうツッコミを入れる者は、残念ながらいなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 正直、初めての経験だった。

 過去、宴会に参加した経験が無かったわけでは無い。

 しかし今回のこれは、明らかに様子が違う。

 白夜は、そう思った。

 

 

「~~♪ ~~♪」

 

 

 まず、フランドールが非常に上機嫌であることだ。

 レミリアの特別な許可で自由行動を許された彼女は、しかし白夜の膝の上から降りることが無かった。

 正座した膝の上に乗られている形なので、実は追い詰められている白夜だった。

 

 

「うっふふー♪ すごいでしょー。白夜が異変を解決したんだよー?」

 

 

 七色の羽根が、視界の中をふりふりと揺れている。

 どうやら本当に嬉しいらしく、宴会が始まってからと言うもの、終始輝く笑顔を振りまいている。

 レミリアが自由行動を許したのは、フランドールの理性を信じたと言うよりは、単にその笑顔を見たからなのかもしれない。

 

 

 白夜としても、フランドールの機嫌が良いのは悪いことでは無い。

 現実的に言って、寿命が減らずにすむ。

 最もフランドールの場合、次の瞬間には機嫌が急降下するので油断は出来ないのだが。

 

 

「おお~、白夜すげ~」

「異変を解決するなんて、大活躍だったんですね」

「そーなのかー」

「お祝いに朝のモーニングコールいる?」

 

 

 で、フランドールが誰に自慢しているのかと言うと、たまに紅魔館の門まで遊びに来る妖精や妖怪達だ。

 子供の頃には、白夜も一緒になって遊んだことがある。

 いつだったか、美鈴が「妖精と遊ばなくなったら、人間は大人になったってことですよ」と言っていたのが記憶に残っている。

 なお朝のモーニングコールはいらない、朝起きたら虫だらけとかどんな嫌がらせだ。

 

 

(ふぅ)

 

 

 慣れない。

 こんな風に誰かに凄い凄いと言われた経験も無いし、主に自慢されると言う経験もしたことが無い。

 それらが一度に来て、もうこそばゆいやら熱いやら。

 もし彼女の表情筋が正常であったなら、相当に赤面し照れていただろう。

 

 

 これが姉であれば、咲夜であればそんなことも無いのだろうが。

 褒め言葉を流し、称える声をすかし、集まる者達をあしらっただろう。

 少なくとも、顔を紅潮させて対応に困ったりはしないのだろう。

 何と言っても、瀟洒な従者なのだから。

 姉のようには、望んだってなれやしないのだ。

 

 

「願い事か?」

 

 

 その時、後ろから寄りかかってくるものがあった。

 首に回された腕に手を添えて振り向けば、そこには「半分だけでは無い」衣服を纏った少女がいた。

 蒼と紅の、宝珠の瞳と目があった。

 今回の異変の原因、<宝珠の竜子>、董渚である。

 

 

「今のわたしなら、どんな願い事でも叶えてやれるぞ」

(いや、別に良いよ)

「ほんとか? 遠慮なんてしないでいいんだぞ。今なら半額にしてやる」

(無償じゃないならますますいらないよ)

 

 

 願いを叶える宝珠の言葉に、嘆息する。

 もしかしたら董渚は本当に<人間の願いを叶える程度の能力>でも持っているのかもしれないが、だからと言って、願いを叶えて貰いたいとは思わない。

 ――――紅魔館に、同じ人間は2人といらないのだ。

 

 

(第一、咲夜姉みたいな生き方とか疲れるよ)

 

 

 1日24時間、いや36時間も働くなど正気の沙汰では無い。

 と言うか、姉は何が面白くてあんなに働いているのだろう。

 正直なところ、姉が娯楽に興じている所を見たことが無い。

 

 

(そしてフラン様が大変ご立腹な様子)

 

 

 董渚と親しげにしていたのが不味かったのだろうか、フランドールが実に非平和的な視線で睨んできていた。

 白夜にしてみれば、宝珠をチョーカーにしていた頃と同じ感覚だった。

 ただ、それが宝石の形をしているか人の形をしているかの違いだ。

 

 

 しかし、フランドールにとっては違うらしい。

 何も言っていないのに、見る見る内に機嫌が悪くなっているのがわかる。

 そろそろヤバイかと思い始めたその時、そんなタイミングで声をかけてきた者がいた。

 

 

「おーい、呑んでるかー?」

「あ、魔理沙!」

 

 

 途端に機嫌を良くして、フランドールは魔理沙に飛びついた。

 そのまま器用にくるりと回して、背中にぶら下げる形になった。

 魔理沙はフランドールのお気に入りだ、それこそ自分よりも。

 何とか持ち直してくれて、ほっとした。

 とは言え、どうやら魔理沙が用があるのは白夜の方だったらしい。

 

 

「何だよ、全然呑んで無いじゃないか。主役がそんなことじゃあダメだぜ」

 

 

 宴会の主役は、異変を解決した者の特権だ。

 霊夢や魔理沙、早苗、妖夢や咲夜が概ねその座を占めている。

 自分がそこに加わると言うのは、どうしても馴染まなかった。

 魔理沙は自らの顔よりも大きい酒杯を白夜の手に握らせると、そこへなみなみとお酒を注いだ。

 

 

「さぁ、ぐいっと行こうぜ。ぐいっと」

(いや、この量を一気は死ねるよ)

 

 

 正直、白夜はお酒が得意では無い。

 特に日本酒は苦くていけない、ぎりぎりまで水で薄めてようやく呑めるくらいだ。

 それをこんなになみなみと注がれてしまうと、対応に困る。

 能力を使えば酔わずに済むが、それは何か違うだろうとも思うのだった。

 普段ならこんなことは無いが、今回に限ってはそうもいかなかった。

 

 

「どうした? 早く呑んで返してくんなきゃ、私が呑めないじゃないか」

(何で自分の杯を渡したのか、これがわからない)

 

 

 とにかく、呑まなければならないらしい。

 これが空気と言うものなのだろうか、NOと言えない人間の悲しい性なのか。

 酒豪が幅を利かせる幻想郷においては、そうでは無い者の生きる場所は無いのか。

 などと色々と諦めた白夜は、一応あたりをきょろきょろと見回した上で、おそるおそる酒杯に口をつけた。

 

 

(……あれ?)

 

 

 疑問に感じて、口にした液体を舌の上で転がす。

 それでも特に変化が無く、酒杯を傾けて口内にお酒を流し込んでいく。

 やはりだ、何とも無かった。

 

 

「おー、良い呑みっぷりじゃないか。何だ、お前も結構イける口じゃないか」

「白夜ってお酒呑めたっけ」

「あれだけの酒を水のように飲み干したな」

(の、呑める! 私にも呑めるぞ……!)

 

 

 ごくごくと顔よりも大きな酒杯を空にすると、感動したように掲げて見せる白夜。

 水のように大酒を興味を引かれたのだろう、やんややんやと大勢が集まってくる。

 白夜は今、かなり調子に乗っていた。

 まぁ、呑めないと思っていたお酒が呑めた人間は、えてしてそう言うものであるが――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――良い気なものだと、咲夜はそう思った。

 行儀が悪いと思いつつも、手の甲で唇の端を拭う。

 ふぅ、吐息には強い酒気が混じっていた。

 

 

「良くやるわね、ほんと」

 

 

 そんな彼女に、霊夢が声をかけてきた。

 咲夜は境内の端、鳥居の側にいたから、霊夢の側が宴会の中心から抜けてきたことになる。

 そうまでして何を言いに来たのかと思えば、彼女は呆れ気味に言った。

 

 

「いくらあんたでも、あの量を一気は辛いでしょうに」

「……何のことかしら?」

「そこで誤魔化す意味の方がわからないわよ」

 

 

 首を振り、朱塗りの小さな――普通のサイズの――酒杯を渡される。

 片手に酒瓶と自分の酒杯、珍しいこともあるものだと思い、素直に一献受けることにした。

 互いにお酒を注ぎ合う間にも、会話は続く。

 

 

「正直、何たってあの子に拘るのかわからないけれど」

「あら、下の姉妹の面倒を見るのは上の務めよ」

「それこそ、私にはわからないけどね」

 

 

 こつりと、無作法ながら互いの酒杯を当てる。

 唇の先で少し触れるようにしながら口に含むと、独特の苦味が広がった。

 思ったよりもすっきりとした味わいに、ほっと息を吐く。

 

 

 ――霊夢はわからないと言ったが、正確には誰にもわからないだろう。

 姉妹がいる妖怪や人間でさえ、自分の気持ちを正確に知ることは出来まい。

 わかって貰おうとも思わない。

 自分の心情は、ただひとり、主だけが知っていれば良い。

 

 

「おおっ、何だほんとにイける口……って、おい何だ突然抱きつくなよ照れるぎゃあああああっ!?」

「は、白夜ー! 白夜が目を回して凄いことになってるよー!」

「ね、願い事か? 願い事が必要なのか!?」

 

 

 そうしていると、境内の方が俄かに騒がしくなった。

 何やら魔理沙が物凄い被害を受けているようだが、そこは比較的どうでも良かった。

 

 

「……今度は助けなくて良かったの?」

「何のことかわからないわね」

「そう。意地が良いんだか悪いんだか」

 

 

 酒杯を返し、脇を擦り抜けるように咲夜が境内へと歩く。

 その際に吹いた夜風に、霊夢は自らの横髪を押さえた。

 揺れる前髪の間から、黒曜石の如き瞳が瀟洒な従者の背中を見つめる。

 その視線を、咲夜もまた感じていた。

 

 

「そんな面倒な生き方、いつまで続けるつもり?」

 

 

 その問いに、立ち止まり、振り向いた。

 上は星空、横は風にそよぐ山の木々、背景には宴会の光。

 周囲を構成する全ての中、咲夜だけが浮き上がって見えた。

 それが咲夜が自分だけの時間に入る前兆なのだと、霊夢は直感的に知っている。

 

 

 霊夢からして見れば、咲夜は本当に面倒な生き方をしているように見える。

 自分以外の誰かの面倒を見るなど、霊夢には出来ない。

 嗚呼、考えただけでもうんざりする。

 だと言うのに、このメイドと来たら。

 

 

「――――勿論、死ぬまでですわ」

 

 

 何たって、そんな綺麗に笑うのだろう。

 調子に乗って酔い潰れた妹を介抱しに向かう足取りの、何と軽やかなことか。

 

 

「……理解できないわね」

 

 

 ふ、と笑って、そのまま鳥居の脇に座り込み、手酌でお酒を呑む。

 博麗神社のこの場所、いつも箒で掃いているこの場所からは、幻想郷の全てが一望できる。

 霊夢は、ここから見える風景が嫌いでは無かった。

 ――――嗚呼、今宵も幻想郷が良く見える。

 




最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。

瀟洒の妹「東方九竜子」、これで完結です。
と言っても、東方シリーズはこうしている間にも新作がどんどん出ているので、永遠に次が出てくるような気が致します。
とにかく、今作はこれにて完結です。

1年にわたる連載を完結できたのも(最も、月一更新でしたが)、読者の皆様のご支援あればこそです、本当にありがとうございます。
実はこれとは別にサタンを筆頭とする地獄の七大悪魔をメインにしたプロットがあったのですが(そちらは地底の下にさらなるステージが出現すると言う流れでした)、描いてみると中国の竜生九子をメインにした方がしっくりくるな、ということで、このような話になりました。
東方に砂漠と言う新しいステージも作れましたし(え)

それでは、次回作があるのか無いのかわかりませんが、またどこかでお会いしましょう。
長らくのお付き合い、本当にありがとうございます!

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