蛇は刃と翼と共に天を翔る   作:花極四季

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戦闘描写で苦労したのと、設定がどんどん膨らんでいって纏めていたら予定より遅くなった。



第六話

いつも通りの日常を過ごし、あっという間にクラス代表戦当日になった。

私達は、椿さんを除いて観客席で横並びに並んでいる。

椿さんは、最終調整の為に席を外している

今回ばかりは一夏君に協力することもできず、クラスの付き合いということもあって、積極的に代表になった椿さんのフォローに回っていたせいで、ルームメイトである布仏さんとも寝床を共にするぐらいしか接点がなくなっている。

布仏さんも何やら忙しなくしているようだが、どうやら一夏君関連ではない様子。

布仏さんの性格なら誰とも友達になれるでしょうし、私が知らない付き合いがあっても別段不思議ではない。

 

因みに初戦は、一組の一夏さんと三組の例の転校生、凰鈴音さん。

食堂での会話だったこともあり、あの時の会話は布仏さんを介するまでもなく、細々と伝わっていた。

簡潔に言えば、磯村さんの推測通りの痴情の縺れ。

詳しいことは聞いていないが、所謂二人は幼馴染の間柄らしく、昔の約束を一夏さんが曲解して受け止めていたらしく、凰さんがそれに怒ったとのこと。

一夏さんは天然だから納得できる。凰さんは食堂でのやり取りだったこともあり、訂正するにしても直接的な言い方は出来ずに結局うやむやになった、と私は推測しています。

とはいえ、場所が違えば結果が違ったか、と言えば怪しいところですが。あの一夏さんですし。

 

「織斑一夏と凰鈴音、どちらが勝つと思います?」

 

「凰さんの情報は今回調べていないので何とも言えませんが、武装が近接装備しかない一夏さんでは、初見で代表候補生と戦うのは骨でしょうね」

 

「へー、男らしい戦闘スタイルなんだね」

 

「話によれば、織斑先生の専用機の武装をフィードバックしたものらしいですね」

 

「昔の映像で見たことあります。モンド・グロッソ優勝者の名に恥じない、究極の一の体現者のそれでした」

 

近藤さんの言葉に同意する。

私もその動画は見たが、あれは最早人間の枠を超えている。

何がどう、とは言えないが、とにかくおかしい。

公式試合だということで間違いなくまずあり得ないが、ドーピングを疑われてもおかしくない身体能力と反応速度だ。

人造人間だと言われても驚かないレベルだ。

 

「そりゃあ、あの人気も頷けるよね。生きた伝説だもん」

 

「女性操縦者の憧れを一身に受けているのも、当然ですわね」

 

「そういう皆さんは、織斑先生を?」

 

「うーん、私はどちらかと言えばクーゲル先生かな。戦闘スタイルも似ているし」

 

「クーゲル先生はインファイターなんでしたっけ」

 

「そうですよ。当時の先生の専用機の武装は、常時展開型の収納式パイルバンカーのみで、それ以外は物理攻撃と投げで戦うスタイルなんですよ。それ以外にも一定の条件によってISの能力を底上げする機能も備わっていて、それによってISに大きな負担が掛かるんですが、放熱機構を攻撃に転用することで、無駄を無くしているんです!これは開発側からも考慮されていなかった使い方らしく、戦闘力も相まって織斑先生のライバルとして人気を次いでいるんですよ!」

 

熱弁する磯村さんに、若干引き気味になる私達。

 

「クーゲル先生が凄いのは分かりましたわ。では、ノエルはどうなんですの?」

 

「わ、私?そうだなぁ……山田先生、とか?」

 

「おや、予想外のチョイスですわね」

 

「そうかな?織斑先生とクーゲル先生が凄すぎて隠れがちだけど、山田先生は織斑先生に操縦技術を認められてる、数少ない人物なんだよ?お二人と違って、万能に戦える山田先生は、参考にしやすいってのもあるし」

 

山田先生、そんなに優秀だったんですか。

普段の母性溢れるドジっ子な彼女からは想像がつきませんね。ギャップ萌え……にはなりませんね。

とはいえ、近藤さんが彼女を参考にするには、直接指導をしてもらうぐらいしかなさそうですが、どうなんでしょう。

有名なお二方と違って、資料なんてものはあるかも怪しいですし。

 

「ツバキは織斑先生推しだよね。騎士、って感じに憧れてる感じあったし」

 

「騎士がというより、騎士に付随する正義という概念に焦がれているように思えますわ」

 

「ツバキは真面目だからねー」

 

そんな感じに会話に花を咲かせていると、とうとう一回戦の始まりが告げられた。

湧きあがる歓声、高まる熱気。

始まったばかりなのにこの興奮。古来よりこの類の催しは人を狂わせると言われていますが、ただ中に置かれて初めてその意味が理解できた。

 

「出てきましたね……二人とも」

 

一夏さんと凰さんが、アリーナの上空で静止し、睨み合う。

睨むと言っても、一方的に凰さんが敵視しているだけのようだが。

 

「何か言い合ってますわね」

 

「歓声のせいで全然聞こえませんが、恐らく例の件のことじゃないでしょうか」

 

「罪な男だねぇ、彼も」

 

「当人は無自覚なのが、余計に問題の種になっているんですが、それさえ自覚していないものですから、堂々巡りなんですよね」

 

教えたところで、実感するとは思えない。

あそこまで行くと、女性とそういう関係にならないように意図しているようにさえ見える。

鈍感を超えて、病気ですよアレは。

 

「そういうの、私は好きではありませんわね。無知は罪、なんて言葉もあるように、無邪気は時として邪気になる。あの様子だと昔からあんな感じだったようですし、彼に振り回される凰さんが可哀想ですわ」

 

凰さんに同情の視線を向ける藤田さん。

言いたいことは分かるし、納得できる。

彼に向ける好意が愛情なのかは定かではないが、一夏さんの反応は自身に向けられる好意を真っ向から否定する行為に他ならない。

自覚していようが無自覚だろうが、タチが悪いことに変わりはない。

……とはいえ、それもまた、彼の主人公性が成せる業だと考えている私に、何か言う権利はない。

まぁ、モテモテで羨ましい、と思うことはありますが。考えるだけなら自由ですよ。

 

「あ、いたいた~」

 

歓声の響く中、聞き慣れた飴のような声が耳朶を打つ。

やはりというべきか、その声の正体は布仏さんだった。

 

「布仏さん、どうしてここに?一組の方にいたんじゃ」

 

というよりも、クラス別の行事で別のクラスの人が一緒の場にいるって、不味いのでは?

 

「許可なら織斑先生からもらったよ~。それとも、私と一緒は嫌?」

 

「とんでもない。ですが、許可があるにしてもあまり良い印象は持たれないのではと思いまして」

 

「気にしない気にしない」

 

布仏さんは相変わらずマイペースでこちらの心配を受け流す。

そこましてこっちに来てくれたことに喜びを禁じ得ないが、同時に申し訳なさも募る。

 

「貴方が、布仏本音さんですの?」

 

「うん、そうだよ~」

 

「初めまして、私、彼の友人で藤田純華と申します。以後お見知りおきを」

 

「私は磯村真琴、よろしく!」

 

「私は近藤沙耶です」

 

「よろしくね~」

 

布仏さんは笑顔で一人一人と握手を交わしていく。

こういう些細な行動が、彼女の善性を如実に表している。

 

「あ、始まるよ」

 

布仏さんは私の隣に座り、アリーナを指さす。

一触即発、そんな言葉が似合う空気を破壊したのは、一夏さんだった。

 

受けの姿勢は不利だと理解しているのだろう。

どうせ近づくしかないのなら、躊躇う必要はない。それが例え、相手にとって有利に働く行動だったとしても。

凰さんは手に刃渡りの大きい剣を携え、それを迎撃する。

一夏さんの必死な様子に対し、凰さんは余裕の姿勢を崩さない。

 

「凰さんも近距離系のISなんでしょうか。さっきからずっと接近戦ばかり……」

 

「敢えて同じ土俵に入ってる、と考えられなくもないですが、あり得なくはなさそうですね。ただ……」

 

「ただ?」

 

「彼女の背後に浮いている二基の翼のようなものが気になりまして。恐らく、アレに何か秘密がある」

 

凰さんのISの中で特に異彩を放っている、背後の装備。

小さい穴のようなものも開いていることもあって、あそこから何か発射するないしはカメラ的役割があると推測している。

そんな考えを巡らせている間に、凰さんは手に持っていた剣と同じものを柄同士で連結させ、回転運動と共に一夏さんへと繰り出した。

それを余裕を持って回避したかと思うと、一夏さんの身体が突然弾き飛ばされる。

 

「今のは……?」

 

「まだ分かりません。もう少し情報が欲しいですね……」

 

戦況を見守る中、一夏さんはその見えない攻撃に翻弄される。

飛び道具となった剣と、見えない攻撃という見える脅威と見えない脅威に踊らされている。

 

「う~ん、何だろうねアレ」

 

「最初は空気砲かと思いましたが、それにしては多角的過ぎますわ。砲身と思わしき背後の装備の穴の死角からも、攻撃が当たっていますわね」

 

「狭間さんは、何か分かった?」

 

「そうですね……藤田さんの言う通り、多角的な攻撃に視覚では捉えられないとなると……空間そのものに干渉しているとしか思えませんね」

 

「えっと、つまり?」

 

「空間の圧縮、そこから元に戻る力が働くことによって、空間爆発を起こしている可能性がある、ということです」

 

藤田さんを除く三人が、意味が分からないと言った顔をしている。

 

「……えっと、言いたいことは何となく分かりますけど、そんなこと出来るの?」

 

「空間の圧縮自体は、原理的に不可能ではありません。宇宙開闢の切っ掛けとなったビックバンから、宇宙は膨張し続けているとあります。空間膨張が可能なら、その逆も然りです。小規模とはいえ、そんなことが出来るとは思ってはいませんでしたが」

 

「うわー、なんかとにかく過ごそうですね」

 

「ローレンツ収縮のように視覚的に影響が出るケースは良く聞きますが、そこに物理的干渉が介在した場合、観測する視点からすればどうなってるのでしょう」

 

「さぁ、そこまでは。ただ、空間が圧縮されているなら、空間内は最低でも須臾レベルでの時間逆行が行われている筈です。ということは、私達が知覚している凰さんの攻撃は、実は何億分の一秒前に受けたダメージだったりする訳ですね」

 

「それって、時間停止攻撃を受けて『階段を登っていたと思ったらいつのまにか降りていた』的な状態と似てたりする?」

 

「その例えの意味は分かりませんが、違うと思います。認識の外にある現象、という点では同じかもしれませんが、空間圧縮の場合、下手をすればダメージを受けることが確定されているという点が恐ろしいところです。とはいえ、凰さんが空間圧縮から生じる時間逆行を認識出来ていなければ、ただの衝撃砲でしかないんですけどね」

 

「なるほど、バイツァ・ダストってことかー」

 

さっきから意味の分からない例えをしながら納得している磯村さん。もしかして、漫画とか引き合いに出してます?

 

「ユウくんなら、どう対処する?」

 

「そうですね……見た感じ、凰さんは衝撃砲を扱う際に、攻撃する方向に視線を向けている傾向にあるようです。視覚の外に移動する、視線を自分以外に誘導させる、認識より早い速度で移動する。単純ですが、対策自体は容易ですね。もし、凰さんが全方位の敵をハイパーセンサーなり使って、正確に認識できるようになれば、勝てる人はほぼいなくなるでしょうが」

 

「そのレベルは、間違いなく織斑先生クラスだよ~」

 

「ですが、人間に出来るレベルの芸当であることは間違いありません。ISの改良によって補正が掛けられるようになれば、そこまで技術を要する必要はなくなると思いますし」

 

「でも、この戦いでその過程は無意味。そうなると……」

 

「――勝つのは、持てる技術を十全に扱えた者、ですね」

 

そんな呟きと共に一夏さんが凰さんの懐に飛び込まんとした瞬間、何かが砕けるような音と共に、アリーナの中央が爆発した。

 

 

 

 

 

「な、何だ!?」

 

セカンド幼馴染である鳳鈴音と、クラス代表として一回戦を繰り広げていた最中、それは起こった。

両者の間に、流星のようにひとつの物体が着弾。中心から爆発し、アリーナが炎上していく。

炎から悠然と姿を現したのは、灰色を基調としたIS。

つま先まであろう長さを誇る腕と、頭部から胴体に掛けて一体化したようなディテールのそれは、既存のISの常識とはかけ離れた、全身装甲によって構成されている。

 

視界が晴れ、ISの姿が露わになったことを皮切りに、悲鳴が連鎖爆発を起こす。

外周から聞こえてくる阿鼻叫喚の悲鳴が、現状が如何に異常事態であるかを物語っていた。

 

「鈴、あれが何だか分かるか」

 

「分かる訳ないでしょ。それにあんな造形のIS、見たこともないわ」

 

「正式に登録されていないISってことか?」

 

「少なくとも、表に出ていれば似た外見のものぐらい公表されるでしょうね。何にせよ――」

 

鈴は連結させた青龍刀を後ろ手に構える。

 

「――アレは敵よ。なら、排除するまで!」

 

身体を捻りながら、青龍刀をブーメランの要領で謎のISへと投擲した。

それに反応して、灰色のISはバレルロールで回避を行い、カウンターで腕部からレーザーを正確無比に発射した。

咄嗟に俺達は左右に分かれるようにそれを回避。

 

そこからは、一方的な展開だった。

両手から放たれるビームの群れが、戦場を支配する。

俺も鈴も、近距離を主体とした装備で、お互いに消耗していることもあって、防戦一方を強いられていた。

一歩でも踏み込めば、蜂の巣だ。鈴の技量でも攻めあぐねているのに、俺なんかは以ての外だ。

膠着する現状に歯噛みしていると。ISを通して通信が入る。

 

『一夏、聞こえるか』

 

『千冬姉か!?』

 

それは、千冬姉からの通信だった。

彼女の声を聴いたことで、幾ばくか精神が落ち着いた気がする。

 

『聞け。現在、異常事態によって現場は混乱を来たしいているのは分かるだろう。生徒の避難が最優先な状況下で、お前達に向ける増援は実質ないと言っていい。だから、時間を稼げ。そうすれば、教員が駆けつけてくる。お前達は先程まで戦闘をしていて、エネルギーも消耗している。決して深入りするな』

 

一方的に捲し立てるような通信を受け取り、返信もする暇もなく切られる。

 

「深入りするなって、そんな悠長なこと言ってていいのかよ」

 

「救援だって、いつ来るのって話よね。それに、アイツ――強い」

 

こちらを値踏みするように、空中に静止する灰色のIS。

値踏み?――観察、されている?

余裕の表れか?それとも――他に何かある?

 

「一夏、逃げるなら逃げてもいいわよ。アンタじゃアイツの相手は荷が勝つわ」

 

「冗談。どうせ逃げ場なんてないんだ。それに、幼馴染を放ってまで逃げるなんて、そんな情けないことできるかよ」

 

「一夏……」

 

雪片弐型を強く握り締める。

ここで引けば、周りのみんなに被害が及ぶ。

それは、無様に逃げて命が助かることより、よっぽどの生き恥だ。

 

『――あー、もしもし、聞こえてますかー?』

 

決意を新たにしたところで、気の抜ける声がISを通して聞こえる。

 

「この声――もしかして、狭間か?」

 

『ええ、そうです。どうやら上手く繋がったようで、安心しました』

 

そう、場違いに落ち着いた声が耳朶を打つ。

この声は、同じ男性操縦者である、狭間祐一のものだ。

 

「え、え?何がどうなってるの?」

 

知らない人間からの声を前に、鈴は混乱している。

 

『申し訳ありませんが、短めに現状を説明します。現状、IS学園のネットワークシステムの殆どが外部からの干渉で遮断されています。恐らく、あのISを送ってきた者の仕業でしょう。学園のセキュリティを突破する手腕を考慮するに、バックは相当デカイです。下手なことをすれば、貴方達は間違いなく敗北します』

 

「なっ――なら、どうすればいいのよ!」

 

真っ向から実力を否定され、苛立ちながら返す鈴。

 

『落ち着いてください。冷静になれば、あのISの特性が見えてくると思います。先程から、敵が攻撃してくる様子はありません。こうして会話で集中力が散漫になっているにも関わらず、動く気配すらありません』

 

「確かに……」

 

『恐らく、しばらくはこのままでも平気でしょう。何もしなければ、という前提が入りますが』

 

「ちょっと、いきなり割って入って、ずけずけと何だっていうのよ!」

 

『凰さん、言いたいことは分かりますが、この場では私に従って下さい。織斑先生も恐らく教員としての責務を全うしている最中です。今、こうして接触できるのは私だけでしょう』

 

狭間の真剣な様子に、鈴も言葉を閉ざす。

そう、そんなことを話している場合ではないんだ。

 

「ちょっと待ってくれ。狭間は今どこにいるんだ?管制室、ではないよな?」

 

そうでなければ、恐らく、なんて曖昧な表現はしない筈。

 

『私はアリーナの観客席にいます。そこにある非常用のコンソールから無理矢理一夏さん達と交信しているので、いつ切れるのか分かりません。近くに布仏さんもいますよ』

 

『オリムー大丈夫?』

 

狭間と入れ替わるように、布仏さんの心配そうな声が聞こえる。

 

「布仏さん、俺は平気だよ」

 

『良かった。無理しないでね、今、ユウ君がなんとかしてくれるって言うから』

 

「何とかって?」

 

『何か、ここの端末から一部の隔壁のプロテクトを解除して、増援を送れるようにするって』

 

そんなことが出来るのか?

当人がバックがデカイと言ったばかりなのに、非常用の端末でそんなことが出来るってことは、狭間はそのデカイ何かと同等――いや、それ以上の機械技術に精通していることになる。

 

「増援って、誰だ?先生はまだ避難誘導で時間が掛かってるんだろ?」

 

『大丈夫、ユウ君が信頼する人達だから』

 

それだけ言い終えると、通信が遮断された。

恐らく、交信の限界が来たんだろう。

そして、それに呼応するように、今まで不動を貫いていた灰色のISが腕を俺達に向けて構える。

油断していた。やられる――!!

 

そう覚悟した瞬間、灰色のISの片腕が分断され、射線を大きく逸らし、地面を抉った。

灰色のISの背後に突如と現れた影は、そのままの勢いで蹴り飛ばす。

それに反応して、残った腕からのビームで迎撃を試みるが、既にそこに影の姿はなく、再び灰色のISの近くにその姿を現す。

 

「イージスブレイド!」

 

桃色に光る剣を、天に掲げるように振り上げる。

その一撃は、灰色のISに大きな爪跡を残した。

 

「正義執行!私が、貴方を断罪します!」

 

凛々しく透き通るような声が、アリーナに響く。

その姿は、俺がイメージするものとは大きく違ったが、誰もが思っただろう。

あそこにいるのは、紛れもなく『騎士』だと。

 

「大丈夫ですか、お二人とも」

 

「あ、ああ……。アンタは、一体」

 

「詮索は後です。ただ、狭間祐一の託した増援だと理解してもらえれば」

 

増援――彼女が、狭間が言う信頼する人。

だが、彼は達と言っていた。なら、他にもいるのか?

俺の疑問に答えるかのように、青色の線が灰色のISを貫いた。

閃光の流れを視線で遡ると、そこにはつい最近見たばかりの青い機体――ブルー・ティアーズが空中で静止していた。

 

「お待たせしましたわね」

 

「セシリアか!」

 

「はい、織斑先生の指示で、助太刀に参りましたわ」

 

セシリアが増援。だけど、千冬姉の指示だと言う。

この騎士のような女性は、セシリアの乱入に大きな反応を見せる様子はない。ということは、セシリアがもう一人の信頼できる人間?

狭間は、セシリアが送り込まれることも予測済みだったってことか?凄い洞察力だな。

 

「ノエルは……流石に待っている時間はありませんね。このままあのISを破壊しますよ」

 

「破壊って、そんな――」

 

「気付いていないのですか?私はあのISの腕を切断した。だけど、血の一滴も流れていない。そもそも、絶対ではないとはいえ、操縦者の安全が保障されている絶対防御を抜けて致命傷を与えるなんて、普通はあり得ません」

 

鈴の戸惑いを、騎士は返す刀で切り捨てる。

 

「それって、つまり……あれは無人機だってことか?」

 

確かに、思い返せばあの灰色のISは動きが正確無比過ぎた。

そして、こちらが攻撃を止めた途端に同じくして攻撃を止めたのも、プログラム外の行動だったからと考えれば納得がいく。

 

「それに、先程あのISのコア番号を解析しましたが――登録番号不明とありました」

 

「不明って、それはアラスカ条約違反ではありませんの?」

 

「その通りです。この時点で相手がまっとうな手合いでないことは確定したようなものです。ならば、慈悲を与える理由はありません」

 

アラスカ条約……名前は知ってるけど、詳しいことは知らない。

確か、ISの運用に関してのあらゆる規定の総称だった筈。

 

「なら、背後関係を洗う為に捕獲するべきじゃないの?」

 

「可能であれば、そうしたいですが……今はアレを無力化することだけを考えましょう。そもそも、そんな都合の良い結果が出るとは思えませんし」

 

「そう、だな。何にしても、アレはここで仕留めるぞ!」

 

俺の宣言に、みんなが頷く。

 

「私と凰さんが、先陣を切ります。セシリアさんは後方からの援護射撃を。そして織斑さん、貴方がトドメを刺してください」

 

「俺が?」

 

「申し訳ありませんが、狭間さんを通じて貴方のIS、白式について調べさせてもらいました。その中に、あのISを一撃で沈められる切り札があることも含めて」

 

切り札と言うのは、零落白夜のことか。

千冬姉の話では、白式の単一仕様能力で、白式のシールドエネルギーを消費してシールドバリアーを無効化する諸刃の剣。

未熟者の俺ではまともに扱うことさえ出来ない、宝の持ち腐れと化した武装だ。

 

「でも、あれは――」

 

「分かっています。その威力に相応しいデメリットがあることも。それを承知の上で、貴方に託したいのです」

 

騎士の瞳が、俺を射抜く。

この鋭さ、どこか既視感を覚える。

 

「奇襲でダメージを与えることは出来ましたが、二度同じ戦法は通用しないでしょう。これ以上時間を掛ければ、被害はアリーナに留まらなくなります。だからこそ、短期決戦で決めたいのです」

 

「だ、だけど。もし、決められなかったら――」

 

「大丈夫。その為のフォローを、全力で私達がします。初対面の私を信じなくてもいい、その代わり彼女達を信用してください。そうすれば、きっと貴方は戦える」

 

何の根拠もない、一方的な激励。

この進退窮まった状況で、一番の素人である俺を作戦の要にするなんて、正気じゃない。

そんな俺の考えを察したのか、バツが悪そうに騎士は言葉を紡ぐ。

 

「私にもよく分からないんです。だけど、貴方は不思議と信頼できる。私の期待に答えてくれる。そんな気がするんです」

 

「はは……なんだよそれ」

 

本当、迷惑な理屈だ。

でも――ここまで言われて引き下がるなんて、男じゃないよな。

 

「……いいぜ、やってやろうじゃないか」

 

「いい眼です。やはり、あの人の弟なんですね」

 

「そう言われて、悪い気はしないな」

 

千冬姉は、俺の憧れだ。

厳しさの中にある優しさ、人を惹き付ける圧倒的なまでの強さ。

それは、凡愚である俺には眩しすぎて――だからこそ、焦がれた。

幼い頃から女手一つで俺を支えてくれた千冬姉。

第二回モンド・グロッソの時に、俺は誘拐された。千冬姉を優勝させない為に、人質として俺を捕えた。

結果、千冬姉が歩む筈だった栄光のロードは、閉ざされた。俺の、せいで。

そして今も、千冬姉には世話になりっぱなしで何も返せないでいる。それどころか、苦労を掛け続けるばかりだ。

だから、ISが操縦できるようになって、千冬姉が使っている装備が添えられた専用機が届いたとき、思った。

 

――俺が、千冬姉と同じになればいいんだ、と。

 

それが如何に苦難な道か、千冬姉と共に過ごしてきた俺だからこそ、嫌でも理解できている。

今はまだ遠い、姿さえ見えない果てのない道。

心が折れるかもしれない。そもそも、千冬姉と俺とではスタートラインが違いすぎる。

――それでも、憧れを止める理由にはならない。

 

「白式、俺に力を貸せ!」

 

その言葉に反応するように、力が漲ってくる。

千冬姉の魂を引き継いだこのISが、俺に力を分け与えてくれているのかもしれない。

なら、この頭の中に想起される未知の知識にも、納得がいく。

 

「誰でもいい、俺にエネルギー攻撃を撃ってくれ!」

 

「えっ!?ちょっと、何言ってるのよ!」

 

俺の言葉に、誰しもが動揺する。

無理もない。俺だって、同じ立場なら同じ反応をする。

でも、これは必要なことなんだ。俺が全力を出す為に、足りないものを補う儀式なんだ。

 

「いいから、撃て!俺を信じろ!」

 

「――ッ、後悔しても知らないわよ!」

 

俺の背中に、衝撃砲の感覚が走る。

その衝撃と共に、白式にエネルギーが充填されていく。

 

「準備は整った様子ですね。では――行きます!」

 

騎士が宣言と共に突貫する。

 

「一夏、ヘマするんじゃないわよ!」

 

続けて鈴が、衝撃砲による牽制を繰り出しつつ、距離を詰めていく。

 

「私が見込んだ男なのですから、情けない姿を晒さないで下さいませ」

 

セシリアは得意のビットとライフルで、遠距離から敵の逃げ道を塞ぐ。

 

俺は、三人の攻撃の合間を縫うように移動しつつ、絶好のタイミングを窺う。

我武者羅に放たれるレーザーに意識を集中しながら、徐々に間合いを詰める。

俺は攻撃には参加しない。下手糞な俺では必殺のタイミングを測りながら戦闘に参加するなんて出来ない。

情けない話だが、みんなが俺を信じて戦ってくれている以上、失敗だけはしたくない。

だからこそ、待つ。じっと、耐える。

 

騎士の少女は、瞬間移動のような動きで距離を詰めたり離れたりを繰り返しの、攪乱戦法を繰り返している。

イグニッション・ブーストなんて目じゃない速度は、AIの処理速度さえ超越するらしく、さんざん苦労させられたISはその動きを追うので精一杯と言った様子だ。

 

「こ――のおお!!」

 

鈴は持ち前の近接能力の高さで、騎士の攪乱に合わせるように追撃を入れていく。

だが決して豪快なだけではなく、その端々から見える正確な動きは、流石代表候補生だと舌を巻くレベルだ。

衝撃砲を使わないのは乱戦だからということもあるだろうが、俺との戦闘で多少なりエネルギーを消耗しているというのが大きい筈。

凄まじい気迫と共に放たれるそれは、俺との戦いでは見せてくれなかったもので、こんな場面だっていうのに悔しさが押し寄せてくる。

でも、同時に――いつか追い付いてやりたい、という欲望も沸いた。

 

「そこ、ですわ!」

 

セシリアの繰り出すライフルとビットの糸を通すような射撃が、前衛二人の不足を補うように無数の線を引く。

二人に張り付かれレーザーを発射することもままならなくなった灰色のISの代わりに、今はその光景を補うと言わんばかりにセシリアのレーザーが戦場を支配している。

 

「これが、代表候補生の実力――」

 

こんな時だというのに、俺は三者三様の舞いに見惚れていた。

力強くも美しい、俺の必死なだけの戦い方とは違い、華がある。

はっきり言って、俺なんかが介入しなくても倒せるだろう。

だから、見守るだけか?

――否。それは決して有り得ない幕引きだ。

俺は、託されたんだ。

あのISに終止符を打つ、締めの役割を。

俺のような素人を信頼してくれたからには、それに応えたい。

 

だが、俺に出来ることは、ただ剣を振ることだけ。

それしか出来ないのだから、当然。そも、それ以外は誰も期待していない。

だったら、どうする?彼女達が掴むであろうチャンスを、確実にモノにするには、どうすればいい?

期待と不安による思考の泥沼に腰まで浸かっている中、非情にもその時は訪れた。

 

「――今です!」

 

セシリアのライフルが、灰色のISに直撃し、大きく身体を仰け反らせる。

セシリアの号令と共に、俺は切り札を起動させる。

 

「――零落白夜、起動!」

 

高密度のエネルギーが、雪片弐型へと収束していく。

秒読みの速度で減るエネルギーが、零落白夜の性能の高さの裏付けとなり、俺の心を滾らせる。

これが、俺に残された最後の力だ。

 

「うおおおおおおお!!」

 

力の限りの咆哮と共に肉薄する。

俺に敵性反応を示した灰色のISは、苦し紛れの体勢で俺に腕を向ける。

レーザーが発射されたと同時に、世界がスローになる感覚を覚える。

灰色のISだけじゃなく、鈴たちも同様に遅くなっている。

光の速さで動く筈のそれは、子供が遊びで投げるボールの速度ぐらいにまで落ちている。

死ぬ直前はスローに物事を感じられるって聞くけど、それと同じか?

原因を追究する余裕はない。幸いにも、俺の身体は何故か普段と対して変わらない速度で動ける。

俺はレーザーを頭部を掠める程度の最低限の動きで、潜り込むに距離を詰める。

ゆっくりと第二射が放たれようとしているが、遅い。

俺は一息に、残っていた腕を斬り落とし、そのまま脚部も両断。

灰色のISに誰かが入っているかも、なんて低い可能性は最早脳裏から消えていた。

ただ――目の前の敵を斬る。それだけに意識が集約していた。

 

「これで、終われえええええええ!!」

 

その勢いを殺さず、空中で身体を捻り、地面へと叩きつけるように背後のスラスターごと灰色のISを縦に切り裂いた。

 

スラスターを失ったことで制御不能に陥った灰色のISは、なすすべもなく地面へと墜ちていく。

白式も、役目が終わったと言わんばかりにエネルギーが底をつく。

同時に俺自身の肉体も限界が訪れたのか、急激なまでの疲労感と眠気が襲う。

それに抗う術もなく意識を闇に落とす直前、俺の前に飛び寄る三人の姿が視界に映った。

 




Q:またハザマさんはやらかした?
A:良いことしたけど色々と裏目に出すスタイル(評価的な意味で)

Q:ゴーレムフルボッコ
A:これでも実は原作より強化されているゴーレムさん。丈夫さ的な意味で。

Q:ICHIKAになりそう。
A:ならついでに可能性の獣も入れよう。

Q:箒さんは?
A:この世界線の箒さんは、原作より聞き分けが良いというか、良識があります。理由は話が進めば分かる。

Q:ツバキ強くね?瞬間移動チートじゃね?
A:理由は話が(ry

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