べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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しました

「あーっとだな。前世での話になるけど」

 

 立ち上がったセシリアがホワイトボードにマーカーを走らせる。

 

「他の組織との抗争で捕えられた。捕えられたと言っても、向こうの奴らが投入した戦力の半数は血祭りに上げてやったんだぜ。三十人までは数えてたんだけどよ、それでもわらわらしてたから百人くらいは居たんじゃないか」

 

 ホワイトボードに黒色の線が走り回る。見ている限り意味のあるモノを書こうとはしてないみたいだ。手持無沙汰なのかもしれない。マーカーの無駄使いはやめろと言ってやりたかった。

 

「ま、捕まっちまってさ。その後何をされたのかは分からねえけど、アタシの身体の中に何かが入り込んできた感覚があった。ソイツはラウラだ。あのアマに肉体の主導権を完全に奪われて、自分の組織に攻撃しかける羽目になっちまったんだよ。そっから後は殺されておしまいさ。アタシならもっと頑張れたかもしれねえんだけど、ラウラの奴は所詮素人で全然大したことなかったんだよ。おかげでこっちは引っ張られて死んじまったってわけ!」

 

 言い終わると同時にホワイトボードを蹴倒す。前世での嫌なことを思い出して感情を抑えられなくなったということか。それほどまでに怒りを持っているのだろう。倒れたホワイトボードにマーカーを投げつけてしまうほどに。

 過去にラウラが気に入らない、と語っていたことが蘇ってくる。あの時のセシリアはどうして嫌いなのか分かっていなかったが、解放セシリアになって前世での全てを思い出した。憎き相手なのだと。

 正直、今のセシリアに自制心は働くのか心配になってしまう。目を見れば猛獣という言葉ですら括れない恐怖が、身体の奥底から這い上がって来る。精神の弱い人間なら嘔吐という形で恐怖を表現してしまうかもしれない。さすがにそこまで弱くはないが、今の俺もけっこう辛い。ちょっと前に感じた穏やかさは鳴りを潜めて出てきてはくれない。あれがあれば耐えられるのに。

 今はラウラ関係の話は振らない方がいい。俺の平穏の為にも。話の方向を変えるために「あ、そういえば」とセシリアに新しい話題を提供する。

 

「海に行くって言った時に、用事が終わったら、とか言ってたよな? 夏休みの間にISのデータ取りでもするのか?」

 

 原作のセシリアは何をしてたっけ。このパラレル世界のセシリアがとんでもなさ過ぎて覚えてない。まぁ、きっとあのセシリアのことだから色ボケてただろうな。そこが可愛いんだよなぁ。

 

「色ボケは君だ」

 

 忘れてた。広場天子のことを忘れていた。馬鹿の妄想が駄々漏れになってたんだよ。スッゲェー恥ずかしいんだよ。

 そういう時は生温かい笑顔を浮かべて黙ってればいいんだ。分かったらやってみろ。内心で広場天子に忠告すると、彼女は心得たとばかりに頷くと、曖昧な笑顔を浮かべてこちらを見てきた。それはもう癇に障る、人を舐めきった笑顔だった。

 俺が憤慨していると「仲良いな、お前ら」とセシリアがクツクツと笑みをこぼす。

 

「海に行くのは決定事項としてだ。その前に済ませておきたい用事って言うのは何となく察しがつくんじゃねえのか」

 

 嫌なことを言う。今までの会話を考えると、済ませておきたい用事がどんなものか想像がついてしまう。話題を変えようとして提供した話のタネは、どうやら肥料だったみたいだ。

 

「ら、ラウラに一発入れにいくのか」

 

「そうさ。あんな人工物に今の今まで好き放題やられたんだ。前世の分と合わせてお返ししなきゃ満足できねぇ」

 

「おい……おいおい。まさか勢い余って殺すつもりじゃないだろうな」

 

「分からね。実際に目の当たりにして、理性を長時間保っていられる自信はない。殺しても飽き足りないかもしれねぇ。軽くボコッて満足しちまうかもしれねぇ。なーんにも分かりゃあしないさ」

 

 パイプ椅子の前に立ちセシリアは右足をゆっくりと振り上げる。何故かジェットコースターが昇っていく映像を頭の中で思い浮かべてしまった。

 ヒュッ、と風を切る音が耳を掠める。続いて破壊音が鳴り響いた。ぐちゃぐちゃに、砕けたパーツが辺りに散らばる様を見せるパイプ椅子。

 その瞬間は何にも感じなかった。だが、僅かに遅れて違和感がじっとりと脳髄に染み渡ってきた。プロレスラーの蹴りでもこうはならない。普通の力では無理だ。ようやく脳が警鐘を鳴らした。猛獣を目の前にするなら遅すぎる判断力に、平和ボケした日本人はこういうものかと納得してしまった。

 

「ただなぁ。殴らずには済ませられない怒りを持っているってことは分かってる」

 

 痣ができるでは済まされない力での暴力。受けるであろうラウラは果たして生きていられるだろうか。悪寒に体温が下がっていくのが分かる。すり合わせた手が冷たい。自分に向けられていなくても感じ取れる脅威に、俺は縋るように広場天子を見る。

 広場天子は俺の視線と怯える心を感じ取ったのか、顔を向けてさっきの舐めきった笑みを見せた。今欲しいのはおふざけじゃない。

 

「安心しろ。ラウラ君はああ見えて非人道的な肉体強化を受けた強化人間だ。ボコボコにされるだろうが、死ぬ確率は少ないはずだ」

 

「全然安心できない!?」

 

 危険人物というのは頭の捩子が緩いだけじゃなく、物の見方を楽観的になりやすいのか。俺みたいなのには押さえつけることもできない。織斑千冬に報告するしかないか。

 ちらりと広場天子を見ると、彼女は首を横に振った。

 

「無駄だよ。織斑教諭では止められない」

 

 規格外ですら勝てないとか。セシリアのいた世界の基準はどれだけ高いんだ。どんだけ化け物だったんだ。

 

「是っ清、あんまり気負うじゃねぇ。いざとなれば守ってやるよ」

 

「そこは気負ってない! 俺が気負ってるのは、お前が人殺しをしてしまうかもしれないってことだよ」

 

「何が悪い?」

 

「ここはお前の居た世界と違うことくらい知ってんだろ。人殺しは御法度。一番悪いことなんだよ」

 

「知ってるよ。アタシの居た世界でも表向きは禁止されてたしな」

 

「分かってんなら絶対にやるなよ」

 

「やけに熱心じゃない。もしかしてアタシの事好きなのか?」

 

 セシリアが茶化してくる。

 

「嫌いではない。そこそこの付き合いがあるからな」

 

 飯を奢ったり、飯を奢ったり、暴力を振るわれたり、ちょっと頼られたり。良いことと悪いことの比率がバランス取れてないが、決して心底嫌になったことはない。奴隷意識が根付いている可能性も高いが、持って生まれた器のデカさだと誤魔化せば聖人ぽくて良い。

 やはり知り合いが犯罪者になるのは寝覚めが悪い。俺は殴られる覚悟でセシリアの肩を掴んで説得を試みる。

 

「あー、はいはい。気をつけますよー」

 

 説得は失敗に終わり、守る気のない空返事に一蹴されてしまった。

 

「それよりも準備運動がてら、ぶったたきたい相手がいるんだけど」

 

 それよりも、という言葉で吹き飛ばされた懸念に、俺はもうどうにでもなれと匙を投げた。説得は見事に失敗。気持ちも折れてしまった。昔からそこまで粘り強くない俺には難易度の高いゲームだった。ゲームと言っている時点でけっこう真剣みが足りない。

 一蓮托生。この言葉に従って悪の三人組でも結成してしまおうか。肉体労働役のセシリアに、情報戦の広場天子に、雑用係の俺。ほら司令塔のいない瓦解秒読みの最強チームの出来上がりだ。やばい。思考回路が投げやりになりかかっている。

 

「分かっている。本日は普通授業の日だ。君の望む相手は授業免除の特権を使って生徒会室で業務に勤しんでいるようだ。さらに言えば警戒している。俺が贈った脅しを、何かしらの事件を引き起こす前兆と捉えているみたいだ。楽観に成りきらないところが、対暗部用暗部らしい気の持ちようと言える」

 

「……準備運動の相手って、もしかしてもしかすると更識楯無か。準備運動で済ませられる相手じゃないだろ」

 

 伊達に学園最強の名を語ってはいない。いくらセシリアがパイプ椅子を粉々に出来たとして、生身の戦いで織斑千冬に勝てるとしても、ISでの戦いは喧嘩とはモノが違う。戦術だったり技術だったりとを必要とする。力だけで勝てるほど甘くはないはずだ。

 無謀過ぎる。そう視線を向けると、セシリアは化け物染みた笑みを浮かべて部屋を出ていった。


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