二十年後の半端者   作:山中 一

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第五部 三話

 中学校のカリキュラムがすべて終わり、受験対策にすべての時間が割かれるようになってから、目に見えて三年生の雰囲気は変わっていた。

 休み時間でも参考書を広げて机に向かう生徒が珍しくなくなり、会話は目指す高校の話であったり、受験への不安であったりした。

 成績が振るわない者は、その不安を口にし、過去問で満足のいく結果が出た者は、僅かながらも自信を付けた。

 暁の帝国にある公立中学校に中高一貫校はない。

 凪が通うこの学校も、同じである。卒業すれば、もうこの校舎に制服を着てやってくる機会は訪れないし、この面子が教室に揃うことも二度とない。

 受験が近付いていると同時に卒業が近付いている。

 どことなく寂寥感のある空気が漂っているのも、そのためだろう。

 多かれ少なかれ学校への思い入れを皆が持っている。今の人間関係を大切に思っているし、この教室でみんなで過ごしている当たり前の時間が、あと一ヶ月で終わってしまう寂しさを感じている。

 二月六日。私立高校受験の前日である。暁の帝国内にある私立高校の六割が、明日、入学試験を執り行う。

 このクラスには、公立高校一本で勝負する肝の太い生徒はいなかったようで、推薦組を除く全員が受験をする。

 黒板には「卒業まで後三十三日!」と女子が描いたカウントダウン。一日ごとに、数字が減っていくのが、いっそう卒業を意識させてくる。

 凪が受験する彩海学園は、午前中に筆記試験を行い、午後に面接試験をする。面接だけで合否を決める私立高校もある中で、ここはさすがに名門校の自負があるのか、きちんとテストを設けている。

 筆記試験は過去十年分の過去問で準備をしてきた。そこそこの点数は取れている。私立高校の厄介なところは、唐突に問題の傾向を変えてくる点で、油断はできないが、十年分の過去問の結果を見れば、勝算はある。

 ただ、凪は学校生活そのものに難のある生徒である。テストの成績はまあまあいいとして、生活態度がどう評価されるかは難しいところだ。

 凪には攻魔官になるという目標があり、Cカードも中学卒業と共に取得できる。この前試験をパスしたので、これは確定だ。

 面接では、それをアピールポイントにしようと思っている。

 いくら彩海学園でも、Cカードを保有している学生は少ないだろうし、テロリストと戦った経験のある受験生は、きっと凪以外にはいないだろう。

 あまり重い話を面接ですることはできないので、抽象的にならざるを得ないところではある。攻魔師事務所の面接なら、実戦経験をアピールできるのだが、学校の面接はそれが果たして評価ポイントになるのかどうか――――Cカード保有者でもある担任は困り顔で、あまり過激なことは言わず、努力していることを中心にとアドバイスしていた。

「はい、じゃあ今日はここまでです。明日はいよいよ勝負の日です。緊張するなというのは無理でしょうが、あまり気負いすぎて眠れないというようなことがないようにしましょう。みなさん、するべきことはもうし尽くしているはずなので、堂々と明日を迎えるようにしてください」

 と、ホームルームの言葉をあっさり目で終えた担任。

 最後に起立礼をして、一日が終わった。

 チャイムと同時に席を立つ。

「よぅす、帰るんか?」

 日に焼けた肌と白い歯が眩しい。

 生粋の中学球児だったこの男は、きっとこのまま高校球児に進化するのだろう。

 見てくれはイケメンの部類なのだし、ガタイもいい。高校に行って全国区で戦えば、きっともてるだろう。

「もちろん、直帰」

「三十分でも時間作れんか?」

 と、ヨシオカは言う。

 その後ろには、元サッカー部のタナカがいた。いつもの面子だ。

「何かあんの?」

「ちょいと身体を動かさねーか?」

「明日受験だって」

「三十分だけだよ」

「……まあ、それくらいなら」

 あまり、強く断る理由がなかった。

 今になって受験対策を新たにできることはない。精々、公式や単語を覚えているか確認する程度が関の山だろう。担任が言っていた通り、やるべきことはやり尽くしている――――という建前はある。

 グローブもボールも、ヨシオカのカバンから出てきた。この男、もう高校進学を決めているのでカバンに勉強道具が入っていないのだ。

 学校近くの広い公園で、三人で三角形を作ってキャッチボールをした。

 飛んで来るボールをグローブでキャッチして、隣に投げる。ヨシオカの玉を受けてタナカに流すだけの単純作業だ。

「グローブつけんのも久しぶりだわ」

 と、凪は呟く。

「体育でやんないからな。やっぱ、サッカーですわ。野球は道具の初期投資に金が掛かりすぎ」

「サッカーだって似たようなもんだろーが」

 サッカー部と野球部特有のいがみ合いだ。

 それぞれの部活にグラウンドが宛がわれているわけではない。中学のグラウンドはサッカーコート一面分と少しだ。それを半分にしてサッカー部と野球部が練習場とし、残る僅かな直線を陸上部が使っている。

 これでも都心の公立校としてはなかなかの大きさのグラウンドなのだ。他の中学では、もっと小さなグラウンドしか持っていないところも珍しくない。

 サッカー部と野球部。

 何となく立ち位置が被っているような気がしなくもない。ボールが互いの領地に転がっていくし、用具室も共有なので何かとライバル視する機会が多いのだとか。

 もちろん、それは仲が悪いということではない。

「てか、急にキャッチボールとかどうかしたのか?」

「ま、最後だからな」

 と、ヨシオカは言う。

「俺、卒業式は出られそうもないし」

「……何か、あったのか?」

「別に。寮に、もう明日から入るんだよ」

「明日? マジで?」

「マジ……あ」

 凪の手から離れたボールが、タナカの頭上を越えて転がっていく。

「下手ー」

「すまんすまん」

 ボールをタナカが取りに走っていく。

「野球部の寮って、まだ卒業もしてないのに?」

「野球の名門校だからなー。推薦で入ったヤツは、入学前から野球部の活動に参加できんだよ。任意だけど、俺はそれに申し込んだってわけ」

 パス、と乾いた音がする。

 ヨシオカのグローブに白球が飛び込んだ音だった。

「高校野球も大変だな。北高は、部員数も多いんだろ? よく知らんけど」

「Cチームまであるからな。当然、Aチームに入れんのはごく一握り」

 全国大会を目指す名門校に入学するということは、部内での厳しいスタメン争いに身を投じることでもある。三年間努力して、結局ベンチにも入れない選手は数え切れないほどいる。そういう環境に、ヨシオカは飛び込もうとしているのだ。

 そして、それはタナカも同じだ。

 彼もまたスポーツ推薦で高校への進学を決めている。寮生活のための準備を進めているとも言っていた。

 暁の帝国の学校は、あまり多くの敷地を持っていない。中央に近ければ近いほど、その傾向は強くなる。逆に郊外に行けば行くほど、目的を定めて造成された土地となるため、スポーツの強い学校は、中央から離れた土地に作られる傾向にある。

「昏月は、明日から彩海だったっけ?」

「おう」

 タナカに問われて、頷いて、ボールを投じる。

 ボールを投げるという動作は、日常的にするものではないので、あまり上手く投げられない。簡単なようでいて、実は案外難しいのだ。

 運動神経は悪くない凪でも、慣れない動作はぎこぎこちなくなる。

「彩海受験するヤツ、かなりいたよな」

「まあ、進学校だしな。それに、金もあるし」

 この辺りに暮らす中学生で、大学まで考えている生徒は概ね彩海学園を選択肢に入れる。祈念受験をするという者も珍しくはない。有名校というのは、受験料だけでかなりの額を稼げるといういい見本である。

「俺は記念受験だよ。私立は正直、考えてないからな」

「そんなこと言ってると、公立も落ちるぞ」

「怖いこと言うなよ。まあ、そんときには攻魔師事務所に雇ってもらうわ。Cカードは取れっから」

 凪は、軽口に軽口を返す。

 中卒でも完全な技術職である攻魔師としてなら、働けないことはない。ある種才能の世界だ。十代の攻魔師が、数百年を生きる吸血鬼を倒すこともある。そんな理不尽が罷り通るのが魔導の世界である。もちろん、それは突出した才能のある攻魔師が、血の滲むような鍛錬を重ねたからこその結果だが、端から見れば何の冗談だと思うだろう。

「あ、ヤベ」

 と、タナカが口にする。

 タナカの手を離れたボールが、明後日の方向に飛んでいく。

「おーい、どこ投げてんだよー」

「悪ぃ、手が滑った」

 転がっていくボールを、ヨシオカが拾いに走る。

「握力なくなってきた」

 と、タナカが苦笑する。

「早くね? 握力なさすぎだろ」

「サッカーはあんま握力使わないからな」

 タナカはそう嘯いて、両手を握ったり開いたりする。

 タナカの言っていることはわかるのだが、それでも運動部がそうそうに握力がなくなるというのは貧弱すぎるのではないだろうか。

 運動部に対する偏見と言われればそれまでだが。確かに、サッカーだけしているのなら、特別握力を鍛えるということはしないかもしれない。

 日頃から棒を振り回している凪のほうが、筋力があるというのも不思議なことではないだろう。

 公園に設置されている時計を見る。

 三十分だけのつもりが、一時間もキャッチボールをしてしまっていた。

 いくら、本命ではないとはいえ、これ以上遊ぶのはどうかと思う。

「もう時間だし、俺は帰るわ」

「ん、付き合せて悪かったな」

 と、ヨシオカは言った。

「また明日、じゃなくて明後日なー」

 タナカはグローブを外し、どこからともなく取り出したサッカーボールを転がしていた。

 これから、日が暮れるまでサッカーをするつもりだろうか。それはそれで羨ましい。受験さえなければ、自分も残って一緒にサッカーをしたかったくらいだ。

 ヨシオカは、彼の言うとおりなら、もう中学校で会うことはないのかもしれない。

 それを思うとますます卒業という言葉の重みを実感する。

 こうして、それぞれの道に進んでいくのだと思うと寂しいような嬉しいような不思議な気持ちになるのだ。

 

 

 

「ぬ……遅かったですね」

 家に帰ると空菜がテーブルに国語のテキストを広げていた。

「今日のご飯は、カツ丼です。もうできてるんで、適当にあっためて食べてください」

「はいよ」

 フライパンにカツ丼の具が入っていた。。

 カツ丼は明日の受験を意識してのものだろうか。

 空菜自身はさっさと自分の分を食べきってしまっているようだ。食後のコーヒーを啜りつつ、萌葱が置いていったクッキーの残りをもそもそと齧っている。

「……身体、動かしてきました?」

「おう。ちょっとだけな」

「いつもの二人ですね。確か、野球部とサッカー部の人」

「そうそう」

 凪は、とりあえず麦茶をコップに注いで、一息に飲み干した。冷たい麦茶が、火照った身体に染み込んでいく。

「ちょっと、キャッチボールしてた。ヨシオカが、寮に入るっていうからな」

「しばらくは出て来れないということですか?」

「どうだろうな。そこまで、中学生に強制はしないだろうけど、アイツなら出ないだろうな。意外にストイックだしな」

 真面目なスポーツマンであるヨシオカは、野球には真摯に取り組んできた。その姿勢はこれからも変わらないだろう。寮に入ったら、完全に向こうのやり方に従うだろうし、早く新生活に慣れようと必死になるだろう。今日、凪やタナカとキャッチボールをしたのは、ヨシオカなりに中学生活に踏ん切りをつけるためだったのではないか。

「食事の前に、汗を流したほうがいいのではないですか?」

「汗、臭うか?」

「いえ、それは別に構いません。ただ、汗も埃も落としておかないと、家が汚れます」

「それもそうか」

 汗は雑菌の温床ともなる。そのままにして、ソファやベッドを汚すのは、衛生的にもよくないだろう。

 シャワーを浴びて、汗を流したら、カツ丼を腹に収める。その頃には、日が暮れていて、午後八時半過ぎになっていた。

 タワーマンションの窓から煌びやかな夜景を眺めつつ、凪は自室に篭り、テキストを開く。最後の確認作業だ。数学の公式と英単語、古典漢文といった暗記物だけだ。思考問題や長文読解は、今更やったところで焼け石に水である。だから、それはもう手をつけない。凪にとっても、空菜にとっても初めての受験である。祈念受験と嘯いていても、本番が明日となると、緊張もする。

 しばらく、レトロな掛け時計の秒針の音だけがカチカチと鳴り続けていた。

 いつもはテレビやゲームの音が耐えない昏月家が、静寂に包まれている。

 ふと顔を上げて時計を確認すると、十一時になったところだった。

「ふ、ん……よし、寝るか」

 いつもはここからが本番なのだが、さすがに受験の前日に夜更かしするわけにもいかない。

 念入りに受験票と筆記用具とテキストを確認して、いつもは持ち歩かない内履きもカバンにしっかりと入れて、凪は眠りに就いた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 彩海学園は、暁古城の出身校ということもあって、地元では他の学校よりも高い格式があると認知されている。もともとは、比較的校則の緩めな、中堅の私立校だったが、ここ十数年の間に徐々に全体の成績が上昇していて、世間の評判に合わせるように学内の環境も整えられていった。

 エレベーターや自動ドアは、一般的な公立校出身者にとっては、それだけで珍しい。公立高校には、ここまでの設備はない。有名私立校と一般公立校の間に横たわる環境の差は、暁の帝国でも変わらず大きいのだった。ちなみに、グラウンドは一般的に公立も私立も人工芝である。人工島なので、土よりも人工芝のほうが安価だからだ。ここは、日本とは異なる点であろう。

 この学校に、今日は全国から人が集まる。

 学ラン、セーラー服、ブレザー、私服と様々な服装の学生が一同に会している。

「セーラー服は、初めて見ましたね」

「どこだろうな。この辺にはないよな」

 と、空菜と凪は声を顰めて話している。

 受験番号確認のための行列の中で、受験票を大事に握り締める。

「何か、緊張してます?」

「そりゃあ、まあな」

「珍しい」

「そうでもないだろ。そっちはどうなんだよ」

「わたしはあまり。ここにいるのも、成り行きですし?」

「そうかい」

 空菜は、受験そのものにさほど意味を見出していないのだろう。生まれて半年程度で、勉強に不安があるわけでもなく、将来の希望はおろか今の自分すらきちんと確立していない。彩海学園を受験するのも、凪が受験するから一緒に申し込んだという程度だ。

 列が進んでいき、空菜が受付の前に立つ。対応しているのは、この学園の教師だ。

「はい、じゃあ、次の……あら?」

 女性教師は、空菜を見て固まった。

「何か?」

「あ、いえ……受験票をお願いします」

 空菜は釈然としない面持ちで受験票を渡す。

 それを、バーコードリーダーに読み込ませて申請情報と照合する。

「ええと、昏月空菜さん、でよろしいですか?」

「そうです」

「はい、じゃあ、赤い線に沿って進んでください……」

 赤い線の先には、教室がある。受験番号で机が指定されていて、そこで試験を受けることになる。

 空菜を見た教師も、不思議なものを見たといった表情だ。

 彩海学園は零菜が通っている学校だ。当然、こういった反応になるだろう。

「それでは、次の方」

 凪の番が回ってきて、同じ苗字ということもあってさらに不思議がられた。

 こればかりは如何ともし難い家庭の事情である。何かあるのかもしれないと思われても仕方がないが、他人の空似と言われればそれまでだ。

 もっとも、凪は凪で暁家の親戚である。そこに空菜という零菜によく似た少女がいれば、「おや?」となるのは自明の理であろう。

 凪と空菜の教室は別だった。受験番号が四十は離れていたので、これも予想できたことだった。

 自分の席に着いて、周りを見回すと、知らない顔だらけだ。同じ学校の生徒もいたが、生憎と交流は皆無の相手である。互いに顔を知っているだけで、名前も知らない他人であった。話し相手がいない教室は、完全アウェーの状態だ。試験官が入室するまで、黙ってテキストに目を通すくらいしかすることがないし、事ここに至っては、それ以外の選択肢はそもそもないだろう。

 教室に入ってから二十分ほどで、すべての机が埋まった。

 廊下を行き交う人の気配も完全に絶えて、試験管がテスト用紙を抱えて入ってきた。

「えー、それでは、受験票を机の右上に置いて、筆記用具以外はカバンに入れてください。これから、テスト用紙を配付しますが、指示があるまで触らないようにしてください」

 と、簡潔な説明をしてテスト用紙を配り始める。

 紙の音以外には何も聞こえない。静まり返った教室は、かつてないほどの緊張感に包まれていた。

 テスト用紙が行き渡ったことを確認した試験官が、腕時計を見る。

 凪達が見られるのは、壁にかかったアナログな時計だけだ。秒針すらないその時計では、すでに開始時間になっているように見える。

 いつ始めの合図があるのか。

 今か今かと待ち続け、緊張のあまりに気が遠くなりそうになる。

 そして、

「……始め」

 静かに、彩海学園の入学試験が始まった。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 学校のチャイムが鳴り響く。

 この音は、どこも同じらしい。

 西日が差す校門を、凪と空菜は揃って出た。 

 ぞろぞろと受験生たちが帰っていく。

 午後の面接試験が終わった生徒から、帰宅が許されていた。面接試験は空菜のほうが先に終わったが、凪が終わるまで玄関で待っていたのだという。

 受験番号順の五人一組による面接なので、大体いつ頃凪の番が回ってくるのかは分かる。

「どんなでした?」

 と空菜が聞いてくる。

「まあまあ、だな」

「やっぱり国語は、傾向が変わっていましたね。昨年までは、あんな問題はなかったと思います」

「……十干のところか?」

「そうです。まあ、あれについては呪術を嗜んでいれば問題ないんですが」

「そうだな。今年の問題のほうが過去問より相性よかったな」

 歩きながら、感想を言い合う。

 私立高校の入学試験は、時折それまでと異なる傾向の問題を出してくることがある。今年は、運悪くその年だったようで、これまでまったく顔を出さなかった十干に関する問題が出題された。マニアックな知識問題で、社会科の参考書に多少載っている程度のものだ。それが国語で出てくるのだから、初見の受験生はパニックになっただろう。一点を争う入試では、こうしたちょっとした知識問題で差ができることもある。

 幸い、十干は日本の呪術にも関わる要素なので、幸いなことに凪も空菜も躓くことはなかった。二人にとっては、サービス問題と言えるだろう。

「しかし、この学校はちょっと苦手ですね」

 と、空菜が呟く。

「……じろじろ見られたからか?」

「はい」

 空菜はあっさりと頷いた。

 今日、彩海学園は入試当日のため休校だった。零菜たちは持ち上がりで高等部に入るため、入試をする必要もない。よって、自宅待機が言い渡されている。そこに、零菜と瓜二つの空菜が別の学校の制服を着て現れるのだから、学校関係者の目を引くのは当然だ。

「彩海学園に通えば、どの道バレることでもあるんだろうけどな。昏月だって、親戚なんだし」

「親戚だということが知られるのは、わたしは別にいいんですけど。ただ、零菜と似てるという探るような視線が好ましくないんです」

 そうだろうな、と凪は思う。

 誰だって不躾な探るような視線には嫌気がするだろう。

 凪も、人間から魔族に種族チェンジした扱いになった時には、周囲から何事かと思われたものだ。

「さて、と。後は土曜日に本命かぁ」

 凪は緊張感溢れる一日が終わって、伸びをした。

 今週の土曜日に公立高校の特色試験がある。一般入試と異なり、筆記試験と面接が課される入試だ。推薦入試に近い形式で、各校が問題作成するので学校ごとに課題が異なっている。そのため、特色試験と呼ばれる。凪は、この特色試験を受験することにしていた。凪にはCカードがある。特殊技能を持っている生徒は、特色試験で有利なのだ。

 入試の緊張感は、今日体験した。本番と見据える土曜日はもっと緊張するだろうが、それなりの修羅場は乗り越えてきたのだから大丈夫だと凪は自分に言い聞かせた。


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