べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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ラウラさんが

 ラウラ・ボーデヴィッヒは無駄に手を加えられた甘い食べ物が苦手だった。甘い物の上や横はたまた底にまで、とにかく甘い物で埋め尽くされた食べ物の存在が理解できなかった。クリームソーダじゃ駄目なのか、イチゴのショートケーキを食べていればいいだろうが。チョコにクリームにバニラビーンズになんとかソース。こんなもので喜ぶなんて馬鹿じゃないだろうか。

 次に苦手なのは弱すぎる奴だ。ただ弱いのなら理解できる。ああ、コイツは弱いんだなで済むから。しかし、弱すぎる奴は嫌いだ。弱いと分かっていないのに、自分はある程度強いと思い込んでいる自身を顧みる力の弱い奴は始末に負えない。

 最後に嫌いなものはIS学園内にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 転入二日目の放課後。

 ラウラはわずかに空腹を感じていた。食べ物を口にしたのは朝食くらいで、勉学後の昼食は資金難で学食へ行けず、かと言って頼る誰かもいない。わずか二日で友達を作れるような人懐こさは持ち合わせていないのだから仕方がないが。唯一話す相手と言えば不愉快さの元凶であるセシリアくらいだが、敵に物乞いするなど屈辱的な敗北でしかない。

 屈辱を被るくらいなら空腹を我慢する方が何倍もマシ。固形物で腹を満たすことを諦め、水道水をたらふく流し込んだラウラは今、夕食を思い描きながら浮かんでいる。

 ISを身に纏うラウラは何をすることもなくフヨフヨと浮かんでいた。放課後のアリーナは、腕を磨くために切磋琢磨している生徒たちが沢山いるが気にしない。射線を遮ったり間に割って入ったりしているがラウラは一切気にしない。そもそも目を閉じているために見えていない。

 ISと風に身を任せて漂っていると、頭部をごくわずかな衝撃が襲った。

 何事かと顔を向けると、おそらく専用機持ちであろう少女に頭突きをかましていた。シールドバリアーがあるから痛みなど感じることはないが、痛みがないからと言ってやっていいとは限らないのが世の中。確認するだけしてその場を立ち去ろうとしたラウラを、中国の代表候補生・凰鈴音が押さえつける。

 

「ぶつかったんだから謝りなさいよ」

 

 ぶつけられるのは真っ当な抗議。よほど自尊心が強い人間以外なら納得できるものだが、ラウラは頭を下げることもなく無言で鈴の顔色を眺めていた。

 

「……謝るにしろそうでないにしろ、とりあえずうんとかすんとか言ってくれない?」

 

 鈴がさらに声をかける。言葉通りに「うん」とか「すん」とか言ったら問答無用で殴る用意をしながらラウラの返事を待った。

 ラウラはラウラで今の状況で考え事をしていた。もちろん、思考内容はどう返事をすれば画期的なものになるのかではなく、目の前の代表候補生が自分と戦うに足る実力の持ち主であるかどうか。

 いちいちの動きを確認して、どれほどの実力を備えているのかを予想する。予想はできるだけ過小評価を心掛け、その過小評価が間違えであることを願う。ラウラは自分の予想を超える相手と戦いたいのだ。

 

「なによ?」

 

 訝しむ鈴を置いておき、一人分析に励むラウラはついに結論を出した。

 この相手は戦うに値しない。

 下した結果は過小評価ではあるが、改ざんする以前の評価も低い。

 

「いや。なんでもない」

 

 嘲笑を浮かべて、ようやく返事らしい返事を返したラウラはまたフヨフヨと空中を漂い出す。

 

「え!? ちょっと、何なのよ!」

 

 風の向くまま気の向くまま。鈴の抗議を気にすることなく、漂流者はゆったりと離れていった。

 が、数分後にはまた頭突きをかましていた。ラウラとしては偶然の結果でしかないが、激しく動き回っている中で、前後左右どころか顔を向けている方向すらも確認していないラウラが誰かとぶつかるのは必然としか言いようがなかった。二度も同じ人物にぶつかってしまうことに関しては偶然で片付けられてしまうが。

 ただ、片方が偶然と切り捨てたとしても、もう片方もそれで納得するかといえばそうでもない。

 ぶつけられた鈴は、ラウラの行為を同じ代表候補生の稚拙な嫌がらせと断じた。後はもう戦って屈服させるしかなかった。実力差を思い知らしめて土下座させるのが早い。

 

「何度も何度も……宣戦布告と取るわ! 勝負よ!」

 

 指さして宣言する鈴。

 

「構わないが。勝ったら有り金全部寄こせ」

 

「……アンタ、国家に選ばれた代表候補生よね? それじゃあ山賊じゃないの」

 

「じゃあ寄付」

 

「寄付って……言葉の意味知らないんだ」

 

 ラウラの現金主義なところに呆れる鈴。しかし彼女が呆れようが、ラウラは冗談抜きで買ったら金品を巻き上げるつもりでいた。財布を重くするために、腹を満たすために。

 やろうとしていることは強盗となんら変わりはないが、ラウラには犯罪意識の欠片もなかった。何故ならここはIS学園。世界のあらゆる法律は無力と化し、代わりに学園の法が全てとなる。

 だから強盗も構わないだろう。

 ケロッとした顔でバイオレンスを企むラウラだった。学生証に書かれている校則がどんなものかを確認もせずに。

 

「まぁ、いいわ。アタシが勝つに決まってるんだから」

 

「昨日、負けたがな」

 

 勝気な鈴に冷や水をぶっかけるかのように、先日の授業で行われた模擬戦のことを指摘したラウラ。

 

「あれは、タッグを組んだ相手が悪かっただけで、アタシが負けたわけじゃないんだから」

 

 自分には問題がない、とその時タッグを組んだ相手に敗因を押しつける鈴。

 一人だろうが二人だろうがどうせ負けてたぞ、とラウラは内心で馬鹿にする。さらに言えば鈴のむしゃらな動きが敗因だった。

 

「……ほう。自分の落ち度を認めようとしないとはな」

 

 鈴の責任転嫁発言に食って掛かるものが一人。彼女の背後からぬっと現れ、後頭部を鷲掴みにする。

 

「武士の風上にもおけない腐った根性。そんなもので一夏に近づくな!」

 

 背後を取ったのは打鉄を装着した篠ノ之箒だった。鷲掴むのをやめたかと思えば、鈴の細首に腕を回して締め上げ始める。もちろんISのおかげでダメージはない。がしかし、後頭部に当てられる豊乳の存在に、まな板装備の鈴は大層傷ついたのは言うまでもない。

 同じくらい淑やかな胸を持つラウラは、鈴とは違って平然としていた。圧倒的な戦力を抱え込む乳房の攻めを受けていないのと、女性としての魅力の優劣を理解しないラウラの心が上手く防ぎきっていたのだ。

 

「近づくなって!? アンタみたいな肉体言語を公用語にしている奴に言われる筋合いなんてないわよ! というか嫉妬に狂って木刀や真剣を振り回す方がよっぽど腐ってんじゃない」

 

「おのれぇっ! 根も葉もない醜聞を垂れ流しおって! そこに直れ首を刎ねてくれようぞ!」

 

「素直に首を刎ねられる奴なんていないわよ。それ以前に首絞められて、たとえ直ろうとしても直れない!」

 

 全く逆の見た目をした二人のコントを、ラウラはつまらなそうに見ていた。普段からセシリアと言い争う姿を、客観的に見ていないからこその態度であった。

 

「どちらでもいい。どっちもでもいい。とにかくかかってこい。二人共仲良く叩きのめしてやる。いや、待て。その前に財布の中身を確認しろ。小銭だけの財布を相手に戦う趣味はない」

 

 IS学園に通っているとはいえ、所詮は働いていない餓鬼だ。小銭以上の物を持っていたとしてそこまで望めないだろうな。

 完全に野盗のような思考回路でモノを考えるラウラの今は、犯罪に手を染めても辞さない構えだ。それほどまでに飢えと戦っている。

 

「さぁ、来い。戦い方を有料レッスンしてやる」


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