ラウラが転生者だと判明した今日この頃。俺は仕方なくセシリアとラウラに指示を飛ばすことにした。
ホワイトボードに二人の前世を書け。書かれた内容を見比べて色々と考えるから。
見下している相手からの指示に、この二人が素直に従ってくれるのか疑問はあったが、素直に行動に移してくれたので大丈夫だった。
だが、ホワイトボードに書かれている内容を見て、俺は思わず叫んでしまった。
「英語で書くな! 日本語で書け!」
ホワイトボードに書かれていたのは英語。この二人はどうやら喧嘩を売っているらしい。勝てないから買えないけど。
「わたくしの英語が読めないなんて、頭悪すぎだろ」
「ドイツ語だ。勘違いされては困る」
ラウラが言うように、彼女の書いている文章はどこか英語とは違って見えてくる。だからどうしたんだ。
「ちゃんと日本語で書いてくれ。読む人の気持ちを考えて書いてくれ」
学生時代に教師が生徒たちのプリントに苦言をしていた意味をようやく知った。これからは丁寧な字を書いて行こうと誓う。
注意を受けた二人は渋々日本語で書き直してくれた。英語や独語を強行されたら、もう俺には手におえない。
二人がペンを走らせる真っ白な板に、次々と前世の出来事が書かれていく。字の美醜は気にしないで読んでいくと、とても元同じ日本人とは思えない殺伐としたことばかりが列挙されている。解説してもらわないと分からないような名詞も飛び込んでくるから困る。
暫く、ホワイトボードが黒く染まっていくのを眺める。
二人がペンを置くのが終了の合図だった。
「うーん。分からんことが多いな」
日本人だったり外国人だったり、様々な名前が出てきている。さらに言えば暴力団みたいな名前もちらほらと。カンヌキ組壊滅って、本当に生きてきた世界が違うな。
ただ異世界の情報に首を傾げながらも分かったことがある。セシリアの所属していた組織と、ラウラの所属していた組織は別であり、対立組織でもあること。最終的にはラウラの組織が勝利を収めたこと、ラウラの書いた記憶にはセシリア本人と思われる人物は一切登場していないということ。同時にセシリアの記憶にもラウラと思われる人物が出てきていない。
これは活動を始めた時期が違うってことだろう。だとしたら二人がいがみ合う理由が分からないけど。
「……って、テメェ何わたくしの舎弟を殺してくれてんだよ」
「知らん。手向かう方が悪い」
セシリアの舎弟をラウラが殺した。つまりセシリアはラウラと出会う前に死んだのか。でも本人には死んだ自覚ないしな。死にかけたっぽい記憶もないみたいだし。
「セシリア。お前いつ死んだんだよ」
「死んでねぇわ。死んだら天国行くって言ったろ」
「あー、そうなの」
あの理論が邪魔をしてる。推測を許してくれない。
セシリアもラウラも互いに書いたものを確認してあれこれと言い合う。内容は誰を殺したアイツは弱かったとか。もう、警察行かなきゃ駄目だろ。
頭を抱えたくなる。こんな殺人鬼共と会話している俺は、人生終了秒読み入ってるんじゃないか。
「んー。あー、何かないか」
恐怖を紛らわせるために、声を出してホワイトボードを見比べる。字はセシリアの方が綺麗だな。文章の書き方はラウラの方が上手い。殺した人数はセシリアだ。要らん情報ばっかりに目が行くな。
考えれば考えるほど、二人に直接的な接点はない。これはお手上げだ。どう頑張っても接点が見当たらない。転生者が頑張ってとか言っても説得力ないけど。
転生者……転生者か。
ヤバいな、一つだけ結論が浮かんできた。中二病時代に培った妄想がおかしな結論を持ってきやがった。でも、そのおかしな結論を答えにしてホワイトボードを見比べれば、全てが繋がって来る。
この馬鹿げた想像を告げるべきか。二人の後ろ姿を見て考える。
無理だな。告げたところで一蹴される。魔術だ天国だを語る二人だが、いくらなんでもこの予想は受け入れてくれそうにない。
これは俺の中に仕舞っておくべき答えだ。墓まで持っていくしかない。
「なんか分かったのか?」
セシリアが振り返って聞いてくる。原作のセシリアなら長い金髪がふわっと舞って綺麗なんだろうけど、このセシリアの髪はふわってならない。残念だ。
「なんも分からんし、思いもつかない」
嘘だ。もちろん嘘だ。でも言わないと決めたから嘘を突き通す。
ラウラも振り返ってこっちを見てくるが、俺は嘘を突き通す。ナイフで舌を切られる事態になりそうなら喋るけど、今は頑張って嘘をつく。
「役に立たないな」
傷つく。シンプル過ぎて傷つく。
これからコイツらに飯を奢らなきゃいけないのに、どうしてこのタイミングで傷つけられなきゃいけないんだ。
数時間前、舞台裏。
突如として起きたイレギュラー。
少し前に、クラス対抗戦で生じた異常事態に備えての学年別トーナメントだったはずなのだが、結果は芳しくない。
モニターに映るのはラウラに襲いかかるセシリア。チームを組んでいながらも、それを無視している。
真耶は頭を抱えて混乱した。一年一組の副担任として、セシリアには入学当初から手を焼かされていた。暴力沙汰は日常茶飯事、授業は真面目に聞いてくれない、説教してもどこ吹く風。そして今はルールを打ち破って好き勝手動き回っている。
今回の特例で決まったタッグトーナメントに合わせて、ある程度のルールは作った。大会の三日前にあらかじめルールについて話しておいたはずだし、ルールが書かれた紙も配布しておいた。セシリアがそのプリントを眺めているところ真耶は確かに確認した。
それなのにルールを破った。知っていて破ることのたちの悪さに真耶は、助けを求めるように千冬に目を向けるが、彼女はモニターを眺めているだけで何かを言ってはくれない。
このまま戦わせるか、止めて失格を言い渡すか。決断を口にしない担任に代わって、真耶は判断しようとする。
しかし、教師としては新米の真耶に決定権などあるはずもなく、結局は千冬に御伺いを立てるしかない。
「織斑先生。止めなくていいんですか? オルコットさんはルール違反ですよ」
三対一の戦いなんてフェアじゃない。これじゃあルールを作った意味がない。非難を込めた問いかけを送る。
それに対し、千冬は溜息を吐いて答えた。それが判断を下せない真耶への落胆なのか、無言でいたわけを察せない洞察力のなさへと呆れなのかは分からない。
だが、そのどちらでもないことを真耶はすぐに知った。
「山田先生。私は晴れ姿を見たいんだ」
「……はい?」
「一夏が専用機を手にしたんだ。姉としては一度でいいから勝って喜ぶ弟の姿を見たいと思ってしまう。なのに一夏は運が悪いのか勝てない。最初のセシリア戦はしょうがない。私自身、あれは一夏にIS戦を体感してもらいたくて行ったことだからな。しかし、鈴との戦いでは勝つはずだった、いや、勝てるところまできていた。あの乱入がなければ確実に勝っていた。勝利に沸く笑顔を見れるはずだった。分かるか? 私がこの事態を止めない理由が。とにかく一夏の勝った姿が見たい、喜ぶ姿が見たい。そのためには多少のルール変更も止む無し。不戦勝の勝利になんの喜びがある? 戦って勝つことに勝利の喜びがある」
「え、……えー?」
千冬の熱弁に、段々とめんどくさくなっていく真耶。
「セシリアとラウラのコンビに、一夏たちが勝てるわけがない。負けの決まった戦いに裏切りという不測の事態。一夏の勝つチャンスが生まれたのだ。これを喜ばないはずがないだろ。一夏たちが勝てば、後はうなぎ登りに勝ちを奪っていき、いずれ優勝できる」
「……ボーデヴィッヒさんの一人勝ちだった場合は?」
「失格扱いになるな。なにせセシリアがルール違反を犯しのだからな」
汚い、と思った真耶だった。