べつじんすと~む   作:ネコ削ぎ

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他人の部屋へ飯食いに

 シャルル・デュノアは実は女性だった。

 その告白を受けたラウラが最初に発した言葉は「だから?」だった。

 一夏とシャルルの部屋にはその部屋の使用者たちと、セシリア・ラウラの部外者組が額を突き合わせて、これからについて話し合っていた。

 

「でだ。どーすんだよ?」

 

 カツサンドを頬張りながらセシリアが訊ねる。大口を開けてサンドイッチにかぶりつく様は大変男らしく、シャルルのこともあり、もしかしたら女装しているのではと疑いたくなる。

 

「どうするもこうするもない。秘密を守る代わりに飯を奢る。これ以外に何があるという?」

 

 ハンバーガーをムシャムシャと蹂躙しているラウラが唯一の手段を提示する。二時間ドラマなどでは殺される役になるであろう台詞だったが、それを知らない彼女は一切気にしなかった。

 

「とりあえず三年間は大丈夫なんだから、それまでに何か考えればいいんじゃないのか」

 

 ホットドッグと死闘を演じながら一夏が提案する。この台詞はシャルルを説得する際に使用し、見事成功せしめたものであったが、セシリアとラウラは首を縦には振ってはくれない。

 

「……ねぇ、なんでボクだけフランスパンなの? フランスだからフランスパンなの!?」

 

 フランスパンの堅さに泣きそうになりながら訴えるシャルル。自身の身の上話なのに関係ない風を装っているのは、現実逃避の一環だった。

 

「一夏の考えだと、タイムリミットは三年。その間に案が浮かばなければ意味のないもんだぜ」

 

「確かにな。このままでは事態が悪い方に転がるだけだ。そもそもいつまでも男装を徹してはいられない」

 

「だからって、国に帰った方がいいって言うのかよ」

 

「駄目だ。これ硬すぎるよ。歯が折れちゃいそう」

 

「わたくしならすぐさま国に帰るべきだと思うぜ。引き延ばせば引き延ばすほど問題になる。させられているから、なんて理由が通じなくなるかもしれない」

 

「代表候補生は国の金で生活しているからな。そういったところでも非難されることもある」

 

「うーん。そうかもしれないけど。だからって今このまま帰るのは危なくないか」

 

「やっぱりコーンポタージュに浸して食べるしかないかな?」

 

「むしろ今だ。そもそも代表候補生は国の審査等で決まる。つまり一枚噛んでいることになる。承知の上で送りこんだに違いない」

 

 ラウラは指先についたケチャップを舐め取る。

 

「同意するんは嫌だけどな。ラウラの言う通りだと思うぜ。問題が発覚してから帰国しても、国は知らぬ存ぜぬを貫くだけだ。デュノア社だけが被害を負うことにもなるってな」

 

 二つ目のカツサンドに手を伸ばしながらセシリアは言う。

 

「ズルくないか?」

 

 具のなくなったホットドッグの残りを放り込みつつ不機嫌な声を出す一夏。

 

「それが社会だぜ。みんな馬鹿正直には生きちゃあいねぇのさ」

 

 セシリアの生い立ちが垣間見える言葉。

 言葉通りに受け止め愚痴を零す一夏と、その言葉の裏にあるものを感じ取って共感するラウラ。

 ラウラ自身、馬鹿正直ではない大人によって代表候補生の椅子に座らされているものだから、人間は皆善人などという幸せ理論は持ち合わせてない。

 

「じゃあ、短いとは言えど一緒に過ごした仲間を追い出すのかよ?」

 

「言い方は悪いかもしれないが、私たちは既に共犯者の身となっている」

 

「き、共犯者!?」

 

 フランスパンとおしゃべりしているシャルルを盗み見して驚く一夏に、同じく奇行を見せつけてくるシャルルを冷静に観察しながら語るラウラ。観察には熱心ではなく、次々とハンバーガーを蹂躙しているが。

 

「知っているのに黙って隠し立てを助けているんだ。これを共犯者と言わずになんて言う」

 

「せーぎのミカタ?」

 

「オッケー、一夏。共犯者以外の言葉が出ないのが分かったぜ」

 

 出来の悪い子を慰めるように一夏の頭を撫でるセシリア。

 

「つーか、中心人物なシャルルがフランスパンと旅行行ってんだけど。どーすんだよ?」

 

「おーい、シャルル。帰ってこい」

 

 一夏とセシリアが現実逃避を継続しているシャルルの肩を揺さぶって、妄想の世界から引きずり出そうと試みる。

 ラウラも二人の手伝いをするために、シャルルの抱き込んでいるフランスパンをひったくってかじり始めた。単に腹が空いていただけなのだが、結果的に協力しているのだから構わないだろう。

 

「この程度のフランスパンに手こずるようでは駄目だな」

 

 がじがじと喰いちぎってフランスパンを飲み込んでいく。シャルルがいくら時間をかけても攻め落とすことのできなかった堅牢なフランスパンを、いとも簡単に陥落させる顎は脅威の一言だった。

 

「シャルル、正気に戻れ! 今戻らないと色々面倒なことになるぞ。何がどう面倒なことになるか分からないけど、きっと面倒になるから帰って来てくれ!」

 

 ラウラがフランスパンを攻略中、隣では一夏が一所懸命シャルルに調略を仕掛けていた。両肩に手を置いてガクガクと揺すっているだけだが。

 

「あ、あの、いち……一夏!? 正気、正気取り戻してる、からっ!?」

 

 ようやく帰ってきたシャルルの言葉は暫くの間、一夏に届くことはなかった。一夏以外はシャルルの帰還を知ったが、面白いから放っておくのと、再びハンバーガーに手を伸ばす。

 

「お前らの意見を再確認するぜ。一夏は隠蔽する派、わたくしとラウラはとっとと帰国派、そんでシャルルは柔らかいパン派だな」

 

「ごめん。議論に参加しなかったのは謝るから、最後まで蚊帳の外はやめて!」

 

「私は硬いのも柔らかいのもイケる派だ。キサマには無理だけどな」

 

 セシリアを挑発するラウラ。何をどうすれば挑発の言葉になるのかは分からないが、不愉快な奴に負けたくない想いを持つ二人には充分挑発に成り得た。

 

「……おーい。そりゃわたくしに言ってのか? ブッ飛ばすぞ」

 

「よせ、二人共!? 部屋を荒らすようなことはしないでくれ」

 

「そうだよ。もう夜だから騒ぐと迷惑になっちゃうよ」

 

 一夏がセシリアを、シャルルがラウラの前に立ちふさがる。

 

「バカが! 他人の迷惑考えて喧嘩できっか。喧嘩なんて自己本位だ!」

 

「その通りだ。巻き込まれた方がマヌケだ! そんなの死ねばいい!」

 

 迷惑を顧みず騒ぐ二人。どちらも手の付けられない獣なので、体格で勝る一夏が頑張ったところで止めきれるものではなかった。

 それでも自らの部屋を守るため、騒ぎで人がやってこないように身を挺して止める。

 シャルルの方は体格の劣るラウラの腰に抱き着いて重石になるので精一杯だった。ほとんど意味を成していないが、それを殴られる恐怖に耐えてまで頑張っているのだから水を差してはならないだろう。

 ラウラは一歩一歩ゆっくりと歩みを進める。腰にしがみ付くシャルルなど存在しないかのような自然な歩み。小さな体躯にどれほどの力があるかが分かってしまう。

 

「と、とりあえず! シャルルの件は保留にしよう! なっ? なっ?」

 

 一夏は一夏でなんとかセシリアに冷静さを取り戻してもらおうとしていた。言葉による解決を試みてはいるが、相手は言語よりも非言語に頼る乱暴者であるから、確実にボコボコの道を突き進んでいた。セシリアの形のいい胸が柔らかいとか、拳の硬さの前ではそんな幸せを堪能する暇もない。

 獣二人の勝負を止める戦いは生身の人間には荷が重かった。

 たとえ一夏とシャルルの二人がかりでこられたとしても、ラウラには容易に返り討ちにできる。それはセシリアも同じだろうが、ラウラの中では自分は楽勝、セシリアは辛勝だった。

 とは言っても所詮は同じ生身の人間。堪忍袋の緒が切れたシャルルがISを持ち出したことでようやく鎮圧することができたのだった。


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