べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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数年後

「それで何の用かしら?」

 

 午後の授業開始のチャイムが鳴って五分ほど、書類に向けていた目を上げた楯無は、あどけなさを添えて首を傾げた。お茶目で周りを引っ掻き回すも、決して嫌われることのない彼女の戦術。ゆっくりと場の雰囲気を自分の思うように湿らせていく狡猾さがある。

 きっちりと積み上げられた書類の乗る机を挟んで、悠然と向かいあったセシリアは笑みを浮かべる。

 目の前の策士が警戒の色を瞳に宿している。セシリアの勘が人の良い笑顔の裏を読み取った。彼女の内から溢れ出てくるいつもと違った気配。それが楯無を身構えさせているのだろう。

 セシリアは相手の警戒を他所に近づく。雄々しいほどの歩みに、楯無が右手に持ったボールペンを落ち着きなくクルクルと弄ぶ。

 

「生徒相手に使うものじゃないぜ、生徒会長さん」

 

 ピタリとボールペンの回転が止まる。楯無は無言でボールペンを机に置くと、腕を組んで話を聞く体勢を取った。両腕を見える位置に置いたことに、何かを企んでいるわけではないと警戒心を解くように告げていた。

 セシリアは机の上に手を伸ばすと、先ほどのボールペンを取り上げる。ペンの先端をあらぬ方向に向け、芯を出すためにカチリと後部の突起をスライドさせるとペン先が発射した。本体から離れた尖ったペン先は部屋の壁に弾かれて地面に転がった。

 

「やっぱり仕込んでたな。毒矢ならぬ毒ペンか」

 

 部屋に入ってすぐに感じた敵意。訪問者を見るなりにさり気なくボールペンを手にした楯無に、セシリアの動物的勘が武器の存在を訴えた。そして案の定、楯無は毒針を発射するボールペンを持っていた。生徒会長という身分や、曲がりなりにも日本の法律の下で生きる身として、殺傷力のある毒ではない。おそらく対象を無力化するための麻酔か何かだ。毒針を拾い上げたセシリアはそう判断してゴミ箱へと捨てた。ゴミのポイ捨ては良くないと思っての行動だった。分別することまでは気を回してなかったが。

 

「そんなに怯えんなって。学園最強の名が泣くぜ」

 

「ふふふ。怯えでもしなければ、私に今の地位はないのよ。人間は恐怖するから頑張れるものなの」

 

「なるほどな。じゃあすぐにでも最強の看板を下ろさせてやるよ。アタシと戦いな」

 

 そう言ったセシリアだが、別に最強の看板など欲してはない。これはあくまで準備運動。数日後に控えたショータイムの為に身体を温める意味しか考えていない。

 準備運動以外の意味を無理矢理捻出するならば、以前のセシリアが黒星を付けてしまった尻拭いをすることが目的にならないわけでもない。

 全く。弱いくせにワーワーと粋がるから泥を塗るんだよ。自分自身を罵倒するセシリア。旧セシリアは自分とは別の存在だった。別の存在にしておきたかった。

 

「戦う? 今は授業中よ。それに本来ならセシリアちゃんは臨海学校に行っているはず。表向きは病欠なんだから、ベッドの上で大人しくしてない。それともお姉さんの温もりが欲しいのかしら?」

 

 猫なで声を出す楯無。セシリアはふんと鼻を鳴らして受け流した。

 

「負けるのが恐いなら言ってくれよ。それならアタシだって考慮するさ」

 

 挑発には挑発で返すセシリア。本当のことを言えば、縛り上げてさっさとアリーナに連れていきたかった。だけど、荒っぽい真似だけはするなよ、と是っ清から口酸っぱく注意されたので我慢している。

 実はそろそろ限界を迎えつつあることを隠しながら、セシリアはニヤリと人の悪い笑みを浮かべて更なる挑発を続けた。

 

「それとも不戦勝ってことで、アタシが吹聴して回っていいか? 負けることを恐れた生徒会長が試合を拒否したってな」

 

「そこまでして私と戦いたいわけね。先日負けたのを覚えてないのかしら?」

 

「さあね。アタシはお前とは初めて戦うんだ。覚えているも何もない」

 

「記憶喪失なのかしら? おかしいわね」

 

 そう言いつつもセシリアを隅々観察する楯無。暗部らしく瞬間的かつ細微な点にまで視線を走らせていた。以前までのセシリアなら見逃していたことも、今のセシリアはしっかりと捉え溜息を吐き出した。言葉と裏腹に動く瞳に、いまだに警戒心を解いていない。これでは裏を読もうと躍起になって、セシリアの言葉に素直に応じてくれるはずはないだろう。

 仕方ない。セシリアはケータイを取り出すとメールを打ちこんで送信する。内容は『頼む』の一文だけ。事前に打ち合わせでもしていないと理解できないような一言だが、共犯関係にある天子をもってすれば事前打ち合わせなど必要ない。

 常日頃から考えていること、見聞きしていることをモニタリングされてんだろうな、とセシリアがケータイを見つめていると、今時流行りの曲が鳴り響く。音の方向には楯無が居てケータイの画面を凝視していた。

 

「IS学園所属女子生徒ちゃんと知り合いなのかしら?」

 

 ケータイをポケットに仕舞い、ゆらりと立ち上がった楯無は穏やかな声音で問いかける。素直に応じないようなら脅しをかけることも止む無し。セシリアの思惑を受け取った天子がどのような脅迫材料をチラつかせたのか。柔らかい笑みの裏からあふれ出す敵意に、セシリアはうずうずしてくるのを感じた。

 

「アリーナに行く。そこで何もかも確かめればいいじゃん」

 

 背中を見せて歩き出す。鋭い害意が背骨付近に突き刺さって来るのが心地よかった。前世で感じた血を見せてやろうと、イカれた目をして荒ぶる害虫の視線に、楯無は全く劣らない鋭い気配を感じさせてくれる。それでも理性を捨て去っていないところが強さを意識させてくれた。

 準備運動とは言ったが、レクリエーション並には楽しめるかもしれない。セシリアは軽やかな足取りでアリーナへと向かう。

 授業中の廊下は貸し切り状態で、どのような歩き方をしても許容される。壁を蹴って三角と飛びの真似事をしたり、バレリーナのように片足を軸に回転したりする。ようやく解放されてテンションがうなぎ登りになっているのか、セシリアは子どものように落ち着きなく廊下を歩く。

 後ろをついて回る楯無は、セシリアらしくない動きに怪訝な表情を浮かべていたが、それはセシリアの知ったことではなかった。

 同じく貸し切り状態のアリーナへとたどり着くと、疲労を滲ませた是っ清が芝居がかった動作で頭を下げて出迎えた。

 

「町田先生。どうして貴方がここにいるのですか?」

 

 教師の手前、言葉遣いを改めつつも問い詰める強さを見せる楯無。教師がこんな馬鹿げたことに加担しているのか、と非難の目を向けていた。

 責める視線を受けた是っ清は一歩後ずさると「止められるわけないだろ」と情けない声を出した。

 

「だから居るんだよ。止められない以上は、責任を持って監督するしかないって。セシリアの奴が試合をしたいなんて言うから、俺はアリーナの使用許可とISの使用許可の二つを急いで取って来たんだ」

 

「そうだ。こっちだって無作法に試合する気はないんだよ。正々堂々と正式な試合を行うんだ。応えてくれても構わないじゃねぇか?」

 

 どうなんだ、と視線を投げかければ、楯無はやれやれと溜息を吐き出してセシリアを見た。

 

「試合をしたい気持ちは分かった。だけど、私の専用機は開発途中で使えないわよ。早くても夏期休暇の終わり頃まではかかってしまう」

 

「構わんぜ。そんなことを想定してISの使用許可をもぎ取らせてきたんだ。ラファールと打鉄をそれぞれ二機。どっちでも選びな」

 

 セシリアがアリーナの中央を指さす。そこには四機のISが鎮座していた。内二機は日本原産の防御型IS『打鉄』だ。日本の鎧兜をモチーフとしたデザインが印象的で日本マニアからは絶大な指示を受けているとか。日本マニアでないセシリアには分からない話だった。

 もう二機はフランスで作られ世界に瞬く間に普及した万能型のIS『ラファール・リヴァイヴ』で、元IS学園一年一組に所属していたシャルル・デュノアの父親が社長を務めるデュノア社の唯一の商品だ。性能は癖がなく扱い易く、素人から玄人まで手に馴染むものだが、悪く言えば際立った特徴のない味気ない機体と言われている。ただ、バランスが良い為に個人用に合わせてカスタマイズできる強みがあるので、第二世代型ISの中で断トツのバリエーションを誇っている。セシリアの知る限り、シャルルのラファールが最新のバリエーション機だ。

 同族同士背中合わせで沈黙を貫くIS。それらから視線を外した楯無は「やけに準備がいいわね」と訝しむ。

 

「こっちには情報通が居るんでね」

 

 セシリアは事実を口にした。IS学園所属女子生徒がこちら側に居るのは既にバラしているために、今更思わせぶりな態度を取る必要はなかった。

 

「あ、それとだな。試合後に仕込んだんじゃないかって難癖つけられたくないから、そっちの専属整備士を呼んでおいたぜ」

 

 セシリアが目線を入口に向けると、釣られた楯無も視線を入り口へと移動させる。アリーナの入口から布仏虚が走って来るのが見える。

 

「虚!?」

 

 驚愕する楯無に、走り寄った虚は肩で息をしながら「お嬢様」と深く頭を下げた。

 

「授業中にメールが届きました。五分以内に第三アリーナに来ないと、お嬢様についての全てを拡散させると」

 

「ずいぶんと現実的な脅迫ね」

 

「でもいいだろ。信頼できる従者が点検すれば、ISに何も仕掛けられていないことが分かるだろ」

 

 胸の前で腕を組み、仁王立ちしたセシリアが言う。早くしてくれないか、と目で催促すると、楯無は「説明は後」と従者に耳打ちしてからラファールにタッチした。

 

「ラファールにするわ。武器は好みで構わないわね?」

 

「構わないぜ。より正しい評価をするために、アタシもラファールでやるから」

 

「なるほどね。わざわざ二組ずつ用意したのはそのためか。でも、あまりお姉さんを舐めちゃだめよ」

 

「よし、準備すっか。おい、是っ清。監督役として放送席へ行け。あ、その前に。この選ばれなかったISの片づけもよろしく」

 

 馬車馬の如く是っ清を働かせるセシリアはラファールを装着するとピットに移動した。頭の中は既に戦いのことしか存在していなかった。


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