べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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立派な青年になりました

 身体が軽い。重力から解き放たれた肉体は、空すらも手中に収めたかのような征服感を与える。銃弾が顔の横を通り過ぎていった。鉛玉はいずれ重力に従って落ちていく。

 人間が作り出した、人間が地を駆けるより速く飛んでいく弾丸を追い抜けるスピードは、セシリアの動物以上の感覚とマッチしていた。

 ハイパーセンサーの補助を受けた視覚は敵ISを捉えて離さない。常に視界に映し込み、一挙一動に注意を払う。

 腕が上がる。手にしたマシンガンの引き金を引く指の、皮膚の僅かな動きすらも目に入る。マズルフラッシュが起こった時には車線軸より抜け出し、相手の死角に回り込むように円軌道を取る。スラスターを使ったロールを組み合わせて動くことによって精密な射撃を困難にさせ、少しでも狙いを付けようとすれば付け入るようにアサルトライフルを向ける。高速で飛び出した弾丸の反動を物ともせず、正確な照準を維持して連射した。

 敵が遅く見える。セシリアは機敏に動き回り捕捉させない。楯無の表情が悔しさに歪むを見た。敵はこちらの動きについてこれていないようだ。

 武装に違いがあるとはいえ、両者使用しているのは同じ量産型のラファール・リヴァイヴだ。性能差に違いはなく、機体性能を理由に追いつけないと嘆くことはできない。

 この試合には性能差という優劣は存在しない。武器の相性はあるかもしれないが、互いに癖のある武器を用いているわけではない。故に両者の優劣はそのまま実力の差ということになる。セシリアの実力の前に、楯無の実力は追いつけていなかった。

 

「何が変わったのかしら?」

 

 焦りをひた隠しにして、余裕を演じる楯無。冷静を取り戻そうといつも通りの態度を表に出しているが、セシリアの動きを捉えられていない状態には変わりない。

 

「元に戻っただけだ」

 

 楯無の正面へと躍り出ると、セシリアはブレードを右手に突撃する。隙を見せる素振りは、されども隙を感じさせない威圧感を与えてくる。気圧された楯無がブレードで切り結ぶが、数度の打ち合いで防御を抜けられダメージを負う。

 セシリアはバネのように右腕を跳ね上げてブレードを振るう。楯無の防御を圧倒的な力で砕き、無防備になった胴体に刃をぶつける。

 楯無も四肢を活用して振り払おうとするが、同じ機体性能では逃げ切ることもかなわない。さらに、セシリアは相手の逃げる方向をわずかな仕草で察して出鼻を挫く。

 歯を食いしばった楯無はブレードで防御に専念しながらも、空いた手にグレネードを呼び出した。

 目晦ましか。さきほどの展開を思い出したセシリアは、左手を伸ばして楯無のグレネードを持つ手を包み込むように掴んだ。

 

「残念だぁ!」

 

 指に力を込めて、楯無の手の中にあるグレネードを握りつぶす。グレネードを持つ手が抵抗を見せたが、セシリアはその手ごと握りつぶした。

 外部からの衝撃を受けてグレネードが爆発する。セシリアは吹き飛ばされたが、左腕を振るうと楯無を引き寄せる。

 爆発に瞬間的に目を眩ませた楯無が気がついた時には遅く、セシリアの斬撃が雨のように身体を打ちすえた。

 楯無は確かに強い。だがそれは普通の人間から見ればの話だ。セシリアにとってそこまで強い相手ではない。奇策を用いて、上手くペースを引き寄せようとすることには関心するが。

 

「私は……負けられない!」

 

 比べる相手を間違えている。もはや勝ち負けを争える状態ではないことを、セシリアはよく知っていた。そもそも準備運動でしかない。そこに雌雄を決する想いは一片たりともなかった。

 セシリアは喜々としてブレードの腹で楯無を打ち鳴らし、満足行くと武器を捨て去って拳を叩きつけ始める。身体に纏ったシールド同士が干渉し合い、殴った方も殴られた方も衝撃が生じてエネルギーを削っていく。

 武器を消耗しきったのではない。手つかずの武器がまだ幾つか残っている。しかし、セシリアは素手を用いて楯無を襲う。徒手空拳には全く届かない子供染みた暴力だが、力は子どものものでもましてや大人のものでもない。武道家ですら歯が立たない化け物の力だ。それはISによって増幅され、同じISを纏う楯無を終始圧倒し続けていた。

 

「あえて教えておいてやる」

 

 弾丸と遜色ない速度で拳を突き出すセシリアは、力に押されて防ぐこともかなわない楯無の首を掴み引き寄せる。うっ、と呻き声を漏らす楯無の耳元に口を近づけ、セシリアは静かに言葉を吹き込んだ。

 

「勝てるわけないだろ」

 

 ニヤリと凶悪な笑みを浮かべて、セシリアは振りかぶった拳を楯無の顔面に突き刺した。脳を揺さぶる一撃に楯無のシールドエネルギーは底を尽き、アリーナに勝敗を知らせるサイレンが響き渡った。

 勝利を渇望する楯無は、殴られた衝撃に揺れる頭を抱えて蹲り「ま、けた?」と信じられないことに呆然としていた。負けることは可能性を作り出すこと。楯無が必死になって潰してきた妹の可能性。

 気負い過ぎだ。地面へと着地したセシリアは空を見上げる。中空で蹲った楯無は喪失感に身体を硬直させ、ISが空中浮遊できなくなったことも分からずに落ちてきた。重い鎧に拘束された身体の落下速度は、生身のものと比べるのも馬鹿らしいほど速い。

 

「しまった!?」

 

 墜落しつつあることに楯無が気がつくのが見えた。戦闘中にも見せることのなかった顔色の変化をセシリアの目は捉えた。

 自称学園最強がなんともお粗末なことだ。セシリアは呆れを見せると、楯無の落下地点へと移動して、落ちてきた身体を抱き留め、とっとと突き放した。

 高度からの落下は避けられた楯無だったが、セシリアの意地の悪い行いで地面に背中から着地してしまった。

 

「よしよし。アタシの圧勝だな。自称最強ちゃん。と言ってもアタシは最強の名前なんて要らないから、それはテメェが持ってな」

 

 ほとんど無傷のラファールを脱ぎ捨て、身体を伸ばしたセシリアは上級生の頭の上に、白い手のひらを置いてぐしゃぐしゃに撫でつけた。

 

「うぐっ!? 負けてるのに最強。とんだお笑い草じゃない」

 

 ぐしゃぐしゃになった髪の毛を気にする余裕すらない楯無はのそりと立ち上がる。顔色は依然として悪く、病的だった。

 

「じゃ、片付けは頼んだぜ」

 

 慰めの言葉一つなくセシリアはアリーナを後にした。汗でべた付く身体は寮のシャワーで洗い流そう、とすたすたと更衣室へと移動すると、更衣室内のベンチに座っていた天子に出くわした。セシリアの制服を胸元に抱きかかえていた。

 

「お疲れ」

 

 人肌で生温かくなった制服を差し出された。試合で温まった身体には不愉快としか感じられない制服の温もり。タオルで汗を拭き取り、制服に着替える。不愉快の温もりに顔をしかめたセシリアは「有難迷惑だ」と天子の頭を引っ叩いた。

 

「でだ。楯無の様子はどうだ?」

 

 天子へと情報を求める。

 

「落ち込んでいるけど、その中であっても頭は回転しているみたいだ。妹の件で打開策を探っている。無駄な努力だ。更識家は既に簪に何の期待もしていないというのに」

 

「厳しいな。そこまで薄情な家なのか」

 

「いいや。どちらかと言うと長女の意志を酌んでの決定みたいだ。心を鬼にしても親だってことだ」

 

 興味ない。天子の顔は無関心だった。

 セシリアは「アイツも大変だな」と楯無への興味を失った。

 汗を拭き取ってもべた付く感覚に顔をしかめる。海で泳ぐことへの憧れが喉元まで競り上がってきた。今からでも遅くはない。是っ清の尻を蹴飛ばして向かうか。

 セシリアが海に恋い焦がれていると、向かいで佇む天子が空咳をする。

 

「ラウラ君を我慢できるか?」

 

 そう言われると、セシリアは海への想いを飲み込むしかなかった。天子の言う通り、海を100パーセント楽しむためにラウラが邪魔だ。自分の身体を奪った相手など許せるはずもない。面を突き合わせて手を出さない保証は全くなかった。

 

「ったく。無理だ。やっぱり全て終わってからにするよ。楽しみは取っておくに限るからな」

 

 脱いだISスーツをぐちゃぐちゃに畳んで小脇に抱えたセシリアは更衣室から出る。その背中を天子が静かに続く。そこに見えるのは支配者と隷従者の図だった。セシリアの全身から溢れ出す凶暴な空気が、後ろに控える天子を弱者であり隷従者であると思わせている。しかし、当人たちは支配者のつもりも隷従者のつもりもない。

 協力関係。そう呼ぼうと思えば呼べるかもしれない。セシリアはクツクツと笑みを零した。 実際はよく分かっていない。広場天子と自分の間にある関係の名称を。天子の行動を思い出せば、助けた者と助けられたもの。情報提供者とその顧客。一蓮托生。名称は当てはまりそうで、なんとなく当てはまらない。

 楯無と本音・虚姉妹に強い主従関係があること理解できる。表向きはそう見せないが、やはり仕草の合間に見え隠れしている想いが、表の姿が偽りであることを教えてくれる。いくらセシリアに味方する気配を演じようとも、強い繋がりがあるために隠し切れない。

 セシリアは同じようなものを天子に感じていた。主従ではない、それを超える何かを。思い出せてないのか、見いだせていないのか。

 広場天子の全てを知れば分かるかもしれない。だが、思考を自由に閲覧できる天子が口を挟まずに追従しているのを見るに、答える気はないようだ。

 くるりと身体を180度回転させ、天子と顔を突き合わせる。立ち止まり、身体ごと視線を向けてくることを知っていた天子はぶつからない距離で止まっていた。

 

「抱きしめてやろうか?」

 

 意味はない。とりあえず言ってみた。セシリアは目を閉じて両腕を大きく広げた。ともすれば挑発行為と取られかねない動作だが、受ける者からしてみればこれほど恐いものはない。化け物が鋭牙のぎっしり並んぶ口を開けて、怯える獲物を待ち構える。普通の感性を持つ人間なら後退りする状況だ。

 目を瞑るセシリアには相対する天子の表情は分からない。動きを見せていないことは確かだった。さらに言えば怯えているわけでもなさそうだった。

 ぽふっと肌と服の隙間に滞留した空気が抜け出してく音が聞こえてきた。続いて胸部を中心に広がっていく人肌の確かな温もり。胸に飛び込んできた、と気がついた時には広げていた腕を天子の背中に回していた。

 

「俺はどんなことがあっても味方だ」

 

 腰に手を回して胸に顔を埋めた天子の声が耳を静かに刺激する。人の熱を受けた胸が何かではち切れそうになる。セシリアは溜息をついた。アタシは何を疑っていたのだろうと。背中に回していた腕をスライドさせ、天子の頭部を力強く抱きしめた。

 ギリギリと軋む音がする。天子の「痛い、痛いよ」という声で「悪いな」と解放する。

 ドッと疲れが押し寄せてきた。呆れと安堵が倦怠感となってどっしりとのしかかってきて、セシリアは何も言わずにまた歩き出した。

 

「何が味方だよ」

 

 疲れた顔でセシリアは呟いた。

 背後で天子が頭を抑えたまま微笑んでいた。


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