二十年後の半端者   作:山中 一

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続・幕間

 南の島国である“暁の帝国”の主要な産業は電子機器の製造である。もともと魔族特区という最先端の技術を集積する特別区を土壌として誕生したが故に、世界でもトップクラスの技術力を持つ“暁の帝国”は、家庭用家電から企業向け大型コンピュータに至るまで幅広く世に送り出している。

 そして、もう一つ。

 “暁の帝国”の得意分野として名高いのが、医療だ。

 先進的な技術は先進的な医療機器をもたらした。建国十年という若い国ではあるが、世界有数の経済大国に躍り出た要因の一つである。十数年前まで、世界的に紛争が相次いだ時期に、魔族特区の技術を活かした医療は大いに役に立った。日本からの独立後も、発展を続けてこれたのは、この国が抱える技術を必要とする国が多かったからでもある。

 そんな“暁の帝国”の中でも最大規模を誇るのが、中央行政区(セントラル・ゾーン)に建つ国立医療研究所――――かつてはMAR社の医療研究所と付属病院であったそこは、十年前にそのまま“暁の帝国”に払い下げられて今に至る。

 月に一度、凪はこの病院に通っている。

 小学校四年生の夏にダンピールと化してから、一回たりともサボることなく続いているのは、偏に身体の状態に直結する問題だからである。

「まあ、正直に言ってよくないよね」

 白衣を着た医師、暁深森は凪の両手を見て言った。

 この病院の院長にして、皇帝の生みの親。そして、凪の祖母に当たる人物だ。とても五十代には見えない若々しい外見で、本当に人間なのかと疑わしくなってくる。

 そんな深森は、凪の両手の前腕に走る蜘蛛の巣状の傷跡に触れて眉根を寄せた。

「よくない?」

「うん。よくない」

 うっすらと赤い線となって残る傷跡は、ここ最近使用頻度の増えた眷獣の負荷による自傷の痕跡である。接触感応能力者である深森は、そこから凪の身体の状態を細かく読み取って、現状を端的に伝えたのである。

「そもそも軽い不死性があって痕が残るって時点で、身体の調子がよくないってことだからね。吸血鬼なら、跡形もなく治ってる……凪君はそうじゃないからね。その服の下も、結構酷いことになっているでしょう」

「ええ、まあそれなりに」

「笑いごとじゃないよ。ほんと、死ぬからね。冗談抜きで。寿命については、医療じゃどうにもならないんだから、凪君自身が自重しないと」

「はあ……まあ、そうだけど」

 当事者意識にかけるような物言い。

 凪の悪い癖である。

 いつの頃からか、凪は自分の命に関してかなり軽く受け止めるようになっていた。一度死に掛けたからか。それとも身体の変化が、彼の意識に影響を与えているのかは不明だが、死ぬという可能性に対して、凪は極めて鈍感だった。

 自分の命が危ないという事実に対して目を背けているようにも見えるし、受け入れているようにも見える。

「ばあちゃん、それで、俺の寿命ってどれくらいあるんだ?」

「さあ、それはなんとも。長いかもしれないし、明日かもしれない。凪君は不老不死じゃないけど、吸血鬼の因子が入ってるし、でも人間の部分もある。いろんな考え方があって、正直分からない。けれど、眷獣の召喚が寿命を削るのは間違いないわ」

 それはもちろん実感しているところではある。眷獣の使用時間に比例して、凪の身体はボロボロになっていく。それが外見だけならばまだいいが、問題の根底には寿命すらも消費しているという事実がある。傷ならば時間と共に癒える。しかし、寿命は時間経過で取り戻せるものではない。

「まだまだ調べる必要があるわ。あなたも、下手に時間を縮めるようなことは控えなさい。冗談抜きに、死ぬわよ」

「ん……死にたくはないし、自重するよ」

 とはいえ、最近は加減もできるようになってきた。眷獣の使用についても、短時間ならばデメリットを抜きにして扱える。魔力を、自分で捻出できる程度の範囲で召喚すればいいのだ。その加減を覚えたので、小出しにする形で眷獣を使用することはできるだろう。そして、それを脳裏で考えてしまう程度には、凪は自重するつもりがなかった。

 生き死にをどうでもいいとは言わない。

 死ぬということが理解できないわけでもない。

 だが、必要なときが来れば戸惑わずに眷獣を使うだろう。

 そういう性格の男だった。

 それを、おそらくは目の前の祖母も理解しているのだろう。表情こそ変えなかったが、内心では大いにため息をついているに違いない。

「ま、眷獣を使うような機会なんて、そう来ないでしょうけど、意識して使わないようにしなさい」

 最後にそう言って、凪を退室させた。

 眷獣は兵器と同等の危険性を持つものだ。遊びで召喚できるものではなく、街中での使用は、一部の例外を除いて犯罪だ。

 眷獣を使うということは、基本的にありえない。だから、大人しくしていれば凪の身体にこれ以上の負担がかかることはないはずなのだ。

 無論、それは凪が寿命以外で死を迎えることがないという前提に立った話であって、外的要因による死は考慮されていない。

 深森はカルテに目を落とす。

 気が重いが、息子と娘にだけは伝えておく必要はあるだろう。

 それが、医者としては解決させることのできない問題を解決する一助になるかもしれない。最悪の場合は、血の従者に賭けるという方法もなくはないが、それも成功する保証がない。吸血鬼の性質を有する凪の体質を考慮すれば、血の従者にしようとした際に何が起きるのか分からないからだ。いずれにしても、現状は以前に比べてはるかに悪い。たとえ眷獣を使用せずに生活したとしても、近くこの先のことを考えなければならないことになるのは間違いないなかった。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 ジワジワと照りつける太陽に肌が焼かれ、蒸し暑さに耐え切れずに零菜は目を醒ました。額に滲む汗は、室内温度が夏日に近いことを如実に表しており、肌に張り付いたシャツが気持ち悪い。

「うわー、エアコンが死んでる」

 つけたままにしていたはずの冷房が、すっかりダウンしていることにはすぐに気付いた。何度、リモコンの運転ボタンを押してもうんともすんとも言わないからだ。

 真夏の“暁の帝国”は地獄のような蒸し暑さだ。熱帯に位置する島国ゆえに、真夏の気温と湿度は不快感を通り越して生存本能に警鐘を鳴らさせるほどのものなのだ。たとえ、地上五十一階という高みにあっても、文明の利器をなくして快適な生活など送れない。

 目覚まし時計を見れば時刻は午前の十時を回ったところだ。夏休みの平日。中学生の零菜は存分に寝過ごせる。母も父も仕事で家を空けているので、誰にも文句は言われない。

 しかし、さすがにこの暑さで惰眠を貪ることはできないだろう。

 汗が気持ち悪いから、取り急ぎシャワーを浴びることにした。

 水風呂を楽しむのもいいかもしれない、などと思いながら脱衣所に入った。

 汗に濡れたシャツを洗濯機に放り込み、新調したばかりの薄桃色の下着も同じく洗濯機に入れる。素肌を曝して風呂場に入った零菜は、まずは三十七度に設定したぬるま湯のシャワーで汗を流した。

 夏の暑さに悲鳴を上げていた肌が、恵みの水分に喜びを露にするかのようだった。

「あ、水、飲んでおけばよかった」

 呟きは風呂場に反響する。

 大人が二人入れればいいというくらいの小さな風呂場だが、こだわりがあるのか一枚物の大理石で壁でできているので響きやすい。 

 寝汗が酷かったから、風呂に入る前にグラス一杯の水を飲んでおいたほうがよかっただろうに。

 固い石床を踵で感じつつ、腰掛に座る。流れるお湯が、汗と共に身体の熱を奪い去っていく。心地よさにまどろみすら覚える。

 夜更かししたせいか、ぬるま湯が再び眠気を誘ってくる。そのせいだろう。意識の間隙を突いて、不意に数日前の出来事が頭を過ぎった。

 凪にキスをされた。

 そのときの、僅か数分の出来事の記憶が零菜をまどろみから引き上げる。

 一気に頬が赤みを帯びて、体温が上昇したような気がした。

 湯気で曇る鏡に映る自分の顔。

 形のよい唇とその奥に隠れる舌を、凪に無理矢理奪われた。

 無論、それは凪の意思ではなく、薬による薬効が彼の理性を著しく低下させていたから起こった事故ではあるが、力ずくで組み伏せられて、激しく求められたことは事実だ。

 心など欠片も篭っていない、ただ貪りつくすためだけの一方通行のキスだった。

 だというのに、不快ではなくて、驚き、混乱こそしたが、冷静になって振り返ると受け入れていた自分がいたわけで、あの瞬間のことは身体中に電流が駆け巡ったかと思えるほどに鮮烈な記憶として脳の深いところに刻み込まれている。

 歯をこじ開けて押し込まれたぬるぬるとした舌の感触と口の中に広がる血液とはまた異なる従兄の味に、抵抗するという思考すらも蕩かされ、玩具のようになる自分を危うく受け入れるところであった。 

 頬だけでなく、瞳の色も変わっている。透き通った空色が一変して、欲を湛えた赤色に。昼と夜が入れ替わるように。聖と邪が入れ替わるように。直前までの、落ち着いた気持ちは塗り替えられる。吸血鬼は、昂ぶると瞳の色が変わる。心境の変化が目に見えて分かるから、感情のコントロールは重要だというのに、ここ最近はどうにも抑えが利かないことが多い。長年の確執を越えて、仲直りしたからだろうか。それともまさか、従兄に恋でもしたか。慕う気持ちを否定はしないが……。

「う……」

 鼻を押さえた零菜の指の間から赤い血が滴り、流水に溶ける。

 興奮して鼻血が出てしまったのだ。父親からの傍迷惑な遺伝だ。鼻頭を押さえながら、シャワーを冷水に切り替えた。心臓が止まるかと思えるほどの温度変化に、火照った身体が冷えていく。

 しばらく冷水に身体を曝していたが、当初の目的をすっかり果たしていたことに思い至って、零菜はシャワーを止めた。

 浴室に冷気が立ち込めて、ひんやりとしている。

 五分ほどの時間だったはずだが、もっと長くいたようにも思える。頭の天辺から足の指先まですっかり冷やされた零菜は鼻血が止まっていることを確認してから浴室から出た。

 タオルで水気を取って、バスローブを身体に巻きつけ、手早く櫛とドライヤーで髪を乾かしていく。セミロングの髪を乾かすのに、十分ほどの時間を費やしてしまった。いつものことで、髪を守るのも大切なことだと分かっているが、面倒なのは間違いない。

 白い半袖のシャツと、綿の短パンというラフな部屋着に着替えた零菜は、蒸し暑いリビングに戻って顔を顰めた。

 冷房をつけてからシャワーを浴びるんだった、と後悔してリモコンを手に取る。幸いなことに、寝室のエアコンのように壊れてはいなかったので、すぐに室内温度は快適になるだろう。埋め込み式の大型テレビの電源を付け、情報番組を流しながら、零菜は麦茶をグラスに注ぎ、一息に飲み干した。一晩のうちに失った水分が、身体の中に染みこんでくるような気がした。

 そして、キッチンからリビングを見回す。

 戸籍上は父と母と零菜の三人家族。しかし、この室内にある私物は総て零菜のものばかりだ。ソファの上に転がっている大きな兎のぬいぐるみも、その脇の二段の本棚に収まっている小説やDVDも総て零菜が集めたものだ。その家が持つ色は、暮らす人によって代わる。零菜の色が大半を占めるこの家のリビングを見れば、如何に両親が家に帰ってきていないか分かるだろう。――――もっとも、古城からすれば、このリビングも広い家の一室程度なのかもしれない。

 父は皇帝で、妻が多い。その全員が、高校以前からの知り合いだったというから驚きだ。その当時から、ハーレムを築いていたのだ。そして、妻が多い分だけ子どもも多い。不老不死の吸血鬼なのに高い出生率を誇っていることもまた、内外から注目されるところであり、子どもとしては恥ずかしいことこの上ない。

 零菜は上から三番目の第三皇女。

 長女の萌葱と違って、気楽なほうではある。

 外出のたびに、密かに付けられる数人の護衛が鬱陶しいといえば鬱陶しいし、魔力を無効化する眷獣を有するが故に身の危険もあるという意味では、普通の家庭に生まれたかったという思いがなくもない。

 壁には転移魔術を阻害する術式が刻み込まれている。これも、過去に零菜の眷獣の簒奪を目的とした誘拐未遂が発生したことから施されたものであった。まるで、監視されているようで、好きではないのだが。

 数少ない親の私物といえるものは、窓際に置かれた小さな鉢植えだろう。夏の日差しを弾いて、元気に枝葉を伸ばす低木。

 その刺々しい若葉はヒイラギを思わせる。小さな緑白色の花が咲いていて、秋になると赤い実を付けるのだ。アマミヒイラギモチ――――一般にはヒメヒイラギと呼ばれる魔除けの木である。花言葉は確か「あなたを守る」だっただろうか。

 何でも母の恩人と関わりがあるらしいが、詳しいことは知らない。

 ヒメヒイラギ、姫柊、母の旧姓と同じだ。何か繋がりがあるのかもしれない。それには興味があるが、今更聞くのも憚られる。

 冷房が効いてきて、室内温度が下がってきた。

 だらだらと休みを謳歌するには最適な温度。夏休みの宿題はとうに終わったし、残り僅かな夏を楽しむべく、一先ずはソファで惰眠を貪ってやろうと、零菜はソファに身を沈めるのだった。

 

 

 

 




ゲーム的には序盤から攻略できるびっくりちょろいん零菜ちゃん。ただし、序盤で攻略するとバッドエンド不可避というピーキーヒロイン。他のヒロインを攻略していくには、零菜の高感度を上げすぎないように注意していないといけない。そんなイメージ。
心中をほのめかすヒロインの娘だから仕方ないね。
お姫様ということもあってバッドエンドも多種多様。仕方ないね(ゲス顔)

流行に乗ってfate風にすると零菜のステはこんな感じ。

筋力A 耐久B 敏捷B+ 精神力B- 眷獣A+

魔力は吸血鬼だからEX。眷獣は真祖くらいでEX。肉体面は神獣くらいでEX。皇女たちは固有堆積時間が人間並みなので、発展途上。スパルタ特訓で筋力だけは無駄についた状態。

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