べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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流れてくる夢を見ました

「一夏、シャルル。決勝戦で会おうぜ!」

 

 共に勝ち抜いていこう。

 セシリアがある種の宣戦布告をしたのは、ほんの数分前のことだった。

 決勝戦で会おう。バトル漫画などで、絶対に言ってはいけない台詞の一つとして知られている魔法の言葉。

 これを言えば決勝戦にたどり着くこともなく負けてしまうのだが、セシリアはそんなジンクスなど知らなかった。それゆえに、獲物の首筋に狙いを定めた獣のような顔で言い切った。

 学年別トーナメント当日。

 セシリアは空を仰ぎ見た。

 一点の雲もない青々とした空から、太陽の光が戸惑うことなく降り注いでくる。

 天候が申し分ないことをじっくり確認したセシリアは、顎を引いて正面に顔を向ける。

 

「……あ、アハハ。決勝戦どころか一回戦目だったね」

 

 頬を引き攣らせて笑うシャルルが映り込む。

 

「なんか……悪い」

 

 シャルルの隣には申し訳なさそうに顔を伏せる一夏がいた。

 居た堪れない。

 二人の言動がそう語っていることに、さすがのセシリアも逃げ出したい気分になった。

 学年別トーナメント、第一回戦。一夏・シャルルペアと、セシリア・ラウラペア。

 決勝戦で会おう。全てはこの言葉が原因だったかもしれない。白昼堂々宣言しなければ、顔から火が出そうな羞恥に襲われることはなかった。

 記憶がなくなるまで切り刻む以外に、この羞恥心を消すことはできない。

 

「……八つ裂く」

 

 セシリアが呟く。それは対面する二人の耳からするりと入り込んで、身体中に恐怖を伝播していった。

 生唾を飲み込んで身構える一夏。

 試合開始の合図が、そのまま彼らの死刑執行の合図となる状況。

 偶然によって辱めを受けたセシリアは目が血走っていて、明らかに冷静さを著しく欠いていた。

 この状況で、イギリスの獣と互角以上の勝負ができるであろう、ラウラは目を瞑り、干渉しない構えを取っていた。

 試合開始の合図を知らせるカウントダウンが動き出す。3から2、1と数字を減らしていく様は、一夏たちの寿命が迫ってきていることを嘲笑っているようだった。

 試合開始を告げる電子音が鳴った時、誰よりも速くセシリアが動き出す。

 レーザーライフルを片手で持ち上げ、狙撃の体勢を取らずに引き金を引く。

 

「勝負の始まりだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負の始まりだ。

 その言葉は合図だった。

 試合開始の合図は学園側が用意した電子音だったが、勝負の始まりを告げたのはセシリアの喜々とした声音だった。

 ラウラは勝負の合図を受けて、わずかに後退した。

 まずは距離を取って相手の出方を見る、という定石通りの行動からではない。

 相手の攻撃を避けるために、かついち早く反撃できるよう後退したのだ。

 ラウラが僅かにずれると、その空間をレーザーが横切って行った。

 

「やはりな」

 

 想像した通りの結果だった。あの日、セシリアとペアを組んだ時から、頭の中にあった予想が現実となって降りかかってきた。

 勝つためには手段を択ばない。セシリアの性格を理解しているからこそ、勝つための手段に検討がついた。

 

「奇襲失敗だな。一夏、シャルル手伝え!」

 

 セシリアの作戦はシンプルだった。

 裏切って、三対一という状況を作り出す。それも実力はともかくとして瞬間最大火力に定評のある一夏と、近中遠距離の全てをそつなくこなすだけでなく、相手に合わせられる物腰の柔らかさを持ったシャルル。

 同学年中で、仲間にするのにこれほど適した人材はいない。

 すぐさま一夏とシャルルを結び付けたことが、キサマの裏切りを決定づけていた。

 三人から距離を取って、レールカノンで更に牽制を行いながら、ラウラはセシリアの迂闊さを笑う。

 一夏とシャルルを組ませたのは、決して善意からではないことくらいラウラにも判断できた。数日の付き合いだが、あのセシリアが他人に善行を行うわけがないのだ。

 男同士が組めば女子たちが納得する、かつシャルルの性別がバレないように配慮しているように見せかけて、セシリアは自分にとって一番都合のよい組み合わせを作り上げたのだ。

 セシリアがラウラに勝つためには、最高の攻撃力を持った一夏を引き込むのは絶対条件。しかし、一夏を引き込むためには、彼がセシリアと相対するまで負けてはならない。彼女の勝利の条件は一夏にあるのだから。

 セシリアはそのために、一夏が敗退しないようにシャルルをくっつけたのだ。バランスの取れた戦い方をするシャルルならば、鈴にも負けることもないだろうと。

 ここまで布石を打っておいて、まさかの一回戦が本番だとはセシリアも思っていなかったようだが、ラウラとしては長々と裏切り者の茶番に付き合う必要がなくて清々している。

 

「ちょ、いいのか? 裏切っていいのかよ!?」

 

「そうだ。織斑先生が許すはずないよ」

 

「そこも織り込み済みだ。安心しな」

 

 三者三様に斬り込んでくるのを、ラウラは冷静に対処していく。はっきり言って三対一という状況であっても敗北のビジョンは見えてこない。

 ワイヤーブレードを射出して、一夏とシャルルを足止めする。脅威には成り得ない、とラウラは判断したのだ。

 正面から臆せず突進してくるセシリア。手に持ったショートブレードが風を切り裂いていく。

 ショートブレードが首を刎ね飛ばそうと迫るのを、ラウラは右腕のプラズマ手刀で難なく逸らし、代わりに左腕のプラズマ手刀をセシリアの首に叩き込む。

 セシリアは身体を仰け反らせることで、ラウラのプラズマ手刀を空振りさせる。

 ラウラにはセシリアの一挙一動が分かる。どれほど奇抜な動きで翻弄してこようが、教科書を逸脱した攻撃を見せてこようが思考を乱すほどのモノではなく、機械的に一つずつ捌いていく。

 

「このぉっ!」

 

 右斜め後ろからシャルルが攻撃を仕掛けてくることも、ラウラを驚かせることも焦らせることもない。ワイヤーブレードを蠢かせて全てを防ぎきる。

 上からは一夏が雪片弐型を突き出して落ちてくるが、ラウラはワイヤーブレードを刀に巻き付けて外へと引っ張って地面へと叩きつけた。

 

「弱い」

 

 ラピッドスイッチと呼称される、タイムラグなしで武器を持ち替える技法で相手の虚を突く戦法も、相手がこちらに照準を合わせきれてなければどうとでもなる、という単純な対処法でラウラは無力化する。さらに言えば、シャルルの持つ癖を見切れば、大げさな対処は要らない。

 

「弱い」

 

 相手のシールドバリアーを切り裂いて絶対防御を発動させる。それによって相手のシールドエネルギーをごっそりと削り取る必殺技。かつての世界最強、織斑千冬の最強にして最高の一撃なのだが、それを今は成長途上の一夏が振り回しているだけの状況。未熟ながらも駆け引きを行っているのだが、所詮はラウラの敵ではなかった。

 

「弱い」

 

 最初の不意打ち以降レーザーライフルを投げ捨てて、近接一辺倒なセシリアの攻撃も、そのための動作も全てが予測できる。何故予想できるかと問われれば、ラウラには明確に答える言葉を持ってはいない。

 ただ、セシリアが手加減していることだけは感じ取っていた。

 

「私を相手にして加減をするか。これが実戦なら、キサマは命が要らないということか!」

 

 三対一という状況を作り上げてまで勝負を仕掛けてきたと言うのに、いざ戦いが始まれば手心を加えてくる。馬鹿にされている気分になる。

 最初から不愉快感に晒されていたラウラは、この態度に不愉快の値は限界値を無視して上昇していく。

 

「キサマだけは八つ裂く!」

 

 セシリアをワイヤーブレードでグルグル巻きにして引き摺り回しながら、ラウラは宣言した。


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