べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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川へ洗濯に

 再び目覚めたセシリアが見たのは、自身の身体の上に乗っかって寝息を立てているラウラだった。器用なもので、腹部辺りに尻を乗っけて跨っている。

そのまま首をもたげて平然と寝入っているものだから、起き抜けにも関わらずセシリアは頭に血を昇らせる。

 いつの間に侵入しやがったんだ、このガキは。

 セシリアは右腕を伸ばしてベッド脇に置いてある護身用のビール瓶を掴もうとした。しかし、何度手を振るっても必要な物を掴めずに空を切ってしまう。

 いい加減、掴めないことに苛立ったセシリアが首を曲げて在り処を確認してみたが、そこにはビール瓶がない。

 仕方なくセシリアは腕を他の場所に伸ばす。その先はラウラの後頭部で、しっかりと手を添える。後はゆっくり、できるだけゆっくりラウラの顔を動かしていく。

 眼前まで持ってくると、セシリアは助走もつけずに頭突きをお見舞いする。

 

「いっ!?」

 

 頭突かれた衝撃でラウラが目覚めるが、同時にバランスを崩してベッドから転がり落ちた。

 寝ているところへの奇襲によって、状況を確認することもできずに転がり落ちたはずのラウラは、片手で着地して地面への衝突を避けた。

 無事に両足で立ち上がったラウラは、まずセシリアの顔をまじまじと眺める。次に周囲を注意深く確認した。

 

「何故、キサマがここにいる?」

 

「そりゃ、こっちの台詞だ。なんで居んだよ?」

 

 セシリアからしてみれば、ラウラがこの部屋に存在していることに何故と言いたくなる。それも腹の上に乗っかって眠っているのだからより一層疑問を浮かべた。

 

「何故居るか? 間抜けが、そんなことも分からないのか? ここは私の部屋だ」

 

 鼻で笑うラウラ。

 そんなラウラを、セシリアは鼻で笑い返した。

 

「どー見ても間抜けはオメェだよ。テメェの部屋だってんなら、なんで私が当然のようにベッドに寝てんだよ。で、オメェがさらし者のまま寝てんだよ」

 

「仕様だ」

 

「あー、そうかい。認めろバカ。外出て部屋番号確認しろってぇの」

 

 セシリアが吐き捨てると、何を思ったのかラウラは馬鹿正直に番号を確認しに出ていった。そして馬鹿正直に帰ってきた。

 

「……飯奢れ」

 

 部屋を間違えた挙句にずうずうしい発言。さすがのセシリアも呆れてモノが言えなかった。

 飯を奢るにしろ何にしろ、まずは着替えなければならないということもあってセシリアは、ラウラの首根っこを引っ掴んで外に放り出した。

 本人なりに身だしなみを整えたセシリアが部屋から出ると、通路の向こう側に一夏とシャルルの背中が見えた。とても仲が良さそうだった。それを背後から見守る女子生徒たちも満足げだった。

 アイツら、きっと馬鹿な妄想してるな。

 にやにや、にまにまと見守っている生徒たちの顔を見れば、セシリアでも理解できる。

 

「何をにやにやしている?」

 

 背後から声がかけられる。

 セシリアが振り返ると、きっちりと制服を着こなしたラウラが仁王立ちしていた。制服の着こなしはばっちりだったが、髪の毛に手を入れてないのかぼさぼさだった。

 

「髪くらいとかせよ」

 

「制服も満足に着こなせられないのか」

 

 セシリアはだらしなく着こなした制服を咎められたが、「飯食ったらだ」と返すだけにとどめて食堂へ向かった。いがみ合いをするよりも、今の彼女には飯の方がはるかに重要だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セシリアの放課後は特に決まっていない。その日の気分によって校内散歩、楯無襲撃、本音とお茶会、訓練と定まってなかった。

 イギリスの代表候補という立場でありながらも、訓練量は他の代表候補生や代表候補生を目指す生徒たちに比べて圧倒的に少ない。だというのに今のところは負け知らずという理不尽な戦績を誇っていた。

 セシリアがここまで強いのは単に才能溢れているからではない。本来なら妄想だと一蹴されてしまいそうな事情を、転生者という肩書きを持っているから強いのである。それも過去のセシリアは荒くれ者で、暴力には事欠かない世界で生きてきたのだ。これで弱い方がどうかしている。

 今日のセシリアの放課後は珍しくISの訓練だった。訓練と言っても自らを苛め抜いて強くなる気はなく、たまたま訓練に行く一夏やシャルル、箒、鈴に付き合っただけだ。

 

「一夏は無駄な動きが多すぎるよ。もっと効率よく動かないと」

 

「て言われてもな。中々難しいぞ」

 

 男子二人の気を置く必要のない会話。

 模擬戦を行って露わになった問題点をシャルルが指摘しているのを、セシリアはあくびを噛み殺しながら眺めている。訓練に付き合っただけなので、やる気なくだらだらとショートブレードを振るっていた。たまに手からすっぽ抜けていってしまうほどの無気力な訓練模様に、鈴が突っかかって来るが気にしなかった。

 

「アンタみたいな不良が代表候補って。イギリスはどんだけ人材不足なのよ」

 

「さぁな。わたくしだって本意じゃないから」

 

「本意じゃないのに代表候補なんかなれるわけないに決まってるでしょ。かっこつけんじゃないわよ」

 

「あんなぁ。男に一夏取られたからって八つ当たりすんなよ。そのまな板削り取って小さな希望を摘んでやろうか」

 

「オッケー。喧嘩売ってんのだけは分かった。いますぐ勝負しなさいよ」

 

「嫌だ。面倒。つまんない」

 

「負けんのが怖いの?」

 

「上手く負けてやれずにつむじを曲げられるのが怖いだけ。わたくし、こう見えても接待プレイは苦手だから。それよりも見ろよ」

 

 顔を真っ赤にして叫び散らす鈴を、まったく恐れずに更なる言葉を投げかけるセシリア。

 怒りに身を任せ切っていない鈴が「なによ」とセシリアの指し示す方向を見る。

 そこには空中で一夏の背中に引っ付いているシャルルがいた。一夏が銃を持ち、それを背後から指導している図なのだが、シャルルの頬が僅かに赤く染まっていることで、見る者に非常に健全から脱線した妄想を呼び起こしてしまう。ちなみにセシリアにはそっちの趣味はないので妄想の糧とすることはないが、一夏に想いを寄せている面々をからかう糧にはする。

 

「……え、えー?」

 

 シャルルの恋愛対象範囲を知ってしまった鈴は呆けた声を出す。しかしすぐにハッと意識を取り戻して、二人へと突撃していった。好きな一夏が邪悪の道に引き込まれるのを防ぐために。

 鈴だけでなく箒も慌てて妨害に向かったのを見て、セシリアは腹を抱えて笑った。一夏に想いを寄せる男の存在に慌てるほど自信のない二人に。もっと余裕を持てばいいのにと考えたが、あの二人が余裕を持つと楽しくなくなるので、やはり切羽詰まった方がいい。そもそもこの戦い、恥ずかしがってストレートに愛情表現できない二人の、どちらかが勝利することなんて暫くない。一夏が他人からの好意にある程度敏感になればその限りではないが、セシリアが見る限り二人が成長するよりも可能性が低いだろう。

 一概にどっちが悪いって決めつけることはできないな。

 突如現れたスパイスの存在にセシリアはわくわくしながらショートブレードを振るい続けた。


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