べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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セシリアさんは

 壁に激突した時にセシリアは確かに見た。ラウラ・ボーデヴィッヒの過去を。

 瞬間は何があったのか分からなかった。気がついたら知らない部屋にいて、空中から一部始終を見ていた。そして気がついていたら、景色はアリーナに戻っていた。

 長く場面に見入っていたはずなのに、現実での時間の経過は一秒にも満たない。壁に頭から激突した影響で、おかしなものを見たのもしれないが、セシリアにはあれがフィクションだと思わなかった。

 ラウラ強さが見た通りのものだとしたら、あれは純粋な強さとは言えない。セシリアは強敵であったはずの彼女を鼻で笑いたくなった。散々にお膳立てをされて強くさせられただけの存在が、ずいぶんと実力を誇示してくるじゃないかと。

 セシリアは顔を突き合わせて、ラウラその厚顔に唾を吐きかけてやりたくなった。

 ラウラへと振り返ろうとしたセシリアだったが、後頭部を掴まれたことで首を曲げることができずに地面へと叩きつけられた。叩きつけられる時、ラウラが何か叫んでいるのを聞いたが、内容までは聞き取れなかった。

 地面と熱い接吻を交わしたセシリア。ISのエネルギーはそこで尽きた。

 ISが実体を維持できなくなって消え去る直前に、ラウラの蹴りが腹部を捉える。ISでの蹴りは生身の蹴りとは比べ物にはならず、セシリアは無残に地面を転がっていった。身体が地面を転がるのをやめた時に、ようやく装甲が粒子になった。

 セシリアは暫く蹴られた腹部を押さえたまま動かなかった。

 一夏もやられ、セシリアもやられると、後に残ったのは頼りないシャルルだけだ。そのシャルルは空中でISが解除され、重力のままに落ちていった一夏をキャッチして安全圏へと離れていた。一夏と何かしらの言い合いをしているのようで、険しい顔で身振り手振りをしているのが見えた。

 何をしているんだか。

 腹部の痛みも引いてきた。セシリアはふらふらと危なっかしい足取りで立ち上がると、よたよたと何時倒れてもおかしくない歩みで二人の元へと向かう。

 途中、セシリアは背後を振り返る。我関せずとしているラウラへと視線を合わせると、セシリアはニヤリと笑った。誇りも何もない人工甘味料みたいな女の姿を、笑わずにはいられなかった。そして、そんな作り物にいいようにやられた自分自身の姿にも。

 

「強化されてたのかよ」

 

 それならそれでこっちは足掻いてやればいい。セシリアは安全圏でいまだに言い争っている二人の元へと急いだ。

 

「なーに、いちゃついてんだ。公衆の面前で。恥を知れ。恥をな」

 

「セシリア!? どうしてそう誤解を招くこと言うの!」

 

「楽しいから。それ以外に何があるんだよ?」

 

「聞かなきゃ良かったよ」

 

 セシリアにからかわれたシャルルはがっくりと肩を落とす。さきほどまでの剣幕は水に流されてなくなってしまった。

 

「で、何を言い争ってた?」

 

 しかし、セシリアとしては内容が気になる。あそこまでシャルルの顔が硬くなっていたのを見ると、ただ事ではないのだろう。

 シャルルは質問に対して口を噤む。言いたくないことがありありと分かった。だが、セシリアが視線で威圧すると、喉が痙攣したような悲鳴を上げて渋々口を開いた。

 

「あ、あのさ、セシリア。もう白旗上げない?」

 

 それだけでよかった。セシリアは疲労で重たくなった腕を上げて、シャルルの頬を摘まんだ。

 

「どした、急に? 怯えてんじゃねぇぞ」

 

 思いのほか柔らかい頬をぐにぐにとこねくり回す。指が満足するまで遊び倒したセシリアは、すっきりした顔でシャルルの頬を解放する。

 

「だって、三人で挑んでも勝てない相手なんだよ。僕一人じゃ勝てるわけない。勝てないと分かっているのに、挑むなんて意味ないよ」

 

「シャルル。男なら負けると分かっていても挑まなきゃいけないんだ。分かるだろ」

 

「男じゃないから分かんないよ。セシリアも男じゃないから分かんないよね?」

 

 シャルルが問いかけてくる。要するに負けるのは見えているから降参したい。無駄な抵抗なんて意味ない。そう言いたいみたいだった。

 セシリアは獲物を見つけた獣のように笑う。目の前の小動物の意気地のなさに。

 

「わたくしは徹底抗戦派だからなぁ。挑むに一票だ」

 

 シャルルは聞く相手を間違えた、と頭を抱える。

 挑むと意気込む人間が二人いるが、そのどちらもエネルギーが底を尽きているので戦えはしない。何か手はないかと考えるセシリアは、絶望的な表情で項垂れるシャルルの姿を見てピンと来た。

 

「シャルル。わたくしたちに残りのエネルギーを寄こせ。そうすれば解決だ」

 

 セシリアはブルー・ティアーズの待機状態であるイヤー・カフスを、いまだに暗い顔をしているシャルルへと投げ渡す。

 

「エネルギーを渡すことなんてできるのか?」

 

 一夏がガントレットの隅々を見渡しながら問いかける。その問いをシャルルが無言で頷いて肯定した。

 

「どうしてそこまでして戦うの? ラウラが怖くないの?」

 

 理解ができない、とシャルルは言う。

 

「いんや、怖くないね。わたくしは始まった戦いに、背を向けて逃げることをしたくないだけだ。それも自分から飛び込んだ戦いなんだぜ。逃げる理由が見つからねぇ」

 

 握りこぶしを作って熱く語るセシリア。負けなければ良い、という行動原理を頭の片隅に残しながらも、それに当てはまらないこと言った。

 

「俺はただ、男としてここで逃げ出すわけにはいかないと思っただけだ」

 

 一夏は一夏で、採算の取れない自論を展開した。

 灯油を被ってから業火へと飛び込もうとするセシリアと一夏。

 その姿にシャルルは、何かを言おうとして口を閉じ、何も言わないかと思えば口を開いて言葉を紡ぎ出そうとする。

しかし、結局は何も言えずに、ただ「分かったよ」とエネルギーの受け渡しを始めた。

 二人が文句を言わないようにきっちりと等分にしてエネルギーを渡すと、シャルルは一歩後ろに下がった。その一歩が二人とシャルルの差だった。

 セシリアと一夏はISを展開する。エネルギー残量から装甲全体の再構築はできず、心許ない姿になったが、今の二人には充分だった。

 

「……頑張ってね」

 

 シャルルは控え目の応援を送ると、そそくさとピットへと戻っていった。

 セシリアと一夏は、再びラウラと相対する。そして結局は敵わずに負けた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒの勝利です!」

 

 裏切者の名前は呼ばれないか。副担任のアナウンスを聞きながらセシリアは思った。敗者らしく地べたに腰を下ろして、一人で薄ら笑うラウラを仰ぎ見る。あの笑みが何を意味しているのかセシリアには分からなかったが、大方優勝して一夏を奴隷のようにこき使おうとでも考えているのだろう。

 しかし、そう上手くはやらせねえぞ。セシリアもまた薄ら笑いを浮かべる。負けなければ良い、という行動原理の通り、彼女は負けない試合を展開した。

 トーナメントで負けないためにはどうすればいいか。

 

「ええと、ラウラさんの勝利なんですが。本来のパートナーであるセシリアさんが違反行為を行ったので、セシリア・ラウラペアは失格となります」

 

 相手を失格させればいい。

 薄ら笑いが吹き飛んだラウラのマヌケ面を見て、セシリアはしてやったりと腹を抱えて笑ったのだった。


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