べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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なので

 放課後。部活動や委員会活動、ISや整備の練習の為に教室に残る生徒は少ない。部活動や委員会活動に精を出すような状況下にないセシリアも、彼女たちに倣って閑散とした教室から抜け出して廊下を行く。ISの訓練も無縁な身にあり、整備などは門外漢。常日頃のセシリアには放課後を義務や努力に費やすという選択肢は存在しない。ぼんやりとやる気なく校舎を歩き回り、一夏たちを見かければ適当に引っ掻き回し、本音と出会えば生徒会室でのんびりと時間を潰していた。

 しかし、今のセシリアは確かな目的を持って廊下を歩いていた。一歩一歩進むにつれて内々から膨れ上がって来る想いが、彼女の歩みを後押して歩行速度を速めていた。

 ラウラ、ラウラ、ラウラ、ラウラ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。アタシの身体を弄んだ馬鹿。他人のものを持ち主の許可なく使っていた不届き者。挙句に持ち主の返さずにぶっ壊してくれた。許せないな。許せるはずがない。

 廊下の先に居る生徒たちがギョッとした顔をして脇に避ける。そこをセシリアはずんずんと重い何かを含んだ足音で進んでいった。腕に覚えがある生徒ほど顔色を変えてセシリアに道を譲る。邪魔をすれば腕の一本二本では怒りを鎮めることはできない、という確信があった。

 我慢はしてやったんだ。ちょっと夢見させてやったんだ。こっちの僅かばかりの慈悲は終わったんだ。そうだ、慈悲は終わったんだ。アタシから大切なものを奪っておいて、馴れ馴れしくべたついてきてさ。だから、今日は盛大に暴れてやる。暴虐の限りを尽くし、アイツの全てを奪ってやるさ。

 殺すのも構わない。理性を外せば法律という枷が見えなくなっていく。セシリアの視界は既に血の色に染まっていて、正常な世界が見えなくなっていた。前世から持ち込んだ恨みつらみが血液の代わりに体内を循環していて、人間らしい情が失せていく。吐く息は身体の中から出てきたものとは思えない極寒の息吹だ。血の暖かさはない。

 歩みは更に速くなり、セシリアの接近に気付いた生徒たちがギリギリでしか避けられなくなっていた。彼女が突き進んだ後には、血の気の引いた少女たちが残されるばかりだ。

 目的地の第三アリーナは既に手回しが済んでいるのか、僅かな人気しかなかった。セシリアは止まることなくアリーナへと入ると、更衣室へと向かった。

 更衣室で着替えを済ませてフィールドへ出る。観客席には広場天子がちょこんと座っているだけで誰もいない。姿の見えない是っ清は放送席で試合の合図を送る役についているのだろう。

 そして、フィールドの中央にはISスーツ姿のラウラが居た。セシリアを見る目が驚きを多分に含んでいることから、対戦相手を伝えられなかったのだろう。それがどうした、とセシリアは吐き捨てて中央へと進む。ラウラの顔が大きく見えるようになると、セシリアの内側では暗い感情が暴れ回り、今すぐにも拳を叩き込めと指令を送っていた。

 

「来たかい、ラウラ。既に何をするか聞いているはずだよな」

 

 セシリアは問う。手違いがなければ天子がメールを送っているはずだ。サプライズの為にセシリアが対戦相手であることを伏せさせつつも、試合を申し込むような内容を送った。果たしてラウラはISスーツを着ていることから、メールの内容はきちんと理解しているようだ。

 

「聞いたが、セシリアが相手とは聞いていないぞ。どうしてお前なんだ?」

 

 こてんと首を傾げるラウラ。理解が追いついていないわけではないが、あまり納得はしていないといった顔だ。

 

「どうしてかな? 分からないだろうな」

 

 セシリアも合わせて首を傾げてみせる。笑顔というには害悪しか感じられない表情と合わさって不気味だった。

 

「知っているか、加害者には被害者の気持ちが分からない。だから、酷いことを平気で出来るもんなんだよ」

 

 加害者と被害者の関係。セシリアからしてみれば堪ったものではない。彼女は常に加害者に立つ存在なのだ。奪われ虐げられるような被害者になるなどと、彼女の全てが許せなかった。そして、奪われたものが自分にとって大切であったが為に、加害者に罰を与えるというような生易しい考えは浮かびあがってこない。やり過ぎを超えても、やり過ぎたという思いは出てこないだろう。

 

「被害者? 加害者? 本当に何を言っているんだ?」

 

 分からない、と目が揺れ動いている。見えているのに見えていない。ラウラが息を飲んで身構えるのを、肌で感じたセシリアはISを展開する。真っ青で血の気のない装甲が身体を包み込んでいった。

 

「前世の縁だな。お前が考えてることは聞いた。なんでも、アタシのことをママとか思っているとか」

 

「その通りだろう。お前は私のママだ。だってそうだ。あの確信したんだ。お前がママなんだって」

 

 必死に訴えるラウラに、セシリアは大きく笑った。間抜けすぎて涙が出来てきた。こんな愉快な人工物相手に、枷のついた状態とはいえ負けたのか。

 ママなはずがない。どうせ、ろくでもない研究者に記憶操作でもされたんだ。アタシの肉体に新しい人格を植え付け、上手く記憶改ざんを行い、拒否反応は様々な方法で押さえつけていたのだろう。

 蔑みの視線がラウラを刺す。肉を突き破り骨を砕き貫く強力な意志。セシリアの瞳に圧倒されたラウラは一瞬言葉を詰まらせたが、重い吐息と一緒になんとか言葉を紡ぎ出した。

 

「私とママは瓜二つだった。ママの友人とかいう男は、私を助けようとして死んでしまった、と言っていたんだ」

 

「それならソイツは役者だ。中々にな」

 

「違う! 真実なんだ。ママなんだ」

 

 聞き分けの悪い子供だった。ラウラは叫び声を上げてまで否定をする。天子の言っていた通りだ。前世のラウラは母への強い情を受け付けられ、上手く操られていた。それをいまだに引き摺っている。マッドなパパだけで十分だろうが。

 執着を見せるラウラについて、是っ清が強化人間みたいだ、と漏らしていたのを思い出す。肉体は父親であるボーデヴィッヒ博士によって造りだされ、精神も前世で男に弄られた少女は言い逃れができないほどに強化されていた。

 

「前世の頃にも今にも、アタシにはテメェーみたい餓鬼の面倒を見たことはない。そもそも腹を痛めて産んだ経験もない」

 

 相手を傷つけるための言葉を次々と吐き出していく。言葉の刃は攻撃の為に放たれたものだが、その内容は全て事実である。ラウラのような子供の面倒は見たことはなく、誰かと結ばれて子宮に子供を宿す幸せも覚えがなかった。

 

「違う……違う、違う違う違う! 私は確かに貴女の子供なんだ。唯一の子供だ。貴女だって私の為に命かけてまで救ってくれた! だから、私は貴女のことが好きなんだ。今だって、その記憶がきちんと存在しているから! だから分かった。出会った時に感じたんだ。最初は分からなかったけど、でもちゃんと分かった。それなのに、それなのに違うなんてことはない!」

 

 黒い装甲がラウラの四肢を包み込む。試合開始の合図もなく飛び上がり、ワイヤーブレードを解き放った。遅れて試合開始の合図が鳴り響くが数秒遅い。慌てて鳴らしたのが見え見えである。

 真実を受け入れる気がないのだろう。行き詰った思考が取り出した打開策は、彼女からしてみれば嘘を吐き続けるセシリアを叩き潰し、自分の持つ真実で屈服させることだ。

 多方向から牙をむくワイヤーブレードは軌道を悟らせないために我武者羅に動き回り、セシリアの装甲を抉りに来る。どれも遅い。六つの内、四つを素手で弾き飛ばし、二つを片手でまるごと掴み取った。

 

「降りて来い」

 

 掴んだワイヤーを手繰り寄せピンとワイヤーを張らせると一気に引っ張って空中に居るラウラを引き摺り下ろした。力任せに引っ張ればラウラは耐え切れず落ちてくる。セシリアは近づいてきたラウラの後頭部を掴んで、怒りの感情を込めて地面に押しつけた。

 

「本気でやれよ」

 

 かつてラウラに言われたことを、今度はセシリアが投げつける。地面に押しつけていたラウラの頭をサッカーの容量で蹴飛ばすと、右手にショートブレードを、左手にレーザーライフルをコールする。

 

「分かったら、なるべく足掻いて満足させろよ!」

 

 凶悪な笑みを浮かべて、セシリアが空へ舞った。


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