第一試合は終了した。手始めの試合にしては迫力は天を突く勢いで、終わり方はなんとも言い難い微妙なものだった。一夏・シャルル組は敗北、勝ったはずのセシリア・ラウラ組はセシリアの反則行為によって失格。第一試合は進出者なし、として第二試合が行われることになった。
セシリアはやることがなくなり、教師たちの目を盗んでアリーナを後にした。最初にして最大の戦いが終わった以上、次のどの試合に目を向けても楽しめない。そう思った彼女に授業をサボっているという意識はなかった。
学年別に行われているトーナメントのせいで、校舎の中は閑散としている。その中を歩くセシリアの靴を打ち鳴らす音だけが響き渡っている。
かと思いきや、セシリアの他に足音を響かせている者がいた。
「授業中だぞ」
「キサマが言うな」
セシリアが振り返ると、仏頂面のラウラがいた。
「何か言いたい事でもあんのかよ、人工物」
試合中に見たラウラの出自を垣間見たセシリアの言葉は、相当量の悪意と憐みが籠っていた。
しかし、負の想いが籠った言葉はラウラの気持ちをかき乱すものではなかったようで、反応して噛みついて来たりはしなかった。
「わたくしは見たんだ。ならお前も、何かしら見たんじゃないのか」
不可思議な現象を体験した。その原因をセシリアはISだからといういい加減な理由で片付けてはいたが、その現象で自分だけ何かを見たとは思っていなかった。
「見た。キサマの弱さの原因を知った」
「弱さの原因?」
ラウラの言葉に興味が向かう。
セシリアには自分でもよく分からない違和感はあった。かつて母親に何かしらされたこと。しかし、何をされたか全く分からず、日常生活でも引っかかりを覚えることはなかった。
ただ、夢を見た後だと何故か気持ちが高揚し、どことなく安心感に包まれたような気分になる。それは夢見の善し悪しに関わらず。
ラウラの言う弱さの原因と何か関係があるのか、セシリアには判断できなかったが興味は湧いてくる。
もしかしたら、あのババアがわたくしに何かしたか分かるかもしれないしな。
既に故人となった母親を締め上げることができない以上、知ってる人から聞くのが一番良い。
そう思ったセシリアだったが、目の前の相手は素直に話してくれるような人物ではなかった。
「キサマの弱いことについて、私がとやかく言うことはない。たとえキサマが本来の力を出せるようになったとしても、私に勝てるはずもないからな」
ふん、と鼻を鳴らしてセシリアを嘲笑うラウラ。
殴り飛ばしたい、とセシリアは拳を握りしめたが、ISだろうが生身だろううがラウラに勝てないのは事実なので、歯を食いしばるだけにとどめた。
「勝てるはずないなら教えてくれてもいいじゃん」
「飯奢れ」
「よーし、奢ってやんよ。だからまず場所を変えるぞ。ここじゃあ見つかった時に五月蠅いからな」
飯を奢る気はさらさらなかったが、セシリアはとある場所を頭に思い浮かべるとおもむろに歩き出した。後ろからラウラがついてくるのを確認しながら、セシリアは黙々と足を動かす。道中、教師に出くわす事態ことはなかった。
セシリアが向かった先は備品室だった。中にはところ狭しと並べられた備品で埋め尽くされている。
そんな備品たちと一緒に、一人の男性がパイプ椅子に腰を下ろして眠りこけていた。すやすやと危険など一切存在しないと信じ安心しきっている顔で眠る姿は、まさしく無防備だった。
セシリアはそっと近づくと、男性を床につけないように支えているパイプ椅子を蹴飛ばした。
パイプ椅子が音を立てて吹き飛び、その上でサボっていた男性は尻を思い切り床へ打ちつけた。
「いってぇ~」
突然の衝撃で目を覚ました男性は尻の痛みに、涙を浮かべながら起き上がる。何が起きたのか視線を走らせて確認する。まだ眠りから覚めきっていない目がセシリアを捉えた。
「セシリア!? ば、馬鹿な、まだ昼休みになってないはず」
「よっす。サボりを報告されたくねぇなら、しばらく居させろ」
「そ、そんな脅しに屈する俺じゃない。俺が密告すれば、お前だってタダじゃ済まないんだ」
「わたくしは別に気にしないから。ちょっとサボってたで怒られるだけだし。そっちは大変だろ。なんせこのご時世だ。サボってるとクビじゃないか? 男の立場の弱さは大変だぁ」
ニタリと意地の悪い笑顔を浮かべて脅すセシリア。目の前の男の弱さは入学以来の付き合いだ。性格を知り尽くしているため簡単に調略することができるのだ。
案の定、セシリアの脅しの前に屈した男性は、渋々来客用にパイプ椅子を用意した。
「一つ足りないぜ」
パイプ椅子を用意させたセシリアは、どかりと座り込むと男性の不備をしてきした。
「足りないって、二人だけじゃ……あれ?」
男性の言葉にセシリアが出入り口を指さすと、そこには不満たらたらのラウラがいた。
「ソイツには用意して、私の分はなしか。ずいぶんと舐められたな」
男性の思惑に関係なく、セシリア以下の存在と思われたのが気に入らなかったラウラ。手近にあったチョークの箱を男性の顔面に投げつけた。ここで男性が最下層の住人であることが確定した。
ラウラの分のパイプ椅子を用意し終えると、男性は赤くなった鼻を擦りながらセシリアに視線を向けた。
何をしにきたんだ。男性の視線をセシリアはそう捉えた。
「別に……飯をたかりに来た」
「正直に言えばなんでも許されると思うなよ。……奢るけどさ」
男性に逆らうという意思はない。セシリアの凶暴性を理解しているから。
いい返事を貰えたセシリアは気分を良くした。
「よしよし。ラウラ、コイツが飯を奢ってくれるらしいぞ。だから教えろ」
憐れな犠牲者を出しつつ、己の知らないことを知ろうとするセシリア。根っからの加害者なので、被害者の心の内を知ろうともしない。だから、横で財布片手に泣いている男性の心情を察することができなかった。さらに言えば、同じく加害者根性旺盛なラウラにも理解されていなかった。
「キサマの弱さの理由は、キサマの母親が何かをしたからだ。以上」
ラウラは端的に答える。
セシリアは無言のアイアンクローで抗議するが、あえなくラウラに阻止される。
「そんな表面的なことを知るために、わざわざお前をここに連れてきたんじゃねえぞ!」
「知らん! あんな断片的なもので理解できるか!」
「不愉快さを撒き散らすだけで、とんだ役立たずだな!」
「私も、キサマ一挙一動に虫唾が走って仕方がない!」
「やんのか!」
「首を刎ね飛ばしてくれる!」
お馴染みの子供の口喧嘩を繰り広げる二人。口にするのは低レベルな暴言だったが、いざ拳を振るえば並の喧嘩では済まされない暴力が猛威を振るう。
しかし、お互いに理性は残っている。片やこのまま武力蜂起をしても勝てないと四肢に制止をかけ、片や見下している奴の誘いに乗るは負けた気がすると言い聞かせた。
「頼むから暴れんじゃねえ!!」
二つの台風の前に、無力な男性は泣きながら土下座するしかなかった。