べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

39 / 50
鬼退治に

「頼む。力を貸してくれ!」

 

 ブリーフィングが終わってから数時間後。作戦は失敗して、皆意気消沈している中で、ラウラは仰向けに寝転んで時間が過ぎるのを待ち続けていた。身体を拘束されたわけではないが、教師たちから留まるように言われ、その教師たちは作戦失敗後にあちこちを駆けずり回り、大宴会場にはラウラを含め三人の人物しかいなかった。

 その内の一人。今回の作戦に参加し、見事敗北して帰ってきた箒が土下座していた。額を畳に擦りつけ、声を震わせて懇願してきた。

 何をどう力を貸せというのか。上体も起こさずにいるラウラは溜息を吐き出した。箒の背中がぴくりと震えるのを感じ通ったが、それは本人の心構えの問題だろうと無視した。

 

「断る。力を貸す必要性を感じない」

 

 ラウラは一も二もなく断りの返事を出す。土下座から一転して顔を上げた箒が睨みつけてきた。要求が受け入れられないとなると、すぐに不機嫌な顔をするところは幼稚すぎる。それほど気持ちが張り詰めていると言えなくないが、ラウラは寝返りを打って背を向けた。相手にしない態度を見せることで返事を強調した。

 ことの発端は何だったか。束が自らの妹を作戦に抜擢したことから始まったのだろうか。それとも最新型のISが箒の手元にやってきたところから始まったのか。ラウラにも判断がつかないが、作戦開始に向けて逸る箒に危機感を感じていたのは確かだった。長くなりそうだ、予定通りの日程には帰れないかもしれない。こちらはすぐにでもセシリアに会いたいというのに。

 作戦に不安が纏わりついていることを千冬も気がついていたようだった。こっそりと一夏ヘ注意を呼び掛けていたのを見た。箒に言わなかったのは、浮ついた心に口酸っぱく言ったところで聞き入れはしない。事実、ラウラが直球で苦言を投げかけたが「大丈夫だ」「私はいつでも冷静だ」と嘘ばかりを並べ立てる始末だ。

 作戦が開始され二人が飛び交った後に、ラウラと千冬は自然と顔を合わせていた。この作戦、高確率で失敗だな。目と目で会話できた瞬間だった。

 そして危惧した通りに作戦は失敗。一夏は重傷を負って今は治療を受けている。千冬は感傷に浸る暇なく各所に指示を飛ばして対策を練り、作戦に参加しなかった専用機持ちたちは待機命令を受けた。

 おかげでラウラは暇を持て余して船を漕いでいた。耐え切れなくなり横になると時期は過ぎ去って眠くなくなってしまったのが腹立たしい。

 背を向けていると背中を蹴られる。痛くはなかった。断られたのを根に持って蹴ってきたのだとしたら器量の小さすぎることだ。ラウラが文句を言おうと箒へと向き直れば、そこには箒だけではなく鈴も居た。

 

「アンタねぇ。少しは代表候補生としての自覚と誇りを持ったらどうなのよ」

 

 蹴ったのは鈴だった。ラウラは冷めた目で彼女を見上げた。

 

「ないな。国など知らない。私は身内のことだけで十分だ。それに自覚と誇り、キサマもないだろ。今のお前たちにあるのは復讐だ。織斑一夏を傷つけたことに対するな。恋愛感情がそうさせている。そこに自覚と誇りはないだろう?」

 

 ぶわっと鈴の背中から怒りが溢れ出るのを見た。図星を突かれたことで理性の箍が外れ、鈴は鬼の形相でラウラにのしかかってきた。

 

「うっさいわね。復讐の何がいけないっていうのよ。それにアイツを止めなきゃいけないことには変わりなんだから、ちょっとくらい私事が入り乱れても誰も文句言いやしないわ」

 

「違いないな。だが、崇高な理由を押しつけて協力を取りつけようとするのは気に入らない。少しでも思っているのならともかく、欠片もないで言われても張りぼて具合がよく分かる」

 

「……それなら、改めて頼む」

 

 鈴の体重に呼吸が多少苦しくなるのを感じていたラウラに、箒が再び土下座をする。洗礼されたフォルムの土下座は情けなさよりも、芸術的な美しさを醸し出している。この姿にちゃんと土下座しろよ、と追い打ちをかけることはできない。

 

「一夏の仇を討ちたい。アイツを傷つけた敵を倒したいんだ。どうか力を貸してほしい!」

 

 畳に額を擦りつけて再度助けを求める箒に、さすがに鈴もこれはまずいと思ってラウラの上から退いた。小柄とは言え肉の塊が退いたことで、ラウラは深呼吸して肺に空気を取り込めるようになる。

 しかし落ち着けたのも一瞬で、仰向けに寝ていたラウラは鈴に無理矢理正座させられてしまう。

 

「で、答えは?」

 

 背後に立って威圧してくる鈴。前門の土下座に後門の仁王立ち。間に置かれた正座姿のラウラは俯いていた。もはやカオスと言わざるを得ない光景に、実は部屋の隅に控えていた山田真耶は何も言えずに事態を見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 押し切られる形となった。紅椿に牽引されているラウラは嘆息を漏らした。眼下に広がっているのは青い海だ。海の上を高速で飛んでいることは、箒の協力要請を受け入れたことを表していた。

 

「にしても。既に敵は移動しているはずだ。進路変更している可能性がある以上、当初の予測進路は当てはまらない。だというのに、ここまで愚直に飛んでいいのか。敵の位置は分かっているのだろうな?」

 

 あの後、大宴会場に潜んでいた真耶を気絶させ、無断出撃を敢行した箒たちだったが、ラウラは情報もなく行き当たりばったりな出撃でないかを不安視した。箒が何も言わずに牽引してきたのが気になる。もしも、勘で飛んでいるというのなら、いますぐにでも回れ右して撤退する。じゃあ、ここいらで分かれて探そうか、などと言うのであれば箒と鈴を撃墜して引っ張って帰るのも辞さない構えだ。

 

「ケータイに敵の位置が送られてきた。送り主は不明だが、おそらくあの人だ。今思えば先の作戦は不可解な点があった。領域封鎖が行われた海域に密漁船が出てくるなどと。掴みかけた勝利を、見事に挫くタイミングだった。全てあの人の手のひらで踊らされている気がしてならない」

 

「あの人? キサマの姉か。だとしたらはた迷惑だ」

 

「全くね。だからって、一夏の奴をあそこまで酷い目に遭わせるなんて。同じ人とは思えない!」

 

「同じ人間と思うことが間違いだ、鈴。あの人の頭の中には人を思いやる気持ちはない。結果が何を生み出すのかを理解できていないんだ。目の前の結論だけで満足して、周囲に撒き散らされた被害の種を見ようともしない」

 

 箒の手から伸びる牽引ワイヤーが揺れる。怒りに身体を震わしているのだ。戦場に狂わせるような感情を持ち込むなどと、いかに箒が戦い慣れしていないかが分かる。剣道の大会での優勝がまぐれなのではないか。

 ラウラは右手に掴んだ牽引ワイヤーを左手で叩いて揺らし、振動で箒に冷静になるよう注意を促す。これから戦うというのに血を昇らせてどうする気だ。

 さらにラウラは背後に視線をやり、同じように頭に血を昇らせている鈴を目で威圧した。冷静にならないと潰す。背中を蹴られたことを根に持っていた。

 

「進路が合っていることは分かった。私は基本的に援護に集中するから、お前たちで存分に痛めつけろ」

 

 協力はする。しかし、メインを張る気はない。今回の作戦はあくまで箒と鈴がアタッカーなのだ。怨念を晴らす戦いに第三者がしゃしゃり出ることは変な恨みを買ってしまう。

 さらに、ラウラの今の装備は砲戦パッケージだ。砲身の長いレールカノンを二門背負って近接戦闘など無知の戦い方になる。装備を存分に生かす戦い方をするためには、ラウラは遠距離からの砲撃をしているのが一番いい。

 暫く、会話もなく飛んでいると、ラウラは遥か遠くに敵ISを見た。アメリカの元代表選手が操るIS『シルバリオ・ゴスペル』は膝を折りたたみ手で抱え込む様に停止していた。暴走している割には大人しい。

 

「先制する。お前たちは海面に潜め」

 

 ラウラは牽引ワイヤーから手を離すと、レールカノンを射撃モードに移行させる。こちらも相手も100メートルも離れてしまえば手のひらに収まるサイズでしか見ることはできない。ハイパーセンサーの補助を受けたラウラの視力は常人どころか射撃の天才すらも上回る。ラウラの肉体もスイッチが入り、生身の状態でも並の人間を大きく超えている。肉眼では見ることのできない位置にいるシルバリオ・ゴスペルの、装甲に包まれた指先まで確認できる。

 箒と鈴が素直に潜水するのをハイパーセンサー越しに見たラウラは、目を細めるとレールカノンで狙撃を開始する。

 電磁加速された弾丸を撃ち放つ。長い砲身から発射された弾丸は大気を切り裂いて前へと進んでいき、静止するシルバリオ・ゴスペルの頭部を圧倒的な力で殴りつける。

 弾丸と共に吹き飛ばされた敵機は瞬時に体勢を立て直して、ラウラに居る方向を見つめる。

 

「来い、暴走IS。戦い方を教えてみせろ」

 

 言葉に呼応するかのようにシルバリオ・ゴスペルの頭部ウイング・スラスターが火を噴く。スラスターが爆発的な加速力を生み出し、高速で空を駆け抜ける。

 思っていたより速いな。寄られれば逃げきれないじゃないか。ラウラは交互にレールカノンを撃ち放ち、敵の動きを乱す。彼女の目は敵の僅かな動きを捉える。一発目のレールカノンを避ける方向を、わずかな動きで見切って二発目を回避方向に向ける。一発目は囮として使い、二発目でダメージを与えに行く。

 だが、シルバリオ・ゴスペルは暴走しているとはいえ、これまでのISの性能を凌駕する新型の機体だ。頭部のウイング・スラスターが驚異的な運動性能を生み出して、ギリギリで弾丸を回避していく。命中させるつもりで撃った弾はほとんど避けられてしまった。

 第一射の時にあった彼我の距離は詰められたが、ラウラは顔色一つ変えずにレールカノンで攻撃をする。距離が縮まったことで命中率が上がっているのだ。距離を離す暇を全て射撃に費やし、見事に命中させる。

 

「任せる」

 

 後少しで接触するというところでラウラが後ろに下がる。加速性能の差から逃げることは不可能なのだが、気にせずに後退した。ラウラの元居た位置まで敵ISが来ると、海面が盛り上がり、海水の膜を突き破って箒が飛び出してくる。

 

「もらった!」

 

 日本刀を模したブレードが慌てて退いたシルバリオ・ゴスペルの膝を掠める。舌打ちした箒を敵機がエネルギー弾を発射して狙い撃つのだが、箒の奇襲に紛れて距離を稼いだラウラが砲撃で体勢を崩していく。

 思うように攻撃ができない敵機に人間並みの意志が宿っているのであれば、きっと歯ぎしりして悔しがるだろう。残弾を確認しつつ、ラウラは敵を嘲笑う。

 ラウラの砲撃が攻撃の手鼻を挫き、頭上を陣取った箒がブレードからレーザーを発射して攻撃を加える。

 

「だっしゃぁぁぁあああっ!!」

 

 上からの攻撃に海面近くまで追いたてられたシルバリオ・ゴスペルを、箒同様海中から飛び出してきた鈴が襲い掛かる。青竜刀で敵を殴りつけると、手にした牽引ワイヤーを投げつけ、腕に巻きつける。

 

「その羽落とす!」

 

 牽引ワイヤーを引っ張って敵を引き寄せる。四門に増えた衝撃砲を銀色の装甲に叩きつけ砕いていく。

 シルバリオ・ゴスペルはワイング・ユニットを鈴に向ける。エネルギー弾を至近距離から浴びせるつもりだ。しかし、相手は鈴だけではない。上空を封鎖していた箒が両手それぞれにブレードを構えて落下してくる。

 

「宣言通りにな!」

 

 一瞬の油断が命取りになるんだ。ラウラが胸の内で呟くと、銀色の機械翼が大海原に没した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。