二十年後の半端者   作:山中 一

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第四部 十二話

 特区警備隊はもともと公園の内外に指揮所を設けてクリスマスパーティに備えていたが、今回の事件ではそれが功を奏した。広い公園そのものは那月の結界で遮断されてしまったが、その外に位置する指揮所は機能を失うことなく運営できたからだ。アルディギア王国側の騎士たちも、反乱に加担していなかった勢力が盛り返している。本船を奪い返し、本国との通信を回復、その上で公園内に持ち込まれたアルディギア王国の兵器の詳細についても報告を上げていた。もはや機密もなにもない。ここで全面的に協力しなければ、外交的にも大きな傷を負うことになる。無論、ここでクロエ姫の鶴の一声があったことも大きい。

 アルディギア王国の近衛兵たちは指揮官クラスの要人がアルディギア解放戦線の構成員であったという点で大いに驚愕しており、そのために指揮できる者が不在の状態となっていた。

 若年であっても、クロエは自身が所属する組織の頂点に君臨する一人であり、彼女の言葉には重大な意味がある。

「何とか、足並みは揃いそうですか」

 クロエが尋ねたのは特区警備隊の前線指揮に当たっている女吸血鬼ダーナ・エーカトルである。

 長い金髪の女吸血鬼は、おそらく古城を除けば帝国国内でも最強クラスの吸血鬼であると言えるだろう。数百年の年月を積み重ねた旧き世代だとされているが詳しいことを知っているのは、古城たち上層部くらいのものだろう。彼女が言うには、流浪の旅を続けてきた流れの吸血鬼だということらしいが、紆余曲折の末にこの国に居付いてしまったのだとか。

「ああ、クロエ姫。こちらの準備はオッケーですよ。あとは空隙ちゃんに入口開いてもらえば、いつでも突撃できますね」

 厳しい戦いになるのは分かりきっている。吸血鬼や魔族ならばいいが、人間の部隊員にとっては荷が重い戦いだ。何せ科学技術が封じられている上に向こう側には最新鋭の科学技術がついているのだ。

 本来ならばありえないことだが、それが萌葱の眷獣の恐ろしさということか。

「さて、初めはわたしの眷獣を先頭に押し立てて迎賓館まで突っ切る。途中で出てくる眷獣や機械兵器も潰す。速攻で館内に押し入り、零菜姫か空菜ちゃんの眷獣で凍結封印を解除し、アルディギアの反乱軍を鎮圧すると。うん、雑だけどこれしかないね」

 相手とこちらの兵力差が考慮すれば、とにかく速攻で終わらせるしかない。

 慌しく周囲を行き交う関係者達。

 結界の内部に入れば通信機器は使えない。魔術で代用するしかないが、実のところそういった魔術による連絡というのはできない隊員も少なくない。通信機器の発達により、魔術での連絡を学ぶ必要性が薄れていたからだ。

 機関銃などは用意できたが、それ以外の面は中世レベルにまで低下していると言われてもおかしくはない。

「うーん、そう考えると大分質が落ちてるのね。人間も魔族も……」

 ダーナは頭を振って余計な雑念を払った。

 確かに数百年前、人間共と交戦していた頃はドイツもコイツも強敵ばかりだった。思い出補正もあるだろうが、その半面科学に頼らず吸血鬼たちを相手に戦っていた時代なのだ。信じられないくらい強い人間が組織単位で存在していたというのも、記憶違いではないはずだ。

 それとも、自分が強くなりすぎたのだろうか。親元を出奔して、滾る血に任せて戦地を駆け抜けた時よりも、着実に歴史と力を蓄えているのだから。

「意味ないね、これは」

 さっき旦那から血を吸ってきたので魔力は十分。機械というのが気に入らないが潰しがいはそこそこありそうだ。

「注意するのは二つ。敵は最新の兵器をぶつけてくるので死なないようにすることとポッドが出てきたら攻撃を当てずに確保すること」

 前者については目茶苦茶なことを言っているがそれ以外に言い様がない。相手はこちらの動きなどお見通しなのだ。後手に回っている以上どう足掻いても不利には違いない。

 そして後者。こちらは非常に重要なのだが、敵が如何にして眷獣を操っているのかという謎を解く鍵がポッドであった。

 正式名称は不明。しかし、二メートル程度の大きさの円筒形の機械は内部に吸血鬼を封入し、脳に電気刺激を与えることで眷獣を無理矢理召喚させるという悪辣な兵器だったのだ。

 聖域条約締結以前に理論が構築され、アルディギア解放戦線が秘密裏に完成させた兵器だが、この存在が分かったときには吸血鬼を中心にアルディギア解放戦線に対する敵意が吹き荒れたものだ。

「空隙ちゃん、門開けて」

「妙な名で呼ぶなダーナ」

 那月がふわりと現れる。相変わらずの神出鬼没さに、クロエなどは驚いてしまうのだがダーナはさすがに平然としている。

「いいじゃないの、わたしのほうが年上だし」

「そういう問題じゃないだろう」

 そもそも吸血鬼を相手に年齢で戦える人間がどれだけいるものか。那月はそういう観点では条件を満たすものの、自分よりも早く生まれた者には一生追いつくことはない。年上よりも長く生きることはできても、存命中の相手よりも年上になることは永遠にない。年齢を持ち出すのは、卑怯というモノだ。

 那月は不機嫌を顔に貼り付けながら、指を鳴らした。ベルゼビュートの能力を封じ込めていた大結界の一部が形を変えて、開かれた門となる。

「門は二重だ。部隊が中に入ると同時に入口を閉鎖し、内側の門を開錠する」

 そうすることで敵の能力が外に漏れることを阻止するのだ。二重窓のようなものだ。

「了解。よし、行くよ!」

 ダーナが声をかける。集まった二十五名の選抜部隊の面々は気合を入れるように各々吼える。ダーナを含めた五名の吸血鬼が血路を開き、後続の魔族と人間の混成部隊により素早く敵兵力の鎮圧にかかる。

 ぞろぞろと特区警備隊員たちが結界の中に入っていく。

「クロエ、折を見て、お前たちも投入する。ほかの姉妹にもいつでもいけるように準備するように改めて伝えておけ」

「はい」

 ダーナたちの目的は道を切り開くことだけではない。敵兵力がどのように運用されるのかを見極めることも含まれている。零菜の存在は敵も知っているだろう。魔力無効化が封印を破壊する最適解である以上警戒されている可能性は高い。

 凪と東雲がベルゼビュートと交戦してからが、本格的な勝負所となる見込みだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 成すべきことがはっきりした今、凪に迷いはない。とにかくベルゼビュートと命名された巨大悪魔から萌葱を救出し、この騒動を終わらせなければならない。

 東雲以外の吸血姫たちは、那月の魔術によってすでに公園の外に転移させられている。監獄結界からであっても、園内の指定した場所に転移させることができないくらいに那月が張った結界は強力なのだ。内部と外部を遮断するという特性は転移魔術すらも妨害する。結局、自分の足で目的地までいかなければならないのだ。ベルゼビュートの巨体は、はっきりと思い出せる。正直、距離感が狂うくらいの大きさだ。

 姉妹たちがいなくなったことで、監獄結界の中は閑散としている。主である那月も姿を消したので、今は凪と東雲の二人だけとなっているのだ。この二人で萌葱を救出しなければならない。

「凪ちゃん、緊張してる?」

 イスに座っている凪に反対側に座る東雲が尋ねてきた。金色に輝く虹の髪を手櫛で整えた後、彼女は頬杖をついて凪を見つめてくる。

「うん? いや、こういうのは何回か経験してるけど、ちょっとは緊張してる。やっぱり」

「そう。ちなみにわたしはバックバク。一応、ジャーダ様のところでそこそこ働かせてもらったけど、ね」

 東雲は国外、第三真祖の領土内に留学という形を取っていた。といっても、彼女の存在は容易く公にできるものでもない。第四真祖と第四真祖の間に生まれた子という特殊極まりない立場は、萌葱や零菜以上にデリケートな扱いを必要とした。そして、強力な力をコントロールする技術を身に付ける必要もあった。アヴローラ関連に理解のあるジャーダ・ククルカンを頼ったのは、そういった経緯があったからだ。

「ジャーダ様がねー、凪ちゃんに興味があるってさ」

「何で?」

「プレイヤーだからじゃない? あの、あれでも皇帝だからね。欲しい、興味あるってことには結構貪欲だよ」

「へえ……ん?」

 凪はふと、東雲を見る。

「なあ、東雲」

「何?」

「もしかしてさ、俺のこと知ってたか?」

 今の会話に引っかかるところがあった。

 ジャーダが凪の秘密を知っていた。それは、ありえないとは言えない。ジャーダと古城の仲だ。皇帝同士そういった話があってもいいだろう。だが、それを東雲が知っているとなると話は変わる。暁の帝国にやって来る前から、ジャーダとプレイヤーについて話をしていなければ、今の受け答えはなかったはずだ。

「知ってたって言ったら、どうする?」

 東雲は薄らを笑みを浮かべた。

 朗らかさを消した妖艶な笑みだ。挑発的と言ってもいいだろう。

「ん、いや。別に何をどうするってことはないけど」

「……なんだ、残念。わたしとしては凪ちゃんがかっとなってがっと押し倒しにくるくらいはあってもいいと思ってたのに」

「しないよ」

「でしょーね」

「それで、知ってたの?」

「知ってたよ。何年か前にジャーダ様から聞いた。わたしが知ってるってことはナツキちゃんも知ってる。今日、ここに来る前にちょこっとその件で打ち合わせたからね」

「もしかして、那月ちゃんが席を外した十分って」

「うん。あれ、別室でわたしと話する時間を取るための十分だね」

 あっさりと東雲は白状した。

 凪が真実を知ったことで、もう隠す必要もなくなったのだろう。

「いや、やっと肩の荷が下りた。ちょっと衝撃の事実だったでしょ」

「ちょっとどころじゃなかったぞ。自分が人造人間だとはさすがに思わないって」

「あはは、だよねー。ま、うちのお母さんとか優麻さんも似たようなものだけどね」

 人工吸血鬼が東雲の母親アヴローラであり、麻夜の母親である優麻もクローニング技術で生み出されたのだと聞いている。そういった家族構成だからだろうか。凪が言うとおり受けた衝撃はそれほど大きくはなかった。

「じゃあ、さ。この機会に全部の荷物を下しちゃうってのをわたし考えちゃった」

 そう言った東雲はおもむろに立ち上がるとテーブルを回って凪の隣にやって来た。

 小柄なので隣に座っても凪のほうが十分に高い。下から見上げられて、凪は反応に困った。

「荷物下すって言ってなんで俺の隣に?」

 東雲は凪の胸倉を掴むと自分の顔を胸元に押し付けてきた。

「いや、んー……」

 じっとして十秒ほど経っただろうか。

 離れた東雲は瞳を焔に染めている。

「んふ、うん。分かってたけど、これは、いやすごい。たったこれだけで凪ちゃんの血が吸いたくなったよ。ねえ、今日はみんなに血を上げてたんだし、わたしにもくれるよね?」

 頬を少し赤らめて東雲は聞いてきた。

「今更だしな……東雲が戦いに必要だってんなら断わる理由もないし」

「凪ちゃんはそうやって、みんなに求められるままに血を吸わせてきたでしょ」

「いや、求められるままにじゃないけど。その都度理由はあったし」

「それ、凪ちゃんの判断なのかな? プレイヤーとしての判断なのかな?」

「……? 何それ、どういうこと?」

「ナツキちゃんがさっき説明しなかったこと。プレイヤーとしての凪ちゃんの危険察知能力の低さの問題」

 凪は眉ねを寄せた。東雲がいきなり何を言ってきたのか、すぐには理解できなかったのだ。

「プレイヤーっていうのはさ、吸血鬼に血を吸われるために調整された人造人間なわけ。そんなプレイヤーが、血を吸われることに嫌悪感を示したら意味ないよね。戦場に連れて行かれて怖いから逃げますなんてことになったら、せっかくお金を出して造ったのにおじゃんでしょ。だからさ、凪ちゃん。プレイヤーは自分に迫る危険にとにかく鈍感になるように設計されてるんだって」

「……うん? あまり自覚ないけどなぁ。危ないと思うことは普通にあるし」

「何でも受け取り方の問題みたいだよ。例えば、ボールが顔面に飛んできたとき普通の人は頭で考えなくても避けたりガードしたりするでしょ。でも、プレイヤーはボールが顔に当たると痛い、怪我をする、じゃあどうするか、避けようっていちいち考えるの。反射的に避けないみたいなのね」

「俺は別にそうでもないぞ」

「凪ちゃんには霊視があるもん。先が見えるんだから、事前準備ができるでしょ。意識してないと思うけど、凪ちゃんはそうやって危険を回避してきたし、ナツキちゃんからも霊視を活かした身体の使い方を叩き込まれてきたんじゃない?」

「あー……まあ、そういうのもあったかな」

 東雲に言われても、特にピンとくるものがない。自分以外になったことがないのだから、普通の人の感覚が分からないということもあるのだろう。凪は自分がそれほど人と離れているとは思っていないし実感も湧かないのだ。

「凪ちゃん、問題はさ。凪ちゃんは『理由があれば命を賭けられる』ってことだよ。死んでもいいとかいうやけっぱちじゃなくて、効果的だと思ったならその選択をしてしまう。怖いって感覚が人よりも薄いもん。まあ、要するに自分のことすら状況次第じゃ他人事になるってことね」

「ホムンクルス的な考え方ってことでいいのかな?」

 ホムンクルスも自分の命を第一に考える力が弱い。自己を道具と割り切っているというような理屈ではなく、本能レベルで自己保存欲求が弱いのだ。これはもともと道具として設計されているために、意図的に調整された結果だという。

 アスタルテのようにホムンクルスとしてではなく、人間として扱われた者はしっかりとした自我を身に付けるが、本能の部分への刷り込みは生涯消えることはない。理性で覆い隠すのが関の山だろう。

「似たようなものかもね」

 東雲はそう言いつつスカートのポケットから小瓶を取り出していた。

「何それ」

「お薬」

 東雲は蓋を開けて、一粒の錠剤を手の平に乗せる。

 六角形の市販品風邪薬のようである。

「これね、吸血障害の薬。わたしたちが凪ちゃんの匂いに充てられるのと同じような状態を作れるヤツ」

「何でいきなりそんなの出してんの?」

「凪ちゃんのためだよ」

「俺の?」

「ベルゼビュートと戦うのに、凪ちゃんは原初の……吸血鬼の力を引き出さないといけない。そのままでもいいと思うけど、念には念を入れたいじゃない、なんて」

 東雲は錠剤を口に含むと、自分の左手首に噛み付いた。凪のフェロモンの影響で吸血できる状態になっていたこともあり、赤い血がすぐに唇を濡らした。

「東雲!?」

「ん……」

 凪は突然の行動についていけない。

 東雲は一頻り自分の血を吸った後で口を話した。

「なぎちゃん、わらひをあえる」

 口に含んだ血のせいできちんと話せない東雲は両手をさっと凪の首に絡めて、凪にキスをした。

 ぎゅっと頭を固定されて凪は抜け出せず、東雲の口から凪の口へ鉄錆の味が広がっていく。

「ん、んぐ……!」

 東雲の血に混じって、凪の口内に錠剤が押し込まれた。がっちりと唇は塞がれていて、戻すこともできず、凪は血と一緒に錠剤を嚥下してしまった。

「ぐ、ぅ」

 ざわりと背筋があわ立った。喉が急激に渇いていく感覚に凪は呻く。凪の背中からは黒い魔力が湧き上がり、瞳が焔光を湛える。通常の吸血鬼とは異なる瞳の色。第四真祖の特性であり、真にその血を引き継ぐ東雲と同じ色の瞳である。

「し、ののめ……!」

「もえちゃんを助けるには力がいるでしょ。吸血鬼の力。わたしと凪ちゃんのルーツ……原初の力が。ふふ、もっと、もっと血が欲しいよね。あげる。あげるよ、凪ちゃん。我慢しないで、衝動に身を委ねて、そのままわたしに全部ぶつけて」

 東雲は待ってたとばかりに凪の頭を掻き抱く。

 那月が吸血鬼の力を解放していたことに加えて吸血衝動を助長する錠剤を飲まされたのだ。吸血鬼の血液という魔力源まで一緒に。凪は湧き上がってくる衝動を抑えることもできず、従姉妹の首に牙を突き立ててしまった。

 


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