べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

47 / 50
セシリアさんと

 空中に身を晒した身体の各所からワイヤーブレードが射出される。狙いは一点、青い装甲に包まれたセシリア。一秒にも満たない時間差で放ったワイヤーブレードが次々とショートブレードに打ち払われていく。最後に向かって行ったワイヤーブレードに至っては彼女の振り下ろした肘と、振り上げた膝に挟み込まれてぐしゃりと装甲を歪ませた。ブレードを叩き込まれても傷を負わないはずの装甲が、落花生の殻を割るかのようにいとも簡単に破壊された。強化された肉体を持つラウラに出来なかったこと、セシリアは軽々と出来てしまった。

 違う。ラウラは歯を食いしばった。使えなくなったワイヤーをパージして、生きているワイヤーブレードで追撃を行う。前戦った時とは違い、セシリアのガードを潜り抜けられない。隙を見てレールカノンを撃ち込んではいるのだが、当たる気配を見せてはくれず、ラウラを怯えさせた。

 ママは間違っている。きっと、死んでしまった時のショックで記憶がすっ飛んでしまっているんだ。いまだに思い出せていないんだ。それと、誰かがママに何かを吹き込んだんだ。そうじゃなきゃ、絶対におかしいんだ。

 ママは私の為に命を張って死んでしまったんだ。私はママの仇を討つ為に、敵組織の構成員を殺してきたんだ。困惑する大男も、達観した顔をしたチビも、憎悪の視線を向けてきた少女も、誰彼かまわず殺してきて、それで死んでようやく今会えたのに。なのに、誰かが邪魔をする。ママを誑かして戦わせている。私を否定させている。

 プラズマ手刀を稼働させて接近する。両腕がプラズマで輝き、セシリアを操る闇を断ち切ろうと振りかぶる。

 

「救ってみせる!」

 

 救いようのない思惟だとは知らずに、ラウラは雄叫びを上げる。勝てば全てが戻って来ると信じていた。勝って、黒幕を探し出して倒せば全てが丸く収まるのだと。

 振るわれた腕に乗った間違った想いは、セシリアの構えるブレードに防がれ、押し出すように弾き飛ばされる。意思を無視するように腕が後方に弾き飛ばされ、引きずられるように身体も僅かに後退する。。ワイヤーブレードを圧潰した力の前に、シールドバリアーがなければ腕がへし折れていた。最悪千切れていたかもしれない。強化された肉体が悲鳴を上げていることに、ラウラは舌打ちをした。父親によって与えられた力がまるで通じない。

 レーザーライフルから伸びた光軸がラウラの頬を掠める。長い銃身を見て、近距離では使わないだろう、と先入観があったために虚をつかれる思いだった。

 

「くそっ!」

 

 焦っていることを自覚できるが、だからといって冷静さを取り戻せるほどの余裕はなかった。ラウラは撃たれたことにばかり気がいき、レールカノンによる攻撃を選択をする。電磁加速した弾丸は命中せず、ただセシリアに焦っている姿を見せつけるばかりだった。

 視界に立ちふさがるセシリアから発せられる恐怖。身体中に冷気が絡みついて筋肉を硬直させる。それは神経さえも脅かし、ラウラの敵意を察知する能力を麻痺させた。

 肩のレールカノンが鉛筆で悪戯されたように真っ赤な線を描く。銃身がレーザーの照射で溶かされ爆発した。

 やられた、とラウラは思ったが正面に居るセシリアはレーザーライフルを持つ左手はだらりと垂れさがっており、そこからの攻撃ではなかった。では何が攻撃したかとハイパーセンサーを駆使すれば、周囲を青い板状の物体が飛び交っているのが確認できた。

 ブルー・ティアーズ、第三世代兵装か。セシリアのISのスペックを思い出したラウラは失念していたことに顔を歪める。所詮は出来損ないの兵器だと侮っていたのが間違いだった。

 いいや、違う。気圧されて気づけなかったのだ。セシリアの全身から溢れ出している狂気的な空気と威圧感に圧倒されて感覚が極端に鈍っている。この空気を跳ね除けたくてもそれができず、それでも負ける訳にはいかないとラウラは弱気を圧殺して飛びかかる。

 

「ほらほらぁ! ちょっとは通せないのか。全部効いてないぜ!」

 

「五月蠅い!」

 

「ふひゃひゃひゃ!」

 

 一進一退の攻防にはならず、ラウラは始めから今まで押されっぱなしだった。タッグトーナメントとは真逆の状態にラウラは焦燥する。

 

「ひゃはひゃひ、うひゃひゃひゃひゃあ! ぶっ殺ぉす! ほれほらほれれほれぇ!」

 

 時間の経過と共に常軌を逸した言葉を吐きだしていくセシリアは、気がふれているのではないかと疑いたくなるほどに異常な雰囲気を出していた。しかし、狂った話し方とは違って、動きは洗礼されていた。ラウラの両腕のラッシュを右手だけで防ぎ切り、隙を見てはレーザーライフルの引き金を引く。さらに周囲を飛び交うブルー・ティアーズが距離を取らせないように逃げ道を塞いでいた。ブルー・ティアーズの操作には集中力が必要であり、操作中は自身の動きが疎かになる。そのはずだが、セシリアはブルー・ティアーズの操作と自分自身の動作を平行して行っていた。

 常人を超える集中力と、平行して考えられる脳を持っているのか、とラウラはワイヤーブレードを飛ばしてブルー・ティアーズの排除にかかるが、ブルー・ティアーズは意志を持っているかのように動き回ってワイヤーブレードを避けるどころか、飛び交う四基が一本のワイヤーに集中照射を浴びせて焼き切ってしまう。それを二本三本と焼き切って行き、僅か数十秒で全てのワイヤーを溶断してしまった。ラウラはなんとか熱線から逃れようとワイヤーを複雑に動かしたが、寸分の狂いのない照射の前に逃れきることはできなかった。

 残った武器は両腕のプラズマ手刀だけになる。しかし唯一の武器もセシリアの前では全く歯が立たない。八方塞がりの状況にラウラはそれでも勝利への道筋を探す。虎の子の停止結界がないわけでもないが、二本の腕で止められるのは二つだけ。本体のセシリアとブルー・ティアーズを一基止めても、残り三基のブルー・ティアーズに追いたてられるだけだ。停止結界の使用は集中を要するだけでなく相手を視界に収める必要もある。少しの乱れでも拘束力を失ってしまうのだ。

 

「だがな!」

 

 相手の意表を突く程度の効果があればいい。瞬間的に身体が止まる感覚に、集中力を乱したところを一気に突き崩す。左の手のひらを突き出し相手を止めようと意識を集中させる。一瞬怯んだ隙に、セシリアの首にプラズマ手刀を叩き込んで優位を突き崩し、後はその勢いに任せて勝ちをもぎ取る。

 

「無駄だい!」

 

 突き出した手のひらが、抑え込むようにかぶさってきた手によって丸め込まれてしまう。怯ませるはずなのに、怯んでしまったラウラは「まだだ」と右手を突き出そうとするが、手首を掴まれ手のひらを天へと向けられてしまった。後は最初に破壊されたワイヤーブレードと同じ末路を歩んだ。丸め込まれた拳の上から圧力がかかり、指の装甲が悲鳴を上げてひび割れていき、同じように掴まれた手首の装甲もバキバキと酷い音を立てて砕けていく。

 圧倒的だった。まだ何とかなるという気持ちは装甲と一緒に砕かれていく。堪えられない恐怖が喉をせり上がる。吐瀉物と一緒に吐き出したくなったが、喉元を掴まれてどちらも吐き出すことはできなかった。

 セシリアの顔が近づいてくる。いいや、ラウラの顔が近づいている。喉を掴む腕が引き寄せたのだ。

 ママ……じゃない。セシリアの、真っ当な人間には見るに堪えない表情に、ラウラは自らの正気を疑った。この人間を超越した化け物の顔を見て、いまだに意識をぶれさせていない自分自身が信じられなくなっていた。

 

「いいザマだ。ザマザマザマザマだよな。くひゃひゃ。面白おかしくぶっ殺してやるぜ。ひゃひゃひゃひひゃひゃっ!」

 

 喉を押さえられていることもあるが、目の前の脅威に返す言葉がなかった。化け物の瞳には理性が一欠片もなく、ただ一つの大きな熱意だけに染め上げられている。熱意は視線に乗ってラウラの瞳に入り込んでいき、脳を麻痺させ判断力と恐怖に耐えようとする理性を締め上げた。

 セシリアの瞳の凶悪さに、ラウラは暫く視線を外せなくなった。恐いけど逸らせない。喉にかけられていた手が離れ、受け身も取れずに地面に転がり落ちてから、ようやく視線を外すことができたのだが、その時には戦意は一ミリも残っておらず、後はセシリアの暴力に晒されるだけだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。