タッグトーナメントは鈴・箒組の勝利に終わった。最有力候補のセシリア・ラウラ組は失格に終わり、続いての優勝候補一夏・シャルル組は失格組との戦いに敗れ進出はならず。結果、残りの代表候補生を抱えたチームが勝つことは必然だった。
優勝した時の箒の笑顔には、誰もが純粋に勝利を喜んでいる気持ちがないことを理解できた。自分たちが優勝した時に浮かべるような、同じ不純に塗れた優勝者の笑顔をしていたのだ。
生徒たちは自分たちの優勝か、セシリア・ラウラ組の優勝を望んでいただけに、鈴と箒の勝利を危険視した。
このままでは一夏もしくはシャルルを奪われてしまう。
恋は戦争。それも泥沼の戦争。ルールは存在しない。やったもん勝ちの世界。
それは剣道の道を歩む箒であってもそうだった。セシリアとコンビを組み、無双しようと企んでいた時もあったのだ。
しかし、結果優勝してしまえば勝ちだ。一番気がかりなのは同じく優勝者である鈴だったが、最初に約束を取り付けたのは箒だった。つまり、一夏に告白できるのは箒だけだ。後はあくまで本人の意志を無視した女子だけの噂でしかない。
どう足掻いたって箒以外には希望がなかった。
ニヤニヤと笑って教室を後にする箒。その後ろ姿を内心で嘲笑うセシリア、そして同じく内心で爆笑している鈴。
セシリアが笑う理由は簡単だった。箒の僅か先の未来が予測できてしまったからだ。せっかく恋心を総動員してい優勝をもぎ取り、挙句に功労者であるパートナーを言い負かして一夏への告白権すらも奪い去ったというのに。その告白が朴念仁の恐怖によって打ち砕かれてしまうのだ。これを笑わずにいられるものか。
隣にいる鈴は、箒の後ろ姿が見えなくなって暫くすると笑い出した。
「あっはっはっはっは! もう駄目! ひぃーひぃー。お腹痛い!」
目に涙を浮かべ腹を抱えて笑う鈴。周囲の生徒は何事か、と鈴を見る。しかし、隣にいるセシリアの姿にすぐさま視線を元に戻した。ああ、アイツらか、と思いながら。
「あくどいこと考えるじゃんか。帰ってきた箒の顔が楽しみだ」
「当然の報いなんだから。アタシが一番優勝に貢献したのに、自分の手柄にして一夏と付き合う権利も、自分以外が言っても一夏は知らないから無駄だ、なんてずるいこと言って」
「恐いね、乙女。このわたくしを使って一夏に偽情報を吹き込むんだからな。めーわくな話だ」
「トラブルメーカーなんだからたまには人助けしなさいよ。文句言いつつ協力した時点でその言葉に効力はないわよ」
「だって、お前。あんな地味に面白いこと手を貸さずにいられるか」
「アンタだって十分に恐いわよ」
そうは言うが、鈴は笑顔が絶えない。人の不幸は蜜の味。蜜の味に笑顔が溢れる。笑顔が溢れているから多少の言葉にも笑顔でいられる。今の鈴は器がでかくなっているのだ。
セシリアとしても、鈴の言葉に気を悪くすることはない。文句を言ったが、心はノリノリだった。
「もう少ししたら箒は地獄を見るな。きっと一夏をボコボコにするんじゃないか? なんせ、箒が付き合って欲しいと言った意味とは、違う解釈をするんだからな」
「剣道の稽古。いいじゃん。これでもアタシは譲歩したほうなのよ。好きな奴とおんなじ空間を共有できるんだから。羨ましい限りよ。ま、恋愛的な意味の付き合ってくれが、そんな捉えられ方されたらグーパンはしちゃうけどね」
右手を握りこぶしにして意気込む鈴。セシリアとしては朴念仁に想いを寄せる乙女たちの奮闘を、さりげなく引っ掻き回すことが楽しくてしょうがないから、一夏には頑張って耐えてほしいものである。
「それにチャンスはあるから気にしないのよ」
「チャンス?」
「……セシリア、アンタ枯れてるんじゃない。臨海学校よ、臨海学校。つまりは海」
鈴が遠くを見る。彼女の頭の中には既に青々とした海が広がっているのだろう。セシリアも海は楽しみだが、鈴のように恋い焦がれるような想いはない。この差は恋愛に現を抜かしているかどうかの差だろう、と彼女は冷たい結論を下した。
セシリアは一人盛り上がる鈴を置いて教室を後にした。
数日続いたタッグトーナメントがようやく終わったことで、教室の中も外も緩やかな空気が滞留している。セシリアもその空気を吸っているために沸点は普段よりも高くなっていた。
教室を出たが行く場所を特に決めていない。セシリアは立ち止まって行き先を考える。
箒の告白がどうなったか見に行くか。
暫定的に目的を決めると、セシリアは箒を探すために歩き始める。告白の場所は分からないが、箒の行く場所は歩い程度想像がつく。それと告白するに適した場所、という条件を加えれば行く場所は一ヶ所に絞り込める。
屋上だな。幾ら箒でも剣道場で告白はしないだろうし。
もしもの可能性を頭に残しつつ屋上へと向かう。
「あーれー? せっしーだ」
屋上へと続く階段をセシリアがのんびり昇ろうとした時、背後から声がかけられた。
振り向くと両腕で様々な菓子を抱きかかえた本音がいた。
「何してるの?」
のろのろとした足取りで近づいてくる。セシリアも階段から遠ざかり本音と向かい合う。
「暇つぶしだな」
本音の腕から棒つきキャンディーを取り上げる。本音が「あぁ~」と情けない声を出すので、セシリアは棒つきキャンディーの包装紙を取り外して彼女に口に放り込んだ。
「えへへ~。甘くて美味しいね」
「そりゃ良かったよ」
キャンディーに破顔した本音。
「せっしー。暇なら生徒会室に行こうよ~。お姉ちゃんが美味しい紅茶淹れてくれるから」
誘われたセシリアは二つ返事で了承した。当初の目的はすぐさま捨てた。屋上は目と鼻の先だが、そこに一夏と箒が揃っているわけじゃない。徒労に終わる可能性がある。
セシリアは本音から菓子を半分受け取ると並んで歩き出した。
「せっしー。もうすぐ臨海学校だね。一緒にビーチバレーしてあそぼーよ」
「行ったらな」
素っ気ない返事をしたセシリア。しかし、その顔はどこか嬉しそうだった。