べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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大きな桃がどんぶらこどんぶらこ

 目の前に一組の男女がいた。

 男性の方はどこか頼りなく、隣にいる女性の顔色をチラチラと窺っていた。女性がちょっとした動作をするだけで、男性は肩をびくりとされている。

 女性の方は背筋も凍りつくような冷気を纏った刀のようだ。一つ一つの動作は上品さと武術に見間違えそうな迫力を持っていて、隣の男性を常に怯えさせている。

 男女の前には天蓋付きの高級なベッドが置かれており、その上には五歳くらいの少女が静かに眠っていた。

 白いシーツの上に仰向けで横たわる少女は、年相応の可愛らしい寝顔を見せている。

 しかし、少女が可愛らしいのは寝顔だけだということを、ベッドを見下ろす男女は知っていた。

 少女は危険な思考回路を持って生まれてきてしまった。歳を重ねていくごとに社会不適合者の烙印ははっきりと形になり、いずれ警察の手によって捕えられてしまうような未来を連想させるような。

 女性は危惧していた。娘が犯罪者になってしまうことを。それも人を殺すという恐ろしい犯罪者に。下手をすれば殺人鬼と世間に報じられてしまうかもしれない。

 そうなればオルコット家は没落してしまうだろう。たった一人の少女によってだ。さらに、女性が一代で築きあげたオルコット社も、犯罪者の母親が社長を務める会社として世間から攻撃を受けてしまう。自己満足に過ぎない義憤に駆られた衆愚たちに、オルコット家の栄光を崩されてしまうのがビジョンとして浮かび上がる。

 この少女の脳を書き換えるのは今しかない。子供だからで済まされる今しかないのだ。

 女性が指を鳴らして合図をすると、おどおどした男性が慌てて部屋の外へと出ていき、一人の男を連れてきた。

 連れられた男は白衣を纏っている。顔立ちは整っているのだがどこか胡散臭い男だと、女性は思っていた。

 だが、今から行うことを考えれば、男の顔が胡散臭く見えるのは仕方がないことだろう、と部外者への評価をやめた。

 

「しょ、食事に睡眠薬を混ぜましたのでご安心ください」

 

 男性がおっかなびっくり少女の眠りについて述べた。言い終わると、これで大丈夫なのかと女性の顔を見て確認を取ってきた。

 

「では先生。よろしくお願いします」

 

 男性への返答を、女性は事態を進める言葉で答える。

 

「わたくしたちは外で待っていますので、先生のやり方で娘を救っていただきたいと思います。ああ。やり方と言っても、警察にご足労していただけなければならないような、下劣なやり方だけはご遠慮願います」

 

 綺麗に頭を下げると、部外者と娘を二人きりにさせることに、後ろ髪を引かれることもなく女性は出ていった。

 男性の方は何かを言おうとして、暫く口を開けたり閉じたりしたが、結局何も言わずに出ていった。

 娘の部屋を出た女性は、書斎へと足を運ぶと座り心地の良さそうな椅子に座って溜息を吐き出した。

 

「あんなものに頼るはめになるとは」

 

 信じるに値しない風貌の白衣の姿を思い出して、重い溜息を吐き出す。

 

「で、でも……仕方がありません」

 

 遅れて書斎の扉を潜ってきた男性が肩で息をしながら返す。

 女性は息を切らせている男性を冷たく見返す。情けない夫の姿を見せられ苛立ちが募る。

 

「仕方ない。そうね、仕方がないわ。セシリアは異常だから、それを直せるのは限られている。まぁ、仕方がないわ」

 

 娘の脳異常が直れば、たとえ世間では屑医者と呼ばれていようとも構わない。もしも下種で、娘のことで脅しをかけてくるようなら、ひっそりと消し去ってしまえばいいのだ。

 それよりも女性が問題視するのは、娘の異常が直しきれるかどうかだ。

 娘の異常は四歳から始まっていた。

 最初に異常を知ったのは、密かにつけたボディーガードからの報告だった。

 お嬢様は一日中、虫を潰して遊んでおいででした。

 小さな子供は残酷なもので、虫を殺してしまうのは別におかしなことではないだろう。女性は、ボディーガードが言いにくそうに報告するのを疑問に思った。

 その程度の報告ならしなくていい。

 幼稚な報告に時間を取られたくない、と注意するとボディーガードは申し訳ありませんと頭を下げる。だが頭を上げた後、しかし、と前置きをして報告を続けた。

 お嬢様は実に様々な方法で虫を殺していました。鋭い木の枝で串刺しにしたり、どこで持ち出したのかライターで焼き殺したり。私は見て背筋が寒くなりました。

 顔色を悪くした男の報告に、女性はまさかと思った。わたくしの娘がそのようなことをするはずがないと。

 しかし、目の前にいるボディーガードとは長い付き合い。このようなことで、わざわざ主人を騙すような能無しではないことは知っている。

 女性が娘の奇行については逐一報告を寄せるように求めると、次の日からは多くの報告を受けるようになった。

 そのどれもが、娘が何かを殺した、というもの。その中で肝を冷やしたのは、猫を蹴り殺したという報告だった。

 幾つもの報告を受けた女性は、娘の異常性を受け止めて嘆いた。

 このままではオルコット家の未来は暗い、と。

 女性はすぐにでも行動に移した。娘の異常性が悪化する前になんとかする必要がある。

 そうして今日、実行に移した。

 娘の脳みそを書き換える。

 犯罪者の芽を摘み取るために。オルコット家の未来の為に。

 信用に置けない見た目の医者を使って。

 経営学やらビジネスの話は強いが、精神や脳みそといった医療系の知識は持ち合わせていない女性には、医療がどれほどの効力を持つのか分からない。

 脳の異常性を取り除くことができるのか。

 不審な見た目の医者に問いかけたが、返ってきた言葉はやってみなければ分からない、という曖昧で役に立たないもの。

 女性にできることは所詮、医者の言葉に従うしかない。

 あの異常性を消し去ってしまわなければ。

 娘の為にも、私の為にも、そしてオルコット家のためにも。


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