朱き熾天の精霊使い   作:テクニクティクス

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第1話

アレイシア精霊学園。精霊と交感できるのは清らかな乙女だけで契約精霊を使役できるのは一握り。

故に国は力をあげて、少女たちを育成するための学園を作りあげた。

だが、その場にある意味場違い過ぎる一人の人影が。

校門前に立つその者の姿はそこそこの身長に黒い頭髪、東洋系の顔立ち。

上下共に漆黒の服に身を包み、暗色の赤いコートを纏った青年。

 

「うーん、グレイワースに呼ばれて学園まで来たはいいが、どうやって中に入ればいいのやら。呼び鈴すらないし」

「ならいっそのこと忍び込んじゃえば? 優一の腕ならこれくらい楽勝でしょ?」

「そうは言うがな十香、あまり騒ぎを起こして後々面倒なことになったら始末は俺がすることになるじゃないか」

 

気が付くと彼の隣に頭一つ分背の低い少女が立っていた。黒いレザーアーマーにロングブーツ。

動きやすそうな装備に彼と似た赤い外套を羽織る。

銀色の髪を軽い三つ編みにし、印象的なのはそのルビーのような赤い瞳。

親しげに雑談を興じている二人の前に、森の中から男女の人影が現れる。

 

「……? なに貴方たち、ここは男が立ち入っていい場所じゃないのよ」

「ん? ああ、君はこの学園の生徒かな? ここの学園長に呼ばれてやってきた者だよ。ほらこれが証拠」

 

外套の内ポケットからはカミトが見せたものと同じ便箋が取り出される。

ただでさえカミトと言う異分子が居たというのに更に同じ最高位の印を押された便箋を持つ謎の男。

何やらぶつぶつと言い出したクレアを余所にカミトは優一に話しかける。

 

「アンタ、あの婆さんと知り合いなのか?」

「まぁね、もしかしたら一番古い知り合いかも」

「そうなのか? 俺はそんな話聞いたことないんだが」

「……あんまり楽しい話にならないからだろうね」

 

 

 

森の中を鞭でぐるぐる巻きにされて連行されてきたカミトだったが、流石に人前では倫理を疑われると思ったせいか

クレアは彼の拘束を解いてやった。しかし、別れるまで何度も念を押すように奴隷精霊になるよう言い続けた。

 

「……なんていうか、ご愁傷さま」

「何で俺、あんなのに捕まっちゃったのやら……」

 

周りが暗くなるほど落ち込むカミト。優一は彼を励ましつつ学園長の執務室までやってくる。

部屋の前まで来ると、どうやら中で一悶着あるようで言い合う声が聞こえてくる。

 

「なぜ、神聖なる姫巫女の学者に、お、男を、しかも二人も迎えなくてはいけないのですか!」

「この私が必要だと言っているんだ。それだけで十分だろう?」

 

抑制された静かな声だが、聞いていて震えが走るカミト。だがふと横を見ると優一は先ほどと変わらず柔和な表情を浮かべている。

 

「――けどね、あいつは特別だからな……そして”あれ”は、規格外だ。できれば呼び出すこともしたくないが」

 

最後の呟くような言葉は中の少女、カミトには聞き取れなかったようで気づいたのは優一だけだ。

 

「何者だ!」

 

立ち聞きを感づかれ、執務室の扉が乱暴に開かれる。すらりとした美脚を高々と振り上げ、ドアを蹴とばしたポニーテールの少女。

しかし、その上げた脚のせいでプリーツスカート内のレースの下着が見えてしまっている。

 

「黒!?」

「なっ! こ、この不埒者!」

 

余計なひと言を漏らしたカミトに制裁の蹴りが叩き込まれるはずだった。

渾身の力を込めた一撃はパシッと軽い音を立て、優一の手のひらに収まってしまっていた。

 

「元気いいねぇ。でもスカート穿いてる娘が、そう蹴りを放つものじゃないよ」

「くっ、この、離せっ!」

 

にこにこと笑いつつ騎士少女の脚を掴んだままの優一。一生懸命身をよじっても、まるで釘で固定されたかのように動かない。

ついに少女は腰から剣を抜き放ち、優一に突き立てようとするが、今度はいつの間にか現れていた十香に指で剣先を掴まれる。

 

「はい、ストップ。それ以上やるならあたしも加勢しちゃうんだけど、いいのかな?」

「くそっ……ん? もしかして、お前が例の――」

「いや、例のは床に転げている方だ。久しぶりだな、カゼハヤ・カミト。――そして”御神苗・優一”」

 

カミトには少しの親しみが込められているが、優一に対しては苦味走ったものしか感じられない。

しかしその違いに気づいている者は居るのか。先ほどの一撃に驚いて床に倒れ込んでいたカミトは

睨みつけるような視線をグレイワースに向け、少女・エリスは優一を仇のように見つめている。

ただ、一人だけ相変わらずのアルカイックスマイルを浮かべる赤い外套の青年。

 

「優一、来てくれて済まないがまずはそこで情けなく転がっているカミトと話がしたい。少し席を外してくれるか?」

「いいですよ。積もる話もあるでしょうし。ところでその間俺はどこに居ればいいんですか?」

「そうだな、エリス。彼を応接室まで案内してくれるか?」

「が、学園長! ですが!」

「私に同じことを二度言わせる気か?」

「も、申し訳ありません! こちらだ、ついてくるといい」

 

グレイワースの一言が恐ろしかったのか、エリスは震える声のまま優一を応接室まで案内した。

 

 

 

応接室に通される間、エリスは一切の言葉を発せず、むしろ殺気にも似たものを優一にぶつけてきていたが

そよ風に吹かれているかのようでまるで堪えない彼に馬鹿らしくなったのか、すぐに止めた。

柔らかなソファーに座ってどれだけの時が立ったのか、部屋の扉を開けてグレイワースが入ってきた。

 

「彼と話は済みましたか?」

「ああ、久しぶりにアイツと話せて楽しかったよ、いろいろと。……お前とは、顔も合わせたくはなかったが」

「まぁ、どこに行っても歓迎はされませんね俺……いや、俺たちはと言うべきでしょうね」

 

少し重苦しい圧が部屋に満ちる。それを生み出したのは黄昏の魔女か、目の前の青年か。

重い腰を上げるかのようにグレイワースが口を開いた。

 

「君に依頼を頼みたい。この学園に編入し、精霊剣舞祭に出て欲しい。多少の無茶は私が通す」

「……理解できませんね。それなら先ほどのカミト君でしたっけ? 彼に頼むべきでは? 元レン・アッシュベルに」

「アイツは表向きだ。お前にはこれを見せた方がいいだろう」

 

机の上に一冊の分厚い本が置かれる。まるで血を固めたようなどす黒い表紙。要所要所に血管のような葉脈が浮いては消える。

初めて彼の表情から笑みが消える。いや、あの微笑みに隠されていた獣が顔を出し、それが笑みを浮かべていた。

その異様な本の上に優一は手のひらを乗せる。小さく、だが確実にこの本は鼓動している――”本物”だ。

 

「……リブロムの写本か」

「精霊剣舞祭の開催を阻もうとした者が持っていたのを私が抑えた。その者は”男”であるにも関わらず精霊を使役していた。

 だが、その精霊も異様としか言いようのないものだった。分かるだろう、”アレ”が何等かの手段でまたこちらに

 触手を伸ばしている。お前にはその調査、できれば殲滅までを頼みたい」

「それでは、彼と一緒に編入ということでいいんですね?」

「……ああ、よろしく頼む」

「了解――」

 

優一がその言葉を発した途端目の前の本が火柱に包まれる。天井まで軽々と届く炎なのに、熱さを感じず、本以外には燃え移らない。

その邪なる本が燃え尽きるまで、グレイワースの耳にはおぞましい悲鳴が響いていた。――そんな声はどこからもしないと言うのに。

音も立てずにソファーから立ち上がり、応接室を後にする。そんな彼の背に黄昏の魔女にふさわしくない言葉がぽつりとぶつかる。

 

「また、あの異形どもが遊びでこちらにちょっかいを出してくるのか」

「……”アレ”は生き死に自体遊びと捉えているからな。人の決死の足掻きすら悦に感じる。

 だが、人間たちも根は似たようなものだよ」

 

 

 

優一はアレイシア学園の制服に身をつつみ、同じ格好をしたカミトと共にエリスに学園内を案内される。

乙女の園にいきなりの男という異分子がふたつも入ってきたのだ。

免疫のないお嬢様にはどう扱っていいのか分からず、ついきつくなってしまうのだろう。

ただカミトには突っかかっていくエリスだが、優一にはどことなく距離を置く。

 

カミトが寝泊まりはどこだと聞くと、馬小屋の傍の掘っ立て小屋に案内されて激高する。

優一はいそいそとコートの中から遊牧民が使う大型野営テントを取り出して張り始め、それを見たカミトが俺も住ませてくれと言うが

意地悪そうな笑みをうかべ、カミトにはそっちがあるじゃないかと断る。

そんなやりとりを終え、二人はレイヴン教室の教壇の上に並び立つ。

男の精霊使いが編入してくるという噂は広まっていたようだが、触れ合う機会もない異性。

それも二人となれば不安と好奇心は隠せない。

 

「あれが男の精霊使い……」

「目つきが悪いわ。人殺してそう」

「あのクレア・ルージュを手籠めにしたらしいわよ」

「て、手籠めって?」

「わ、分からないけど……とにかくえっちなことよ!」

 

「で、でももう一人の方は……」

「う、うん……どこかの王子様みたい」

「え、えっと何て話しかけたらいいのかしら?」

「ぬ、抜け駆けは許さないわよ!」

 

同じ男でもこれだけ反応が違うのかとカミトはやれやれとため息をつく。

 

――どちらの闇の方が深いのか、外見では判断できない。天使の笑顔の魔人だって居るというのに。

 

優一は制服の上にいつものコートを羽織っていて、ある意味覇者がマントを纏っている印象だ。

このコートは礼装を兼ねているので脱ぐことはできないと言い、それを押し通したためだ。

担任講師のフレイヤ・グランドルに促されて、カミトと優一は自己紹介を始める。

意外に普通の印象を受けた少女たちはカミトに対しだんだんと態度が柔らかくなる。

だがそこに、優一はいたずら心満載な答えを返す。

 

「え、えっとカミト君の好きなものは分かったけど、シンイチ……さんの好きな食べものは?」

「土以外。食べられるものなら何でも。蛇やトカゲはあっさりしておいしいし、意外な味がしておいしいのはミミズ。

 泥抜きが大変だけど、ひき肉にしてハンバーグにするとコクがあるんだ。他にもハチの子とか……」

 

いきなりのゲテモノのオンパレードにドン引きするお嬢様たち。カミトですら若干引き気味だ。

前までの素敵な王子様から、かなりの変人という認識に変わっていくが

優一としては夢見がちなお嬢様の理想像よりかは親しみやすい人として扱われる方が楽だと

ショッキングな内容をかましたが、少し刺激が強すぎたようだ。

 

「……えーと、まぁ野生児みたいな生活してたこともあるから、野生のものを良く食べてたけど

 別に普通の食事が嫌いなわけじゃないから。ただ好き嫌いはないってことで」

 

その柔和な笑みに顔を赤らめるお嬢さまたち。どうやらプラマイゼロ辺りに落ち着いたのだろう。

自己紹介の後、クレアとリンスレットの諍いに巻き込まれて、辟易するカミトを見て笑ってしまったり

キャロルにのしかかられて、淫獣呼ばわりされてしまった彼を励ましたりと、一日はどたばたと和やかに過ぎていった。

 

 

 

掘っ立て小屋の中でいろいろ悩み事をしていたカミトだが、ふいに鼻先をくすぐる匂いに気を取られる。

バターの香ばしい匂いと、甘いミルクの香りに誘われるように外に出ると優一が夕飯を作っていた。

コトコトと音を立てる小さな鍋には沢山の野菜と鶏肉がふんだんに入っていて、お玉でかき混ぜると

とろとろと煮崩れて、シチューのとろみを増している。

フライパンにはたっぷりのバターが引かれて、両面をじっくりと焼き上げている最中だ。

パッと見た感じではウサギ肉のソテーらしい。手早くフライパンを動かしてジュウジュウを食欲を誘う音を立てる。

ぐぅと腹の音がなり、カミトが見ていることに気が付いた優一は食べるかいと皿に盛りつけて彼に渡す。

 

「……意外だな。あんな答え返したのに普通の料理ができるんじゃないか」

「いざという時は何でも食べられなきゃ最悪餓死しちゃうからね。それにおいしいものがあるのに

 わざわざ手間暇かかるものを食べる必要はないじゃないか」

「てことは、あれはわざとなのか」

 

はははと笑う優一の隣に食べるしぐさは上品だが、あっという間に皿の中身を空にして料理を次々に放り込む女性の姿が。

 

「彼女が、優一の契約精霊か?」

「ああ、そうだ。十香、カミトに挨拶しな」

「んんっ? むぐむぐ……っ、こんにちわ、あたしが優一の戦闘精霊、十香・皇。よろしくねカミト君」

 

指でVの字を作り明るい微笑みを浮かべた十香に顔を赤らめてしまうカミト。

おや、これはいいおもちゃを見つけたと言わんばかりの表情を浮かべた十香は皿を持ったままカミトの隣に座る。

わざと腕を絡めて、大きい胸をふにふにと音がしそうなくらいにカミトに押し付ける。

 

「ん~? カミト君は大きい方が好き? 小ぶりな方が好き? お姉さんに教えてごらんなさい? ほれほれ」

「えっ、ちょっと、本当に当たってるって……おい! 優一何とかしてくれよぉ!」

「いやぁ、カミトも満更ではなさそうだし止めるのもなぁ。それにそこの三人もよければこっち来れば?」

 

優一の呼びかけにリンスレット、キャロル、クレアが姿を現す。

リンスレットはカミトに餌付けでもするつもりだったのか、スープの入ったお椀を持っていた。

 

「い、いつから気が付いていましたの?」

「最初から。人の気配が三つ近づいているのを感じ取ってたからね。はい、どうぞ」

 

鍋から白い湯気を立てるシチューを器に盛り付け、三人に渡す。

あのゲテモノ食いの料理におずおずと口をつけるが

すぐに驚きの表情が浮かぶ。

 

「お、おいしい……」

 

もしかしたら実家のシェフのシチューよりおいしいかもしれないとリンスレット。

夢中でシチューをかき込むクレアにキャロル。お嬢様たちの食べっぷりに作り手は満足げな顔。

 

「んで、ここに何のようかな? まぁリンスレットはカミトに主従になれとでも言いに来たんだろうけどね」

「なっ!? アンタ、何勝手に人の奴隷に手を出そうとしてるのよ!」

 

仲がいいのか悪いのか、ついに精霊を出してまで争い始める。

その余波を受けカミトの掘っ立て小屋は無残な瓦礫の山と化す。

落ち込みうなだれるカミトの頭に顎を乗っけてよしよしと慰める十香。

騒ぎを聞きつけて、エリスを含めた風王騎士団もやって来て混迷を極める。

決闘の約束を取り付けた時、朗らかに笑っていた優一だが、急に表情を引き締める。

十香もカミトいじりを止めて優一の傍に並び立つ。

 

「さてと、招かれざる客も来たみたいだ。姿を見せたらどうだ?」

「……? 何を言って」

 

エリスが疑問符をうかべた時、彼らの前に音もなく姿を現す者が。

誰かがひっと引きつれたような声を漏らす。その人影は全身を黒い布で覆い隠し

のっぺりとした白い仮面をつけている。表情が窺えない仮面がいっそうの不安を煽り

右手の異常な大きさの鉤爪が何を成すのかをはっきり伝えてくる。

その異質な相手を前に普段と変わらない優一が、どこかこの場にふさわしくなく感じる。

 

「手を貸す?」

「いや、これ相手に十香は必要ないだろ」

「な! 何をする気だ! 我々騎士団に……」

 

散歩でもするかのような気安さで暗殺者に近づく優一を止めようとするエリスだが、一瞬遅かった。

異形の輪郭がぶれた途端、光速で優一に飛びかかり右手の鉤爪を振るう。

まばたきが終わるころには無残な獲物の首が転がっているはずだ――相手が彼でなければ。

光速をも超える速さで振られた脚が空中の暗殺者の脇腹に突き刺さる。

そのまま横跳びに叩きつけられた者は、体制を立て直す暇もなく、いつの間にか目の前にいた優一に

鳩尾を踏みつけられる。バキバキと肋骨が折れる音が響き、声にならない叫びをあげる。

 

「――――――――ッ!!」

「やかましい。正体を見せてもらうぞ」

 

上から足に重圧をかけたまま仮面をはぎ取る。その想像を絶する姿にクレア達から絹を割くような悲鳴があがる。

目、口からどす黒い色の数千にも近い触手が生え、生理的嫌悪を感じさせる不気味な脈動を繰り返しているのだ。

純粋培養な姫巫女たちは無論、あまりに正気を疑うような悪夢のような光景にカミトですら絶句している。

これを普通に受け入れられている優一、十香は――。

 

「ちっ、文字通りの捨て駒か。これじゃ何も引き出せんな」

 

異形の暗殺者の胸を踏み抜くと、遺体は劫火に包まれ一秒も経たずにそこに人が居た痕跡すら残さず燃やし尽くす。

カタカタと身体を震わせる少女たちに先ほどを変わらない、気安い、だがこの場では一番異質な態度で話す。

 

「さっきの決闘だけどさ、俺も参加するよ」


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