蛇は刃と翼と共に天を翔る   作:花極四季

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初投稿です。


プロローグ

白騎士事件。

ミサイル2341発。日本に向けて発射可能状態で待機されていたそれら全てが、一切の予兆なくハッキングされ、日本に向けて発射された。

日本に向けて発射された。

そして、それらを一発残らず破壊した、究極の機動兵器"インフィニット・ストラトス"。

その後そのあまりの異常性、危険性から各国から向けられた戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、果ては監視衛星8基までもを、一切の死傷者なしで無力化させた。たった一機での戦果である。

その事実は世界を震撼させ、ISは既存の兵器の遙か上を行くポテンシャルを秘めていることを知れ渡らせた。

 

ISと略称される本来それは、科学者である"篠ノ之束"により開発された本来ならば宇宙進出の足がかりとして作られたパワード・スーツらしい。

ISは女性にしか起動することが出来ず、その結果女尊男卑という風潮が世間に蔓延することになった。

まるでそれを否定した世界に対して反逆するように、世界の法則を一瞬にしてねじ曲げたIS。

その体の良い舞台として選ばれた日本、そして都合良くそんな日本を破滅させる攻撃が向けられ、都合良くそれを撃退することが出来た。

証拠はないが、間違いなくマッチポンプ――自作自演である。

何から何まで、篠ノ之束の望む形へと進んでいく。いや、彼女の考えることなど及びもつかないが、それでも彼女にとって一切の不利益が出ていないのは事実であり、それ以上の結果を叩き出していた。

その流れるような顛末はまるで、自分の思い通りにならないからと癇癪を上げる子供のようだと、私は感じている。

そして、彼女が偶然か必然か、その我が儘を通せる能力があったというだけの話だ。

 

まぁ、そんなことはどうでもいい。彼女の思惑など関心もないし、そもそも雲の上の存在に自分のような凡人が関わることなど金輪際ないだろうし、考えるだけ無駄だ。

それより自分にとって重要なこと、それは――

 

「改めて考えれば、まるでファンタジー……いや、SFのような現実ですね。"前世"とは比べものにならない」

 

今を生きる自分が、まるで漫画やゲームの世界に入り込んでいると錯覚するほどの、"前世"との差異。

"前世"でもあと百年かそこら未来に行けば、車のひとつやふたつ空を飛んでいただろうが、"今世"は以前とは比べものにならないほど科学技術が進歩している。

それもこれも、篠ノ之束というイレギュラーの存在あってこそ。

ISという究極の"欠陥兵器"が紛れ込んだだけで、世界はこんなにも変化した。

バタフライ・エフェクトというには直接的すぎるが、たったあれっぽっちの変化で、"前世"とは比べものにならない程世界は変化した。

 

「面白い、実に面白いですねぇ。また当たり障りのない人生を送るかと思いましたが、そうはいかなさそうです」

 

誰もない部屋の中、パソコンの電源を閉じて呟く。

 

私、狭間祐一(はざま ゆういち)は前世の記憶がある。

ネット小説で言うところの、転生者という奴である。

だけど、そんな物語の主人公のような体験をしたにも関わらず、神様にも会っていないし何か優れた力を得たという訳でもない。

別段それに不満があるわけではないし、そもそもそんな過分な力は不要だ。

私の描く未来予想図を思えば、そんなものは無用の長物。そもそも、そんなものを手に入れずとも、実現できる。"前世"だってそうだったのだから、世界の流れは違えど今だって無理なことではない。

そんな自分は、成人を過ぎていた身体からは離別し、高校生としての生活を満喫している。私の理想を実現する、良い舞台として機能してくれている。

 

「こんな所に居たか、狭間」

 

「おや、赤鋼会長。どうなされたのですか?」

 

一人だけの部屋に堂々と侵入する、赤鋼鬼隆(あかがね きりゅう)生徒会長。

その大柄な体格とは真逆の小さな丸眼鏡が特徴の彼がこの学校の生徒会長で、そして自分は副会長であったりする。

 

「いや、何でも凄いことがテレビで流れたらしくてな。放課後だから残っている奴だけでも、その情報を伝えたいってことで今から校内放送を流すらしいんだのだが……」

 

「ほう、それで何故私を捜していたのですか?」

 

「校長がその話をお前が一番聞きたいんじゃないかと言っていたのだ。俺を直接呼び出して何事かと思ったが、理由を聞くのははお前が来てからでも」

 

「分かりました。こちらの用事も済んだことですし、行きましょうか」

 

会長に連れられる形で校長室へと向かう。

会長はリーダーシップに優れていて、その人徳故に会長の座に上り詰めたまさに上に立ち存在だ。

以前に会長候補選が行われる際、会長から「お前の方が会長に相応しい」と太鼓判を押されたことがあったが、まかり間違ってもそれは有り得ないと断言した。

"前世"でもリーダー的役割を担ったことがない自分が、何をどうすればその素養に目覚めるというのか。

当然、やんわりと断らせてもらったのだが、どうしてもということで今の副会長の地位に落ち着いている。

せいぜい書記長が関の山だと思っていたのだが、ままならないものである。

 

「良く来たな、二人とも。まぁ、掛けるが良い」

 

校長に促され、高級そうなソファーに座る。

異常なまでに若々しい外見の目の前の女性が、校長である。

個性的な生徒の揃うこの学園でも、一際異質なのが彼女である。

少なくとも、同じ生徒として紛れていても不思議ではない外見をしているが、果たして何歳なのだろうか。

 

「校長先生、それで私に話とは?」

 

「その前に、狭間よ。そなたは大学に進学せずに"倉持技術研究所"に入るとして相違ないな?」

 

「ええ、それがどうかしましたか?もしかして、あちら側から再試験でもやると言い出したのですか?」

 

「そうではない。そなたの能力はあちらからも高い評価を受けている故な、それに関しては憂う必要はないぞ」

 

「では、どうして?」

 

「これを見れば分かる」

 

おもむろに校長がモニターに電源をつけると、ニュースが映されていた。

 

『――はい、世界初のIS男性操縦者の名前は織斑一夏。あの"ブリュンヒルデ"である織斑千冬の弟であるらしく、その存在は全世界で注目されることになるでしょう。以上で中継を終わります』

 

ニュースキャスターの台詞と、テロップに書かれた『世界初のIS男性操縦者、発見される』という文字が、校長の意図を如実に語る。

 

「校長、これは……」

 

赤鋼会長が呆然とした様子で最早関係のないニュースを眺める。

 

「俄には信じられんだろうが、これは紛れもない現実である。ISに関わっていく未来が確定しているそなたには、いち早く伝えてやろうと気を利かせてやったのだ。感謝するがいいぞ」

 

校長の言葉は、あまり耳に入らない。

それ程までに、今の自分は高揚していた。

そうだ、これだ。自分はこれを待っていたのだ。

目まぐるしい世界の変化、常識の逆転、そこから投入される新たな起爆剤。

間違いない。彼は――私が望んでいた至高の存在である。

無意識の内に、私の口元は愉悦で歪んでいた。

 

 

 

 

 

織斑一夏がIS操縦者として世界的に認知されてから、数週間が過ぎた。

世間的には大波乱のようだが、この学校では元より女尊男卑という風潮に流されない人達ばかりが通うので、話題にこそ上がれどそれによって何かが変わったとか、そういうことはなかった。

 

「IS簡易適性試験……ですか?」

 

「以前より女性に対してのみ大々的に執り行われてきたそれだが、男性に対しても細々とだが行われていたのは、そなたなら知っているであろう?」

 

「はい。そして、織斑一夏の登場によって、男性にも大々的に行われるようになった、と」

 

「流石に察しが良いな。それで、この学校の男子生徒も、その試験を受けるように指示されたのだ」

 

「因みにいつから?」

 

「明日だ」

 

「唐突すぎませんか?」

 

「この学校ではそうではないが、世間では男子への風当たりが強い。如何に織斑一夏が男子でISを使えるようになったからと――いや、だからこそだな。女尊男卑を象徴しているISを使えるという優位性が崩されるかもしれないと考えれば、意欲的にこういった問題には触れたくないのであろう。とはいえ、女性ばかりでISの研究が行われている訳でもなし、拒否することもままならないならばなあなあで済ませてしまおうと言う魂胆なのだろうさ」

 

「随分と確信していますね」

 

「同じ女故に、その醜態はよく目に映るものよ。ISを操作出来るとか、それに何かしら携わっているならばともかく、何の取り柄もなくただ女というだけで甘い汁を啜っている馬鹿が多い。そしてそうでない所謂選ばれた存在であろうとも、その根底は変わらぬ。優越感、そこから出でる傲慢、尊大な態度。例外はあれど、本質は変わらないものよ」

 

「珍しく辛辣ですねぇ」

 

「間接的とはいえ、電話越しに馬鹿の戯言を聞いていれば嫌にもなる」

 

「ご愁傷様です」

 

「そう言うわけだ。我の苦労を無駄にしない為にも、とっとと行ってこい」

 

「行くのは明日ですけどね」

 

ともあれ、面倒だが行くしかない。

織斑一夏はあのブリュンヒルデの弟。更に言えば織斑姉弟と篠ノ之束は昔からの付き合いがあったらしく、篠ノ之束が何かしらの細工をした可能性は否定出来ない。

出来すぎたお膳立てだ。だからこそ、そんな関係もなにもない自分達が第二の男性操縦者になるとは、到底考えられなかった。

 

そうして、次の日。

 

「……ったく、面倒なことになったなマジで」

 

「愚痴っていても始まりませんよ、千葉さん」

 

「それに研究所から来た女のあの顔、養豚場の豚を見るような目で俺らを見やがって。ぶっ飛ばしてやろうかと思ったぜ」

 

「手荒な真似は止めて下さいよ。せめて私達に迷惑はかけないで欲しいものです」

 

「……そこで止めない辺り、良い性格しているぜお前もよ」

 

「貴方が普段から言っても聞かないから諦めているだけです。そういえば、如月さんとは最近どうなんですか?」

 

「どうもなにも、相変わらず会えば険悪になってるだけだっつの。ったく、教会で暮らしていた頃はピーピー泣く餓鬼だった癖に、今じゃ可愛げの欠片もありゃしねぇ」

 

「教会で孤児だった所を、各々の家庭に引き取られたんでしたっけ。それで高校に上がるまで疎遠だったのですから、大きく中身が変わっていても不思議ではないと思いますがね」

 

「誰にでもあんなならいいけどよ、俺の時だけだってのがムカツクんだよ。いや、そうでもないな……うん」

 

「血縁とはいえ、離れていれば距離感が掴めなくなるのも無理ないかと。あまり邪険にせず、貴方の方から歩み寄っていかないと駄目ですよ。お兄さんなんですから」

 

「分かってるっつの」

 

そんな他愛のない会話をしていると、とうとう自分の番になった。

 

「ISを直接見るのは久しぶりですね……。とは言っても、あの時はコア抜きの外装だけの代物でしたが」

 

眼前に置かれているのは、第2世代の量産型機体"打鉄"。

防御性能に優れている反面、機動力に劣る傾向にあるが、操作に慣れていない初心者には扱いやすい機体として名を馳せている。

最もポピュラーなそれは、訓練機としてIS学園においても愛用されているとのことである。

 

「私はラファール・リヴァイヴの方が好みなんですがね」

 

どうでも良いことを呟きながら、打鉄に触れる。

瞬間、脳に無理矢理刻まれていくISの知識。予想外の展開に、思わず身体がふらつく。

そして気が付けば、私は打鉄を纏い立ちつくしていた。

 

「……おやおや、これは。まさかこうなるとは思いもよりませんでしたよ、クックック……」

 

まさかこんな展開になるとは。

これでは、もう研究者として生きる道は閉ざされたも当然ですかね。

ですが、良い誤算です。これで、私の理想に更に一歩近づいた。

 

私の理想、それは――『織斑一夏のような"特別"をプロデュースし、存在を昇華させること』

"前世"の頃から、他人の為に尽くすことを至上の喜びとしていた自分にとって、これからの未来を担うであろう織斑一夏とコンタクトを取り、かつ日常的に接することが出来る立場を得たというのは、まさに天啓。

ISを操作出来る事実なんて、二の次だ。せいぜい彼の訓練の手伝いが出来るだろうということぐらいか。

ともあれ、これから忙しくなりそうだ。

まずは、この羨望や嫉妬と言ったあらゆる感情がない交ぜになった視線をどうにかしないと、ですね。

 

 

 

 

 

織斑千冬は、溜息を吐いた。

弟である織斑一夏が初のIS男性操縦者となり、世間的に大注目を浴びているというだけでも頭が痛い話だというのに、続いて新たに二人目の男性IS操縦者が発覚した事実は、IS学園の教師であり、世間的に最強のIS操縦者として名を馳せている"ブリュンヒルデ"の称号を持つ千冬に、幾重もの責務を抱えさせられる結果となった。

世間的にはビッグイベントなのかもしれないが、お鉢が回った身としてはただの疫病神以外の何物ではない。

 

そして、今はその二人目のIS操縦者となった男、狭間祐一の入学試験のモニターをしている。

悠然と立つその姿に、緊張の様子はない。

この場を訪れてから笑顔を一切崩さないその姿は、一見して人の良さそうな優男だ。

何かしらの武道を嗜んでいたような体つきでもなければ、歩き方も然り。

男性操縦者が貴重といえど、それが戦力になる要素になるかといえば、別問題だ。

女尊男卑という風潮に亀裂を入れる一手として、その希少性故の商品価値としてしか彼らを見ていない。言わばモルモットだ。

IS学園特記事項第21項:本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。

この条約があるからこそ、未来ある若者が悪戯に権力者の餌食にならずに済むが、それも所詮時間稼ぎにしかならない。

だからこそ、鍛えねばならない。如何なる環境においても、一人で乗り越えていけるぐらいに肉体的、精神的に強くなってもらわねばならないのだ。

 

「さて、狭間祐一。これからIS学園に入るにあたって行われるIS起動試験だが、何か希望のISはあるか?量産期であればどれを指定するものは自由だが、希望がないのであれば打鉄になるぞ」

 

「では、ラファール・リヴァイヴを用意出来ますか?」

 

「ほう、名前を言えるだけの知識はあるようだな。それにしても、本当にそれでいいのか?量産期ではあるが、素人が扱えるほど簡単な機体ではないぞ」

 

「構いません」

 

迷うことなくラファール・リヴァイヴを選ぶ狭間。

何も考えていないのか、それとも何かあるのか。

そういえば、あの男は一時期倉持技術研究所で研修生としてIS整備に携わっていたらしいが、その影響でISの知識には自信があるのだろう。

だが、実力が知識の豊富さとイコールで繋がるのは、最低限の実力が備わっていてこそ。

 

『では、始めろ』

 

マイク越しに開始宣言をすると、狭間は用意されたラファールを展開させ、指示に従い基本的な挙動をこなしていく。

最初こそぎこちなかったが、次第に淀みない動きに変わっていく。

適応能力の高さは他の操縦者と比較しても高い水準に位置している。

だが、それだけに終わらなかった。

 

「ほう……」

 

狭間は基本的な動作と平行して、武装確認を行う。

指定されていない行動を勝手に行ったのはマイナスだが、その学習能力の高さには目を見張る者がある。

ISは身体全体を使い動かすパワードスーツとはいえ、装備することが出来ればどんな動きも思いのままとはいかない。

初心者が車を操作するようなものだ。理屈は知識で理解していようとも、実際に動かすとなれば状況に思考や動きが追い付かない。

アクセルを踏む力加減、ブレーキを踏むタイミング、車を運転するにあたっての環境の違い。こういった経験でしか理解できない感覚というのは、ISにも当てはまることだ。

しかしあの男は、あたかも最初から自分の手足だったかのようにISを扱っている。

事前の調査に因れば、打鉄を機動させてから彼は一切ISに触れていないとのこと。更に言えば、その際は装着のみで動きに関しては一切の動作を行っていなかったらしい。

当然、その事実を信用するのであれば、狭間はISを操縦する機会は一度とてなかった筈なのだ。

それが導き出す結論は、狭間が類い希なるIS操縦者としての適正の持ち主か、秘密裏にISを操作した経験があるか、のどちらかだろう。

前者ならそれはそれでいい。だが後者なら?

ISは量産期含めて世界に467個しか存在しない。束が何故そんな半端な数にしたのかは分からないが、アイツのことだからその数が『仮に全て自身に敵対されても無力化出来るほぼ最大の数』なんだろう。

 

世界を動かしてなお、その世界を拒否する。

果たして、いつまで彼女は逃げ続けるのだろう。

他人を排斥し、世界を否定し、今度は何だ?

孤独に孤独を重ね、自分の必要なものだけを選り好みして、周囲今や敵だらけ。

兎は孤独だと死ぬと言われているが、寧ろ兎は繊細な動物で、孤独である方が精神的負担が少なく生きやすい生物だ。

造られた兎の耳をつけた彼女は、自らの意思で孤独の意思を体現している。

後付の部品で補完して、成長の止まった心を改造する。

それで自分は完璧なんだと見栄を張るあの姿は、いっそ哀れですらある。

だが、そんな彼女を否定する資格は私にはない。

護れたかもしれない平穏を、近くに居たのに何も出来なかった私が、一体どうして彼女の生き方を否定できよう。

大抵のことなら叱りもするし、容認もしよう。

だけど、それ以上の一歩が踏み出せない。彼女の奥底に触れるのが、怖くて仕方がない。

世間では私は気丈夫で凜とした女性であるように評価しているが、実際は過ぎたことを悔やみ続けている女々しい女でしかない。

 

「……織斑先生?」

 

思考の海に沈んでいると、同伴していた山田真耶先生が話しかけてくる。

童顔の中に困惑の色が見て取れる。今は同じ先生という役職に就いているとはいえ、以前は先輩後輩の間柄だったこともあって、強く指摘できないのだろう。

そもそも彼女はその優しさ故に、実力があるのにISにおいても代表候補生止まりという異例の経歴を持っている程である。

 

「すまない、少し呆けていたようだ」

 

「大丈夫ですか?最近忙しかったのですから、無理はありません。やっぱり私がが全てやっておきます」

 

「気を遣わせてもらってすまないが、大丈夫だ。それに、忙しいのはお互い様だ。君達を尻目に休むなんて出来るわけがないだろう」

 

意識を切り替え、改めて狭間の姿を見やる。

先程と変わらず悠然と立つ姿は、余裕の表れだろうか。

 

『狭間祐一。予想を上回る操縦技能だが、指示されていない行動を取ったのはマイナスだ。これは試験なのだから、許可するかは別として独自の行動を取りたいなら一言言え』

 

「それは申し訳ありませんでした。何分このような体験は初めてでして、気が急いてしまいました」

 

『言い訳はいい。次は教員と対戦してもらう。あくまで擬似的な戦闘状況の再現をして、適正を図るだけだ。仮に逃げまどおうとも、その動きが道理に適っていれば相応の評価をするつもりだ』

 

「質問ですが、勝利した人はいるのですか?」

 

『二人いる。一人はまぐれ同然だが、もう一人は代表候補生だ。勝とうと思っているのなら、素人の操縦技能や浅知恵でどうにかなるものではないと言っておくぞ』

 

教員の一人がアリーナに現れる。

装備は狭間と同じラファール・リヴァイヴ。相手と同機体を使用することで、自分に足りない要素を身体に染みこませるという意味で、専用機持ちでない限りミラーマッチが基本となっている。

 

「私も熟練の方々に勝てるとは思っていません。ですが――」

 

アサルトライフルを展開し、その銃口を教員へと向ける。

その行動の意味は、紛れもない宣戦布告。

 

「勝てないから適当に済ませるなんて、そんな勿体ないことはしませんよ。せいぜい学ばせてもらいます」

 

瞬間、狭間の笑顔で閉じていた目が、ほんの一瞬だけ開く。

それを見た瞬間、私の背中に怖気が走る。

人の良さそうだった笑顔と真逆の、人を人とも思っていないような冷徹な眼光。

そう、アレはまるで蛇だ。それも獅子さえ瞬く間に殺す猛毒を宿す。

静かに獲物の傍へ這い寄り、その咢で仕留め、身体より大きな獲物を丸呑みする。

人の良い笑顔も、易々と相手の懐に潜り込む為の演技でしかなかったのだと、ようやく気付かされる。

 

自惚れのつもりはないが、今まで色んな敵と相対してきた私にとって、生半可な相手で動揺することなんてない胆力は鍛えられていたつもりだ。

だが、狭間の目を見た時、私は不覚にも恐怖を覚えてしまった。

あそこまで人を見下した目を持つ人間を、私は初めて見た。

飄々とした言葉遣いの裏に隠された真意が、まるで見えない。

その姿が、彼女と――篠ノ之束と重なる。

しかし、重傷だと思っていた束の人間否定も、あの男に比べればまだ可愛い方だったんだことを、皮肉にも気付かされる。

 

幸か不幸か、対戦相手の教員も山田先生もあの眼を見ていなかったようだ。

あんな眼を見てしまえば、最早試験どころではなくなる。

ただでさえ二人目のIS操縦者として注目を集めているのに、これ以上問題が起こすのはマズイ。

 

『では――始めろ』

 

一瞬の躊躇いを拭い、始まりの宣言をする。

それと共に狭間は全速力で後方へと推進し、アサルトライフルの弾をばらまく。

一切の躊躇いも見せない逃げの姿勢。動きに淀みもなく、並列操作もお手の物らしい。

牽制で放たれた弾丸は、相手に当たる様子はない。距離が離れれば慣性が落ちて弾道も下がる上、砲身のブレが射線を安定させないのだから、当たり前ではある。

それを理解しているからだろう。教員も構わず前進する。

相手を初心者だと判断しての、些か無謀とも言える動き。だが、判断として誤ってはいない。

連射がウリの武装は、単発の威力が軽い。両手持ちガトリングぐらいの重武装なら例外かもしれないが、量産機の拡張領域では、そんなものを装備すれば簡単に埋まってしまう。

それに、汎用性にも劣る武装は量産機のコンセプトを考慮すればあまりにも不格好だ。

 

「はぁ~、凄いですね彼。本当に初めてなんでしょうか」

 

「さて、な。だが、動くだけなら適正があればそこまで難しいことではない。見るべきはこれからだ」

 

感嘆の溜息と共に、山田先生は狭間を評価する。

対して私は、あの眼を見たせいで棘のある評価を下す。

 

両者の距離は均衡している。

狭間は変わらずライフルを撃ちつつ後退、教員はそれに負けじと同武装で追いながら狭間を迎撃する。

ハイパーセンサーがあるとはいえ、狭間は絶妙な距離感でアリーナの外壁を沿うように、時には頭上を弧の字を描くように飛び回り、位置を切り替えていく。

今の時点で、動きは初心者を超越している。

教員の方も、油断を捨て始めたようで少しずつ狭間の動きを観察し始める。

状況に適応するように、狭間も逃げの姿勢を一旦止め、武装を切り替える。

新たな武装は時限式グレネード。爆発規模はそこそこだが、タイマンで使うには少々使い勝手が悪い。

狭間はあれをどう扱うのか。目をこらし観察する。

 

お試しと言ったばかりに上空を移動しながら乱雑にばらまいていく。

絨毯爆撃よろしく、空間に爆風が広がっていく。

教員の方もそんなお粗末な爆発に巻き込まれるほど弱くはない。ラファールのシールドを爆風避けにして、的確に避けていく。

だが、それだけでは終わらない。

爆風は視界を奪い、ハイパーセンサーの全方位見渡せる特性を殺す。

教員はIS操縦の熟練者とはいえ、それはあくまでISの性能を活かせるというだけに過ぎない。

機能を封印されれば、後は個人の技量だけが全てとなる。

とはいえ、彼女も伊達にIS学園で教員をやってはいない。この程度の制限、幾度となく体験していない訳がない。

 

「――――あっ!」

 

山田先生が肝を抜かれたような声を上げる。

それもそうだろう。彼女が水平を描くように揺れる僅かな煙の振動に反応し、ライフルを撃ち込んだ先にあったのは、狭間が使用していたであろうライフルだった。

予想外の展開に一瞬動きの止まるその姿に、真下から容赦ない迎撃が迫る。

煙を貫くように突き上がる狭間のラファール・リヴァイヴの脚部装甲。見えたのはそれだけだった。

蹴り穿つ、という言葉が相応しい槍の如き蹴り上げが教員のラファールに命中した瞬間、二人を中心に大爆発が起こった。

 

「な、なんなんですかぁ!?」

 

「――グレネードを足裏に置き、推進力を利用して真上に速度を加えることで固定。その勢いを利用したままグレネードを直接当てた、と言ったところか」

 

「本当にそんな危険な真似をしたんですか?」

 

「グレネードはその性質上、時間を置かなければ爆発しない。加えてISを使用しているとはいえ、ただの投擲では速度の減退も著しい上に、遠くまで飛ぶ保証はない。密着させた状態ならば、ダメージも最大限まで与えることが出来る。だが、あのやり方なら確実に命中させることは出来る。諸刃の剣も同然だがな」

 

「それ以前に、足の裏に置くって器用すぎません?普通考えてもやりませんよ、そんなこと」

 

「それを平然とやってのけるのが、狭間祐一という男なんだろう」

 

そんな会話をしていく内に煙は晴れていく。

煙が晴れた先には、満身創痍の教員と、損傷は軽微だがその両手を上に上げている狭間がいた。

 

『狭間、どういうつもりだ』

 

「降参ですよ。武装は使い尽くし、最早戦う手段はゼロ。素人の私がこれ以上の小細工を出来る訳もないですし、完全に私の負けです」

 

そんな狭間の馬鹿な言葉がアリーナに響く。

何が素人だ、と内心毒づく。

潔い、とある人が見ればそう評価するだろう。

だが、私にはあの男の発言が信じられなかった。

狭間が嘘を吐いていないというのであれば、武装がない時点で戦闘の続行は不可能。実質の彼の敗北だ。

しかし、その気になれば戦うことだけなら幾らでも出来る。

格闘戦でもシールドエネルギーは削れる。通常武装に比べれば威力は劣るが、少なくともエネルギーも残り僅かであろう相手なら、武装なしでも無力化は可能だ。

少なくとも、蹴りと同時にグレネードを着弾させるという自爆技を繰り出してまで敵に迫った男の態度とは思えない。

私には狭間の降参の態度が、背後から牙を剥きだしにする蛇にしか見えない。

だから、私は素直に狭間の言葉を肯定することにした。

これ以上の続行を許可すれば、どんな奇行を持って相手を嬲るのか想像も出来ない。

 

――思えば、それこそ奴の思惑通りだったのだろうと、浅慮な自分を後々叱責することになろうとは、今は考える暇さえなかった。

 

『……そうか。確かに状況を見れば戦闘続行が不可能という意味では、お前の負けだ。それにこれは試験ということもある。勝敗に拘る条件でもないし、これ以上は戦う意味はないだろう。よって、戦闘はこれにて終了とする』

 

私の宣言によって、この小さな大波乱は幕を閉じる。

ピットに入り消えゆく狭間の姿を見届けた後、私は即座に部屋を出ようとする。

 

「山田先生、後のことは頼みます」

 

「え?後の事って、事後処理全部ですか?」

 

「全部でなくてもいい。今すぐにやらないといけない案件だけでも処理して欲しい。私はやることが出来た」

 

「は、はあ……」

 

それだけ言い残し、私は足早に廊下を歩く。

スーツの襟を正し、同時に微細に揺れる心も引き締める。

向かう先は、狭間祐一のいる待機室。

まずは、奴の本質を直接見極めることが第一だ。

 

「何を考えているかは知らんが、お前の思い通りにはさせんぞ、狭間祐一」

 




Q:ま た 新 作 か。
A:色々あってネタばかり浮かんだ。クロス系だったりオリジナルだったりと枚挙に暇がないレベル。しかしD×D本編とか冥界編リセットして書き直したいぐらいつまんないことしか浮かばなくて、筆が進まないレベル。もうこれ(どうしたらいいか)わかんねぇな。

Q:ま た 勘 違 い か。
A:勘違い以外のネタも浮かんでたんだけど、また書いてたのはこのジャンル。嬉しいダルルォ!?(錯乱)

Q:ずっと更新放置してたね。
A:D×D本編があまりにも書けない+リアルの忙しさも相まって、放置が極まってました。お正月も4連休が最大だし、こんなんじゃ小説更新できないよ~(責任転嫁)

Q:ブレイブルーの元ネタわからん。
A:使用した元ネタ書いた方がいいなら書くよ?後書きに。だからもっとブレイブルー流行らせコラ!ギルティギアでもいいよ!

Q:神様転成の意味ってある?
A:(殆ど)ないです。勘違いネタの下地作りに一役買ってるだけですので、スパイス程度の感覚で扱って、どうぞ。

Q:主人公のスペックは?
A:後書きで細かく書けないぐらいには書くことあるけど、端的に言えば『一を見て百を知ることが出来、特に大局を理解する能力に異常に長けている天才』です。当然、その自覚は欠片もないです。

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