べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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いつも通り

「これでよかったのか?」

 

 うつ伏せのまま眠りについたセシリアに、彼女を取り押さえていたフォルテたちはあっけない幕切れに尻餅をついて荒い息を繰り返していた。セシリアの出す刃の混じった空気に精神をsらず知らずの内に痛めつけられたのだ。額から溢れ出す玉のような汗が恐怖からの解放にうれし涙を流しているかのように見える。

 放送室にてリンチを静観していた是っ清が呟く。たった一言で事態が収拾してしまったことに、納得がいっていなかったようだ。もっと涙混じりの説得か、必死の懇願でもすると考えていたようだ。様々なマンガやアニメのヒロインと呼ばれる役割のキャラを想像していれば、あっけなく感じてしまうはずだ。

 是っ清の体内に潜んでいる寄生虫が彼の全てを送信してくる。本人も忘れているような記憶や見てきたもの、今考えていることなどが手に取るように分かる。不必要な事柄も全てが自分の手のひらにあった。

 それは隣で針のない注射器を仕舞い込む楯無にも言えることだ。彼女は周りと同じように安堵の表情を浮かべ、続いてこの小さな事件をどう報告するかを思案していた。事件を終わらせた後に、天子を生徒会に引き入れようとし、上手く説得してセシリアをも生徒会に組み込もうと思惟を巡らせていることも、天子には顔色を窺わずにも理解ができてしまう。

 考えが読めてしまう。しかし、それによって自分以外の人間が愚かしい生き物だとは思わない。人間は千差万別で、自分には考えつかないようなものを頭に思い浮かべる。それをどうして愚かしい生き物と侮蔑せねばならないのか。むしろ、それぞれの人間を尊敬すべきだ。かと言って尊重すべき、とまでは考えを向かわせない。それはそれ、これはこれだ。その線引きを明確にすることが自分自身を縛りつけない一番の手段だ。

 そういう意味では今回の企みは、セシリアに誓った言葉に違反するものではない。俺はセシリアの味方だ。天子は確かにそう言った。

 だけど、どの全てを肯定するようなイエスマンじゃない。相手の意に反することをしてでも守ろうと考える味方だって居る。

 セシリアは復讐を求めていた。ラウラをぶち殺したいと思っていた。その気持ちはとても強く、天子もできる限り叶えてあげたいと動いた。

 できる限りだ。全てを叶えさせるつもりはない。全てを叶えさせれば、セシリアは国を巻き込んでの犯罪事件によって二度と会えなくなってしまう。たとえ成就によって彼女の中にあるどす黒い感情が全て消え去るのだとして、許しきれる想いではなかった。

 では、どうすればいいか。簡単だ。死ぬ寸前まで痛めつけさせればいい。100の快感は与えられないが、80くらいまでならなんとかなる。後はトドメを刺そうとする彼女をどう止めるかだ。幾ら天子が止めても冷静さを欠いた状態では聞き入れもしないだろう。

 そこで天子はちょっとした策を思いつく。今回の人質を利用するやり方だ。成功した暁には生徒会に所属するという口約束で楯無を巻き込み、彼女の力を使って学園内のセシリアとラウラ以外の現状稼働可能な専用機持ちたちを集めさせた。

 是っ清の知識では学園内の専用機持ちは十人。その内、シャルロット・デュノアは学園を去り、更識簪は未だに専用機を未完成のままにし、事件の中心人物であるセシリアとラウラは当然頼れるはずもない。その結果、招集をかけられる人数は心許無いものだった。

 しかし、この場合は人数などどうでも良かった。セシリアの復讐の念を収められなければ、武力を以て抑え込むことができないのだから。

 

「あんなことを言うなんて、私もちょっとヒヤっとしたわね」

 

 生徒会長権限を行使して舞台仕掛けを整えた功労者が深く息つく。改めて、大した被害もなく事態を収拾できたことが、いまだに信じられないようで、地べたで眠るセシリアと天子を交互に見比べて現実を確認していた。

 

「アレが一番良い言葉だと判断しただけ。俺だって探り探りだった」

 

 本当かしら、と内心で呟きながらそれを感じさせない疲れた笑顔を見せる楯無。今日はもう何もしたくない、と思っているようだが、この事態の報告に頭をフル稼働させていた。

 

「そうね。ま、結果良ければ全て良し、ということにしておきましょう。まずは保健室にでも運ぼなきゃね。ラウラちゃんは部活棟の方だから校舎側の保健室かしら。あ、頑丈なワイヤーで縛った方が良かったりするのかも」

 

 一人ぶつぶつと疲れ切った息を吐き出す楯無を置いて、天子はひっそりとアリーナから立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が浮上してくるのを感じて、天子は瞼を開いた。保健室は清潔な空間を維持している。全体的に目に馴染みやすい色合いでほんのりと飾られた室内は、来訪者が心を落ち着けられるように配慮されていた。それでも、天子の心は落ち着いてくれないが。

 訪れる怪我人を想った部屋模様に感心しつつ、天子は目的の為にソファーから立ち上がった。立ち上がる際に保健養護教諭が貸してくれた文庫本が床に落ちたが、そんなことは気にせずに傷病人用のベッドに向かう。

 仕切りのカーテンを潜り抜けると、ベッドの上にはセシリアが眠っていた。憤怒の表情が抜け落ちた綺麗で可愛らしい顔をしている。時折ピクリと動く眉を見た天子はセシリアの顔に手を当てて、眉間をぎゅっと摘まんだ。すべすべした肌が吸い付いてくる。なんと甘美な瞬間か。

 

「おい、コラ」

 

 眉間を抓られたセシリアがギラリとした瞳を見せる。微細な動きから狸寝入りをしていることは分かっていた。そもそも、天子に対しては嘘の一つも役に立たない。相手の全てを常に知っているのだから。

 セシリアも分かっていたことで、ペロリと舌を出して「無理だよな」と無謀さを顧みていた。

 セシリアが上体を起こすと、彼女の身体にかけられていたタオルケットが床に落ちる。事件後睡眠体勢に入ったセシリアの姿はISスーツのままだ。天子は落ちたタオルケットを拾って彼女の下半身にかけ直す。

 部屋の隅に置いてある椅子を引っ張ってきて、セシリアのベッドに横づけした天子。暫く口を噤み、あえて彼女から送られてくる情報を無視するして言葉を待った。

 怒られるかもしれない。少しドキドキする。悪い意味で心臓が躍動している。

 セシリアが視線を向けてくると、天子はゆっくりと視線を合わせた。瞳の奥は透き通っているように見えた、もう悪いモノに意識を取られてはいないように見える。

 それでも心臓が暴れ回るのは後ろめたさがあるからだ。セシリアの為とはいえ、やはり彼女に嫌われかねない行動をしたのだ。線引きとかなんだを理由に釈明したところで、所詮は自分の中のルールでしかない。そんなものでは相手を納得させられるわけがないのだ。

 セシリアが深く息を吐くと、天子は身を竦ませて思わず視線を逸らしてしまう。母親にしかられることを、ビクビク恐れる子どもみたいだった。一挙一動に感情が振り回されている。

 

「わっ!」

 

「ひゃあ!?」

 

 セシリアが大きい声を出すと、びっくりした天子は椅子から転げ落ちた。意識的に相手の情報を読まないようにしていた為に、咄嗟のことに全く心の準備ができていなかったのだ。平静を装って椅子に座り直してみたものの既に遅く、セシリアが腹を抱えて大爆笑していた。

 羞恥心が顔中に回って熱くなる。キッ、と睨み付けると、セシリアは「悪い、悪い」と頭を撫でまわしてきた。頭頂部に感じる人肌の温もりに天子は目を細めて享受した。

 

「その反応は変わんないな」

 

 セシリアは包み込むような柔らかい笑顔を浮かべて、天子の頭を撫で続けた。

 

「そ、それはそうだ。俺は……わたしは変わらないんだから」

 

 天子は一瞬言葉を詰まらせた後に、話し方を変えて応えた。怯えの感情も心臓の過剰な鼓動も安心感に溶けてなくなっていく。

 セシリアは少しだけ驚いた顔を見せると、再び優しい笑顔を浮かべる。

 

「だな。全く初めて聞いたぜ。まぁ、そこはいいとしてだな。よくもまぁ、あんな茶番を考えついたもんだな」

 

「あんなことでもしなきゃ、セシリアはわたしの言葉を聞いてくれないと思ったんだ。言い換えれば、冷静になる瞬間を作りだせればなんとかなると思ったの」

 

「確かに多少は冷静にはなれたけどな。どっちかって言うと楯無の持っていた注射器に針がついてないことに呆れて冷静になったんだよな」

 

「……思うんだけど、一ミリの厚さもない針の有無を確認できる視力は凄いね。あたしには真似できない」

 

「できなくていいんだよ。こっちが化け物染みているだけだ」

 

「ううん。セシリアは化け物じゃないよ。普通の人よりも強いだけの人間なだけだから。化け物であるがはずがないんだよ」

 

「ありがとな」

 

「人間だから、わたしの大切な人だから、ラウラを殺して犯罪者になってしまうことが嫌だった。だから、怒られること覚悟でフィナーレをぐちゃぐちゃにしたの。だってそうすればきっと、セシリアはこの世界で人殺しにならなくて済むから」

 

 喜怒哀楽全てを内包した形容し難い顔が崩れ落ち、喜の感情だけが前面に出てくる。セシリアの人生を突き落としかねない状況を、阻止したことで生まれた喜びが後ろめたさに勝っていた。セシリアの顔に嫌悪感が見られないことが喜びを後押ししている、ということもあるのだが、確かに天子は今回の結果に喜びを感じていたのだ。

 初めて見た心からの笑顔に、セシリアは苦笑して天子の頭を抱きしめる。

 

「アタシはなぁ。復讐をしようとしたけど、お前の大丈夫、ってことを聞いて全てが終わったんだ。望んでないんだ、って分かっちまったから。ああ、でもアタシ自身の恨みはまだ抜けきってないし、たとえ抜けたとしてあの人工物は許しゃあしないぜ」

 

「それでいいよ。わたしもラウラを好んではいないから」

 

 セシリアの胸に顔を埋めた天子は、彼女をママと言って求めるラウラを、いつかは消し去ってしまいたいと思った。臨海学校のようなチャンスが巡って来ることを期待しながら。


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