東方九竜子―瀟洒の妹―   作:竜華零

1 / 13

初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。
そして、本年もどうぞ宜しくお願い致します。
今回の連載は1年間続く予定です。楽しんで頂ければ幸いです。
では、どうぞ。



Prologue:「香霖堂にて」

 博麗大結界によって外界と隔絶された理想郷、幻想郷。

 しかし完全に閉ざされた世界は停滞を余儀なくされる、成長には刺激が必要だ。

 故に幻想郷においても、刺激を与えるための例外規定が存在する。

 香霖堂と呼ばれる店は、その1つだ。

 

 

 香霖堂は、魔法の森の入口にこじんまりと建つ道具屋だ。

 立地以上に特徴的な特徴として、幻想郷の外の道具を揃えていると言う点がある。

 ただ店主の商への無関心さもさることながら、幻想郷で使える道具が少なく、客足はほとんど無い。

 そんな香霖堂に、珍しく人が訪れた所から物語は始まる――――。

 

 

「――――いらっしゃい」

 

 

 チリン、と、ドアにつけられた鈴が鳴る。

 来客を知らせるその音に機械的に声をかけたのは、店主の森近霖之助だ。

 癖のある短い銀髪に、金の瞳、青黒のツートンカラーの衣服。

 男でありながらどこか色香を感じるのは、彼が半妖の身であるからだろうか。

 

 

 入店して来たのは、丈の短いメイド衣装に身を包んだ少女だった。

 銀髪をボブカットに整え、サイドを三つ編みにした美しい少女で、その冷たい佇まいは冬の湖を思い起こさせた。

 彼女の姿を見て、店主はおやと声を上げた。

 

 

「珍しいね、営業時間内に来るなんて。今日は何をお探しかな」

「ごきげんよう。今日はお嬢様の使いで参りましたの」

 

 

 少女――十六夜咲夜は、にこりと微笑んでそう言った。

 霖之助は奥のカウンターにいて、咲夜は入り口にいる。

 2人の間には香霖堂の「商品」が雑然と、壁と言わず棚と言わず床と言わず並べられていた。

 そのほとんどは、幻想郷では見ることの出来ない物ばかりだ。

 

 

 パーソナルコンピュータ、携帯電話、ストーブ、浄水機、等々。

 名前を聞いただけでは使用法がわからない――何しろ、店主ですらわかっていない――物ばかりなので、実はほとんど無価値で無用の長物である。

 それらを危なげなく避けながら、咲夜は霖之助の近くまで行こうとした所で、ふと振り向いた。

 

 

「お店にある物に触れないように」

 

 

 そう言い残して、店の奥へと消えて行った。

 

 

「…………」

 

 

 そこには、咲夜が連れてきた少女が1人いた。

 黒基調のロングスカートタイプのメイド衣装を着た少女で、長い金髪と蒼銀の瞳を持つ少女だった。

 一つ特徴があるとすれば、顔の筋肉が活動を止めてしまったかのように表情が無いことだろうか。

 

 

(……相変わらず、埃っぽい所だなぁ)

 

 

 しかしその内心は、割と適当だった。

 彼女は十六夜白夜、咲夜の実の妹だ。

 姉と同じく霧の湖に建つ紅い館のメイドであり、今日は主人のおつかいで、幻想郷で最も珍品を取り揃えている香霖堂にやって来たのである。

 

 

(と言うか、商品にも埃積もってるんだけど。こう言うの、商売としてどうなのかなぁ)

 

 

 実の所、主人と姉の用事が何なのかはわかっていない白夜だった。

 出来ることと言えば、店の中を歩いて陳列されている商品を眺めることくらいだ。

 

 

(うーん、やっぱり良くわからない道具ばっかり……って、うわっ!?)

 

 

 ひょい、とある棚の奥を覗いた時、ぎょっとした。

 何故ならそこに、椅子に座って静かに本を読んでいる妖怪がいたからだ。

 紫と黒のドレスに身を包んだ少女で、朱鷺色の一対の羽根を持っていた。

 彼女は僅かに白夜のことを見つめた後、すぐに興味を失ったのか、ついと手元の本に視線を戻した。

 

 

(な、何だかパチュリー先生みたいな人……じゃない、妖怪だな。店員さんかな?)

 

 

 話しかける勇気は無かった。

 ぎぎ、と木造の床を鳴らしながら、その棚から離れる。

 そうして反対側の棚に手をかけた時、不意に何かが指先に触れた。 

 

 

(何だろう?)

 

 

 見れば、それは紫色の小さなクッションの上に鎮座した赤い宝石だった。

 いや、この丸い形状は宝石と言うよりは宝珠とでも言うべきだろうか。

 他の商品が埃を被っている中、それだけは塵一つ被っていない。

 美しく、輝きを放っていて、見る者の心を吸い寄せる、言いようも無い魅力があった。

 

 

 白夜は、何故かその宝珠から目を離すことが出来なかった。

 厳格な姉に触れるなと言われてはいたが、自分の中で好奇心と興味がむくむくと鎌首をもたげて来るのを感じる。

 普段なら特に興味も抱かないだろうに、どうしてか、その宝珠は気になった。

 

 

(……ち、ちょっとだけ。ちょっとだけなら……)

 

 

 ちょっと触って見て、すぐに戻せば良い。

 そう思って、ゆっくりと白夜は手を伸ばした。

 赤い、紅い、血のような色の宝珠。

 まるで宝珠が自分が呼んでいるかのような、そんな錯覚すら覚えた。

 

 

「…………」

 

 

 気のせいか音さえも聞こえなくなって――遠くで話す姉と店主の声も――白夜は、その宝珠だけを視界に収めていた。

 そして少女の白く細い指先が、紅い宝珠の表面に触れた、その時。

 

 

 

「お、紅魔館の妹メイドじゃないか。何してんだー?」

 

 

 

 その時、突然、横合いから声をかけられた。

 声をかけてきたのは、黒白の衣装に身を包んだ少女だった。

 黒を基調とした衣服に白いエプロンに黒の三角帽、こんな出で立ちの少女は幻想郷広しと言えども、この少女、霧雨魔理沙だけだろう。

 背中に担いだ大きな袋には、実に様々な物が詰め込まれている様子だった。

 

 

(え、あ……う、うわぁっ!?)

 

 

 最初から店内にいたのか、あるいは入って来たことに気付かなかったのか。

 いや、重要な部分はそこでは無い。

 より重要なのは、突然の魔理沙の登場に驚いてしまって、宝珠を指先で弾いてしまったと言う事実だ。

 弾かれた宝珠はクッションの上から落ちて、慌てて伸ばした白夜の指先からも擦り抜けて、そして。

 

 

「(あっ)」

 

 

 

 

 ―――― コ ン ッ ――――

 





最後までお読み頂きありがとうございます。
本作は基本的に月に1度の更新ですので、息も足も長い作品となります。
その分、本編の1話あたりの文字数は増えますので、宜しくお願い致します。
次回は2月1日の予定です。
それでは、またお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。