べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

50 / 50
暮らしましたとさ

 春は入学シーズンだ。新しい少年少女が新生活に一喜一憂しながら学び舎の門を潜り抜ける。そして、そこに待ち受けるものを飲み込んでいきながら成長していく。そう、成長だ。誰だって成長するんだ。春は成長が分かる季節なのかもしれない。

 

「それでは生徒会長の話はここで終わらせてもらいます。皆さん、入学おめでとうございます」

 

 凛とした佇まいで新入生祝いの言葉を述べた楯無が檀上から降りていく。常日頃に見る人を食った笑顔は鳴りを潜め、学生たちの代表としての頼りがいのある上級生の顔を張り付けていた。気苦労も絶えないことだろうが、それでもちゃんとやってきているのだ。彼女も俺みたいな怠け者からしてみれば化け物と変わらない。ちゃんとこなす化け物だ。宇宙人と言ってもいいかもしれない。

 拍手に迎えられた楯無が席に着くと、今度は新しく生徒会副会長の座に収まった広場天子が挨拶を始める。この学園は来賓の言葉が少ない代わりに、生徒会長と副会長の祝いの言葉がある。普通は会長だけのはずだというのに変わったことをするな。

 広場天子は一度咳払いをすると、祝いの言葉が書かれた紙を読みだす。スラスラと抑揚のない話口調は、言わされている感が出ていて無理矢理の副会長職についてしまったことを訴えているかのようだった。喜怒哀楽の全てがぐちゃぐちゃに混ざり合った言い表しようのない表情が拍車をかけている。

 話が終わるのはきっちり五分だった。大勢の前で注目される状況下で顔色も変えず、声の震えも見せないで五分も絶えずに話した広場天子の精神力はいかほどのものか。さすがセシリアに殴られても泣きわめくことのない女だ。ま、相手の心の内が読めるんだ。化け物染みた精神力も頷ける。

 話し終わり、原稿を懐に仕舞い込んだ広場天子は俺の方に一瞬視線を向けると、綺麗に頭を下げてから檀上から立ち去った。きっと考えていることを読まれたな。

 会長、副会長のスピーチが終わり、あとちょっと校長が話をして入学式は終わった。式が終われば一学年はぞろぞろと新しい教室へと向かって行く。その中に俺は物珍しい存在を発見した。後でちょっかいでもかけに行こう、と心の中で誓ってみた。

 生徒たちが去った入学式会場こと体育館は物静かになった。いまだに冬を引き摺った気候のせいで肌寒いのだが、これから一学年の座っていたパイプ椅子の撤去をするので、そこまで寒くはなくなる。むしろ熱くなるだろう。周りを見渡せば、教師たちはこぞって体育館を出ていく。まるで、こんな重労働は男がすればいいんだ、と言いたいように。

 最初に男女平等を叫んだのはお前らで、男と同じ扱いを望んだのもお前らだろ。女尊男卑が役割もひっくるめての変革なら、お前らが今まで男がやってきた肉体労働をしやがれ。代わりにお茶くみはやってやるから、なんて叫びたくもなる。

 SNSの脅威にでも晒してやりたい。広場天子に頼んで個人情報を集めてみようかな。パイプ椅子を畳んで重ねて台車に乗せて。それを延々と繰り返す。単純作業が合わないらしい俺には苦痛の時間だった。見かねた性格美人保健先生が手伝ってくれたから、その苦痛もちょっとだけ和らいだけど。それでもやっぱり苦痛だった。

 ま、激動の一年の犠牲者であり、暗躍者一味であり、傍観者でもあった過去を振り返れば……やっぱりパイプ椅子の撤去の方が数段辛い。

 最後のパイプ椅子を台車に乗せ終わったのは入学式終了から30分後。俺が四割、性格美人保健教師が四割、いつの間にか参加していた人殺しの目つきをした教師が二割という内訳だ。

 性格美人保健教師に礼を言って、一年の間に第二会議室となってしまった備品室へと駆け込み、そこで一息ついてから受け持ちの授業に出かける。

 備品室の中は以前の雑多に積まれた備品の山はなくなった。分別の行き届いた部屋模様で出迎えてくれるようになっていた。そして本来なら生徒会室で捌けばいい書類等が置いてあり、防犯上機密上非常に心配になる。天子が生徒会副会長に就任し、自然と楯無や本音も備品室に集まるようになってしまったからと言って、ここまで無防備でいいのか、疑問を投げかけてやりたくなる。まぁ、誰も備品室に重要な書類が置いてあるとは思わないだろう。俺だって身内じゃなけりゃ気がつかないもんな。

 

 

 

 

 

 

 

 午前中最後の授業は三年の教室だった。しかも楯無生徒会長様が跋扈している最悪の現場。人事部の目の前で授業をするのと何も変わらない。と言っても今更首切りに怯えるほど人間が出来ちゃいない俺は、どうしようもない反骨精神を発動し、教師らしくない口調で中途半端に丁寧な説明をポロポロと口から吐き出していく。

 原作と同じようでそうでなかった一年の事件に、ぶっ壊れた真面目な自分は修復不能どころか、貫通して素顔までも傷つけ、気がつけば楯無に対しては授業もけっこう適当になっていた。そりゃあ、教師としての誇りは持ち合わせてはいない。それは断言できる。やりがいもちょっとは感じている。それも断言できる。でも、そんなもので立派で高潔な教師になんてなれるわけもない。親の見ている前だと恥ずかしがる子供みたいに適当な授業をホイホイと展開していき、授業が終了すればスイスイと出ていく。聞きたいことがあれば、他の数学教師でも捕まれてくれ。楯無のいる前で俺に頼んなよ。

 さささ、と競歩選手の端くれにはなれそうな歩みで廊下を行くと、ちょうど出会いたい人物が挙動不審に首をあちこちへ向けていた。爆弾を仕掛ける場所でも探している、と言われても納得できてしまう不審者ぶりに、俺は教師として声をかける。そもそも教師だし。

 

「何をするだー!」

 

「なんでそれなんだよ!? ……あ!?」

 

 馬鹿が網にかかった。俺はニヤリと笑みを浮かべて、世界で二人目に見つかったISを使える男子の首に腕を回して引き寄せる。どっちかというともやし系な少年だ。今年入ってきたばかりの何にも知らない餓鬼だ。きっとこれから扱かれて泣きを見るはずだ。

 

「ふっふっふっ。オマエ、オレ、ナカマ」

 

「なんで片言ぉ!?」

 

「そ、それはぁ……あー」

 

「返答に困るようなこと言ってないし!?」

 

「おう。じゃあまずは歩こう」

 

「じゃあ!?」

 

 いちいちツッコミを入れてくる少年の首っ玉に腕を回したまま連れ去る。数人のそこそこ器量良しの生徒たちが残念がる声を聞いたが知らない。

 人気のない場所を探してみたが、やはり備品室以外に場所がないことが分かった。よって備品室にいたいけな男子を連れ込んでみた。字面のいやらしさはとんでもない。

 

「……どこだよ!?」

 

 察しの悪い少年を床に放り投げると、俺は壁に背を預けて不敵に笑った。セシリアにでも披露しようものならボコボコにされるのは目に見えているから、こんな見知らぬ少年でしか試せない。

 

「二番煎じ男子め。お前、転生者だな」

 

「二番煎じ、って言うなよ。真似したみたいでカッコ悪いじゃん!」

 

「はいはい。で、なんでやってきたんだ」

 

 死因と、この世界にやってきたきっかけを聞く。俺の時は友人とドライブに行って、行きだか帰りだかに事故って死んだ結果の転生だった。神様転生でも転生トラックとやらでもない。原因不明の転生だ。よって、訳の分からない使命感や、転生したことの意味に思い悩んだことはない。これは良いことだ。

 この少年は一体どんな死を迎え、どんな横槍で転生に至ったのか。好奇心を刺激される。

 

「ええと……車で」

 

「ふーん。じゃあボケは滑ったということで、死因と転生方法を教えてくれるかな? ほら、これ以上ボケられる手が出そうだし」

 

「……自殺した。そしたら神様じゃない何かと出会って、願いを叶えてやるって言うからISの世界に転生したい、って言ったら叶ったんだよ。一年遅れだけど」

 

 少年がムッとした顔で答える。自分の死因と転生の経緯を思い出したことで気分を害したらしい。一年遅れの転生が原因か。

 少年の機嫌の降下も気になったが、それよりも少年を転生させた奴が気になった。神様じゃない何かとは何者だ。神様転生と違うのか。うっかりミスで殺されて、そのお詫びの転生とかじゃないということになるのか。

 

「神様じゃない何か、って何だよ?」

 

「分からないよ。俺だってパニくってたんだから。ただ、妙に人間味のない女だった」

 

「なんじゃそりゃ? まぁ、いいか。それで、あんなところで挙動不審になっていた理由でも聞こうかな?」

 

 分からないことは置いておく。後で広場天子に聞けばいいことだ。

 少年は「挙動不審じゃねぇよ」と訂正を入れてきたが、あんなものはどう見たって挙動不審だ。セシリアが見たらドロップキックでもするほどに。

 

「……アンタも転生者なら分かってもらえるはずだよ。箒たちを見てみたかったんだよ。でも不慣れで二年の教室がどこにあるか分からなかった。ただそれだけだよ」

 

「夢見てんなー。この幸せ者め」

 

「夢って。なんか気になる言い方だな」

 

「それよりもお前。敬語使えよ、俺は年上なんだから」

 

「……気になる言い方ですね」

 

「見れば分かるよ。というわけで来い。現実を見せてやっから」

 

 疑問符の浮かんでそうな顔をする少年に手招きをして、俺は備品室から出ていく。現実は物語通りに行かないということコイツにも教えてやらないとな。親切心が相手を滅ぼすかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついてこないことも考えたが、少年は警戒の色を見せながらもきちんとついてきてくれていた。並ぶほどには信頼されてはいないが、何かしら使えるとは判断されたようだ。昼食時の廊下は学食や購買に向かう生徒たちが慌ただしく走り回り、スムーズに目的地に向かうのは中々難しい。

 それでもゆっくりではあるが少しずつ屋上へ続く道を行く。途中背後の少年が波に流されていないか心配になったが、一定の距離を保ちながらついて来ていたので杞憂に終わった。

 屋上にはテラスがあり、そこで優雅にキャッキャッウフフと食事を取る奴らもいる。屋上と言えば主人公たちの定番の場所だが、この世界の主人公もどうせここにいるのだろう。

 屋上への扉の前で止まると、それとなく顔を突き出してテラスを確認する。お目当ての人物たちは入り口から少々遠い場所に陣取って食事を取っていた。

 

「ほれ、向こうにいるぞ。お前の探している箒たちが」

 

 背後で様子を窺っている少年を呼び寄せ、テラスの一点を指さす。一つの丸テーブルに鈴と箒、簪が黙々と食事をしていた。時折、少し離れた位置の丸テーブルに射殺さんばかりの視線を向けている。視線に晒された丸テーブルには一夏とシャルロット・デュノアが居て、シャルロットが巧みな箸使いで一夏にアーンしていた。羨ましい限りだ。

 

「え!? あれ!? なんでカップルみたいなことやってんの!?」

 

 驚く少年。気持ちは分からんでもない。あの朴念仁で突発性難聴に陥る瞬間のある一夏が、シャルロットのアーンを照れながらも受け入れているのだから。

 

「ま、お前の知っている原作の流れと違うってことだ。シャルは原作二巻終了時点でフランスに帰った。理由について俺はあんまり詳しくは語れないけど。そっから冬休み明けぐらいに帰ってきて、一夏と付き合いだしたんだよ。なんでも学園を去る前日に馬鹿でも理解できる直球で告白して、次会う時に返事を聞かせてほしい、なんて言ったんだとよ。しかも、その時にキスしたとか。さすがに一夏もきちんと意味を理解して、結果は付き合う方向で今の状態になっているわけさ。あの三人は恥ずかしがったりして想いを伝えられなかった負け犬たちさ」

 

 原作乖離が起きた。色々と省いた説明をするとこんなところだ。シャルロットの一人勝ちだが、これに文句を言える人間はいないだろ。たとえ一夏のファースト・セカンド幼馴染であっても行動に移せなかった以上、文句一つ言うこともできない。

 

「さて、勝者と敗者の図は見たから……次は予想外の一幕をお見せしようか」

 

 屋上にもう用はなく、俺はすたすたと階段を下りていった。

 少年が見たくないものを見た、と言いたそうな顔でついてくるのを、俺はちらりと振り返って確認すると来た道を戻る。目的地は出発点だ。

 ある程度、昼休みが過ぎたからか、廊下は少しだけ人気が少なくなっていた。行く手を遮るモノのない廊下はストレスレスで良い世界だった。

 

「……そういえば、セシリア、ラウラ、刀奈の三人が居なかった」

 

「お、楯無の本名を言うか。アイツのことは気にすんなよ。全然変わりなくてつまらないから。というと怒られるか。ま、変わらないから安心しな」

 

 原作の奴に気苦労を足されただけだ。

 原点である備品室にたどり着くと、ドア越しにギャアギャアと騒がしかった。既に集まっているらしいので、俺は二回ノックしてから扉を開ける。案の定、セシリアがラウラを足蹴にしているところだった。地面に倒れ伏すラウラの頭部を足で押さえつけながら、自由な両手で惣菜パンを頬張っていた。

 SMの場面を目撃してしまったかのように気まずい顔をする少年。笑える顔をしていた。

 

「よっす、セシリア」

 

 ぶっ壊れたイメージと人間関係と、新しく繋がれたイメージと人間関係。俗に言う二次創作のような変わり様に、俺は果たして心の底から絶望したことがあっただろうか。

 暴力的を通り越して化け物にまで昇格されたセシリアに、俺はイメージの崩壊を感じ、その全てを否定しただろうか。

 セシリアをママと慕い常にボコボコにされるようなラウラに、俺はイメージの方かいを感じ、その全てを否定しただろうか。

 思ったことなんてない。自分自身が一番最初のイレギュラーだって言うのに、棚に置いた発言なんてできるはずもないし、今は今で十分に楽しめる世界だから、今となって否定する必要なんてない。

 セシリアとラウラ。この二人の違いが原作を大きく塗り替えた。

 転生者な二人は結局、俺の知っているセシリアとラウラじゃないんだ。

 

「どうだ。これが現実だ」




 酷い作品となってしまいましたが、皆さまが根気強くお付き合いしてくださったことに御礼申し上げます。
 やはりプロットというものを作ってから始めるべきなのでしょう。おかしな部分を幾つも作り出しながら、本作はガタガタな軌道を描いて完成してしまいました。
 このような完結の仕方の悪さを嘆きながらも、それでもこの後書きに目を通してくださった皆さまに再度御礼申し上げます。
 お付き合いくださってありがとうございました。
 そして、このようなグチャグチャな作品を作ってしまい、どうも申し訳ありませんでした。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。