話の繋ぎ考えるのって難しいですね。
「なんだよ、そんなの俺の勝手だろう!」
「だから、よく考えろ。今の仕事を辞めてどうするつもりなんだ。」
「そうよ、まだ2年目でしょう?まだ仕事もよく分かって無いでしょうに、今辞めても後悔する事になるわよ。」
父と母と、あれは僕だろうか?
何か言い争いをしている。
そうか、これは家出した時の記憶だ。
「あぁ、俺はもう2年も無駄にしたんだ!だから、これ以上はもう無駄に出来ない!」
「人助けをするだなんて、そんな曖昧な目的だけじゃ生きてはいけないぞ。」
「いいよ!このまま無駄に生きるくらいなら、誰かの為に死にたいね!」
「ちょっと待ちなさい!」
母の制止の声を無視して、家を飛び出した。
本当はこの時、既に仕事は辞めていた。
理由は自分の未来像が全く見えなかったから。
昔から自分のために、と考えて生きてきた事は無かった。
けれど仕事を始めて一年間が過ぎ、自分の為とは何かをさらに半年掛けて悩みに悩んで、答えは出なかった。
それでも、一先ず仕事を辞めないと話にならないと考え、遂には辞めた。
元々、人事の人には話していたので、辞める伝えた時も「変わりはいるから」とあっさりと辞めさせてくれた。
この日その事を家族に報告すると、暴言(主に自分から)飛び交う会議の末、むきになって家を出てしまった。
それから新しい自分に生まれ変わるため、住む町を変え、電話番号を変え、さらに口調も変えた。
僕はあまり欲のある人間で無く、二年間働いた貯蓄は十分にあったため、金にはあまり困らなった。
けれど、特に目的もなかったため、父さんの「何がしたいんだ?」という言葉に対し自然に出た「人の為になる事」を念頭に置きながら仕事を探した結果、何故だか胡散臭い探偵の助手として働く事になった。
そんな生活を始めてもう1年と少しだろうか。
未だ、自分は見つからない。
◇
「んが、っ痛。」
妙に首元が痛い。
目が覚めて最初に思ったのはそんな事だった。
そのほか、どうにも喉が痛く感じる。
ゆっくりと立ち上がり、顔を洗おうと流しに足を向ける。
今の僕の住まいは風呂トイレ付の8畳のアパートだ。
特に室内のディテールにも拘らないので、置物も少なく一人では少し広く感じる。
居候が居ると賑やかでいいかも知れないが、少し狭くなってしまうだろう。
……居候?何か忘れているような気がするのだけれど、寝起きで頭がよく回らない。
流し場に繋がる扉を開く。
「ぇ?」
そこにはタオルで髪を拭いている裸のまま背を向けた、(体のラインから判断するにおそらく)少女が居た。
ちなみに僕には妹も彼女も同居人もいない。
つまり、僕は見知らぬ少女の裸を前にしている事になる。
とはいっても、風呂場の電気も消えていてよく見えなかったし、点いていたとしても僕に非は無いだろう。
何故かって?それはここは僕の家であって、被害者は少女の不審者に流し場を使われている僕の方だからだ。
「くちゅん!」
混乱する頭の中で弁明というか言い訳を考えていると、少女が開いた扉から入り込んだ風に吹かれてか、小さなくしゃみをした。
何事かと振り返ろうとしているのだろう、ゆっくりと(実際には結構な速度なのだが、この時僕の精神は研ぎ澄まされていたのでゆっくりと感じた)体をこちらへ向けてくる。
少女といえ、目の前の相手は知らぬ女性だ。
その挙動をゆっくり見守るほどの変態では……変態では、
「わぁぁぁぁぁっぁ!」
我が理性軍がどうにか欲望軍を打ち負かし、急ぎ扉を閉める。
「おや?あく様、目を覚まされたのですね。よかった、父様は加減を知りませんし、人の体は華奢ですので心配しておりました。」
中から聞き覚えが無いようなあるような声が聞こえる。
心配していただのどうだのと言ってはいるが、こちらは両の手で自分の顔を覆い隠し、浅ましい自身の欲望に恥じらいながら丸くなっている。
少女の裸を見ようなどと、穴があれば入りたい。
しかし、そんな僕の思考を裏切るように、あろうことか少女は扉を引き開けた。
扉にもたれ掛かるように座り込んでた僕は、流し場へと転がり込んでしまう。
コテン、とコメディのような音を立てて倒れこむ。
まずいまずいまずいまずいまずい。
追撃を加えるが如く、少女は裸のままで手を膝に付き僕の顔を覗き込んでくる。
完全にすべてが丸見えである。
「顔色も良さそうで、何よりです。」
え?嘘だろう、このタイミングで僕の顔色を気にするだなんて、この子は僕なんかに裸を見られてもなんともないのだろうか。
「……はっ!」
何かに気が付いたように広げた手を口に当て、口にした通りハッとした表情になる。
そうか、ようやく気が付いたのか。
この後僕はどうなるのだろう?殴られるか、叩かれるのか、探偵の助手をしている身として捕まる事だけは避けたい。
わなわなと震える少女の次の行動は、
「私とした事が……自己紹介がまだでしたね。
私はクザンと申します。
父様と共に、正義を執行するため地上に降りてきた天使です。」
なんと自己紹介だった。
違う、そうじゃない。
何か不思議な事を言っている気がするが、僕の頭は女の子の裸でいっぱいだった。
駄目だ、目を瞑ろうとしても、理性軍が反旗を翻し、欲望軍と手を組み瞼を押し上げているようだ。
彼女の体は凹凸こそ小さいが、この暗い場といい匂いが艶かしい雰囲気を醸し出している。
このままでは何をしでかすか分からない、僕が。
さっきまで頭を拭いていたタオルはどこへいったのか、と探すと頭に巻いてあった。
違う、そこじゃない。
「か……体をた……タオルで隠……」
「くちゅん!」
少女のくしゃみで正気を取り戻す。
これ以上いけない。
こんな事を誰かに知られでもしたら、ロリコン犯罪予備軍として両親とは完全に縁を切られ、朝陽さんからは白い目で見られ、所長からは「興味深い」なんて言われて、現場を押さえようと半年は付け回られるに違いない。
どうにか野獣になりかけの理性を五行封印し、虫のように這いつくばりながら流し場から逃げ出した。
「は、早く体を拭かないと!風邪引いちゃうから!」
「おーぉ、悪様はお優しいのですね!
さすがは父様が見込んだだけの事はあります。」
リビングに逃げ込み、ようやく一息吐く。
寝起きから畳み掛けられた攻撃をどうにか凌ぎ切る事が出来た。
彼女に悪意は無いようだったが、それがまた厄介である。
あそこまで見てしまったら、いっその事暴力を振るってもらうでもしないとつり合いが取れないというか、罪悪感が半端ではない。
というか彼女は誰なのだろう。
なんとなく見覚えはあるのだが、今一つ思い出せない。
先ほどの成立していない会話の中で気になる事はいくらか口にしていたようだったが。
「あく様」、とは僕の事だろうか?確かに僕の名字の先頭2文字を取ればそうなるが、こちらの名前を知っているのだろうか。
自己紹介した覚えはないのだけれど。
「クザン」、というのは彼女の名前だと言っていた。
下の名前だろうか、あまり一般的では無いように思える。
「天使」、これについては何かの比喩だろう。
地上とか正義がどうとか言っていたが、電波な子なのだろうか、これは参るな。
「父様」、とは父親だろう、近くに居るのならば早々に話がしたい。
お宅の娘さん、人の家の風呂場を勝手に使ってますよ、と。
というか、見ず知らずの娘を人の家に預けるなんて、とんだ父親だ。
まあ、僕の知り合いの可能性もあるけれど。
そうこう考えている内にクザンちゃんは流し場から出てきたようだ。
トテトテと足音が聞こえて、リビングの入り口から出てきた彼女は、
ぶかぶかのシャツと縞パンだけというスタイルだった。
ついつい頭を抱えてしまう。
「すみません、替えの服を持っていなくって。
あく様の上着を借りた事を今頃になって報告するなど、天使として失格ですね。」
「いや、天使としてというか……ちょっと待ってて。」
立ち上がり、玄関へ向かう。
クザンちゃんは反省したようで、しょんぼりと小さくなっていた。
良識はあるのだろうが、常識が足りていないようだ。
また天使とか言ってたし、いろいろと不安が募る。
玄関を出ると辺りは真っ暗で、吹き付ける風はとても冷たかった。
全く気にしていなかったが、付けっぱなし腕時計の針は午前五時前を示している。
この時間に起きているのだろうか、不安になりながらも自室の2つ隣の呼び鈴を鳴らす。
すると、数秒してドアホンから、ゴトッという音がする。
これが合図、ありがたい事に今日も起きて家に居てくれたようだ。
まあ、彼が寝ていたり、外出していたなんて、今までに聞いた事が無いのだけれど。
「ごめんけど、150cmくらいの女の子の寝巻を今すぐ用意してくれないかな。」
インターフォンに向かって、そう言い放つ。
普通に考えればこんな頼み事に対応してくれる人なんていない。
しかし、金さえ払えば何でも用意してくれる何でも屋がこのアパートには居る。
何でもの許容範囲がどこまでなのかは分からないが、大家さんが言うには本当に何でもらしい。
そして、頼んで数分で大抵の物は届けてくれる。
ここまで聞けばとても便利に感じるが、問題もある。
数分後、郵便受けから何かが出てきた。
透明なビニールの袋に包装された物体を持ち上げる。
さわり心地からして服のようなので、おそらく僕の注文した寝巻だろう。
一緒に付いてきた伝票を確認し、僕は少し渋い表情になる。
「ありがとう。支払いはまた後日するよ。」
再びドアホンから「ガタっ」という音が聞こえた。これで後ほど請求金額を支払えば取引は完了となる。
ただ、何でも屋の問題、渋い顔の原因は商品の金額だ。
注文品には細かいオプションを出来ず、何でも屋のセンスで選ばれる。
そのためか少々値が張るので、僕もあまり使いたくないのだが、今回は仕方ない。
後で父様とやらに請求しよう。
◇
「はい、君の寝巻だ。
話たい事がいろいろあるんだけど、まずはこれを着てくれるかな。」
家に戻り、クザンちゃんに先ほどの寝巻を手渡す。
未だしょぼくれていた彼女は、袋を受け取ると何度か僕に確認を取り、包装を破り中身を取り出す。
中に入っていたのは子供用の猫型キャラクターの着ぐるみだった。
何でも屋に寝巻といったらこれが届くのか……覚えておこう。
これはどうなんだ?とクザンちゃんの顔色を窺うと、目を輝かせ、とても幸せそうな顔をしていた。
どうやら気に入ったようで何よりだ。
「ここ、これは!私が着てもいいのですか?」
確認を取らずに人のシャツを着ていたくせに、ここは確認を取るのか。
「あぁ、そんな恰好じゃあれだし、それはあげるよ。」
「なんと!なんとぉぉぉぉーーー!」
寝巻を抱いて転がり回るクザンちゃん。
そんなに喜ばれるとは思えなかったので、少し気恥ずかしなり頬をかいてしまう。
というかうるさいし、その縞パンにシャツって恰好で転がり回られると、目のやり場に困るのだけれど。
「それでは着させていただきますね。」
「待った!」
ナチュラルにシャツのボタンを外し始める彼女に制止の声を掛ける。
頭にクエスチョンマークを浮かべてこちらを見てくる所を見ると、本当に何が駄目かも分かっていないようだ。
「あのね、女の子は男の人の前で着替えというか、あまり素肌を見せちゃいけないんだ。
特に胸とか、その、股とか。」
「えーと、何故ですか?」
何故か、と聞かれると答えに困るのだけれど、とりあえず浮かんだ言葉を並べてみる。
「なんというか、大人になれば分かるのだけれど、異性の裸を見ると、し、幸せになるというか。」
「それはいい事なのではないでしょうか?」
駄目だ、上手い事説明が出来ない。
世の親達は子育ての時にどう教えているんだ。
「でもそれは好きな人同士じゃないと駄目というか、とにかく!他人に裸を見せるのは駄目なんだよ。」
「分かりました。
あく様がそう仰られるのであれば、そうなのでしょう。
それでは、これを着るにはどうすればいいのでしょうか。」
おぉ、思ったより物分かりはいいのか。
いや、あまり知らない人を信じるのもいい事では無いのだけれど、今はいいか。
「そうだね、鏡もあるし流し場で着てくれるかな。」
「流し場、鏡……なるほど、了解しました。」
クザンちゃんはテクテクと流し場に向かっていく。
これで人前で裸になる、なんて奇行はしなくなるだろう、と安心する。
というか、なんで僕は甲斐甲斐しく彼女の世話をしているのだろうか。
彼女にようやく寝巻を着せる事が出来たので、今日はもう寝てしまいたいのだが、そうはいかないだろう。
ここまで見ていただきありがとうございます。
次も直ぐアップできるよう努力しますので、よろしくお願いします。