べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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ラウラに弄ばれていました

 あちこちがボロボロになった白衣がはためく。

 薄暗い部屋に男が一人居た。綺麗にすることを知らないのか、髭も髪の伸ばしたい放題で、白衣も白衣の下に着ている服もよれよれで清潔とは無縁な姿をしていた。

 男は手術台の前に立っていた。台の上には幼い少女が瞼を伏せて横になっている。眠っているのか胸が規則正しく上下動していた。

 男は眠りについている少女の額に指の腹を乗せると、数回ほど額の上で滑らせる。少女は深い眠りについているようで一切反応を見せなかった。

 少女が眠りから覚めないのを確認すると、男は満足したように部屋の隅にいる女性へと向き直る。

 男の視線を受けた女性は壁から背中を離す。女性はワインレッドのスーツに身を包んでいた。スーツに隠された身体は、出るところが出て引っ込むところは引っ込んでいるという肉欲的だ。顔だけでも男を容易に魅了してしまえる妖艶さがあり、存在するだけで多くの女性を嫉妬に狂わせることができる。

 女性はモデルのような歩き方で男の近くまでやってくると、眠っている少女の頭を小突いた。

 男は横に並んだ絶世の美女の行為を咳払いで注意する。世の男性が見れば、羨ましいと肢体を舐め回すように視線を這わせてしまいそうな女性の姿に、男は一切の興味がないようで色欲を含まない無機質な目を向ける。

 

「ボクの娘に酷いことしないでいただきたい」

 

 男の手が少女の腹を撫でる。そこにはいやらしさはなく、ぐずる子供をあやしているようにしか見えない。

 横たわる少女の銀色に輝く髪をすくう。

 紳士を思わせる行動に、女性は含み笑いを浮かべる。

 

「娘に酷いことをしている貴方に言われたくないわ」

 

 女性がクツクツと笑うのを、男は何とも思っていないようで返事を返すことをしなかった。

 男にとって、目の前で眠り続ける少女はなによりも大切な宝物だ。夢と言っても差支えない。男の唯一にして最高の夢を叶えるための最高の存在なのだ。

 少女には母親がいない。男の持つ科学力によって造りだされた生命だった。母親を必要としなかったのは、男の夢を叶えるには不要な存在だったからだ。

 最強の娘が欲しい。男の子供の頃からの夢だった。

 少女はその夢を叶えるために生み出された。そして生まれる前から様々な手を加えられてきた。

 最先端技術を使って優秀な遺伝子を組み込んだ。優秀な肉体でなければ最強には成り得ないと考えたからだ。

 肉体面のお膳立てを整えた後、男は次に魂の分野へと手を伸ばした。肉体が優れていても、精神が最強を目指すのに向かなければ意味がない。戦闘に適した精神があれば、より一層最強への道を進むことができる。

 男はあらゆる書籍を読み漁り、荒唐無稽とも取れるような術に着目した。魂を肉体に宿す悪魔の秘術。科学の発達した今の世ではまったく相手にされないような技を学び、まだ形を成しきっていない娘へと行った。

 男は大真面目に行い、その結果なのか偶然なのか、少女は戦闘に適した精神を持って生まれてきた。

 それからは戦闘訓練と、その戦闘訓練の結果を反映した強化を重ねていき、確実に少女を最強へと昇華させていた。

 問題は最強を作り出すための資金だったが、これに関して男は社会の裏側で暗躍する組織に接触することで解消した。

 横に並ぶ女性は、男が組織に身を寄せた時にはまだ居なかった。

 少女を作り出したことも、人道に反するような肉体改造を行ってきたことも、男は許されないことであるのを知っていたが、夢を止めるほどの強制力には成り得ない。夢の実現は刻一刻と迫っている。今更何を止まれと言うのか。

 男は犯罪を恐れていない。最強の娘のためには、人殺しの片棒を担ぐことだって厭わない。

 

「貴方に言っても無駄だと思うけど。今度ドイツで一仕事するみたいよ」

 

 娘を愛しむ男へ女性が話しかける。男は出身国の名前を聞いて顔を上げた。

 

「ドイツで何をするというのね?」

 

 時事に疎い男は今のドイツで何が起こっているのか一切分からない。故に組織がそこで仕事する理由も察することができなかった。

 

「ドイツでモンド・グロッソが行われているのよ」

 

「モンド・グロッソ? ああ、ISの世界最強を決めるとかいう無意味な大会かね。あんなものを行う必要などないというのに。ボクの娘が成長すれば、最強だなんだとはしゃいでいる馬鹿共は地面に這い蹲るしかない。それも分からずによくも騒げたものだ」

 

 男は娘の将来に瞳を輝かせる。

 

「その馬鹿げた大会にちょっかいを出すのよ」

 

 女性は楽しそうに言う。

 楽しそうにしている女性の姿に、男は首を傾げる。組織に入ってきてこのかた、女性がここまで感情を露わにして仕事の話をするのを初めて見た。モンド。グロッソに、もしくはモンドグロッソに出場する選手の誰かに並々ならぬ想いを抱いているのだろう。

 男は女性の喜々とした様子を考察した。

 

「君が笑うということは、そこに何かしらの望みがあるということかね?」

 

 女性が心の内に何かを抱えていることは、娘を除いた唯一の付き合いなのである知ることはできた。しかし、その中身までは男の知るところではない。

 男の質問に、女性は男をその気にさせてしまう微笑みを浮かべて答える。

 

「そうね。貴方の言葉を借りるのなら、夢の実現ができそうなのよ。これを喜ばずしてどうするのかしら?」

 

 女性の返答を受けた男はなるほど、と首を縦に振って理解を示す。それと同時に目の前の女を哀れんだ。

 夢の実現のためにはなんだってできるのだよ。

 男は愛娘の頬を撫ぜる。

 スコール。君の夢は今回は諦めてくれ。

 いくら肉体を強化しても、無防備に眠っている時の頬は餅のように柔らかい。

 ボクの夢の実現のためにな。


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