べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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仕方なく

 話が長くなりそうだから、ひとまず飲み物を調達してくる。

 そう言って備品室を出たのは役五分前。学園内の自販機エリアで一息も二息もついていると、このまま逃げ出したくなる。だが、広場天子の奇妙な力というべきか、異常すぎる感の良さというべきか。得体のしれないものから逃れきる自信がない。

 そもそも、どうして俺を転生者だと知っているのか。広場天子もまた転生者なのかもしれない。だけど、それを理由にしても俺を転生者だと知っていることには繋がらない。この世界を軸とした未来からやってきた、というのも心を読んで応えるような言動の説明には成り得ない。

 そうなると、広場天子の持つ特殊能力と考える他ない。サトリのように人の心を覗き込める力。プライバシーという概念をいとも容易く突破してしまう、人間不信に成りかねない危険な能力を持っているのかもしれない。

 いいや、サトリの能力を持っていると仮定しても、俺が転生者と分かるものなのか。相手の考えていることが分かっても、俺がその瞬間に転生者云々を考えていなきゃ読み取れるはずがない。つまり、あの段階で転生者かどうかは分かっていないはずなのだが。過去に俺やセシリアの心を読んでいれば話は別だけど。

 考えても結論はでない。今分かっていることは、広場天子の動きによってセシリアが本来の自分というものを取り戻したということ。楯無を脅せるほどの何かを握っているということ。本人の言ったことを信じるならば非力であることくらいだ。

 自販機で飲み物を買い、備品室へと戻る。足が鉛のように重いのは、やはりあの空間に戻りたくないと思っているからだろう。それでも備品室にたどり着けてしまうのは、後でセシリアにボコボコにされる未来を回避したいと思っているから。

 扉を叩いて、俺であることを知らせてから入る。部屋の中に入ると、相変わらず拘束された広場天子が僅か数分では腫れが引くはずもなく、痛々しい顔面のままだ。ニコニコと無害を装う笑顔が似合わな過ぎる。

 

「結論がでるまで考えていてくれて構わなかったよ」

 

 入って来るなり浴びせられる言葉に、俺は頭を抱えたくなった。距離の制限がちょっと広くはないだろうか。遠慮という言葉をよく知ってほしい。

 

「遠慮という言葉は知っているさ。でもそれを胸に行動する気はない」

 

「ま、遠慮ばっかしてたら息詰まるもんな」

 

「そっか。二人して遠慮をしない性格なんだ。そりゃ惹かれ合うよ。というわけで帰っていい。ほら、俺って真面目で通っているはずだし」

 

「安心しろ。誰も君を真面目だとは思っていない。むしろ、中途半端に使える程度の認識だ。だからサボっていても、いつものこととして受けいれてくれる」

 

「やめろ! そんな知りたくもないこと言うんじゃない!」

 

「お節介なもんで」

 

「ありがた迷惑って言うんだよ!」

 

 心無い発言を受けた俺は耐えられず、広場天子に向けて買ってきた缶コーヒーを投擲した。フルスイングで投げた缶コーヒーは見事額に命中した。これにて教師生活は終焉を迎えた。教育委員会に言葉の袋叩きを受けて人生終了する未来が良く見える。後悔しかない。

 いいや、バレなきゃいいんだ。世の中って言うのは何でも露見しなければ犯罪じゃない。前世でも教員たちが言っていたじゃないか。虐めはなかったと思われます、ってな。限りなくクロだが、認めなきゃまだクロにはならない。

 このまま暴行の記憶を墓まで持っていこう。セシリアが「アタシにも寄こせ」と要求してきたので、缶コーヒーを投げ渡す。コイツに対しては攻撃的な態度を取ってはいけない。冗談抜きで殺されるから。

 

「お、今度はちゃんと無糖じゃないか。気が利く」

 

 満足そうにプルタブを開けたセシリアが背中を叩いてくる。力加減がきちんとされているために痛くはない。痛かったら泣く。

 パイプ椅子を引っ張り出して、二人を視界に収められる位置に座る。目を離せない恐怖が二人にはあるんだ。視界外に居られるのは心臓に悪い。

 

「さて、ここは言葉を知ったモノ同士の会話だ。口に出しての質疑応答をしようじゃないかい」

 

 状況的には一番立場の低い人間であるはずの広場天子が、まるで自分の不利が見えていないかのように提案してくる。そもそも質疑応答をするかどうかも決まっていないのに。

 

「お前の正体を言いな。どうしてアタシらの事を知っているんだ? 人の心を読んだとしか思えない発言は何だ?」

 

 俺の知りたかったことを、臆せずにズバリと聞いてくれるセシリア。俺も前のめりになって広場天子の言葉を待った。

 広場天子は質問んい対して暫く沈黙した。質問に対する、それらしい答えを作り出しているのかもしれない。こっちの情報や感情を理解できるのに何かしらの方法があるのだとすれば、それを教えることによって対策を取られてしまうかもしれない。そう思って、だんまりを決め込んだか。

 

「答えにくい質問だ」

 

 ようやく口を開いた広場天子は、困っているようには見えない顔で「困ったな」と呟いた。

 

「セシリア君がそういう質問をしてくるのは分かっていた。それと町田先生も同じようなことを聞きたいと思っていたことを。そうだな。二人の為に出来るだけ真実を伝えよう。と言っても限界はある。言いたい事と言いたくない事があるんだ、それくらいは許していただきたいな」

 

 許していただきたい、とは言ったが許可を求めているようには思えない。できるだけ真実を伝えるというのも曲者だ。100パーセントの真実を話すわけではない、どこかに嘘が混じっている可能性がある。下手すれば全部嘘で塗り固められるかもしれない。

 

「いいから話せ。許可なんか要らないんだろ」

 

 飲み終わった缶コーヒーをセシリアはぐしゃりと握りつぶした。脅しにしか見えないのは俺が肝っ玉の小さい人間だからなのか。

 

「俺の正体については見ての通りだ。これが一つ目の質問の答え」

 

「……えー」

 

 答えになっているようななっていないような。セシリア相手に持ち出す答えじゃないことは確かだ。

 

「そうだな、お前の言う通りだよ。一発殴らせろ」

 

 案の定、セシリアは拳骨の制裁を与えた。頭頂部に一撃貰った広場天子は目に涙を浮かべて「ふざけて悪かった」と反省した。

 

「だが真実でもある。人間、それも日本人。視覚情報から得られるものだけで十分答えになる。さて、理解が得られたかどうかは別にして、次の質問への答えだ。どうして君たちを知っているのか。このことへの答えは三つ目の質問と密接に関わりがある。なので、三つ目の質問から答えさせてもらおう」

 

 深い溜息をつく。三つ目の質問が俺の中で一番興味の引く内容で、それを知れることで恐怖が和らぐんじゃないかと期待してしまっていた。

 

「三つ目の質問の内容は、俺が君たちの心を読んでいるかのような発言ができる理由だった。どう答えればいいか。困るな。うーん、そうだな。正直に言えば俺に詳しくは分からない。正確に言葉を直すと、君たちの心を読んではいない。だけど、君たちの心の内も過去も見聞きしていることも知ることはできる。読むというよりも、君たちの方から提供してくれる、と言った方が言葉としては正しいかもしれない。原理は知らないんだが、君たちの身体の中にはアタシの生成した寄生虫みたいなのが入り込んでいて、そいつ等が君たちの全てをアタシに提供してくれている」

 

 ゾッとするような単語が耳に入り込んでくる。身体の中に常在菌以外の何者かが潜んでいて、それが全ての情報を外へと漏らしている。事実上身体を支配されている恐怖が背筋を凍らせる。ドッと汗が噴き出し、口の中が乾いてきた。

 

「寄生虫みたいと言ったけど身体には無害だよ。それに目で捉えることはできないから、そこまで怯えなくて構わない。何時寄生虫を入れたかは俺にも分からないよ。自分ではコントロールできていないから、止めることはできない。それと拡散するから、世界中の人の情報を手にすることが出来る。君たちを限定しているわけじゃないから、大丈夫だよ。赤信号、みんなで渡れば怖くない、だ」

 

 全然気休めにならない言葉を向けられ、俺はもちろん安心できはしない。セシリアの方は自分の二の腕を抓ったり、足を叩いたりしていた。それで寄生虫が退治できるとでも思ったようだ。馬鹿にしたいけど、それで心が休まるなら俺もやっておきたい。

 

「あの有名な篠ノ之束の考えていることだって、俺には手に取るように分かっているんだ。世界中の支配階級たちが彼女の身柄と、その内に仕舞い込んだISのコア開発の知識を欲してるようだが、俺は既に持っている。この情報を売れば遊んで暮らせるかも。と言っても、俺に理解できるような優しい内容じゃないから無理だな。君たちが超高名な学者様の論文を理解できないのと同じ理由だ。理解するための知識なくして理解はできない」

 

 残念そうに見えない顔で「残念だ」と溜息を吐く広場天子。

 

「だからちょっかい出すのに時間がかかったのか」

 

 セシリアが納得したように言う。何をどう納得したのか問いかけようと思ったが、広場天子が先に口を開けたことで聞けなかった。

 

「その通り。セシリア君にかけられた暗示を理解するのに時間をかけ、暗示を解く方法を学ぶためにも時間をかけた。その結果が今日だ。タイミングが悪かったことは認める。だけど、こっちのタイミングは今日だった」

 

「おかげで海に行けなかった。青い青い海だ。前世ではギトギトで入れやしなかった海だぞ。期待してたのにさぁ」

 

「悪いと思う。セシリア君の楽しみを奪ったことを。だが、ラウラ君が纏わりつくことを考えると、そこまで楽しめるものとは思えないんじゃないかい?」

 

「それを言われたらそうだな。だが海だ。海なんだぜ!」

 

「それなら夏期休暇中に町田先生に連れて行ってもらえばいい。彼は普通自動車免許と普通二輪免許、中型、大型、牽引免許まで持っている。特殊自動車以外ならどれでも行ける」

 

「牽引は持ってねえよ」

 

「それ以外は事実なのか。教師をクビになる準備じゃん」

 

「違う! 憧れてたんだよ、大型免許! 休みを自動車学校に捧げて念願の想いを果たしたんだ。使い道ねえけどな」

 

 大人数で移動するような状況に追い込まれたことは一度もないし、マイクロバスが必要になるほど友達は持っていない。

 嫌なこと思い出した。お前のせいだぞ、と広場天子を睨み付けようとしたが、視界の端に映り込んだセシリアの笑顔に思わず振り返ってしまう。

 

「よしよしよぉーし。是っ清、海に行くぞ。アタシの用事を終えたらすぐにでも海に行くぞ。青い海だ!」

 

 それはもう微笑ましくなってしまうはしゃぎっぷりだった。化け物二人を相手にしていたはずなのに、俺は自分の頬が緩むのを感じた。


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