多重世界の特命係   作:ミッツ

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マーロウ「さあ、いよいよ名探偵の出番だ!」

作者「ごめん、そっちよりも先に別作品のインスピレーションが湧いたからこっちから載せるわ。」

マーロウ「っ!!」

マーロウの活躍を楽しみにしてた方は本当にすいません。

※タイトルを変更しました。内容に変更はありません。


プレイデータ 1

 その女の顔は絶望に染まっていた。彼女の身は無数の異形に囲まれており、今や遅しと目の前の獲物にとびかかる機会をうかがっていた。

 対する女はたった一人で身を倒し伏せ、身につけた鎧以外に彼女を守るものはない。もはや、女の命運が尽きているのは誰の目に見ても明らかであった。

 それでも女は諦める事が出来なかった。自分には帰る場所があり、帰りを待つ人たちがいる。何より、自分はこの地獄のような牢獄で2年間を生き抜いてきたのだ。こんなところで、あんな奴のために死ぬわけにはいかない。そう心を奮い立たせ、息を大きく吸い込むと叫んだ。

 

「お願い!誰か助けて!」

 

 あらんかぎりの力を込めて、今自分が出せる限りの声量で助けを求めた。だが、それに応える声はない。

 

「誰でもいいの!なんでもするから!お願い、助けに…」

 

 それから先は続けられなかった。一匹の異形が彼女に向かって爪を振り下ろした瞬間、それに続くように数多の暴虐が彼女の命を刈り取った。

 

 その現場から少し離れたところに、フードをかぶった長身の男性がいる。彼は遠くから聞こえる女性の叫び声を耳にすると、口を一文字に結び、その場を走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日もまた、警視庁捜査一課の伊丹は後輩の芹沢を連れて捜査を行っていた。現場は都内某所のアパートの一室。1LDKのごく一般的な部屋の浴場で被害者は見つかった。被害者の左手は水が張った浴槽の中に浸かっており、体は浴槽の縁に預けられていた。そして、浴槽内の水は赤く血に染まっており、反対に被害者の肌色は白蝋のように白くなっている。

 伊丹は顔に皺を寄せながら被害者の状況を確認すると傍らに立つ鑑識の米沢の声に耳を傾けた。

 

「死亡していたのはこの部屋に住む笹本正一、29歳。死因は見ての通り、手首の血管を切り、それを水につけていたことによる失血性ショック死だと思われます。死亡してから結構な時間が経っているようでして、いつまでたっても家賃の入金がないことから大家さんが様子を見に来たところ発見されたそうです。まあ、今が冬場でよかったですな。夏場だったらいろいろと大変なことに…」

 

「米沢、そういうのはいい。手首の切り傷以外に外傷はあったのか?」

 

「あ、いえ。詳しいことは解剖に回してみなければわかりませんが、目に付くところには何も。」

 

「だったら、ほぼほぼ自殺で決定だな。芹沢、家族には連絡はついてるのか?」

 

「はい。明日の朝にはこちらにつくそうです。」

 

「なら、あとは家族から話を聞いて現場検証に立ち会って亡くなったものがないか確かめてもらえば終わりだな。」

 

「果たして本当にそうなんでしょうかねぇ。」

 

 さっさと結論を出そうとし、切り上げようとする伊丹達だったがそれを止める声が一つ。伊丹は先ほどよりさらに顔にしわを寄せ声の主を見る。そこには毎度おなじみ、特命係と杉下とカイトがいた。

 

「確かに現場の状況をみると被害者は自殺したように思えますが、僕にはどうしても気になる点があるんですよ。」

 

「警部殿、いまさら勝手に現場に入ってくることをとやかく言う気はないんですけどねぇ、せめて来たなら来たで声をかけてもらってもいいですか?あと何が気になるのか説明してもらえませんか?」

 

 伊丹がこめかみに青筋を立てながら杉下に問い詰めるが、杉下は相変わらず涼しい顔で人差し指を上に立てた。そしてその指を自分の目の前に持っていく。

 

「コンタクトです。被害者は死亡時にコンタクトをつけてたんですよ。」

 

「コンタクト?それがいったいどうしたっていうんです。」

 

「先ほど部屋の中を見て回ったんですが、被害者は非常に使い込まれたメガネをお持ちでした。普通部屋の中にいるならコンタクトよりもメガネを使うのが一般的だと思うんですがねぇ。」 

 

「場合によっては自分の部屋でもコンタクトを使うんじゃないですか?」

 

「ええ、そうなんです。ですのでその場合とは何かと考えてみました。よく見ればこの部屋はごく最近に掃除された形跡があります。それと、被害者の財布の中に近所の散髪店の次回利用時のシャワー無料券がありました。日付によると被害者は1週間前にこの散髪店に行っているようです。」

 

「自殺しようとする人間が身の回りの整理をするのは別に珍しい話じゃないと思いますが。割とよくある話でしょう。」

 

 イラついた声で伊丹が答える。杉下の証言は自殺説をより強固なものにするように聞こえ、伊丹からすれば何故わざわざその様なことを言うのか見当がつかなかった。

 

「それにしては中途半端なんですよ。これを見てください。」

 

 そういって杉下は押入れの扉を開く。すると中から雪崩のようにモノが溢れ、崩れ落ちてきた。

 

「うわっ、なんだこれ。」

 

 伊丹は信じられないとでもいうように落ちてきたモノを見る。落ちてきたものの大部分はゲームの箱やフィギュア、それに漫画雑誌や単行本の束であった。

 

「御覧のように笹本さんは部屋を片付けたのではなく、とりあえず人目のつかないところにものを収納したいった風に見えます。それに加え、冷蔵庫の中には日持ちのしない食品がいくつか残っていました。これらを合わせて考えると、笹本さんは死に支度をしていたのではなく。」

 

「…部屋に人を入れるからとりあえず散らかったところを掃除したってことですか?」

 

 伊丹が杉下の推理を先回りして答えると、杉下は口元に笑みを浮かべる。

 

「まさしく、その通りです。後はどの時点で笹本さんが客人を招き入れたかです。」

 

「それによっちゃ、自殺じゃなくて他殺の可能性もあるわけか…まったく、相変わらず余計なところに目が付きますね。」

 

「いえいえ、細かいところが気になってしまうのは僕の悪い癖でして。」

 

「はいはい、わかりましたよ。とりあえずは自殺と他殺の両面で捜査を進めてみます。芹沢、ここ数日被害者の家に出入りした人間がいないか聞き込んでおけ。」

 

「わかりました。」

 

 伊丹の指示を受け芹沢は素早く現場を後にする。その間に杉下が米沢に司法解剖をするように頼んでいると、伊丹がズイと睨みつけてくる。

 

「いつものことですけど、特命係はくれぐれも我々の邪魔だけはしないようにお願いしますね。」

 

「それはもちろん。僕たちは捜査一課の邪魔だけは絶対にしませんよ。そうですね、カイト君。」

 

「ええ。そこだけは安心して下さい。」

 

 カイトが軽く答えると伊丹は忌々しそうに二人をにらみつけていたが、最後は舌打ちを二人に聞こえるようにすると顔をそらした。

 

「じゃあ、一通り現場も見て回りましたし、あとは本庁に戻って鑑識と解剖の結果待ちってとこっすかね?」

 

「そうですねぇ。今のところ特に見て回るようなところも…おやぁ?」

 

 杉下は崩れ落ちてきた物品の中からあるものを見つけると、手袋をつけた手でそれを拾い上げた。それは、一見すると2つのリングが並んだ円冠状の形状をしており、後部にあたると思われる部分からコードが伸びていた。

 杉下が興味深そうにそれを眺めていると、カイトが横から声を上げた。

 

「あっ、これってアミュスフィアじゃないですか?」

 

「あみゅすふぃあ?」

 

「はい。フルダイブ式のゲーム機ですよ。ほら、前にSAO事件の時にナーヴギアが問題になったじゃないですか。これはその後継機なんですよ。」

 

「なるほど、これが…」

 

 杉下は改めて手にしたアミュスフィアをしげしげと眺める。

 

 SAO事件

 

 日本犯罪史上、単独犯による犯罪としては最大最悪とされる事件である。1万人もの人間を巻き込み、約4千人もの犠牲者を出したその事件は、事件の特異性もあって警察と公安の共同捜査と被害者の救出活動が行われた。しかし、いずれの捜査及び救出作戦も事態を好転させるに至らず、結局ゲーム内での解決を持って事件は収束に向かった。だが事件解決から数か月がたった今も、その傷跡は深く、あらゆる諸問題が残されている。

 

「思えばあの事件、僕たちは何もできませんでしたねえ…」

 

「…そうっすね。」

 

 特命係にとっても、いや、警察組織全体にとってSAO事件は屈辱的な敗北といってもよい事件である。仮想世界という牢獄を前にして、さしもの杉下をしても手を出すことができなかった。

 杉下とカイトはしばしの間、苦い表情で目の前のアミュスフィアを眺めていた。いまだ、事件に未練を残すように…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警視庁へと戻ってきた杉下たちは鑑識室へと来ていた。鑑識室の机の上には現場から回収された証拠物件、ボードには事件に関する情報がまとめられている。

 

「被害者の解剖結果が出ました。死因はやはり失血性ショック死だったようです。なお、遺体に抵抗した跡や手首以外の外傷はなく、睡眠薬などの薬物薬物反応もなかったそうです。遺体の状況を見る限り、完全に自殺体ですが…」

 

「被害者の身長は190cm、体重は95㎏。失血で死亡するとなれば長時間傷口を水の中に浸しておかなければならないと思いますが。」

 

「ええ、傷の深さなどから、最低でも死亡までに数時間はかかったものと予想されます。つまり、その間被害者はじっと湯船に傷口をつけ続けたわけですな。」

 

「でも部屋の状況を見る限り死ぬ前の被害者の家を誰かが訪れてたかもしれないんですよね。まずはそれが誰か調べる必要があるんじゃないですか?」

 

「おそらく、捜査一課もその方向で動いているでしょう。米沢さん、被害者の職業が何かわかりますか?」

 

「それなんですが、どうやら被害者は無職だったようです。」

 

「あれ?そうだったんですか?」

 

 カイトが意外そうに反応する。被害者の笹本の家は物であふれかえっていた。当然それを購入するには金銭が必要になるはずで、1LDKとはいえ都内に住む以上其れなりの蓄えと収入が必要になると思っていたのだった。

 だが資料を読んでいた杉下は更にカイトの予想を裏切っていく。

 

「それどころか、笹本さんはここ3年働いていた記録がありませんねぇ。前職は派遣社員だったということでしたので、それほど蓄えがあったとは思えません。にも拘らず、借金や親から仕送りを受けていた形跡もありません。」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!じゃあいったいどうやって生活していたっていうんですか!」

 

「その答えがこれです。」

 

 そういって杉下はカイトに1枚の紙面を手渡す。そこに書いてある文言を読んでカイトは目を丸くする。

 

「SAO被害者生活保障金?」

 

「はい。SAO事件の被害者、とりわけ社会人だった方々は多くの場合が職を失いました。事件解決後もリハビリや社会復帰までの訓練などで生活支援が必要となり、それの救済として政府が給付金などを支給しました。これはそれに関する書類です。」

 

「つまり、笹本さんはSAO事件の被害者だったってことですか?」

 

「その可能性が高いかと。」

 

 つまるところ、笹本の生活資金は政府からの生活給付金であったのだ。そして事件現場にはSAO事件の引き金となったともいえるゲーム機の後継機が残されていた。

 

「今のところ、SAO事件と今回の事件をつなげる有力な証拠はありません。しかしながら、少々気になりますねぇ。」




というわけでSAOとのクロスです。
久々に一揆見したところ神の啓示のごとくアイデアが浮かんできて、もうこれは書くしかないなと思い、書いてしまいました。
見切り発車の部分もありますが割と自信作なので楽しんでいただけると幸いです。
なお、SAO側の登場人物は次回以降登場します。

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