「タッグトーナメント?」
差し出されたプリントを熟読したセシリアが首を傾げる。
「そうだよ~。二人一組でれっつバトる。だからねー、みんなおりむーかでゅっちーと組みたいって争ってるんだよ」
プリントを差し出して状況を端的に説明するのは本音。
「だからって追っかけまわしてどうにかなるもんなのか?」
「あんまりならないかも」
「ちなみに本音も追いかけ組の一人か?」
「ううん。私は置き忘れたお菓子を取りに来ただけだよ」
「菓子だと!? どこだ? 寄こ……ぐぅえぁっ!?」
セシリアと本音の会話の一部分に興味を示したラウラだったが、容赦のない締め上げの前にぐったりした。僅かに腕を上げて助けを求めるラウラだったが、本音がのほほんと笑ってセシリアに視線を向けた為に拘束は継続された。
意外に残酷な仕打ちをする本音と、これまた残酷な仕打ちを続けるセシリアの会話は弾む。
「机の中にまでお菓子を仕込んでんのか。虫歯に気をつけろよ」
「ちゃんとハミガキしているからだいじょーぶ」
「そりゃ安心だ。ところで、明日の昼飯奢ってくんないか。しっかりしたモノが食いたくなってさ」
「せっしーなら大歓迎だよ~。ちょっとせいとかいちょーが邪魔になっちゃうけど、バリバリばっちぐー」
仲良く言葉を交わし合う二人だが、周囲には沢山の人だかりができており、誰もが口を噤んでハラハラと成り行きを見守っていた。
セシリアに物怖じせず会話することができる本音とラウラくらいだ。他の生徒はどこか警戒しながらで、彼女たちは全員が本音の度胸を称えている。
「ねえねえ、せっしーは誰と組むの?」
本音が話を戻す。
期限以内にタッグトーナメントのペアを決めて書類提出しないと、学園側で勝手にペアを作られてしまう。プリントに書かれている日付は今日のもので、締切期限まで時間はあるが、やはり早めにペアを作った方が得策である。
「誰とねぇ」
セシリアは未だに腕の中に収めている獲物を締め上げながらも、誰とタッグトーナメントに出るかを考える。
一番最初に浮かんだのは、目の前で長すぎる袖を振って踊っている本音だが、正直に言うとあまり戦いに向く性格をしているようには見えない。
一夏やシャルルも浮かんでくるが、一夏を選べば嫉妬の嵐が鬱陶しい。シャルルの場合だと怯えられているということもあり、真面な立ち振る舞いは期待できないと思われる。
暫く考えを巡らせるセシリア。腕の中でぐったりと俯いているラウラの頭頂部を眺めていると、徐々に一つの考えが形になっていった。
「ラウラ、組むぞ」
セシリアは抱いたラウラへと声をかける。先ほどのカードゲームでの振る舞いや、現在の死刑執行中の姿を見れば、いかにお互いを快く思っていないことが分かる。しかしセシリアは先ほどの振る舞いと、ついでに現在の振る舞いがまるで存在していなかったかのように、まるで友達のように明るく提案していた。
だけど、空腹による攻めを受けていることだけでも辛いというのに、そこにもっとも相容れない敵からの腹部の締め上げを受けているラウラが首を縦に振るわけがない。
「ことわ……かはぁっ!?」
セシリアは、自身の提案を突っぱねようとするラウラを締め上げる。提案とは名ばかり。物理的な圧力を加えて、無理矢理YESと言わせる気満々だった。
このまま一日中締め上げるのも悪くないぜ。
嫌っている相手をこうまで痛めつけられる状況に、心満たされているセシリア。このまま部屋に持ち帰って、寝るまで締め上げていたいと思っていた。
「組もうぜ」
「なんどもおぉっ!?」
「何度でも言うぞ。組んでくれよ」
「キサマが土下座すれば考えてやらないでもないばぉらっ!?」
「くっくっくっ。状況が分かってねぇな。まぁ、分かってんだろうけどさ。大人しく承諾しろ」
「毎日昼食を献上すれば考え、れないっ!?」
ラウラは自身にとっての好条件を提示するが、その都度セシリアの締め上げを受けていた。
中々素直になってくれないラウラに、セシリアはちょっとずつ苛立ちが募っていた。土下座に関してはお前がしろと思い、昼食に関しては草でも頬張ってろと締め上げを強めた。
しかし、決して屈しようとしないラウラの想いは理解できる。セシリアも彼女と同じ立場に立てば絶対に首を縦に振らない決意があった。不愉快な相手に対してどうしてこっちが要求を呑まなければならないのか。要求は呑むものではない、呑ませるのもなのだ。
鉄壁の守備力でセシリアの要求を跳ね除けるラウラだったが、本音が近づいてある条件をつけたことで簡単に堕ちた。
「せっしーの要求を呑んでくれたら、私のお菓子あげるよー」
ラウラの一番弱いところをついたのだった。
ばりばりむしゃむしゃ。
スナック菓子を咀嚼する音が教室内に響く中、セシリアは一夏とシャルルを左右に従えて女子生徒の群れと相対していた。
女子生徒たちはそれぞれ好みの男子とタッグを組みたい。あわよくば特訓中に距離を縮めたいと考えていた。
セシリアにはない、乙女チック回路がフル稼働していることから起こった騒ぎ。彼女にはまったく関わりのない事態だったのだが、シャルルが無理矢理引き込んだ為に、仲介役のような立場に立たされてしまった。
知能より暴力で物事を解決しかねないセシリアが選ばれた理由は、女子生徒たちが彼女を恐れて大人しくなるからだ。今この時、セシリアは大いに役立つ存在だった。
「で、お前らの言いたい事ってのは、一夏やシャルルと組みたい」
「そうそう」
「でもライバルが多いから我先にと」
「ええと、はいその通りです」
「で、全員がバカみたい同じことするから、歩く公然わいせつ物の一夏と、甘いマスクで女を食い物にして遊ぶようなシャルルが恐れをなして逃げ出したと」
「被害者なのにわいせつ物あつかいかよ」
「そんな女の敵になった覚えはないけど」
二人の抗議を「無理すんな」と言って払い除けたセシリアは、女子生徒たちの前に人差し指を立てて、妥協案を打ち立てる。
「他の人に取られるのが嫌だと思ってんならさ、一夏とシャルルが組めばいいじゃねぇの」
肉体派のセシリアが奇跡的な発言をする。まるで神が乗り移ったかのように完璧な妥協案に、多くの女子生徒たちが「それならマシかも」と言って、若干の敗北感と共に教室を後にした。
残ったのはセシリアの考えを認めようとしない鈴と箒、ラウラにお菓子をあげてその姿を眺めている本音だった。
まぁ、コイツらは納得しないだろうな。なにせ、昨日のシャルルホモ疑惑を見たばかりだから。
女子なシャルルが、男子である一夏に触れて緊張していただけだというのが真相だったが、事情を知らない人から見れば不健全な道を行くシャルルが、己が欲望の為に一夏を悪の道に引き摺り込んでいるようにしか見えない。特に脳みそが腐りきった女子にはそう見えてしまうものだ。
そういう意味ではコイツらは脳みそ腐ってんな。
セシリアは可哀想にと、一夏に詰め寄る箒の頭部に注目する。あの頭の中はヘンタイで溢れていると思うと、見目がいいだけに残念な気持ちになる。
「ちょ、ちょっと」
鈴の方は一夏に詰め寄るようなことはせず、セシリアに小声で話しかけてきた。
「いいの? 男同士はダメなんじゃないの!? その、あの……アレなコレじゃあ危ないんじゃないの?」
「危なくないだろ。同意すればいいわけだし」
鈴の言いたい事が分かったセシリアはニッコリと笑って答える。答えた瞬間に頭を引っ叩かれた。
「駄目に決まってんでしょ。一夏がアーってなったら、アタシ一夏を殺して死ぬから。それぐらいデュノアのことを信用できないんだから」
「……そこまでの心意気なのか。そしてその心意気をシャルルの近くで言うのか」
セシリアは横でしょんぼりしているシャルルを見る。明らかに鈴の言ったことが耳に入る位置にいたわけだから、そのダメージはいかほどのものか、セシリアには理解できない。そもそもセシリアは加害者側の人間だから、被害者感情など到底理解することはできなかった。
心無いことを本人の前で言ってしまった鈴はばつの悪い顔をしたが、次の瞬間には鋭い視線をシャルルに向けて宣言した。
「男のアンタなんかに一夏は渡さないわよ。女の子を弄ぶような糞男子のアンタなんかに!」
「真に受けないでよ!?」
シャルルの悲鳴が教室に鳴り響いたのだった。