べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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男の子は突然

 空には太陽がある。正確に言えば、太陽は大気圏内にはなく、無限の宇宙にポッと存在しているだけだ。遥か遠くにある太陽の光がこの地球に降り注いでいるのを、生徒たちは「暑い」や「眩しい」「日焼けしちゃう」と文句を言っているのだ。

 ラウラは空を見上げる。昨日は粛々としていた空も、今は厚顔な太陽が降らせた陽光で目につくほど光り輝いていた。

 本日は晴天につき、予定通りISの課外授業を始める。曇天になろうが雨嵐にさらされよう授業を強行しかねない千冬が、それはもういい笑顔で宣言したのを受けて、ラウラは舌打ちをした。隣にいた気の弱そうな生徒が肩を跳ねさせる。

 舌打ちを耳が拾い上げたのか、千冬がジロリと睨みつけてくる。ラウラはどこ吹く風と視線を無視した。

 

「専用機持ちは国から試験用の武装が届いているはずだ。お前らは運用テストの方に集中するように」

 

 課外授業は専用機持ちと、それ以外に分かれて行われる。専用機持ちたちは所属する国から送られてきた専用パッケージのテストを時間一杯行い、稼働データを収集するのが授業内容だ。ラウラの例に漏れず専用パッケージが送り届けられていた。

 パンツァー・カノニーアと呼ばれる砲戦パッケージを送られたラウラはIS戦のどこに砲戦が必要なのか理解に苦しんだが、届いた手前何もしないわけにはいかない。ラウラは仕方なく砲撃に努めることにした。

 

「では、それぞれ分かれて始めろ」

 

 千冬が手を叩いて行動を促すと、生徒たちはよくできた軍隊のようにパッと動き出した。どの顔も真面目の一言で説明できるが、ラウラはこの顔が数分も続くまいと思った。

 

「ああ、それから。篠ノ之はこっちに来い」

 

 砲戦パッケージを装備するための作業に移ろうとするラウラはピタリと止まった。千冬が手招きで箒を呼び寄せることの違和感に引っかかりを覚えたのだ。真面目を装った生徒たちも千冬の声に何事かと箒に顔を向けている。

 箒は周りの視線を受けてたじろくことなく千冬のそばへと向かっていた。表情は硬い。だが、口元は僅かに緩んでいる。溢れ出る愉悦を硬い顔で必死に抑え込んでいるように見えた。

 教師に呼ばれて喜ぶような人間ではないだろう。さして箒を知らないが、多少なりとも机を並べて学ぶ仲にある。ラウラはニヤつきたいけど我慢している箒の顔を気持ち悪いな、と容赦なくぶった切った。

 

「お前に渡すモノがあるらしいのだが」

 

 寄って来た箒に、歯切れの悪い言葉を紡ぐ千冬。人の心を抉りかねないほどはっきりモノを言う千冬にしてはぎこちない。

 何かある。ラウラはそう思った。人よりも鋭敏な耳が異物が接近する音を捉えたことが更に考えを肯定した。

 砂浜を足を取られることなく走り寄る音が聞こえ、その音の正体をラウラが確認してみると、エプロンドレス姿で全力疾走してくる女性が見えた。接近スピードはただ鍛えているだけでは済まされない。普通の人間ではないだろうとラウラは判断した。そして、あの女が箒に何かを渡そうとしている人物だと予想した。

 チラリと千冬の表情を盗み見ると、呆れた顔をした千冬が唇を僅かに振るわせて呟いていた。

 

「やーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっほーーーーーーーーーーー!!」

 

 全力疾走と平行して大声を張り上げる女性。驚異的な肺活量を持っている。千冬のそばまでくると、ブレーキをかけて砂を撒き散らしながら停止した。巻き上がった砂は千冬に襲い掛かり、彼女を砂まみれにしてしまった。千冬は無言で手を伸ばし、女性の顔面を砂浜に沈めた。

窒息寸前まで砂に押しつけてから解放したが、女性は懲りた様子もなく笑っていた。

 

「ご挨拶、ご挨拶じゃあないか。ちーちゃんはいつも他人の気持ちを慮ることが出来ていないよね」

 

「お前に言われるとはな。もう一度砂に沈むか」

 

 教師が手本にならないような暴力を振るっている。ラウラはIS学園の教師の質を疑ってみたが、このようなトンデモ教師がいなければ成り立たないのだろうと勝手に納得した。

 ラウラはトンデモ教師によって再び砂に顔を押しつけられた女性を見る。砂まみれになった顔には覚えがあった。直接ではなニュースか何かで見たのであろう。だとしたらどのような内容のニュースで見たのか。この手の輩はどうせ犯罪者なのだから、刑事事件のニュースで逃走中の容疑者写真で見たに違いない。

 

「えへへ。全く気が短い。そう思わない、箒ちゃん」

 

「それよりも例のモノを」

 

「ぶー。お姉ちゃんなのにね。ずいぶんと他人行儀なんだから。もしかしてお姉ちゃんに会えて照れてる? 照れ隠しで冷たい態度取ってるのかな? だとしたらいくら天才で通ってる束さんも脳がトロトロに溶けてアイラブユーだよ!」

 

 話の内容に女性の正体があった。篠ノ之束。稀代の天才であり、世界最凶の問題児として知られているISの生みの親だ。それならどこかで見るわけだ。各国が彼女の頭の中にあるIS関連の知識を欲して、いまだに指名手配をかけているのだ。

 それにしても、とラウラは思う。テレビで映る写真は若いころのものであるが、目の前にいる束は写真の姿と何ら変わりない。

 さきほどの走り方といい、もしかしたら普通の人間の範疇から抜け出してしまっているのかもしれない。だが、ラウラは負ける気はしなかった。自分だってそれくらいのことはできる。砂浜で全力疾走など簡単だ。競走したっていい。父親の英知の結晶である自分がどうして負けるいうのだ。

 対抗心の生じ始めたラウラを他所に、束と箒の会話は進む。ラウラが正気に戻った時には、箒が真っ赤なISを纏って空へ飛び立っていた。

 ああ、お姉ちゃんに泣きついたのか。空中で独りで熱くなっている箒を眺めるラウラの目は酷く冷めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新型IS『紅椿』といい、第四世代型とカテゴライズされるまさしく最新鋭のISだった。素人に持たせるにはいささか豪勢な気がしないでもないが、身内の欲目が箒に最新型を与えたのだろう。

 ラウラは畳張りの上に片膝を立てて座り、千冬が話す内容を話半分に聞き流していた。戦力がどうとか、相手のISはなんだとか、装着者の制御を離れているとか。開いているだけの耳は音を拾いはしても、中枢機関が働かないために逆方向から抜け出していくだけだった。

 篠ノ之束がISを持ってきて、妹である箒が受け取った。少し慣らし運転した後に異常事態が発生した。アメリカとイスラエルで共同開発していたISが試験運用中に突如暴走。何を思ったのかこちらへと向かってきているらしい。

 今は千冬が件のISについての情報を提示・解説を行っている。手元の資料に目を走らせて出力や武装といったスペックを赤裸々にしていく。

 ラウラはぼんやりと旅館内の大宴会場を見まわした。宴会場に相応しい天井の高さが、圧迫感を消し去り、いかにも広い空間であることを演出している。教師たちが運び込んだ空中投影ディスプレイの装置が小さく見えてしまう。

 ディスプレイに表示された情報。IS名やパイロット情報が当たり障りない程度に載っている。実際に運用している動画があれば、視覚情報によって敵の特性をよりよく知る事ができるのだが、開発国の技術者がそこまで手の内を見せるわけがない。資料でしか敵を知れないことは、具体的な対策が取り辛く、この度の問題を難しくしていた。

 

「敵は高速で動き回っている。このまま人里にでも向かわれてしまえば危険であることは諸君も知っての通りだ。最速最短で無力化する。一夏、お前は決定だ。お前の零落白夜が切り札となる。それと、無駄なエネルギーを使わせない為に一夏を領域まで牽引するISが欲しい。ボーデヴィッヒ、高速戦闘パッケージはあるか?」

 

「ない。よって出撃する気はない。存在したとしても出撃しないがな」

 

 聞かれたラウラは行儀の悪い格好のまま作戦参加を拒否する。今の身分はあくまで学生なのだ。学業以外の七面倒くさいことはしない。教師が率先して取り組めばいいのだ。

 

「いざとなれば出ろ。キサマの我が儘に付き合うつもりはない。凰はどうか?」

 

「ありません。武装強化パッケージだけです」

 

「他にいないか。オルコットの強襲用高機動パッケージが最適だが、アイツは欠席しているからな。専用機のパッケージだから互換性もない」

 

 意図的に箒を話から外している。千冬の態度を見たラウラはそう判断した。賢明な判断だ。IS学園で授業を受けてきただけの奴がいきなり実戦など、それも来たばかりの専用機で立ち回れるわけがない。もしもできたとしても、相手を無力化することは無理だ。

 だが、もしもあの機体が高速戦闘が可能な機体であれば運び屋くらいはできるだろう。

 ふん、と鼻を鳴らしたラウラはブリーフィングが終わるのをただただ待った。自分には関係のない話だ。暴走するだけの機体とぶつかり合う熱意はない。

 

「うへへ。そんな時は紅椿の出番だよ」

 

 深刻な事態を馬鹿にするかのような明るい声が天井から響いてくる。天井裏で盗み聞きしていた束が落ちてくる。畳の上に着地すると箒の方へと向かい無理矢理立たせた。

 

「紅椿は私が開発した第四世代型ISだから、ちょっとプログラムを弄るだけで高速戦闘に対応できちゃうのさ」

 

 打開策を見つけられない教師たちを尻目に、束が一本の蜘蛛の糸を垂らした。相手はもっともはた迷惑な存在。浜辺でのやりとりで常識を基本理念として生きている人間でないことも判明している。しかし、状況を円滑に進めるためには糸に手を伸ばさずにはいられないな。ラウラは教師たちの動きに注視したが、彼女達は誰もが動かずにいた。大人たちの大好きな責任という言葉が判断を下せない。ゴーサインを出して問題が起きた後、責任を取らされる可能性があるのだ。気軽に手を伸ばすことはできるはずもない。

 しかし、かつては友人だったらしい千冬は浅く頷くと「すぐに取りかかれ」と指示を飛ばす。義務からか、それとも友人を信じてか。千冬は誰もが敬遠した責任に手を伸ばした。

 信じるか。私もセシリアを信じよう。記憶を取り戻して、無償の愛情を向けてくれることを。パパとママに包まれる人生を。


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