べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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桃を食べました

 備品室は憩いの場所だったはずだ。物でごちゃごちゃしているし、ホコリは舞うしで環境は決して良くないが、他の女教師たちが立ち入ることがない利点がある。ISの世界は女尊男卑によって社会が成り立っているために、男はどこに行っても肩身が狭い。特にIS学園なんてその絶頂の場所だ。生徒も教師も女ばっかりで、男なんて五本の指で数えられるくらいに人数しか存在していないのだから、基本的に奇異の視線に晒されて居場所がないのだ。

 そうなると必然的に心を落ち着けられる場所を探してしまうものなのだ。結果、劣悪な環境の備品室へと身体を押し込むしか道はなかった。

 しかし、せっかく見つけたオアシスも空気の読めない蛮族によって荒らされてしまった。追い出してしまいたいのだが、この蛮族は俺よりも圧倒的に強く、下手な事をすればボロクソにされてしまう。

 おかしい。原作だとスナイパーライフルで狙撃してきたり、ナイフで斬りかかったりするくらいで済むのに。

 俺の大好きなヒロイン。セシリアもラウラも誰だよ、と叫びたくなるような別人ぷりに泣きたくなる。ここに赴任した当初は、一夏ハーレムから二人を密かに奪い取ってやる、なんて淡い決意をしていたのに。

 セシリアはドリルを廃して短髪オールバック、たれ目がちな目も獲物を狙うようにギラついている。オルコット家とかでっかいところのお嬢様なのに、野性味溢れているし、常に金欠に喘いでいる始末。原作のセシリアってどんなのだか忘れそうになる。

 ラウラはラウラでこれまた別人。腰元まであるはずの銀髪は、耳が露わになるまで短く切られ、低身長もあって見た目はまんま少年。原作通りに眼帯をしているが、あれが一体何の為の眼帯なのかは分からない。ヴォーダン・オージェとかちゃんと存在しているのか。

 二人だけじゃないな。原作通りじゃないのは。

 織斑千冬はブラコンが悪化していて、授業中でも平気で弟贔屓している。

 鈴と箒は二人だけで一夏を取り合ってる。

 一夏は……男に興味ないから分かんないな。

 とにかく、俺の原作傍観あわよくばヒロインを掠め取ろう物語は開始と同時に終了。残りの教員生活も、今原作離れした二人によって荒らされているというのが俺の中の真実だ。

 

「おーい、是ッ清」

 

「やめて、その名前で言うのやめて」

 

 町田是ッ清(まちだこれっきよ)。マジで恥ずかしながら俺の名前だ。改名したい。

 

「コレッキヨ? 日本人じゃないのか?」

 

「日本人ですよー。超日本人だから」

 

「超? そこまで自信があるのか?」

 

「嘘です、ラウラさん。……腕振り上げんのやめろ!」

 

 今日はタッグトーナメントの日だと思ったんだが、どうしてかトーナメント中止の立役者であるはずのラウラが平気な顔をしている。もしかして何も起こらなかったのか。

 何か起こらなかったのか、と聞きたいが、俺は原作知識を持ってないテイでいるから迂闊には問いかけられない。セシリアは同じじゃないにしても転生者仲間だからギリギリ何とかなるかもしれないが、ラウラは転生者なのかどうかも判明してないから変な質問は危険すぎる。

 ただ、俺の想像していることとは別の何かが起こったことだけは確かだ。

 セシリアの弱さがどうとかこうとか言っているみたいだし。セシリアが弱いってどこを見ればそうなるのか分からないが。

 

「テメェ何考えてんだよ?」

 

 考えが少々顔に出てしまってた。慌てて笑顔を浮かべるが頭を叩かれた。

 

「まあ、いい。それよりも気になることがあるんだよ」

 

「気になること?」

 

「わたくしとラウラの接点だ」

 

「ほう。それは私も気になるな。どうしてコイツが近くにいると不愉快に感じているのかをな」

 

「わたくしもテメェみたいなちんちくりんにウロチョロされると目障りだ」

 

「頼むから喧嘩やめろ」

 

 届け俺の悲痛な想い。どーせ届かないんだろうけど。

 

「今はしねーよ」

 

 届いた。届くはずがないと思っていたのに。

 

「そんなことよりもな、わたくしとラウラの共通点を見つけたい。記憶の共通点だ。それさえ見つかりゃラウラが何者か分かる」

 

 セシリアが言い終わるのを待ってから、俺は立ち上がって部屋の隅へと移動する。セシリアを手招きして密談を行う。

 

「記憶の共通点と言ったて、アイツが転生者かどうかさえも分かってないんだぞ。んなもん見つけられるか」

 

 ラウラが転生者であるか否か。それを判明させてからやるべきことを目の前のセシリアは工程を素っ飛ばそうとしている。自殺行為だ。転生者云々の話なんて何とかの生まれ変わりだ、と広く知られている以外の人間が言ったら頭おかしい奴になる。その恐怖をコイツは分かっていない。黒歴史は封印すべきもので、あれこれと言いふらすものじゃないんだ。

 俺の不安の声を、セシリアは聞き入れた。聞き入れた上で強行すべきだと主張してきた。

 

「わたくしにはアイツが転生者だって自信がある。そうじゃなきゃいくらなんでも言わないぜ」

 

「その自信の根拠は?」

 

「トーナメント中にそれっぽいのを見た。アイツおかしな魔術で異世界から引っ張られた魂かもしんないんだってのを。変な科学者が嬉しそうに語っている映像をはっきりと見たんだぜ」

 

「信用できるか。なんだ魔術って? アレか実は魔法使いは存在しちゃいました、て言うのか!? そもそも科学者が非科学的なことしてる時点で問題だろ。科学者として失格だろ? いいか、セシリア。俺は大人として、お前にはこれ以上間違った認識をしてほしくないんだ。魔法なんてないし、死んだら天国なんてのもない。死んだら無くなる、それが心理だ。転生に関しては経験しちゃったからないとは言えんが、だからといって身の回りにあちこち居てたまるか。俺たちは稀なんだよ。これ以上の奇跡は存在しない。ラウラとお前の関係は知らないが、たまたま互いに生理的に受け付けない。それでいいじゃないか」

 

「……よくもまぁ、そんな大声で。全部聞かれてんぞ」

 

 セシリアが顎で示す先にラウラがいた。それもがっつりとこっちを凝視していた。

 さて、どんな言い訳をして逃げようか。

 

「幾つかの訂正をさせてもらう」

 

 妙に冷静な声を出すラウラ。きっと嵐の前の静けさだ。これからドカンと雷が落ちるに違いない。いや、コンバットナイフとかが首を一閃するんじゃないのか。

 心臓がバクバクしてくる。隣のセシリアは明後日の方向を向いていて介入してくる気配を見せない。これは終わった。

 

「まず、私の父は魔術を会得している。そうでなければ今の私はない」

 

 誇らしげに胸を張るラウラが眩しい。妄信する素晴らしさを見た気がした。俺にはもう子供らしい純粋な気持ちが失われきっているんだな。

 セシリアは備品の顔ぶれを確認していて話聞いてないから、心が穢れているのか澄み切ってるのか分からない。

 

「次に、科学者というのは探究者だ。己が欲望を叶えるために手段を選ぶものではない。邪道も外道もないのだ」

 

 人としては最低の部類な父親だってことは分かった。スゲーな科学者。

 ラウラは胸を張るだけではなく、両手を腰に当ててより誇らしげになった。

 

「最後に、死んだ人間は天国へ行くのだ。無くなることはない」

 

 オッケー。コイツも確かに転生者だ。それもセシリアとおんなじところの


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